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657 バイト追加 、 2026年1月3日 (土)
サテネとハイヌウェレは、本当に「同じ女神」といってよいのだろうか? 神話ではサテネはラビエが死んで変化した、ともされておらず、生きているときも、死んだ後も、サテネとラビエは別のもののように描かれている。冥界の女神サテネが、日本神話の[[伊邪那美命]]に相当し、芋に変化するハイヌウェレが日本神話の[[大宜都比売]]だとすれば、両者の違いは更に際立つ。[[大宜都比売]]と[[伊邪那美命]]は別々に亡くなるし、亡くなる場所も設定も異なっていて、全く「別の神」である。
では、なぜヴェマーレでは、[[伊邪那美命]]と[[大宜都比売]]が「一体」であるかのように取り扱われるのだろうか。それは、彼らの性質が似通っているから、元は別々の神だったのに、習合してしまった、ということがまず考えられる。が「一体」であるかのように取り扱われるのだろうか。それは、彼らの性質が似通っているから、元は別々の神だったのに、習合してしまった、ということがまず考えられる。似通った神話を2つ纏める際に、例えばそれが「射日神話」のように「'''太陽を射る話'''」だった場合、太陽神が二柱いたら、彼らがよほど近くにいない限り、それぞれを射るのに、最低でも2本の矢が必要だと思わないだろうか? それを更に縮めて、'''1本の矢で、1つの太陽を射落としたら、残りも自動的に落ちてしまうようにして、どちらが射られたのか、それぞれにどんな事情があって射られたのかまで、まぜこぜにして分からなくなってしまっているのではないだろうか'''。
== 関連項目 ==

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