差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
これは一見すると母子姦の話ではない。ただ「泣きわめく子供」というのは須佐之男をイメージさせ、なにがしかの神話が崩れた話であると推察される。そして、前世でなにがしかの恨みがあると、それを晴らそうとして相手の子供に生まれ変わったりする、と古代の人が考えていたことが分かる。ということは、'''夫が妻の浮気を恨んで亡くなった場合、妻の息子に生まれ変わって復讐することもある'''、とそのようにも考えられていたのではないだろうか。この場合、息子の実の父親は「亡くなった母親の先夫」ではないかもしれない。でも「生まれ変わり」だから、息子は先夫も同然である。彼は、自分を裏切った妻に復讐するために、間男と妻の息子として生まれ変わった、と考えられたのではないだろうか。だから、父親でもある間男を殺してしまうし、母親も浮気の罪で殺してしまうのだ。息子が母親に「貸したもの」とはまさに「彼の命」そのものだったので、彼は生まれ変わって相手の命を取り立てたのではないだろうか。
少なくとも、後世の人がそう考えたから、「'''母親と結婚して父親と母親を殺す男'''」の話と、「'''浮気した妻と浮気相手を殺す男'''」の神話が成立したのだと考える。この2つの話は「同じ意味」を持つ話で、'''「浮気相手を殺す話」は前世の立場から見た話'''、'''「母親と父親を殺す話」は後世の立場から見た話'''なのだけれども、'''殺人者は二位一体で「父と子」でもあり、「同じ人物」なのでもある'''。ただし、霊異記の話は行基の偉大さを示すものなので、母親は殺されずに仏の功徳で助けられることとなっている。。ただし、霊異記の話の目的は行基の偉大さを示すものなので、母親は殺されずに仏の功徳で助けられることとなっている。
== 関連項目 ==

案内メニュー