'''ヌアザ'''(Nuadha、ヌァザ、ヌァダ)は、ケルト神話に登場する神の一柱で、トゥアハ・デ・ダナーン(ダーナ神族)の王。その名は「幸運をもたらす者」「雲作り」<ref>グリーン, 1997, p27、この語源は正しいのですか?</ref>を意味する。英語では'''ヌアダ'''('''Nuada''')。'''銀の腕'''('''アガートラム'''<ref>世界の神話伝説・総解説 : 天地創造・神々と人類の誕生から終末予言まで 増補改訂版, 1987, 自由国民社, p246</ref>、'''アーガトラム'''<ref>ケルトの神話 女神と英雄と妖精と, 1990年3月27日, 1990年, 筑摩書房, p81</ref>、'''アガートラーム'''('''Airgetlam'''<ref name=":0">Lebor gabála Érenn : The book of the taking of Ireland Part IV, 1941, Irish texts Society</ref>'''、Airgetlamh'''<ref name=":0" />'''、Argetlamh'''<ref name=":0" />'''、Airgedlámh'''<ref>the Atlantis, vol IV, 1863, Longman, Brown, Green, Longmans and Roberts, p158</ref>、その他のスペル<ref>これは「銀(Argat)」と「腕(lam)」から成る語である。特に前者がArgat、Airget、Airgeadなど種類に富み、そのためスペルの表記は多数ある。eDIL:[https://dil.ie/4140 argat]、[https://dil.ie/29507 lam]</ref>)<ref>(Agateram)は日本でのみ見られるスペル。出典は不明瞭で、このスペルを表記した海外資料は一次資料含め確認できない。</ref>の別名を持ち、合わせて銀腕のヌアザ(ヌアザ・アガートラーム)とも称される。ブリトンでは[[ノドンス]]と呼ばれた神がヌアザに相当する神であると考えられている<ref>ジョーンズ, 2005, p135</ref>。
病を治す力を持つとされ、水に縁のある神である。戦いの神としても伝えられ、その強大な力はゼウス[ユーピテル)に例えられる。
== 神話 ==
[[フィル・ヴォルグ|フィル・ボルグ]]族とのモイトゥラの戦いでは陣頭の指揮を取り、戦場にて武勇を轟かす。四日間に渡る合戦の末、フィル・ボルグの王{{仮リンク|エオホズ・マクアーク|en|Eochaid mac Eirc}}は敗れ、ダーナ神族は勝利する。ダーナ神族を勝利に導いたヌアザが王位につくことは疑いのないものだったが、先の合戦の最中にフィル・ボルグ族最強の戦士{{仮リンク|スレン|en|Sreng}}との[[一騎討ち]]でヌアザの右腕は切り落とされてしまっていた。ケルトの掟において、肉体の欠損は王権の喪失を意味したため、王位は七年の間[[ブレス (ケルト神話)|ブレス]]が継ぐこととなった。しかし後に、医神[[ディアン・ケヒト]]作の銀造りの義手を得て力を回復する。その後ディアン・ケヒトの息子{{仮リンク|ミアハ|en|Miach}}によって腕は完治し、王位に再臨を果たす。
ヌアザの王権が復活したため、暴君ブレス王は王座から引きずり落とされる。これに不服であったブレスは[[フォモール族]]の大軍勢を率いて、ダーナ神族に戦いを挑んできた。ヌアザも武器を取り戦ったが、フォモール族の狂暴な蛮力の前にダーナ神族は敗れる。フォモール族の支配の下、国は圧政を強いられる。
ダーナ神族は[[ルー (神)|ルー]]の天才・多才振りを見て、[[フォモール族|フォモール]]に対し勝利を収めるための指導者になるよう懇願。ヌアザの後継者として王位についたルー率いる神族軍は合戦に完勝した<ref>グリーンは、ヌアザは長年の抗争に既に気力を失っており、フォモールとの戦いを煽ったのはルーであるとしている{{harv|グリーン|1997|page=27}}</ref>。
最期は[[バロール]]に妃の[[マッハ (ケルト神話)|ヴァハ]]と共に殺害された。
== ヌアザの剣 ==
ダーナ神族がアイルランドに持ち込んだ四つの宝のうちの一つに「剣」が数えられる。この剣はヌアザの物であり、フィンディアス<ref>Findias.校訂本二ではフィニアス(Finnias)。</ref>という都市からもたらされた、とされることが多い<ref>「剣」はルーの物であり、ゴリアスからもたらされたとする異聞が韻文に残されている。{{harv|Macalister|1941|pages=250-251}}[https://archive.org/stream/leborgablare04macauoft#page/250/mode/2up]</ref>。「何者もこの剣から逃れることはできず、一度鞘から抜かれればこれを耐える者はいなかった」とされるが<ref>{{harvnb|Macalister|1941|pages=106-107}},¶305. [https://archive.org/stream/leborgablare04macauoft#page/106/mode/2up]<br />{{harvnb|Macalister|1941|pages=144-145}},¶325. [https://archive.org/stream/leborgablare04macauoft#page/144/mode/2up]<br />{{harvnb|Macalister|1941|pages=168-169}},¶357. [https://archive.org/stream/leborgablare04macauoft#page/168/mode/2up]<br />校訂本三は、この剣が持つ毒のために何者もこの剣から逃れることはできないとしている。</ref>、この謳い文句は『[[スノッリのエッダ]]』に登場するヘグニ王の剣、[[ダーインスレイヴ]]の物と酷似している。これはアイルランドとアイスランドの間で文化的交流があったことを示す、両地方の説話に共通したモチーフの一つであるという指摘がある{{sfn|中央大学人文科学研究所|1991|pages=241-243}}。
