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Jacob (2005) は、ヴェーダ神話(Vedic mythology)についての語源研究と比較に拠って、トゥイストーとユミルの系譜の関係性を立証しようと試みている。トヴァシュトリが、彼の娘サラニュー(Saranyu)と彼女の夫[[ヴィヴァスヴァット]]を介して、双子の[[ヤマ (インド神話)|ヤマ]]とヒンドゥー教におけるヤムナー(Yamuna in Hinduism)の祖父であったと言われるように、それで、ゲルマン神話のトゥイストー(トヴァシュトリとの関連性が想定されている)は本来はユミル(「ヤマ」と同源の名)の祖父であったに違いないと、Jacob (2005) は主張している。ちなみにインド神話では、『ヴェーダ』における人類の祖、[[マヌ]](ゲルマン神話の「マンヌス」と同源の名)を同様にVivaswānの息子だとしている。従って、マヌはヤマまたはユミルの兄弟となる<ref>Jacob (2005:232).</ref>。
 
=== 私的考察 ===
そもそもユミルを「雌雄同体」とする意味が分からない。神話の登場人物なので、男性が子供を産む設定があっても、その特性が当人の性別に影響を与えることにはならないと言い切って良いと考えるからだ。例えば日本神話では、天照大御神と須佐之男が「誓約(うけい)」という通常の人間の男女にはない方法で、それぞれが子供を産むが、だからといって彼らを雌雄同体であると考える日本人がいるだろうか。天照大御神は織り姫で女神だし、須佐之男は自分勝手な男神であると、誰が疑うだろうか。
 
神話の概念としては、ユミルの方が古い概念であって、男性の社会的地位がさほど高くなく、男性の象徴が「生贄」であるとみなされた神であると考える。しかし、時代が進むにつれて父系が優位な世の中になると、男性神は「父神」やその「跡継ぎの神」として神々の世界でも優位な地位を占めるようになり、むしろ古い時代のユミルを焼き直したり、ユミルを破壊してそこから更に強い男性神に再構成し直したものがトゥイストーなのだと考える。ユミルはオーディンに倒され、トールやテュールに再生された、と見るべきではないだろうか。彼らは「同じ」といえば「同じ神」だし、「違う」といえば「違う神」なのである。
== トゥイストーとマンヌス ==

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