「クーポゥ」の版間の差分

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* 竜神、[[盤瓠]]、(雌豚)、雄鶏雷公
 
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は「同じもの」といえる。しかし、グーワンは「老雌豚」を食べるとされ、明らかに性別が「'''女性'''」に限定されている。だから、[[盤瓠]]に相当する男性の他に、誰か「老雌豚」に相当する女性も、共に「'''殺されて食べられて'''」いたのではないか、と考えるのである。
 
は「同じもの」といえる。しかし、グーワンは「老雌豚」を食べるとされ、明らかに性別が「'''女性'''」に限定されている。だから、[[盤瓠]]に相当する男性の他に、誰か「老雌豚」に相当する女性も、共に「'''殺されて食べられて'''」いたのではないか、と考えるのである。

2026年3月19日 (木) 12:47時点における版

クーポゥ(固保、保公)とはミャオ族龍船祭の起源譚の一つに登場する老人で、ミャオ族の始祖的存在である。川に住む悪竜を「焼いて」退治する。その名は、中国神話の河伯に相当すると考える。

また同じミャオ族チャンヤン神話にはグーワンという「老いた雌豚を1年かけて食べる」という魔物が登場する。これも類する名と考える。

クーポゥ、グーワンとも、プーラン族の神グミヤーに類する名であり、近い言葉から発生した名と考える(」参照の事)。

ミャオ族龍船祭・起原1・龍を食す

昔、クーポゥ(固保、保公)という老人がいて、その子をチュウポウ(Jux Pod、久保)といった。ある日、チュウポウは川で魚を釣っていて、川に引き込まれてしまった。保公がこのことを悲しみ、刀(砍牛刀)を取って龍潭に行き、深い淵に入ると大きな洞窟があり、大きな龍が息子を殺して枕にして横たわっているのを発見した。保公は復讐心を抱き、龍の眼が覚めないようにして、近くの柴草を集めて火打石を使い煙草盆で火をつけた(一説では豚の膀胱の中でつけた)。火はたちまち燃え広がって、大火となり三日三夜続いた。その煙は周囲に広がり、叫び声が山岳を震わして、天は暗闇に包まれた。この頃、清水江畔にノンシェン(Niongx Xenb、儂星)という娘がいて、彼女が朝早く水を汲みに川岸に降りてみると、巨大な怪物が流れ着いているのを発見した。急いで家に帰って母親と村人たちに告げて、ゲリュウ(Gheut Liued.、業公)に占わせると、焼け死んだ龍であるとわかった。この日は、五月五日であり、四ヶ所の村人で龍の肉を分けることとなった。各村は毎年この日を記念して龍船を漕ぐこととなった[1]

煙で曇った空を晴らすのに女性が「トントンカ」と呪文を唱えた、などのエピソードを伴うバージョンがある。

類話・台湾原住民神話・男性が殺される

オッポェホボン

太古、大洪水があって、人々が四散した際に、一人の男が機胴に乗って奇来主山に逃れた。そこにオッポェホボンという神がいて、男を捕らえて撃ち殺し、その肉を細断し、口に呪文を唱いつつ、それを海に投げ込んだところ、みな人間となった。この人間たちが我らの祖先で、サイセッツと名づけた。その腸を投げ込んだところ台湾人の先祖となった。台湾人が長命なのは長い腸の子孫だからである。骨を投げ込んだところ、タイヤル族の先祖となった。タイヤル族が頑強なのは骨が変化したものだからである。次に肝から発生した人々がいるけれども、その名は忘れてしまった。姓は元々オッポェホボンが授けたものである[2]

タイヤル族の方には、「自分たちはイヌブタの父の子孫だった。」という伝承がある(「非太昊型神」参照)。この捕らえられて殺された「」とは、「イヌ」をトーテムに持つ男性で、台湾原住民ルカイ族の霊犬プヌグ、ミャオ族の盤瓠に相当する人物だったのではないだろうか。

