=== 建部大神 ===
日本武尊は東征の帰路、近江国造の租である'''意布多牟和気'''の娘である布多遅比売命を娶った。その後、景行天皇46年、日本武尊の死後、御子である'''建部稲依別命'''は住んでいた神崎郡建部郷千草嶽(現・東近江市五個荘伊野部町付近の箕作山)の地に[[ヤマトタケル|日本武尊]]を「建部大神」として祀ったとされる。伝承では千草嶽には孝安天皇の御代から大国主命と事代主神が祀られており、稲依別命は建部大神たる父日本武尊を合祀した形となっている<ref>滋賀県の神社-建部神社, http://www.shiga-jinjacho.jp/ycBBS/Board.cgi/02_jinja_db/db/ycDB_02jinja-pc-detail.html?mode:view=1&view:oid=794, date=2024-08-30, 滋賀県神社庁</ref>。建部郷の「''建部''」の名は日本武尊をしのんで名代として名付けられたことに因むといい、他にも各地に設けられているとされる。
=== 孝霊山 ===