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『捜神記』によると、昔、'''高辛氏'''が犬戎に攻められたとき、帝は犬戎の将、呉将軍を打ち破ったものに賞金と娘をめあわせるというお触れを出した。すると、'''五彩'''の毛をもつ槃瓠という犬が、呉将軍の首を噛み切って戻ってきた。帝は犬に人をめあわすわけにはいかないと考えたが、娘自身は、帝の言葉に嘘があってはいけないと、自ら槃瓠に嫁ぐことにした。両者は南山にはいり、娘は3年間に6男6女を生んだ。帝は子供たちを呼びよせたが、かれらは人間生活になじまず、山の中で暮らしていた。かれらの子孫が蛮夷の祖となったという<ref name="槃瓠">槃瓠, 日本大百科全書</ref><ref>薩孟武, 2018-07-13, 西遊記與中國古代政治, 三民書局, isbn:9789571464183, p47, 武帝說:「昔齊襄公復九世之謎,《春秋》大之。」(《漢書》卷九十四上〈匈奴傳〉)壯哉斯言。及至宣帝,匈奴款塞來朝,而東胡,西戎,北狄,南蠻罔不臣朝。從而華夷之別又一變而為天下一家的思想。說匈奴,則曰夏后氏之苗裔(同上);說西南夷,則曰高辛氏之女與其畜狗槃瓠配合而生的子孫(《後漢書》卷八十六〈南蠻,西南夷傳〉);說朝鮮,則曰武王封箕子於朝鮮,其後燕人衛滿又入朝鮮稱王(《漢書》卷九十五〈朝鮮王滿傳〉); 說西羌,則曰出於三苗(《後漢書》卷八十七〈西羌傳〉)。這樣,全亞洲的人民幾乎無一不與華人有血統關係了。</ref>。同じ伝承は『後漢書』南蛮伝にもあり、それによれば、槃瓠の子孫は現在の長河(湖南省)の武陵蛮(現在の湖南省・湖北省を中心に居住していた中国古代の非漢民族<ref>武陵蛮, 世界大百科事典</ref>)であるという<ref name="槃瓠"/>。
 
『捜神記』によると、昔、'''高辛氏'''が犬戎に攻められたとき、帝は犬戎の将、呉将軍を打ち破ったものに賞金と娘をめあわせるというお触れを出した。すると、'''五彩'''の毛をもつ槃瓠という犬が、呉将軍の首を噛み切って戻ってきた。帝は犬に人をめあわすわけにはいかないと考えたが、娘自身は、帝の言葉に嘘があってはいけないと、自ら槃瓠に嫁ぐことにした。両者は南山にはいり、娘は3年間に6男6女を生んだ。帝は子供たちを呼びよせたが、かれらは人間生活になじまず、山の中で暮らしていた。かれらの子孫が蛮夷の祖となったという<ref name="槃瓠">槃瓠, 日本大百科全書</ref><ref>薩孟武, 2018-07-13, 西遊記與中國古代政治, 三民書局, isbn:9789571464183, p47, 武帝說:「昔齊襄公復九世之謎,《春秋》大之。」(《漢書》卷九十四上〈匈奴傳〉)壯哉斯言。及至宣帝,匈奴款塞來朝,而東胡,西戎,北狄,南蠻罔不臣朝。從而華夷之別又一變而為天下一家的思想。說匈奴,則曰夏后氏之苗裔(同上);說西南夷,則曰高辛氏之女與其畜狗槃瓠配合而生的子孫(《後漢書》卷八十六〈南蠻,西南夷傳〉);說朝鮮,則曰武王封箕子於朝鮮,其後燕人衛滿又入朝鮮稱王(《漢書》卷九十五〈朝鮮王滿傳〉); 說西羌,則曰出於三苗(《後漢書》卷八十七〈西羌傳〉)。這樣,全亞洲的人民幾乎無一不與華人有血統關係了。</ref>。同じ伝承は『後漢書』南蛮伝にもあり、それによれば、槃瓠の子孫は現在の長河(湖南省)の武陵蛮(現在の湖南省・湖北省を中心に居住していた中国古代の非漢民族<ref>武陵蛮, 世界大百科事典</ref>)であるという<ref name="槃瓠"/>。
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中国南部では、盤瓠はかつて沅陵の半溪の石穴に住み着き、六人の息子と六人の娘をもうけ、子供たちは互いに婚姻し、[[ミャオ族]]、[[ヤオ族]]、トン族、トゥ族、シェ族、リー族の六つの民族へと繁栄した。盤瓠が死んだ後、六族の民は巫を招いて神を請い、彼の魂を招いた。沅陵は山が多く水が複雑なため、巫師は彼の魂がどこに落ちたか分からず、各民族に一隻ずつ竜舟を作らせ、溪や河を一つ一つ捜し回って呼びかけさせた。これが後に、船を漕いで魂を招く祭巫活動([[龍船祭]])へと発展した、とされている。
  
