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だったと考える。彼らは彼らで、男性の社会的地位の向上を目指しながら共同で大規模な水稲耕作社会を運営するようになっていったと考える。当然ミャオ族本隊はこの動きから離脱してしまうし、この動きに加わらないで山間部などで古くからの伝統的な生活を続ける人々も大勢いたことと思われる。彼らの最初の到達点といえるのは、現在の上海付近に成立した「[[馬家浜文化]]」と「[[河姆渡文化]]」と考える。この2つの文化は近隣にあり、互いに交流しながらそれぞれ独自の宗教体制を敷いていた。おそらく「[[馬家浜文化]]」はヴァルナ党、「[[河姆渡文化]]」はデーヴァ党が築いた社会と思う。
ともかく、「ヴァルナ党」とは台湾原住民では主にパイワン族、という名になったと考える。彼らの伝説的な始祖の中に'''サプラルヤンヤン'''、サカポラル、サプルガンなどの名を持つ男性がいる。彼はサシミダル、サジュムジという男性と父子などの近親で語られることが多い<ref>神々の物語、台湾原住民文学選5、神村徹編、草風館、2006年8月1日出版、p267、280、397、412、431、446</ref>。彼には'''モアカイ'''という妻がいることが多い。モアカイとは中国神話の「'''[[女媧]]'''」に相当する名と思われる。要するに「サプラルヤンヤン」などの名雨で呼ばれる頭目は、名前の子音からみても中国神話の」に相当する名と思われる。要するに「サプラルヤンヤン」などの名前で呼ばれる頭目は、名前の子音からみても中国神話の'''[[伏羲]]'''に相当すると考える。
つまり、'''中国神話における「ヴァルナ」とは何かといえば、ミャオ族の女神バロンを流用して男神に置き換えたものであり、それは古代に存在した他民族から成る氏族の名として使われ、現在のプーラン族(台湾のパイアン族など)にその名を留めている神である。その男女の始祖的首長とされたのが現在の「[[伏羲]]」と「[[女媧]]」の組み合わせの出発点だった'''といえる。'''創造神の[[グミヤー]]と彼が作り出した1対の始祖'''といえよう。現在のプーラン族の伝承では、「ヴァルナ」に相当する神は「茶の木」を植えた神、あるいは「茶の木そのもの」とみなされているようで、かつて「創造神」とされていた名残のようなものは感じられるけれども、最も重要な「神」は英雄神でもあるグミヤーに置き換わってしまっているように感じる。台湾の伝承では逆に「創造神」としてのグミヤーの姿は薄れており、「空を飛ぶ神」といった性質が断片的に残されているのみと感じる。
 
時代が下って王権が発生してくれば、伏羲は「人類の始祖」のみでなく「王権の始祖」も兼ねるようになる。「伏羲」を擁していた氏族が、最終的に中原の王権を獲得したとすれば、彼らの祖といえるのは誰だろうか。それは「'''[[黄帝]]'''」ではないだろうか。とすれば、[[黄帝]]は伏羲の「一形態」といえる。彼はパイワン族の「父なる一族長」から、中国全体の始祖神・[[黄帝]]に上り詰めたのだろう。
 
遺伝子的には、Y染色体ハプログループO-M119は現代中国に於いては全国男性人口の約11.06%を占める<ref>https://www.23mofang.com/ancestry/ytree/O-M119/detail</ref>が、その大半(中国全国男性人口の約5.95%)は今より約5,440年前<ref name = "23mofang">[https://www.23mofang.com/ancestry/ytree/O-M119 Phylogenetic tree of Y-DNA at 23mofang]</ref>または4,622(95% CI 5,597 - 3,809)年前<ref name = "FTDNA">[https://discover.familytreedna.com/y-dna/O-M119/tree FamilyTreeDNAによるハプログループO1a-M119の系統樹]</ref>に'''一人の共通祖先をもち'''、良渚文化と関係があろうと推測されているO-F81というサブクレードに属している<ref>https://www.23mofang.com/ancestry/ytree/O-F81/detail</ref>、とのことである。この中国全土の約6%を占める共通の「父」といえる人物が、良渚文化を形成したパイワン族の出身で、彼こそが「漢民族の父」とも言うべき実在の存在なのではないかと考える。彼と彼の子孫が増え、中国全体の政治に大きな影響を与えるようになったので、彼らの神話や始祖神話が後の中国神話にほぼ移行することになったのではないか、と考える。要は[[伏羲]]も[[黄帝]]も、元は良渚文化を形成したパイワン族の神だったのだろう。
また、台湾原住民の神話・伝承を見るに、どの部族も少しずつ違っても似たような伝承を持っているので、彼らはあまり神話や神の名で部族の個を主張するというナショナリズム的な思想はほぼ持っていなかったと考える。だから、伏羲のような性質、伏羲のような伝承を持つ神あるいは始祖は、どの部族にも存在し得た。彼らは互いに神話・伝承を共有しながら、血族ではなく同盟から成る「他民族部族」を形成したと考えられる。これは古代ユダヤの「12支族」のようなものだったかもしれないと考える。
ということは、中国神話における「三苗」がミャオ族の先祖のことを指すとすれば、彼らと戦ったのは堯と言われているので、「'''尭とはいずれかの時代のパイワン族(プーラン族)の始祖的首長'''」のことを指すのではないかと考える。まだ「漢民族」というものが発生していない時代の話である。
 
