「トゥイストー」の版間の差分

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一方、インド神話のプルシャ、ギリシア神話のアプシュルトス(メディアの弟)、エジプト神話のオシリス(wsjr)、ギリシア神話のプロセルピナ、語源的にはやや遠いけれどもギリシア神話のアトラースは「死す神」といえる。「BT」の神は広く2系統に分かれているのだ。
 
一方、インド神話のプルシャ、ギリシア神話のアプシュルトス(メディアの弟)、エジプト神話のオシリス(wsjr)、ギリシア神話のプロセルピナ、語源的にはやや遠いけれどもギリシア神話のアトラースは「死す神」といえる。「BT」の神は広く2系統に分かれているのだ。
  
そして、中庸的な存在なのがゲルマンの鍛冶神'''ヴェルンド'''である。ヴェルンドは、自らを捕らえた王に対して報復した後、羽をつけて空に飛び去る。一種の変身である。人が鳥と化して飛び去る、というモチーフは「死」の暗喩なのだけれども、神話ではヴェルンドはやがて地上に降り立って新たな人生を生きると想像されるので、そういう意味では「死んではいない」存在である。だから、神話的には「死なないBT」と「死ぬBT」の神の中庸的な存在といえる。だから、「BT」の神は2系統に分かれるけれども、両者は無関係なのではなく、ヴェルンドの神話にあるように関連性があることが分かる。しかし、ともかくトヴァシュトリ関連の神話においては、2系統の「BT」の神が存在している。そして、ヴリトラというのは、「死ぬ神」であり、かつ「BT」の子音を持つので、プルシャに非常に近い存在と考えられる。
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そして、中庸的な存在なのがゲルマンの鍛冶神'''ヴェルンド'''である。ヴェルンドは、自らを捕らえた王に対して報復した後、羽をつけて空に飛び去る。一種の変身である。人が鳥と化して飛び去る、というモチーフは「死」の暗喩なのだけれども、神話ではヴェルンドはやがて地上に降り立って新たな人生を生きると想像されるので、そういう意味では「死んではいない」存在である。だから、神話的には「死なないBT」と「死ぬBT」の神の中庸的な存在といえる。だから、「BT」の神は2系統に分かれるけれども、両者は無関係なのではなく、ヴェルンドの神話にあるように関連性があることが分かる。しかし、ともかくトヴァシュトリ関連の神話においては、2系統の「BT」の神が存在している。そして、ヴリトラというのは、「死ぬ神」であり、かつ「BT」の子音を持つので、プルシャに非常に近い存在と考えられる。そして、その母とされるのが女神・'''ダヌ'''である。ヴリトラが倒されて、そこから様々なものが発生した、という神話になれば、ヴリトラとプルシャは「ほぼ同一のもの」といえるのだが、インド神話ではヴリトラとプルシャは別の存在とされる。インド神話では「死ぬBT」の神が二柱いることになり、これはおそらく元は別々の部族の神話だったものが一つの神話にまとまったので、分けられてしまったのだと考える。蛇の姿で倒される神がヴリトラで、バラバラにされ世界の礎になるのがプルシャと区別されるようになってしまったのだろう。
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=== 二柱の女神とユミル ===
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ヴリトラとプルシャのように「似ているけれども二柱いる」女神がいる。こちらも元はそれぞれ別の部族から持ち込まれた女神だったのではないかと思う。それがヤマの妹ヤミーと、インドラと戦うダヌ女神である。「'''北欧神話のユミルはインドのヤマ(そしてイランのジャムシード王)と語源が同じ'''」と言う文言は良く聞く話だし、その通りだと思う。地理的・神話的に近い存在のジャムシード王とヤマは「ほぼ同じ神」と言っても良いかもしれない。でも語源が同じだからといって「ユミル」まで「同じ」としてしまっていいのだろうか。ヤミーとかダヌだって同じ子音だし、アイルランドにもダヌという女神はいるし、ギリシアにはデーメーテール女神がいるし、エジプトにはオシリスの母・ヌト<ref>ヌト女神はおそらくデーメーテールに近い女神で、最初の「D」音が消えてしまった女神と思われる</ref>女神がいる。
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{| class="wikitable"
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|+ ダヌとヴリトラ(プルシャ)
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! インド !! アイルランド !! ゲルマン !! ギリシア !! エジプト !! バビロニア
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! 母
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| '''ダヌ''' || ダヌ || アウズンブラ || デーメーテール || ヌト || '''ティアマト'''
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! 子
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| ヴリトラ(プルシャ) || ルチャテイン(ダナーンの神) || '''ユミル''' || ペルセポネー || オシリス(wsjr) || バシュム
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! 倒す神
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| '''インドラ''' || 火矢 || オーディン || ハーデース || セト || '''マルドゥク'''
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|}
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上の表を見ると、倒される神のほとんどは「BT」の子音である。それに対して、彼らの「母神」の多くは権威ある女神であって、倒されてはいない。例外はインドラと戦うダヌと、マルドゥクと戦うティアマトである。'''倒される「BT」の子音の子神が「蛇神」なのもインドとバビロニアの神話だけ'''である。すなわち、'''マルドゥクとティアマトの神話と、インドラとダヌの神話にはかなり強い相関があり、インドラとダヌの起源はバビロニア神話に近いところにあったのだと推察できる'''。北欧神話の「DN」の子音を持つユミルは、元は「DN」の子音を持つ母女神が倒される話だったものが、子神との混同が起こり、母神の名が息子の名にされてしまうと共に、性別も男性に変更されてしまったものと考える。'''ユミルの子音からその起源を探るのであれば、ヤマではなくてティアマトに子音の一致を求めるべき'''と考える。
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タキトゥスの記述を見るに、ゲルマン神話の神々の中でインドラに近い名は「'''ヘルミヌスあるいはヘイムダル'''」だと思うので、ユミルを倒したのは、当初はヘルミヌスやヒュミルに近い名の神だったと考える。カフカス的にはヘミッツがシルドンと争う神話が類話といえよう。しかし、時代が下るとオーディンがゲルマン系神話の主神となったので、ユミルを倒す神はオーディンとされることになったと考える。オーディンの起源はインド神話のヴァーユだと思うので、インドのヴァーユがインドラに近い神だったように、オーディンはヘルミヌスに近い神だとされていたのかもしれないと考える。
  