 
19世紀、曲亭馬琴は『南総里見八犬伝』で、敵に攻められた里見義実が、〈敵の大将を討ち取ったものには娘の'''伏姫'''をめあわせる〉といったために、飼い犬の'''八房'''に姫を嫁がせざるを得なくなるという設定を設けた。そのときに、刊本の挿絵(岩波文庫旧版第1巻136-137ページの見開き)には、上段に八房を討とうとする義実とそれをとめる伏姫が描かれ、下段には『後漢書』の槃瓠説話が引用されている。
 
19世紀、曲亭馬琴は『南総里見八犬伝』で、敵に攻められた里見義実が、〈敵の大将を討ち取ったものには娘の'''伏姫'''をめあわせる〉といったために、飼い犬の'''八房'''に姫を嫁がせざるを得なくなるという設定を設けた。そのときに、刊本の挿絵(岩波文庫旧版第1巻136-137ページの見開き)には、上段に八房を討とうとする義実とそれをとめる伏姫が描かれ、下段には『後漢書』の槃瓠説話が引用されている。
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* 異類(多くの場合人間)の女性と婚姻する。
 
* 異類(多くの場合人間)の女性と婚姻する。
 
* 子供に殺される。
 
* 子供に殺される。
この2点において、彼の運命は'''[[伏羲]]'''と大きく異なるように思う。これはいわゆる「'''息子に生まれ変わって親に復讐する'''」という説話の類話であって、犬をトーテムとする男性は、元は「'''二人'''」いたと思われる。これを「[[盤瓠]]父」とし、息子の方を「[[盤瓠]]息子」として、'''蛇のトーテムを持っている方を「息子」'''と定義すればよいと考える。
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この2点において、彼の運命は'''[[伏羲]]'''と大きく異なるように思う。これはいわゆる「'''息子に生まれ変わって親に復讐する'''」という説話の類話であって、犬をトーテムとする男性は、元は父と息子の「'''二人'''」いたと思われる。これを「[[盤瓠]]父」とし、息子の方を「[[盤瓠]]息子」として、'''蛇のトーテムを持っている方を「息子」'''と定義すればよいと考える。
  