タブハカリ

太古、大洪水があって、平地は一面の蒼海となった。一人の男が、機胴に乗って大覇尖山に逃れた。しかし、山上にタブハカリという神がいて、彼を殺し、その肉を海に投じて人間を作った。我らの祖先はその肉の化生である[3]

首狩りの始め

洪水があった際に、犬を食べようと思って殺し、戯れにその首を切って竹竿の先に刺して痴情に建てたら面白かった。猿なら犬よりもまだ愉快だろうと考えて、猿を殺して建てたら更に面白かった。人間の首ならどうだろうかと思い、悪戯をする小児がいたのでその児を殺して建てたらとても面白かった。洪水が引いた後、小児を殺した楽しさを思い出し、他社の首を取ってみよう、ということになってそれぞれの社で首を狩るようになった。これが首狩りの始めである。他社の者を殺して、その者の名を氏族の名とするようになって氏族の数が増えた[4]

私的解説

クーポゥ老人は台湾サイシャット族のオッポェホボンという神に相当し、元はいわゆる「洪水神話」の直後に、一人の人物が殺されて切り刻まれ、そこから人類が発生した、という話の変形であることが分かる。湘西のミャオ族のバロン・ダロン神話と比較すれば、こちらでは「石片」がばらまかれて人類が発生した、とされているところが「肉片」とされている。クーポゥ神話では、竜を焼いてバラバラにしたものを人々が食べたことになっている。呪術的には「食べた人」と「食べられたもの」は一体化すると考えられるので、人々は竜神と一体化することで、竜人となる、と考えられたのかもしれない。

そして、「食べられた竜神」とは台湾の伝承では「人々の祖先」なのだから、ミャオ族の人々は「先祖(親)」を食べた、と言わざるを得ないのである。「食人によって結縁した先祖」なのか、「遺伝子的にも先祖」なのかは、神話からは定かでないようにも思える。でも、台湾の伝承では、人々は「肉片」の「実の子孫」のようにも表されているので、「実の先祖」を食べてしまったのではなかろうか。殺された竜の体がいくつかに分けられ、それがいくつかの「同族」の発生の起原となった、という点はミャオ族とサイシャット族の伝承で一致している。日本の蛇頭松姫大神の伝承でも、焼き殺された神はいくつかに分かれて別々の場所に流れ着いた、とされる。

サイシャット族の他の伝承では、オッポェホボンは「タブハカリ」と呼ばれる。これはルカイ族スアブに相当する神と考える。大洪水を起こし、鎮める、とされる神である。また、チモ族に関連する、と考えられる神タガラウソクソクの名はタブハカリに類すると考える。こちらは人身御供を求める神であり、洪水の際に橋となるなど、一応洪水に対応する能力も持つ神とされる。

台湾のツゥオ族の伝承では「首狩り」の起原は「洪水」にあり、犬、猿、人の首を狩って「楽しかったから」始めた、とある。ここで、殺されたのが「3種」とされるのは、殺されたのが「3人」であった、という暗喩でもあるし、「」「猿」というのは、非太昊型神のトーテムにされることが多く、「水神」の性質を示す場合があるので、いずれも「同じ一人の人物」を指すと考える。ミャオ族の伝承で「」であり、先祖であるものは盤瓠であるし、死後川にその魂を探しに行ったとされ、竜船祭の起原にも関わる。ミャオ族に「首狩り」の伝承はないが、竜船祭では船頭に盤瓠と2匹の竜神の頭を飾るという。殺したものの「首」を使役神とする風習あるいは思想が、非常に古い時代にはミャオ族にも存在した名残なのではないだろうか。それが現在では、「殺した者の魂を壺に閉じ込めて再生させたり使役したりする」という蠱術の思想に変わってきているように思う[5]

総合して考えるに、

「大洪水の際、クーポゥという神が、水神の性質を持つ男性を焼き殺して、男性の子孫達で彼を食べた。この男性は、死後「川の龍神」として祀られたし、食べた女性のうち、化生の能力がある、とされる者が、その耳から男性の魂を取り出して犬として再生し盤瓠とし自らの随神とした。」