 
== トゥイストー、トヴァシュトリとユミル ==
 
== トゥイストー、トヴァシュトリとユミル ==
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=== 私的考察 ===
 
=== 私的考察 ===
 
そもそもユミルを「雌雄同体」とする意味が分からない。神話の登場人物なので、男性が子供を産む設定があっても、その特性が当人の性別に影響を与えることにはならないと言い切って良いと考えるからだ。例えば日本神話では、天照大御神と須佐之男が「誓約(うけい)」という通常の人間の男女にはない方法で、それぞれが子供を産むが、だからといって彼らを雌雄同体であると考える日本人がいるだろうか。天照大御神は織り姫で女神だし、須佐之男は自分勝手な男神であると、誰が疑うだろうか。
 
そもそもユミルを「雌雄同体」とする意味が分からない。神話の登場人物なので、男性が子供を産む設定があっても、その特性が当人の性別に影響を与えることにはならないと言い切って良いと考えるからだ。例えば日本神話では、天照大御神と須佐之男が「誓約(うけい)」という通常の人間の男女にはない方法で、それぞれが子供を産むが、だからといって彼らを雌雄同体であると考える日本人がいるだろうか。天照大御神は織り姫で女神だし、須佐之男は自分勝手な男神であると、誰が疑うだろうか。
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トゥイストーとユミルが「語源的に近い」という問題は、「近い」といえば「近い」し、「違う」といえば「違う」としか言えない。東アジアでいえば、饕餮とムーダンが語源的に近い程度には近いと考える。細かな子音の発音がどうのとかいうことは、印欧語に疎い私には分からない問題である。(でも、少なくとも神々の語源を探り子音を検討する場合には、英語のrとlの発音の区別が分からなくても問題ないように思う。古代の人は言語学者ではないので、自分の神と余所の神を比べるときに、「その音は言語学的に同じではあり得ない」とかそんなことをいちいち論じたりせずかなり適当にやってたのではないだろうか。)
  