 
「'''[[盤瓠]]父'''」は「蛇トーテム」の人々からみれば、娘を嫁にやるなどとんでもない身の程知らずな「よそ者」なのである。それに対して
 
「'''[[盤瓠]]父'''」は「蛇トーテム」の人々からみれば、娘を嫁にやるなどとんでもない身の程知らずな「よそ者」なのである。それに対して
  
「盤瓠息子」は、蛇トーテムの王女から生まれたから蛇神でもある、「身内」であって「英雄」なのである。彼がその父を邪魔に思って殺しても、誰も咎めない。だって、その犬っころが、稲トーテムの大事な王女を「盗んだ」のだから、悪いのは「'''[[盤瓠]]父'''」の方なのである。
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「盤瓠息子」は、蛇トーテムの王女から生まれたから蛇神でもある、「身内」であって「英雄」なのである。彼がその父を邪魔に思って殺しても、誰も咎めない。だって、その犬っころが、稲(蛇)トーテムの大事な王女を「盗んだ」のだから、悪いのは「'''[[盤瓠]]父'''」の方なのである。
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ともかく、こういう論理で、盤瓠犬には、人々の役に立つ性質と、やや疎まれて子供に殺されてしまうような、2重の性質が持たされてしまったように考える。その点が盤瓠と[[伏羲]]の違いである。[[伏羲]]は伝承から見る通り、「息子神」なのであり、その父あるいは雷公のいずれかに「'''[[盤瓠]]父'''」の性質が含まれていると考える。
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また、盤瓠の誕生に関する伝承は、「盤をした器から生まれた」という話が多い。この「器」というのは[[伏羲]]・[[女媧]]神話の母なる「[[ヒョウタン]]」に類するものである。そして、それだけでなく「器に閉じ込めて何かを発生させる」というのはいわゆる'''蠱毒'''を発生させる作法でもある。蠱毒とは、要するに虫やは虫類などの「'''強力な霊'''」を作り出して使役しよう、というもので、日本でいうところの「'''式神'''」に近いものかもしれないと考える。盤瓠は蠱毒とはやや趣が異なるが、器から発生した、ということは「'''使役される霊犬'''」であって当然、という意味合いもあるかもしれないと考える。女性の耳から発生したとされる場合が多いので、元々は「母」でもある女性が使役する犬霊だった、という設定なのかもしれないと考える。
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日本神話では、[[伊邪那岐命]]の体から[[天照大御神]]、[[月読命]]、須佐之男が発生したとされているけれども、「器」を経由して生まれた、とされていないからか、こちらは「使役される霊」という意味合いは薄いように感じる。
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=== 大洪水を治める犬神 ===
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<blockquote>海が増し来て人々は逃げ、山にいった。祖先のスアブが来て「自分が増水させた。自分は人身御供を求める。」と言ったので人を牲に捧げた。スアブは水を取り除いたが、わずかに残った。残った水を'''牝犬'''が飲んだが、全て飲むことはできなかった。牡犬が来て、全て飲み干した<ref>[[ルカイ族]]下三社群マガ社、神々の物語、台湾原住民文学選5、神村徹編、草風館、2006年8月1日出版、p96-97</ref>。</blockquote>
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==== 私的解説 ====
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ここで出てくる犬神は牝と牡の2頭である。牡犬の方は後述する「霊犬プヌグ」であって、中国神話の盤瓠に相当すると考える。「海が増す」も「大きな池」も「大洪水」の表現であって、同じ事象をさすと考える。
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「スアブについて」。大洪水を起こす神は他の台湾原住民の伝承では'''大蛇'''(ブヌン族)、'''ウナギ'''(北ツゥオ族)などがある。一方、大水のときに「男根を橋にして人々を助けた」という蛇やウナギのような巨根を持つ巨人の伝承も多い。おそらく、蛇、ウナギ、独特の男根を持つ巨人はもとは一つの「同じ」神であって、雨水などを調節するとされた'''[[虹蛇]]'''やそれに類する神だったのではないだろうか。蛇神ではなく人型となる場合に「巨人」として表されたのだと考える。彼に'''洪水を起こす力、鎮める力の両方があると考えられた'''のではないだろうか。
  
ともかく、こういう論理で、盤瓠犬には、人々の役に立つ性質と、やや疎まれて子供に殺されてしまうような、2重の性質が持たされてしまったように考える。その点が盤瓠と伏羲の違いである。伏羲は伝承から見る通り、「息子神」なのであり、その父あるいは雷公のいずれかに「'''[[盤瓠]]父'''」の性質が含まれていると考える。
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「スアブ」という名はブヌン族の語る「[[太昊型神|タガラウソクソク]]」に類する名と考えるし、中国神話の「[[饕餮]]」などに近い名と思う。いずれも[[太昊型神]]である。この[[人身御供]]を求めるいわばチモ族型神ともいうべき神は、まず「大洪水を治める」という名目で[[人身御供]]を求めていたことが分かる。そのうちに、「[[人身御供]]を1年かけて食べ、次の年には更新が必要である」とか「洪水が起きるたびに、神が再び飢えているから更新が必要」とされるようになったのではないだろうか。前者となったものが「[[年獣]]」であり後者がいわゆる中国神話の「[[河伯]]」であると考える。
  