なおこの剣が『来寇の書』において固有の名で呼ばれることはなく、単に「(ヌアザの)剣」(claidhim)<ref>"cloidim","cloidheam","claideb"とも。</ref>とされる。
== 銀の腕の持ち主 ==
ブリテン諸島にはヌアザの他にも銀の腕の持ち主と思われる人物の伝説が残っている。
ウェールズの伝説上の人物である{{仮リンク|シーズ・サウエレイント|en|Lludd Llaw Eraint}}<ref>スリッズ、スイッズとも転写される。<br>
</ref>の名は「銀の手のシーズ」という意味である。
現存する説話の中で、彼は『[[キルッフとオルウェン]]』に{{仮リンク|クレイザラド|en|Creiddylad}}の父親として登場するが、本人についての詳しい描写は残されていない<ref>『{{仮リンク|シーズとセヴェリスの物語|en|Lludd and Llefelys}}』の表題の人物シーズ(Lludd)はシーズ・サウエレイントと同名であるが、同一人物であるかは不明である。<br/>マッカーナは「{{interp|両者を}}引き離すことは難しい」と二者の同一性を消極的に肯定している{{harv|マッカーナ|1991|page=136}}。</ref>。
シーズは古形ではニーズ<ref>Nudd ニュッドとも転写される。</ref>だった物がサウエレイントの語頭に合わせて[[同化 (音声学)|同化]]したものだと考えられている{{sfn|マイヤー|2001|page=115}}。ニーズは語源的には明らかにヌアザと同祖であろう。マイヤーは両者の語源を[[ノドンス]]に求め、キリスト教化以前のケルト神話上の存在がアイルランドとウェールズで別々に保存されたものとしている{{sfn|マイヤー|2001|page=115}}。より直接的にヌアザとシーズを同一視している学者もある{{sfn|リース|2001|page=639}}{{sfn|グリーン|1997|page=27}}。
== 参考文献 ==
*{{Cite web |author=BBC |date=n.d. |url=https://www.bbc.co.uk/ahistoryoftheworld/objects/KoTmkcCITryUIomYiK0d9Q |title=BBC - A History of the World - Object : The Tandragee Man - 3000 year old statue |publisher=BBC |accessdate=2015-11-08|ref=harv}}
*{{cite|title=Lebor Gabála Érenn THE BOOK OF THE TAKING OF THE IRELAND PART IV|last=Macalister|first=R.A.Stewart|date=1941|location=Dublin|publisher=[[:en:The Educational Company of Ireland|The Educational Company of Ireland]]}}
*{{Cite book|和書|last=グリーン|first=ミランダ・J |translator=市川裕見子|title=ケルトの神話 | publisher=[[丸善株式会社]] | date =1997 |ISBN = 4-621-06062-7|ref = harv}}
*{{Cite book|和書|last=ジョーンズ|first=プルーデンス |coauthors = ナイジェル・ペニック|translator=山中朝晶|title=ヨーロッパ異教史 | publisher=東京書籍 | date =2005 |ISBN = 4-487-79946-5|ref = harv}}
*{{Cite |和書|author=中央大学人文科学研究所 |title=ケルト 伝統と民族の想像力 |date =1991 |publisher=中央大学出版部 | isbn=4-8057-5305-6 |ref = harv}}
*{{Cite book|和書|last=マイヤー|first=ベルンハルト |authorlink = :de:Bernhard Maier (Religionswissenschaftler)|translator=鶴岡真弓 平島直一郎|title=ケルト辞典 | publisher=創元社 | date =2001 |ISBN = 4-422-23004-2|ref = harv}}
*{{Cite book|和書|last=マッカーナ|first=プロインシァス |authorlink = :it:Proinsias MacCana |translator=松田幸雄|title=ケルト神話 | publisher=青土社 | date =1991 |ISBN = 4-7917-5137-X|ref = harv}}
*{{cite encyclopedia |year=2001 |title =世界神話大事典 |publisher=大修館書店 |last=リース|first=ブランリー|editor=[[イヴ・ボヌフォワ|イヴ・ボンヌフォワ]] |isbn=4-469-01265-3}}
== 脚注 ==
{{DEFAULTSORT:ぬあさ}}
[[Category:ケルト神話]]
[[Category:軍神]]
[[Category:水神]]
[[category:フィン一家]]