 
== トゥイストーとマンヌス ==
 
== トゥイストーとマンヌス ==

2026年1月19日 (月) 23:21時点における最新版

トゥイストー[1](またはトゥイスト[2]。Tuisto)、もしくはトゥイスコー[3](Tuisco) は、タキトゥスの『ゲルマーニア』第2章で「すべてのゲルマン民族の祖先」として紹介される神の名である。

より広義のインド・ヨーロッパの宗教(Indo-European religion)において、トゥイストーはインド神話またはヴェーダ神話の神トヴァシュトリと同一視される。

伝承[編集]

タキトゥスによれば、ゲルマーニアの人々は、大地から生まれたトゥイストー(トゥイスコー)と、その息子で「人間」を意味する名のマンヌスが自分たちの起原だと語り伝えているという[4][5]

名前「トゥイスコー」の由来[編集]

ヤーコプ・グリムによると、トゥイスコーの名前とその変形した形 (Thuisco、Thuiskon、Tuisco) は、神「ティウ (Tiu)」の名に由来する形容詞「tivisco」に由来するという。 「トゥイスコー (Tuisco)」についてのある語源研究では、ゲルマン祖語「*tiwisko」を再建し、これをゲルマン祖語「*Tiwaz」(「ティウ (Tiu) の息子」の意味だとされている)とを関連づける。この解釈はたとえば、トゥイスコー (Tuisco) を天空神(インド・ヨーロッパ祖語 *ディヤウス(Dyeus)) と地母神の息子にする[6]。 つまり、トゥイスコー (Tuisco) の語末の「-isk-」が「裔出」という意味だという仮定によるのだが、「ティウ (Tuiz) の後裔」を意味する場合は、ティーウィスコー (Tivisco) でなければならない。[4]

この語源説明は「Tuisco」が本来の名前であることを前提としている。実は「Tuisto」のほうは誤って筆記された名である。 しかしテキストで多く見られるのはむしろ「Tuisto」のほうである。[4]

名前「トゥイストー」の由来[編集]

より受け入れられるのは、「tvi- (数値の2)」から「Tuisto(トゥイストー)」となったという説明である。

つまりその語が現在のドイツ語の「Zwitter」(「双生児」もしくは「陰陽両性者」)に該当すると考える説である。[4]何人かの研究者は、これが両性具有者の存在を説明することを示唆している。さらに仮説を進めるならば、もし両性具有だとすれば、トゥイストーは北欧神話に登場する原巨人ユミルと同一の存在であり得る。ユミルも、1人で巨人の血統を生み出したいわば両性具有者であった。

他の推測は、トゥイストー (Tuisto) を「対立・争い・境界」を意味する他のさまざまなゲルマン語派の単語に関連づけている。それは例えば、ドイツ語の「zwist」、スウェーデン語の「tvista」、オランダ語の「twisten」などである。これらはまた、「tvi-」という語根から生じた単語である。そして、ローマ神話における神マールス](Mars) の重要度、およびマルスがローマ建設に関わったことを、トゥイストーのそれと比較する。

ローマとその民族の父としてあげられるのは、マールスと彼の息子ロームルス(Romulus) であり、主神のユーピテル (Jupiter) でない。 この比較に基づけば、「トゥイストー」は、北欧神話に登場する神テュール (Tyr) の古い時代の名前であり得る。テュールはしばしばマルスと比較される。また、2人はともに戦争の神であると知られている。