 
== 名前の由来 ==
 
== 名前の由来 ==

2026年3月16日 (月) 06:07時点における最新版

盤瓠(ばんこ、槃瓠とも書く)は、中国の伝説上の犬。

『捜神記』によると、昔、高辛氏が犬戎に攻められたとき、帝は犬戎の将、呉将軍を打ち破ったものに賞金と娘をめあわせるというお触れを出した。すると、五彩の毛をもつ槃瓠という犬が、呉将軍の首を噛み切って戻ってきた。帝は犬に人をめあわすわけにはいかないと考えたが、娘自身は、帝の言葉に嘘があってはいけないと、自ら槃瓠に嫁ぐことにした。両者は南山にはいり、娘は3年間に6男6女を生んだ。帝は子供たちを呼びよせたが、かれらは人間生活になじまず、山の中で暮らしていた。かれらの子孫が蛮夷の祖となったという[1][2]。同じ伝承は『後漢書』南蛮伝にもあり、それによれば、槃瓠の子孫は現在の長河(湖南省)の武陵蛮(現在の湖南省・湖北省を中心に居住していた中国古代の非漢民族[3])であるという[1]

中国南部では、盤瓠はかつて沅陵の半溪の石穴に住み着き、六人の息子と六人の娘をもうけ、子供たちは互いに婚姻し、ミャオ族ヤオ族、トン族、トゥ族、シェ族、リー族の六つの民族へと繁栄した。盤瓠が死んだ後、六族の民は巫を招いて神を請い、彼の魂を招いた。沅陵は山が多く水が複雑なため、巫師は彼の魂がどこに落ちたか分からず、各民族に一隻ずつ竜舟を作らせ、溪や河を一つ一つ捜し回って呼びかけさせた。これが後に、船を漕いで魂を招く祭巫活動(龍船祭)へと発展した、とされている。

19世紀、曲亭馬琴は『南総里見八犬伝』で、敵に攻められた里見義実が、〈敵の大将を討ち取ったものには娘の伏姫をめあわせる〉といったために、飼い犬の八房に姫を嫁がせざるを得なくなるという設定を設けた。そのときに、刊本の挿絵(岩波文庫旧版第1巻136-137ページの見開き)には、上段に八房を討とうとする義実とそれをとめる伏姫が描かれ、下段には『後漢書』の槃瓠説話が引用されている。

私的解説[編集]

盤瓠の3重性[編集]

盤瓠は、後述するように「蛇(虫)の神から化生した」という伝承があり、その性質の多くは蛇神である伏羲と重なっているように思う。ただし主に

  • 異類(多くの場合人間)の女性と婚姻する。
  • 子供に殺される。

この2点において、彼の運命は伏羲と大きく異なるように思う。これはいわゆる「息子に生まれ変わって親に復讐する」という説話の類話であって、犬をトーテムとする男性は、元は父と息子の「二人」いたと思われる。これを「盤瓠父」とし、息子の方を「盤瓠息子」として、蛇のトーテムを持っている方を「息子」と定義すればよいと考える。

盤瓠」は「蛇トーテム」の人々からみれば、娘を嫁にやるなどとんでもない身の程知らずな「よそ者」なのである。それに対して

「盤瓠息子」は、蛇トーテムの王女から生まれたから蛇神でもある、「身内」であって「英雄」なのである。彼がその父を邪魔に思って殺しても、誰も咎めない。だって、その犬っころが、稲(蛇)トーテムの大事な王女を「盗んだ」のだから、悪いのは「盤瓠」の方なのである。

ともかく、こういう論理で、盤瓠犬には、人々の役に立つ性質と、やや疎まれて子供に殺されてしまうような、2重の性質が持たされてしまったように考える。その点が盤瓠と伏羲の違いである。伏羲は伝承から見る通り、「息子神」なのであり、その父あるいは雷公のいずれかに「盤瓠」の性質が含まれていると考える。