ということで、'''ヴァルナ'''とは何かといえば、最終的には'''中国神話の「[[黄帝]]」に変化した「[[伏羲]]」と「同じ神」'''といえると考える。しかし、重要な神は彼だけではない。
=== デーヴァとはなんだろう ===
== グミヤー ==
中国プーラン族の神[[グミヤー]]は、'''[[女媧]]に「若」という言葉を接頭辞的につけて「若女媧」という名前にして男性神にしたもの'''と考える。単に名前を少し変えて、性別を変えただけなので、事績等はほぼ「女媧と同じ」と考える。伏羲との違いは、伏羲は「人類の父系の始祖」とするために人間的に作られた存在で妻がいるが、グミヤーは「母系の女神」を「父系の男神」にするために男に置き換えただけだから、古い母系の大母が「多夫が通う女神」であって定まった夫のいない独身の女神であったことに対応して、'''「独身的な男神」という性質が強い'''ということだと考える。また、逆に'''一夫多妻の文化の原点となる神'''ともなっただろう。また「空を飛ぶ」という性質が強調される場合がある。総合すると、人間が修行して何らかの超人的な能力を得るような、中国でいうところのいわゆる「神仙」、宗教的な「僧侶」とか「神父」とか、独身でかつ修行や経験を積んで、一般人とは異なる聖なる存在となる階級職の原点となるような神と考える。と考える。単に名前を少し変えて、性別を変えただけなので、事績等はほぼ「女媧と同じ」と考える。
グミヤーが殺して世界を作ったという犀のような「リー」という動物は、これも「太陽」のことを思わせ、「太陽女神」のことと考える。ミャオ族の伝承でいうところの、'''フーファン(Fux Fang・大地)と「種の家」'''のことであろう。ミャオ族の伝承では、すでに「作り替えられてしまった後の姿」でしか残っていないといえる。でも、種とは通常地面から生えるものなので、「大地」と「種の家」が「同じもの」というのは分かりやすいのではないだろうか。 伏羲との違いは、伏羲は「人類の父系の始祖」とするために人間的に作られた存在で妻がいるが、グミヤーは「母系の女神」を「父系の男神」にするために男に置き換えただけだから、古い母系の大母が「多夫が通う女神」であって定まった夫のいない独身の女神であったことに対応して、'''「独身的な男神」という性質が強い'''ということだと考える。また、逆に'''一夫多妻の文化の原点となる神'''ともなっただろう。また「空を飛ぶ」という性質が強調される場合がある。総合すると、人間が修行して何らかの超人的な能力を得るような、中国でいうところのいわゆる「神仙」、宗教的な「僧侶」とか「神父」とか、独身でかつ修行や経験を積んで、一般人とは異なる聖なる存在となる階級職の原点となるような神と考える。 ただし、結局伝播するうちに、伏羲的な「人類の始祖」とされる神と性質が入り交じってしまい、[[伏羲]]とグミヤーの区別がつかないような、どちらも似たような神になってしまっている場合もあると考える。また異なる名前の系統の神々の中にグミヤーの性質が取り込まれてしまっている場合もある。とグミヤーの区別がつかないような、どちらも似たような神になってしまっている場合もあると考える。そのため、本来の「伏羲」が「殺された神」だとすると、グミヤーもその性質を共有していると思われる。メソポタミアの'''ドゥムジ'''に代表される'''犠牲獣的な男性の神々'''である。こちらの方が[[伏羲]]・[[グミヤー]]の本来の姿だったのではないだろうか。 ただ、一部で「偉大な創造神」としてグミヤーが設定されてしまったために、他の氏族の異なる名前の系統の神々の中にグミヤーの性質が取り込まれてしまっている場合があると考える。
例えば、日本神話を例に挙げれば、神でもあり始祖神でもあり、独身的な神でもある'''高御産巣日神'''(た'''かみむす'''びのかみ)はグミヤーが変化したものと考える。その他、天香山命(あめの'''かぐやま'''のみこと)、「軻遇突智(か'''ぐつち''')」もそうであろう。また、民間伝承の「久米の仙人」、常陸国風土記に見える「[[手子后神社 (神栖市)|寒田の郎子]]('''かんだ'''のいらつこ)」も同様に起源はグミヤーだと考える。「高御産巣日神」は創造神だけれども、「久米の仙人」は半神半人であって、どちらかといえば人間に属する存在である。「寒田の郎子」は亡くなってしまう少年だが、女神と対になって、どちらかといえば伏羲的な性質といえる。
そして、少数ではあるが「月神」としても語られることがある。エジプト神話のクヌム、ヒッタイトの月神[[ハパンタリ|アルマ]]などである。少数派ではあるけれども、グミヤーの一形態として「月神」があることは、日本神話という点から見て、重要だと考える。なぜなら、記紀神話に名前しか出てこない「[[月読命|月夜見]]」とは、グミヤーが変化したものだと思われるからである。
 
== 伏羲型神 ==
* [[出早雄命]]:息子神で、犬神と思われる。悪い神との噂は聞かない。
 
=== チャンヤン型神 ===
* [[チャンヤン]]:[[ミャオ族]]の祖神の一柱。
* [[出雲振根]]:弟を殺す。
 
== 関連項目 ==
* [[伏羲]]
* [[祝融型神]]:息子神だけれども、いわゆる「疫神」であったり、悪神とされる群。日本神話では、伏羲型神と対を形成することが多い。
* [[黄帝型神]]
* [[炎帝型神]]
* [[吊された女神]]
* [[伏羲・女媧神話]]
* [[洪水神話・中国]]
{{DEFAULTSORT:ふくきかたかみ}}
[[Category:パイワン族]]
[[Category:ヴァルナ]]
[[Category:作業中黄帝]]

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