こうして、トゥイストーは「2つの顔」あるいは「2本の掌」を意味し、我々のいる世界を構成するあらゆる正反対のものを代表している。それはたとえば、太陽と月、昼と夜、熱さと寒さ、男性と女性、その他のものである。さらにまた、ギリシア神話のゼウス (Zeus) とインド神話のディヤウス (Dyaus) と共通点がある。まず彼らの名前は、テュールの名と語源的に関係がある。 そしてトゥイストーも大地から生じたと語られている(『ゲルマニア』第2章[4])。 ちょうどゼウスが地母神(ガイア)によって生み出されたように。

私的解説[編集]

名前の由来のうち「tvi-」については「双子」でも良いし「対立・争い」でも良いし、両方の意味を兼ねると考える。ローマ建国神話になぞらえるならば、ロームルスとレムスは双子だし、対立するからである。ゼウスとディヤウスとの関連をどう示せば良いのか迷う部分はある。どの神も「誰かの子神」といえるし「誰かの父神」ともいえるからだ。ただ、印欧語族に限らず、「t」音の子音のつく神は、エトルリアの「ティン(Tin)」のように「t」音が1つのものと、ガリアの「テウタテス(Teutates)」のように「t」音が2つ重なるものがあるように思う。「t」音が1つのものは何らかの理由で、もう一つの「t」音が省略されてしまったのかもしれないが、元から1つであった可能性もある。「t」音が2つ重なった場合、最初の「t」が「2」を意味するのであれば、それは「2つのt神」という意味になる。この2つが分離するか、その親か兄弟か子供の神として単独の「t」という神になった場合に、1つの「t」音からなる神の名となった可能性はあると考える。要は「デャウシャ・ピター」といったら、「t」音が2つ重なり「ディヤウス」と「ピター」という2柱の神に分けられるが、「デャウシャ」のみなら1柱の神ではないのか、とそういうことである。「ピター」が性質を現す形容詞なのか、添え名なのか、別の神の名なのか、いったい誰がそれを正確に決められるというのだろうか。

私的解説・ゲルマン民族の祖神神話の比較[編集]

図1.各地の神話との比較

ゲルマン民族の祖神を考察するための神話はタキトゥスの記述によるものと、エッダによるものがある。ただし、タキトゥスとエッダの間には、ものすごく大雑把にいって1000年ほどの時間差があるため、その間に改変された神話があるように思うので、タキトゥスとエッダの内容は必ずしも一致しない点は注意すべきである。

後に出てくるヤーコプ氏は、タキトゥスの述べるトゥイストーがインド神話のトヴァシュトリに相当する神なので、系図上からトヴァシュトリの孫にあたるヤマと同語源のユミルは、インド神話になぞらえて、トウィストーの孫なのではないか、と考察する。

インド神話において、死して「世界の秩序の根本となった」とされる原人プルシャはトヴァシュトリのことともされている。彼は神々と敵対的な神とはされていない。またトヴァシュトリにはヴァジュラを作り出すなど、「鍛冶神」のような性質を有していて、これはカフカスのナルト叙事詩のトレプシュに相当する神でもあると思う。カフカスでは伝承により2人の「鍛冶神」がおり、トレプシュの名の場合はインド系、クルダレゴンの場合はイランの鍛冶神カーディに類する名でイラン系の神といえる。インド系・イラン系の両方の鍛冶神が存在して、同じように機能しているのである[7]

インド神話の複合性[編集]

インドは多民族国家なので、神話も単一的ではなく、いろんな民族の神話が集まって纏められた複合的なものと考える。よって似たような名前の神々が重複する可能性がある。彼らは類似した性質も有しているし、異なる性質も有していて、「同じ神」ともいえるし、「違う神」ともなり得る。ヒッタイト神話になぞらえれば、ヒッティ族のテシュブとフルリ人のタルは中央の神殿では「同じ神」として扱われるけれども、名前が異なるし、地方によって細かい神話の内容に違いがあったことと思われる。