また、盤瓠の誕生に関する伝承は、「盤をした器から生まれた」という話が多い。この「器」というのは伏羲女媧神話の母なる「ヒョウタン」に類するものである。そして、それだけでなく「器に閉じ込めて何かを発生させる」というのはいわゆる蠱毒を発生させる作法でもある。蠱毒とは、要するに虫やは虫類などの「強力な霊」を作り出して使役しよう、というもので、日本でいうところの「式神」に近いものかもしれないと考える。盤瓠は蠱毒とはやや趣が異なるが、器から発生した、ということは「使役される霊犬」であって当然、という意味合いもあるかもしれないと考える。女性の耳から発生したとされる場合が多いので、元々は「母」でもある女性が使役する犬霊だった、という設定なのかもしれないと考える。

日本神話では、伊邪那岐命の体から天照大御神月読命、須佐之男が発生したとされているけれども、「器」を経由して生まれた、とされていないからか、こちらは「使役される霊」という意味合いは薄いように感じる。

大洪水を治める犬神[編集]

海が増し来て人々は逃げ、山にいった。祖先のスアブが来て「自分が増水させた。自分は人身御供を求める。」と言ったので人を牲に捧げた。スアブは水を取り除いたが、わずかに残った。残った水を牝犬が飲んだが、全て飲むことはできなかった。牡犬が来て、全て飲み干した[4]

私的解説[編集]

ここで出てくる犬神は牝と牡の2頭である。牡犬の方は後述する「霊犬プヌグ」であって、中国神話の盤瓠に相当すると考える。「海が増す」も「大きな池」も「大洪水」の表現であって、同じ事象をさすと考える。

「スアブについて」。大洪水を起こす神は他の台湾原住民の伝承では大蛇(ブヌン族)、ウナギ(北ツゥオ族)などがある。一方、大水のときに「男根を橋にして人々を助けた」という蛇やウナギのような巨根を持つ巨人の伝承も多い。おそらく、蛇、ウナギ、独特の男根を持つ巨人はもとは一つの「同じ」神であって、雨水などを調節するとされた虹蛇やそれに類する神だったのではないだろうか。蛇神ではなく人型となる場合に「巨人」として表されたのだと考える。彼に洪水を起こす力、鎮める力の両方があると考えられたのではないだろうか。

「スアブ」という名はブヌン族の語る「タガラウソクソク」に類する名と考えるし、中国神話の「饕餮」などに近い名と思う。いずれも太昊型神である。この人身御供を求めるいわばチモ族型神ともいうべき神は、まず「大洪水を治める」という名目で人身御供を求めていたことが分かる。そのうちに、「人身御供を1年かけて食べ、次の年には更新が必要である」とか「洪水が起きるたびに、神が再び飢えているから更新が必要」とされるようになったのではないだろうか。前者となったものが「年獣」であり後者がいわゆる中国神話の「河伯」であると考える。

名前の由来[編集]

現時、本社の所在する地は、太古において一つの大きな池なりき。ある日、どこからか1匹の霊犬・プヌグが来て水を飲んだところ、水がたちまち減じて底より2個の石が現れた。その石が破れて男女が誕生し、マガ社の祖先となった[5]

私的解説[編集]

台湾原住民ルカイ族の祖神神話である。プヌグという霊の名は、「盤瓠」にも「伏羲」にも通じる名と考える。槃瓠と伏羲が「元は同じ神」であったことが示唆される。また、「池の水を飲む」とは「洪水を収集した犬」という意味で洪水神話の一種と考える。土地が元は「大きな池・湖」であったという伝承は、日本では長野県北部や山梨県甲府市などにみられる。ミャオ族で近い神はアペ・コペンあるいは雷公といえようか。

盤王祭[編集]

