インドは多民族国家なので、神話も単一的ではなく、いろんな民族の神話が集まって纏められた複合的なものと考える。よって似たような名前の神々が重複する可能性がある。彼らは類似した性質も有しているし、異なる性質も有していて、「同じ神」ともいえるし、「違う神」ともなり得る。ヒッタイト神話になぞらえれば、ヒッティ族のテシュブとフルリ人のタルは中央の神殿では「同じ神」として扱われるけれども、名前が異なるし、地方によって細かい神話の内容に違いがあったことと思われる。
話をインド神話に戻し、トヴァシュトリの系図を中心に見ることにする。トヴァシュトリはインド神話の「鍛冶神」ともいえ、婿にヴィヴァスヴァット、孫にヤミー、ヤマ。マヌ(人類の祖)がいる。インドラの父とされることもある。トヴァシュトリ自身がプルシャとされることもある。プルシャの子音を見ていくと「P-S(th)」である。これに近い名はヴィヴァスヴァットあるいはヴリトラである。ヴィヴァスヴァットは神々の側の存在で「不死」といえる。一方、ヴリトラはインドラに退治されてしまう蛇神である。すなわち、トヴァシュトリ周辺に関して、少なくとも「P-S(th)」の子音を持つ神に2種類の系統があることが分かる。これはイラン・インド外でも同様の状態で、壮族の布洛陀、日本の布津主は「不死の存在」といえる。」の子音を持つ神に2種類の系統があることが分かる。これはイラン・インド外でも同様の状態で、壮族の布洛陀、日本の布津主は「不死の存在」といえる。女神としてはエジプト神話のバステト、ワジェト、ギリシア神話のアプロディーテなど。 一方、インド神話のプルシャ、ギリシア神話のアプシュルトス(メディアの弟)、エジプト神話のオシリス(wsjr)、ギリシア神話のプロセルピナ、語源的にはやや遠いけれどもギリシア神話のアトラースは「死す神」といえる。「BT」の神は広く2系統に分かれているのだ。 そして、中庸的な存在なのがゲルマンの鍛冶神ヴェルンドである。ヴェルンドは、自らを捕らえた王に対して報復した後、羽をつけて空を飛び飛び去る。一種の変身である。人が鳥と化して飛び去る、というモチーフは「死」の暗喩なのだけれども、神話ではヴェルンドはやがて地上に降り立って新たな人生を生きると想像されるので、そういう意味では「死んではいない」存在である。だから、神話的には「死なないBT」と「死ぬBT」の神の中庸的な存在といえる。だから、「BT」の神は2系統に分かれるけれども、両者は無関係なのではなく、ヴェルンドの神話にあるように関連性があることが分かる。
== トゥイストー、トヴァシュトリとユミル ==