「大師伝説」の版間の差分
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水不足の土地で、大師が錫杖(しゃくじょう)で地面を突くと清水が湧き出たという伝説。全国に無数に存在し、水を大切にする戒めも含まれている。 | 水不足の土地で、大師が錫杖(しゃくじょう)で地面を突くと清水が湧き出たという伝説。全国に無数に存在し、水を大切にする戒めも含まれている。 | ||
| − | * ''龍泉寺縁起''(大阪府富田林市龍泉):かつて嶽山の中腹にある池(現・龍泉寺庭園)には悪龍が住んでおり、付近の里人に害を与えていた。そこで、推古天皇2年(594年)に蘇我馬子が勅命を受けてこの地に来、修法を行うと悪龍は天に逃げ去った。こうして馬子は龍泉寺を建立した。しばらく後、悪龍の報復により境内の池と麓の水脈が枯れてしまった。弘仁14年(823年)1月8日に空海(弘法大師)がこの地を訪れ、祈祷によって雨水を得たところ、境内の池には水が湛えられ、この時池の中に3つの小島ができたとされる。空海はこの島に小さな社を建て、聖天、弁才天、叱天を祀り、鎮守社に牛頭天王を祀った。これが咸古神社(龍泉寺の鎮守社)の始まりであるという。牛頭天王はこの値の地主神である。 | + | * '''龍泉寺縁起'''(大阪府富田林市龍泉):かつて嶽山の中腹にある池(現・龍泉寺庭園)には悪龍が住んでおり、付近の里人に害を与えていた。そこで、推古天皇2年(594年)に蘇我馬子が勅命を受けてこの地に来、修法を行うと悪龍は天に逃げ去った。こうして馬子は龍泉寺を建立した。しばらく後、悪龍の報復により境内の池と麓の水脈が枯れてしまった。弘仁14年(823年)1月8日に空海(弘法大師)がこの地を訪れ、祈祷によって雨水を得たところ、境内の池には水が湛えられ、この時池の中に3つの小島ができたとされる。空海はこの島に小さな社を建て、聖天、弁才天、叱天を祀り、鎮守社に牛頭天王を祀った。これが咸古神社(龍泉寺の鎮守社)の始まりであるという。牛頭天王はこの値の地主神である。 |
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幼少の空海が仏道に入って人々を救う誓いを立て、断崖絶壁から身を投げたという伝説。 | 幼少の空海が仏道に入って人々を救う誓いを立て、断崖絶壁から身を投げたという伝説。 | ||
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| + | * Wikipeida:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%B8%E5%8F%A4%E7%A5%9E%E7%A4%BE 咸古神社](最終閲覧日:25-12-28) | ||
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2025年12月28日 (日) 17:39時点における最新版
大師伝説(弘法大師伝説)は、空海(弘法大師)が日本各地を巡って残したとされる奇跡や逸話。杖で地面を突いて水を出す「弘法水」や温泉開湯、石を食料に変える話など、民衆の困りごとを即座に解決する実用的な物語が多く、庶民の信仰や地域文化と深く結びついている。
主な大師伝説の類型[編集]
弘法水(水・井戸)[編集]
水不足の土地で、大師が錫杖(しゃくじょう)で地面を突くと清水が湧き出たという伝説。全国に無数に存在し、水を大切にする戒めも含まれている。
- 龍泉寺縁起(大阪府富田林市龍泉):かつて嶽山の中腹にある池(現・龍泉寺庭園)には悪龍が住んでおり、付近の里人に害を与えていた。そこで、推古天皇2年(594年)に蘇我馬子が勅命を受けてこの地に来、修法を行うと悪龍は天に逃げ去った。こうして馬子は龍泉寺を建立した。しばらく後、悪龍の報復により境内の池と麓の水脈が枯れてしまった。弘仁14年(823年)1月8日に空海(弘法大師)がこの地を訪れ、祈祷によって雨水を得たところ、境内の池には水が湛えられ、この時池の中に3つの小島ができたとされる。空海はこの島に小さな社を建て、聖天、弁才天、叱天を祀り、鎮守社に牛頭天王を祀った。これが咸古神社(龍泉寺の鎮守社)の始まりであるという。牛頭天王はこの値の地主神である。
温泉開湯[編集]
病気の村人のために杖で岩を砕き、温泉(霊泉)を湧き出させた伝説。修善寺温泉の「独鈷(とっこ)の湯」などが有名。
石・植物の不思議[編集]
杖を地面に刺して根付いたものが「三度栗」(年3回実がなる)になったり、いじわるな老婆の芋が石になったりする物語。
鯖大師[編集]
修行中に鯖を求めたが断られた行商人の馬が腹痛を起こし、後悔した行商人が鯖を奉納したというエピソード。
捨身ヶ嶽(しゃしんがたけ)[編集]
幼少の空海が仏道に入って人々を救う誓いを立て、断崖絶壁から身を投げたという伝説。
私的解説[編集]
龍泉寺の縁起は、おそらく牛頭天王(須佐之男)が干ばつを起こす悪龍を退治した、という話が弘法大師に置き換わったものだろう。
関連項目[編集]
参照[編集]
- Google AIのまとめ
- Wikipeida:咸古神社(最終閲覧日:25-12-28)