盤王祭は、ヤオ族にとって先祖である盤王(盤瓠、盤古、盤庚)を崇拝する重要な祭りであり、国内外のヤオ族はこの民族祭を非常に重視している。盤王節は毎年旧暦10月16日に永州市江華県と江永県で開催される。祭りの間、距離に関係なくすべてのヤオ族が民族衣装を着て祖先である盤王を崇拝し、集まって歌ったり踊ったりして盤王祭を祝う。彼らが歌う曲は「盤王の歌」に基づいたミュージカル曲で、彼らが演じるダンスは通常2人または4人で踊る長い太鼓のグループダンスだ。

ヤオ族の盤王祭りは、还盤王の願いとも呼ばれる。古代、ヤオ族は船で海を渡ったと言われているが、船は7749日間海に漂い、海岸にたどり着くことができず、全員が命を落とした。この時、船の舳先にある人が祖先の盤王に子孫の無事を祈り、大願をかけた。願い事をした後、海は穏やかになり、船はすぐに着岸し、ヤオ族の人々は救われた。この日は旧暦10月16日で、偶然にも盤王の誕生日だった。そこで、上陸したヤオ族は、木を伐採して木桶を作り、もち米を蒸して餅にし、盤王に犠牲を捧げた。そして、ヤオ族の新生活と盤王の誕生日をみんなで歌ったり踊ったりして祝い、この日を「盤王祭」と呼んだ。盤王の死後、役人がヤオ族を弾圧し、ヤオ山脈の土地を略奪したという伝説もあるが、その訴え(書類)はその後、金廬宮(皇帝)に届かなかった。賢いヤオ族はある方法を考え出し、長太鼓の中に告発状を隠し、州中を旅して太鼓を演奏し、民族芸を披露した。ついに首都に到着し、金廬堂に行き、長太鼓を開けた。告発状を取り出し、最終的に告訴を行った。その後、盤王祭りの期間中、ヤオ族は長太鼓を踊り、代々受け継がれてきた「盤王歌」を歌った[6]

飄遙過海[編集]

南京にいた12姓の祖先が干魃を逃れて海に乗り出したところ難破しそうになるが、盤皇という神に救助された。(タイのヤオ族)

タイのヤオ族には「太古、ミエン族と日本族(kyan yipun)はともに中国におり、ミエンは南へ、日本族は東へ移動した。」という伝承があるとのこと。

渡海[編集]

「昔、板ヤオ族が漢人と一緒に船に乗って《渡海》したとき、途中で暴風に遭い、大いに危険であった。彼らは、神に祈り、その加護を求めた結果、《盤王》の霊威によって、難を避け無事に彼岸に到達するを得た。その後、漢人は充分に蓄財があったので、七日間にわたる盤王の加護の恩に酬いるための〈斎戒仏事〉を催すことができたが、板ヤオ人は無産のため盤王を奉じて家神とした。今日彼らは、屋内に祭壇を設けて盤王を崇拝している。・・・・・・。また板ヤオ人は、漢人と渡海を共にした間柄ということで、漢人の訪問を受けると、どのヤオ人の家でも飲食・宿泊を提供して歓待する。これは、時を同じくして両者が渡海し、神護天佑を求めた誼によるものである。」(広西省東部の板ヤオ族)

槃瓠と山膏[編集]

黄帝の曾孫である五帝の一人・帝嚳(俊)は山中で真っ赤な子豚のような人を罵る獣に出会った。不敬なその獣は、すぐさま連れられていた犬・盤瓠にかみ殺されたが、それこそが山膏であると考えられている。

槃瓠の誕生[編集]

捜神記[編集]

高辛氏に年老いた婦人があった。王宮に住んでいたが、耳の病気にかかって長いあいだ苦しんだのを、医者が治療して、眉ほどの大きさの虫をほじり出した。婦人が帰ったあと、その虫をの種子を入れるざるの中へ入れ、盤をかぶせておいたところ、たちまちに変わってしまった。その毛なみには五色の色があった。そこで盤瓠と名づけ飼っていたのである[7]

私的解説[編集]

