一方、インド神話のプルシャ、ギリシア神話のアプシュルトス(メディアの弟)、エジプト神話のオシリス(wsjr)、ギリシア神話のプロセルピナ、語源的にはやや遠いけれどもギリシア神話のアトラースは「死す神」といえる。「BT」の神は広く2系統に分かれているのだ。
そして、中庸的な存在なのがゲルマンの鍛冶神'''ヴェルンド'''である。ヴェルンドは、自らを捕らえた王に対して報復した後、羽をつけて空に飛び去る。一種の変身である。人が鳥と化して飛び去る、というモチーフは「死」の暗喩なのだけれども、神話ではヴェルンドはやがて地上に降り立って新たな人生を生きると想像されるので、そういう意味では「死んではいない」存在である。だから、神話的には「死なないBT」と「死ぬBT」の神の中庸的な存在といえる。だから、「BT」の神は2系統に分かれるけれども、両者は無関係なのではなく、ヴェルンドの神話にあるように関連性があることが分かる。しかし、ともかくトヴァシュトリ関連の神話においては、2系統の「BT」の神が存在している。そして、ヴリトラというのは、「死ぬ神」であり、かつ「BT」の子音を持つので、プルシャに非常に近い存在と考えられる。そして、その母とされるのが女神・'''ダヌ'''である。である。ヴリトラが倒されて、そこから様々なものが発生した、という神話になれば、ヴリトラとプルシャは「ほぼ同一のもの」といえるのだが、インド神話ではヴリトラとプルシャは別の存在とされる。インド神話では「死ぬBT」の神が二柱いることになり、これはおそらく元は別々の部族の神話だったものが一つの神話にまとまったので、分けられてしまったのだと考える。蛇の姿で倒される神がヴリトラで、バラバラにされ世界の礎になるのがプルシャと区別されるようになってしまったのだろう。 === 二柱の女神とユミル ===ヴリトラとプルシャのように「似ているけれども二柱いる」女神がいる。こちらも元はそれぞれ別の部族から持ち込まれた女神だったのではないかと思う。それがヤマの妹ヤミーと、インドラと戦うダヌ女神である。「'''北欧神話のユミルはインドのヤマ(そしてイランのジャムシード王)と語源が同じ'''」と言う文言は良く聞く話だし、その通りだと思う。地理的・神話的に近い存在のジャムシード王とヤマは「ほぼ同じ神」と言っても良いかもしれない。でも語源が同じだからといって「ユミル」まで「同じ」としてしまっていいのだろうか。ヤミーとかダヌだって同じ子音だし、アイルランドにもダヌという女神はいるし、ギリシアにはデーメーテール女神がいるし、エジプトにはオシリスの母・ヌト(ヌト女神はおそらくデーメーテールに近い女神で、最初の「D」音が消えてしまった女神と思われる)女神がいる。
== トゥイストー、トヴァシュトリとユミル ==