というものが本来の伝承だったと考える。「クーポゥの復讐譚」は後からその行為を正当化するために、別の「復讐譚」を流用して付け加えられたものなのではないだろうか。現在の伝承では、盤瓠犬が直接人間の子孫となったように受け取れるが、本来の伝承は『「殺された人」を食べたある女神(娘)が父を「再生させて」犬に生まれ変わらせた』というもののだったと考える。殺された男性を食べたのが、彼の子孫だったとするならば、この「女神」も「盤瓠の娘」だったのだといえるのではないだろうか。とすれば、他の伝承では彼女も「」と表されている可能性があるように思う。そして、盤瓠と「イヌにその姿を仮託している男性」は「生まれ変わることのできる人間」だった、と人々が考えていたことが分かる。

クーポゥ老人が、台湾原住民サイシャット族の伝承のオッポェホボンと元は「同じ神」だとすると、クーポゥ老人の本来の神話的役割は、洪水神話のバロンチャンヤンのように「何かの細片から人類を発生させる神」だったと思われる。しかし、それ以前は、チャンヤン神話の「グーワン」という魔物のように、「老雌豚を食べる神」とされていたのではないだろうか。豚は中国では「月」の化身ともされる。グーワンの名はクーポゥと類似しており、元は「同じ神」だったと考える。グーワンは、「洪水の際に月神他」を食べてしまった神、であり、家族であった人々も共食した、ということではないのだろうか。それが次第に「1年に1頭の月神を食べる(要するに人身御供の更新料を要求する)」ようになり、それ以外にも災厄の際に供犠を要求するような、いわゆる中国神話的な河伯へと変化していったものと思われる。しかし、ミャオ族の中には彼の行為を正当化し、英雄視する思想が生まれたため、神話が「竜船祭」の起源譚として再編されたのだろう。

しかし、盤瓠犬と2頭の龍神の頭が船のへさきに飾られたり、祭に先立って雄鶏が殺される(雄鶏とは雷神の象徴である)、といった本来の神話の名残が祭祀に残されていると考える。クーポゥ老人の名は、バロンダロン神話の父神アペ・コペンにも類似している。これも「同じ神」とすれば、アペ・コペンと対立したのは雷公である。雷公のトーテムは鶏である。とすれば英雄クーポゥは「雷公」を倒したアペ・コペンでもあって、竜船祭で倒された「竜神」とは「雷公(雄鶏)」のことでもあるといえる。だから、人々は祭に先立ち、雄鶏を殺すのではないだろうか。これは英雄クーポゥ(そしてアペ・コペン)が竜神(雄鶏雷公)を倒した記念の祭という意味なのではないだろうか。

よって、ミャオ族の伝承の中に限っても

は「同じもの」といえる。しかし、グーワンは「老雌豚」を食べるとされ、明らかに性別が「女性」に限定されている。だから、盤瓠に相当する男性の他に、誰か「老雌豚」に相当する女性も、共に「殺されて食べられて」いたのではないか、と考えるのである。

参照

  1. p186
  2. サイシャット族ガラワアン社、神々の物語、台湾原住民文学選5、神村徹編、草風館、2006年8月1日出版、p149-150
  3. サイシャット族バーガサン社、神々の物語、台湾原住民文学選5、神村徹編、草風館、2006年8月1日出版、p150
  4. 北ツゥオ族タパグ部族タパグ社、神々の物語、台湾原住民文学選5、神村徹編、草風館、2006年8月1日出版、p84-86
  5. 余談だが現代の日本では動画サイトで、「首だけ」のキャラが解説していたりする動画をよく見かける気がする。個人的には、この「首だけ」というのが何だか気になってしまう。これもかつては遠い先祖が「首狩り」をしていた名残なのかなあ、と想像してしまうからだ。