が誕生に関連する点は大洪水を逃れる伏羲と共通しており、関連性がうかがえる。器の中に入れられて、蓋をしておくと何かが「発生する」という伝承は、台湾原住民パイワン族の先祖である「百歩蛇」の誕生神話に類似している。中国神話では槃瓠と伏羲(蛇神)の性質が被り、彼らが「同じ神」あるいは「起原の一部が同じ神」ということが分かりやすいが、台湾原住民の伝承では、パイワン族が「蛇祖」、ルカイ族が「信仰」と大別される傾向があるように思う。でも完全に分かれているのではなくて、パイワン族神の伝承があるし、ルカイ族には蛇神信仰や壺信仰が存在して、重複する宗教思想があるように思う。

貴州省清水江流域のミャオ族伝承[編集]

ある日、祖母の耳が痛くなった。耳にムカデがいたからで、祖母は出て来たムカデに盤をかぶせておいた。七日後に盤をとってみると、ムカデは犬に変じている。苗王はこの龍犬を飼うことにした[8]

河南省東部の漢族の伏羲伝承[編集]

昔国が包囲されて打つ手がなかったとき、雷沢から現れた霊験が公主を妻とすることを約束して敵を討ち果たした。犬は公主に「百日したら人形になる」といって、自分の入った甕を覆わせた。ところが公主は待ちきれず、99日目に蓋を開けてしまった。犬は人形になってはいたが、頭だけがまだ犬だった。それ以来、彼は伏羲と呼ばれるようになり、公主と結婚して漢族の祖となった。[9]

槃瓠の最期[編集]

木の股に挟まる[編集]

槃瓠は山に狩に行き、山羊を見つけて追いかけた。この山羊は狡猾で、ふいに跳んで樹洞に隠れた。獲物を追っていた槃瓠はそのまま樹木に当たり、樹股に挟まって死んでしまった[10]

息子たちに殺される[編集]

息子たちは槃瓠犬を連れて狩に出かけた。途中、水牛に「その犬はお前たちの父親だ」とからかわれ、怒った息子たちは犬を殺した[11]

石に変じる[編集]

槃瓠は死後、石に変じた、という話がある[12]

私的考察[編集]

甘基王(ガンジ王)は、槃瓠のトーテムがなぜカエルになったかという縁起譚? というか、黄帝羿)と祝融の事績が入り交じって大混乱しているけれども、「黄帝羿)と祝融(火を取り扱う神)が父子だった」ということはきちんと書かれている話と考える。前半はロスタムとソフラーブ的だし、ガンジが生まれ変わる点はディオニューソス的だし、ガンジの故事は父親の槃瓠黄帝羿)のものだし、色々な神話の起源としても重要だと考えるが、「神話をどう作り替えていくか」という作業の起源としても重要かもしれないと思う。興味深い話である。ともかく、「皮を被る神」は要注意と考える。この話の場合、タン・ファダンと皇帝は同じものといえる。

ガンジが龍衣を着て、天の神・火雷神になり、槃瓠父が逆に「息子のカエル」とされてしまったのが、壮族の「雷神とカエル」といえようか。こちらのカエルは皮を被っていない、本物のカエルといえるのではないだろうか。カエル息子の父親の羿のトーテムもであり、敵を倒して王女と結婚する英雄も本当は犬でもありでもある、とすれば、槃瓠のトーテムもになって、かつ槃瓠は羿であり、水雷神の黄帝である、ということになりはしないだろうか。タン・ファダンが息子を殺すのは、黄帝蚩尤祝融)の争いを表しているものといえる。

ガンジは自分を殺そうとする父親に「阿爸」と呼びかける。「阿爸,你不要杀害我!」である。阿爸(ābà.)とは中国語で「お父さん」という意味なのだが、かつて楚では男子の尊称を「阿父」と呼んだとのことだ[13]。(現代では “爸”は話し言葉で、“父”は書き言葉だとのこと。)「阿爸」という言葉がそもそも「蛙黽」という言葉に通じるのではないだろうか。少なくともこの言葉は印欧語族では「水神」「風神」に関わる言葉なのだ。

私的考察・八犬伝について[編集]

