差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
1 バイト追加 、 2025年12月30日 (火) 08:02
ただし、「日本国主」である天照大神であっても、それは六道など仏教的宇宙観の一角としての下界である「日本」という領域に限定される最高神であって、仏教的宇宙観全体の支配者である梵天などの仏よりは下位として見なされる場合があり、起請文にも仏の名前を上段に列記し、下段に天照大御神をはじめとする神々の名が列記される例が見られる<ref name="佐藤、115-146頁"/>。
また、中世期には天照大神は[[大日如来]]の垂迹として信仰され、仏教信仰と結びつけられた。さらに、各神社が自社の祭神を天照大神に結びつけることも見られるようになり、大神神社では祭神が天照大神と同体とされ<ref>https://kotobank.jp/word/三輪神道-139990, 三輪神道とは - コトバンク, コトバンク, 小笠原春夫, 2022-08-10</ref>、春日大社では第四殿に祀られる「比売神」が天照大神のこととされ<refhttpsref>https://kotobank.jp/word/春日信仰-229876, 春日信仰とは - コトバンク, コトバンク, 落合偉洲, 2022-08-10</ref>、熊野権現では熊野社の祭神が伊勢の天照大神と同体であると主張され<ref>https://kotobank.jp/word/長寛勘文-97704, 長寛勘文とは - コトバンク, コトバンク, 瀧浪貞子, 2022-08-10 </ref>(『長寛勘文』)、日吉大社で展開した山王神道でも日吉大社と天照大神が結びつけられる<ref name="末木文美士『中世の神と仏』山川出版社(2003)45頁">末木文美士『中世の神と仏』山川出版社(2003)45頁</ref>など、中世の混乱期にあって、各神社の信仰を天照大神への信仰に帰一することを求める思潮が形成された<ref>http://hjueda.on.coocan.jp/koten/ktshk/sotsuron2.htm, 近世初期における神宮復興の運動, 上田勝彦, 2022-08-10</ref>。
=== 近世 ===

案内メニュー