差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
日本では、この豚神を単純に'''須佐之男'''と呼ぶ。弥生時代の日本では豚の下顎骨を棒にかけておいておくという習慣があった。これは豊穣神・境界神の一種であった須佐之男の原型と考える。その起源は凌家灘文化にあったと考える。
 
=== 豚の皮を被った熊 ===
ところで、長江流域で王権者のトーテムといったら「'''熊'''」であると思う。台湾の伝承でも熊に殺された巨人の話や、熊に親切にされた少女の話が出てくる。よって、祭政一体の王権が存在した社会であれば、「王」のトーテムは当然熊だったと考える。豚を始めとして様々なトーテムを合成した神々を作り出したのも、これらがみな「'''熊の餌'''」だと考えれば納得がいく。そもそも「豚神」を神として敬う気持ちがないのである。
 
というわけで、凌家灘文化で「空飛ぶ豚神」とされているものは「'''豚の皮を被った熊神'''」のことなのだと考える。おそらくこの前身となる考古学的文化が発見されれば、そこでは熊は「熊神」として現されていたかもしれないと考える。この「熊神」の名残は中国神話の「'''[[黄帝]]'''」、朝鮮神話の熊女や日本の熊野の神・須佐之男にあるように思う。だけど、それを隠したりごまかしたりするようになり、表向き「豚神」等を名乗るようになったのではないだろうか。それが古代中国の王権のトーテムである「龍神」につながっていくように思う。合成獣である「龍」も'''「熊」の仮の姿'''なのだろう。
 
ということで、凌家灘文化の祭政文化は、「父と子と精霊の三位一体」ならぬ、「'''父神と子神と王(皇帝)の三位一体'''」であって、真の動物のトーテムは'''熊'''だった、ということになるのではないだろうか。
== 文化の連続性 ==

案内メニュー