八犬伝では、お犬様の八房の8人の息子たちは最後には里見義成の8人の姫と結婚しているので、その点はガンジに似ている。管理人が思うに、馬琴は八犬伝を書くにあたり、中国・日本の犬祖伝説をものすごく詳細に調べており、物語の基本的な設定によくまとめてある。長野市信州新町・竹房地区に八布施神社という神社がある。ここは今では保食神を祀る小さな神社なのだが、かつては当地が馬の産地だったこともあり、八布施大明神として近隣の武士たちからの篤い信仰を受けたとのことである。この近くにある武冨佐神社(たけぶさじんじゃ)には数柱の祭神の中に「速瓢(はやち)神」という名の神がいる。出雲国風土記に「伊農波夜(犬は早(速))」という言葉があり、おそらくこの「速瓢(はやち)神」とは犬神のことだし、八布施神社もそれに関連した神社だと馬琴は知っていたのだと思う。おそらく、八房伏姫の名前は八布施大明神から採ったものだと考える。八犬伝の最初は八布施大明神、最後は甘基王(ガンジ王)であると、この年になってやっと気がついて、伝承学においても少しは馬琴のレベルに近づけただろうか、と思う管理人である(24-11-21)[14]

参考文献[編集]

  • 中国の伝承曼荼羅、百田弥栄子、三弥井書店、1999、p137
  • Wikipedia:槃瓠(最終閲覧日:22-10-31)
  • Wikipedia:ヤオ族(最終閲覧日:24-11-28)
  • 山膏、ピクシブ百科事典(最終閲覧日:22-10-28)
  • 山海経、中山経、高馬三良訳、1994、平凡社ライブラリー、平凡社、p94

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. 1.0 1.1 槃瓠, 日本大百科全書
  2. 薩孟武, 2018-07-13, 西遊記與中國古代政治, 三民書局, isbn:9789571464183, p47, 武帝說:「昔齊襄公復九世之謎,《春秋》大之。」(《漢書》卷九十四上〈匈奴傳〉)壯哉斯言。及至宣帝,匈奴款塞來朝,而東胡,西戎,北狄,南蠻罔不臣朝。從而華夷之別又一變而為天下一家的思想。說匈奴,則曰夏后氏之苗裔(同上);說西南夷,則曰高辛氏之女與其畜狗槃瓠配合而生的子孫(《後漢書》卷八十六〈南蠻,西南夷傳〉);說朝鮮,則曰武王封箕子於朝鮮,其後燕人衛滿又入朝鮮稱王(《漢書》卷九十五〈朝鮮王滿傳〉); 說西羌,則曰出於三苗(《後漢書》卷八十七〈西羌傳〉)。這樣,全亞洲的人民幾乎無一不與華人有血統關係了。
  3. 武陵蛮, 世界大百科事典
  4. ルカイ族下三社群マガ社、神々の物語、台湾原住民文学選5、神村徹編、草風館、2006年8月1日出版、p96-97
  5. ルカイ族下三社群マガ社、神々の物語、台湾原住民文学選5、神村徹編、草風館、2006年8月1日出版、p99
  6. 瑶文化、江華ヤオ族自治県人民政府HP(最終閲覧日:24-11-28)
  7. 341、蛮夷の起原、捜神記巻十四、平凡社、于宝著、武田晃訳、平凡社ライブラリー、2000年1月24日、p410
  8. 中国の伝承曼荼羅、三弥井民族選書、百田弥栄子、三弥井書店、1999年7月15日、p187-188
  9. 中国の伝承曼荼羅、三弥井民族選書、百田弥栄子、三弥井書店、1999年7月15日、p188-189。
  10. 百田弥栄子『中国神話の深層』三弥井書店、2020年、660頁
  11. 百田弥栄子『中国神話の深層』三弥井書店、2020年、660頁
  12. 百田弥栄子『中国神話の深層』三弥井書店、2020年、667頁
  13. 苗族民話集、村松一弥編、1974、平凡社、p15
  14. 信州新町史 下巻、1979、p1405