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== グミヤー ==
中国プーラン族の神[[グミヤー]]は、'''[[女媧]]に「若」という言葉を接頭辞的につけて「若女媧」という名前にして男性神にしたもの'''と考える。単に名前を少し変えて、性別を変えただけなので、事績等はほぼ「女媧と同じ」と考える。伏羲との違いは、伏羲は「人類の父系の始祖」とするために人間的に作られた存在で妻がいるが、グミヤーは「母系の女神」を「父系の男神」にするために男に置き換えただけだから、古い母系の大母が「多夫が通う女神」であって定まった夫のいない独身の女神であったことに対応して、'''「独身的な男神」という性質が強い'''ということだと考える。また、逆に'''一夫多妻の文化の原点となる神'''ともなっただろう。ともなっただろう。また「空を飛ぶ」という性質が強調される場合がある。総合すると、人間が修行して何らかの超人的な能力を得るような、中国でいうところのいわゆる「神仙」、宗教的な「僧侶」とか「神父」とか、独身でかつ修行や経験を積んで、一般人とは異なる聖なる存在となる階級職の原点となるような神と考える。
ただし、結局伝播するうちに、伏羲的な「人類の始祖」とされる神と性質が入り交じってしまい、[[伏羲]]とグミヤーの区別がつかないような、どちらも似たような神になってしまっている場合もあると考える。また異なる名前の系統の神々の中にグミヤーの性質が取り込まれてしまっている場合もある。
例えば、日本神話を例に挙げれば、神でもあり始祖神でもあり、独身的な神でもある'''高御産巣日神'''(た'''かみむす'''びのかみ)はグミヤーが変化したものと考える。その他、天香山命(あめの'''かぐやま'''のみこと)、「軻遇突智(か'''ぐつち''')」もそうであろう。また、民間伝承の「久米の仙人」、常陸国風土記に見える「[[手子后神社 (神栖市)|寒田の郎子]]('''かんだ'''のいらつこ)」も同様に起源はグミヤーだと考える。「高御産巣日神」は創造神だけれども、「久米の仙人」は半神半人であって、どちらかといえば人間に属する存在である。「寒田の郎子」な亡くなってしまう少年だが、女神と対になって、どちらかといえば伏羲的な性質といえる。
また、空を飛んで逃げるゲルマン神話の鍛冶の王のヴェルンドやユダヤ神話の絶対的創造神ヤハウェなどは、名前はグミヤーに類するものではないけれども、性質的には類似している神といえると考える。中国神話の帝俊はグミヤーの名が変化したものと考える。中国神話のムドン神、他ここから派生したと思われる「ミトラス」に関する神々の起源もグミヤーであろう。
'''そして、少数ではあるが「月神」としても語られることがある。エジプト神話のクヌム、ヒッタイトの月神アルマなどである。少数派ではあるけれども、グミヤーの一形態として「月神」があることは、日本神話という点から見て、重要だと考える。なぜなら、記紀神話に名前しか出てこない「[[祝融型神月読命|月夜見]]'''の一形態と考えるが、文化英雄や、特定の王家、氏族の祖神としての性質が強く、疫神、災害神んなどの悪神としての性質がとても'''弱いもの'''を指すこととする。犬神の姿をとる場合には、主人に忠実であったり、悪神と戦ったりする場合がある。[[伏羲]]、ミャオ族の[[伏羲]]に相当する[[ダロン]]、[[チャンヤン]]もこの群に入る。要するに、'''息子神'''だけれどもさほど悪いとされていない神の群といえる。 * 兄妹婚といった近親婚を行う。([[伏羲]]型神)** 息子神であることが多い。勝者の場合は父神とされる場合もある。** いったん死んで生まれ変わった、という暗喩が含まれることがある。瓜からの再生など。** 弟を殺す、といった「カインとアベル」のカイン的性質を持つ。([[チャンヤン]]型神)* 月神とされる場合がある。* 人類の創造を行う。* (人身御供を肯定する。)* 特定の氏族、王家の先祖とされる。** その場合には、英雄とされることもある。 といった特徴を持つ。」とは、グミヤーが変化したものだと思われるからである。
== 伏羲型神 ==

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