話をインド神話に戻し、トヴァシュトリの系図を中心に見ることにする。トヴァシュトリはインド神話の「鍛冶神」ともいえ、婿にヴィヴァスヴァット、孫にヤミー、ヤマ、マヌ(人類の祖)がいる。インドラの父とされることもある。トヴァシュトリ自身がプルシャとされることもある。プルシャの子音を見ていくと「P-S(th)」である。これに近い名はヴィヴァスヴァットあるいはヴリトラである。ヴィヴァスヴァットは神々の側の存在で「不死」といえる。一方、ヴリトラはインドラに退治されてしまう蛇神である。すなわち、トヴァシュトリ周辺に関して、少なくとも「P-S(th)」の子音を持つ神に2種類の系統があることが分かる。これはイラン・インド外でも同様の状態で、壮族の布洛陀、日本の布津主は「不死の存在」といえる。女神としてはエジプト神話のバステト、ワジェト、ギリシア神話のアプロディーテなど。

一方、インド神話のプルシャ、ギリシア神話のアプシュルトス(メディアの弟)、エジプト神話のオシリス(wsjr)、ギリシア神話のプロセルピナ、語源的にはやや遠いけれどもギリシア神話のアトラースは「死す神」といえる。「BT」の神は広く2系統に分かれているのだ。

そして、中庸的な存在なのがゲルマンの鍛冶神ヴェルンドである。ヴェルンドは、自らを捕らえた王に対して報復した後、羽をつけて空に飛び去る。一種の変身である。人が鳥と化して飛び去る、というモチーフは「死」の暗喩なのだけれども、神話ではヴェルンドはやがて地上に降り立って新たな人生を生きると想像されるので、そういう意味では「死んではいない」存在である。だから、神話的には「死なないBT」と「死ぬBT」の神の中庸的な存在といえる。だから、「BT」の神は2系統に分かれるけれども、両者は無関係なのではなく、ヴェルンドの神話にあるように関連性があることが分かる。しかし、ともかくトヴァシュトリ関連の神話においては、2系統の「BT」の神が存在している。そして、ヴリトラというのは、「死ぬ神」であり、かつ「BT」の子音を持つので、プルシャに非常に近い存在と考えられる。そして、その母とされるのが女神・ダヌである。ヴリトラが倒されて、そこから様々なものが発生した、という神話になれば、ヴリトラとプルシャは「ほぼ同一のもの」といえるのだが、インド神話ではヴリトラとプルシャは別の存在とされる。インド神話では「死ぬBT」の神が二柱いることになり、これはおそらく元は別々の部族の神話だったものが一つの神話にまとまったので、分けられてしまったのだと考える。蛇の姿で倒される神がヴリトラで、バラバラにされ世界の礎になるのがプルシャと区別されるようになってしまったのだろう。

二柱の女神とユミル[編集]

ヴリトラとプルシャのように「似ているけれども二柱いる」女神がいる。こちらも元はそれぞれ別の部族から持ち込まれた女神だったのではないかと思う。それがヤマの妹ヤミーと、インドラと戦うダヌ女神である。「北欧神話のユミルはインドのヤマ(そしてイランのジャムシード王)と語源が同じ」と言う文言は良く聞く話だし、その通りだと思う。地理的・神話的に近い存在のジャムシード王とヤマは「ほぼ同じ神」と言っても良いかもしれない。でも語源が同じだからといって「ユミル」まで「同じ」としてしまっていいのだろうか。ヤミーとかダヌだって同じ子音だし、アイルランドにもダヌという女神はいるし、ギリシアにはデーメーテール女神がいるし、エジプトにはオシリスの母・ヌト[8]女神がいる。

ダヌとヴリトラ(プルシャ)
インド アイルランド ゲルマン ギリシア エジプト バビロニア
ダヌ ダヌ アウズンブラ デーメーテール ヌト ティアマト
ヴリトラ(プルシャ) ルチャテイン(ダナーンの神) ユミル ペルセポネー オシリス(wsjr) バシュム
倒す神 インドラ 火矢 オーディン ハーデース セト マルドゥク

上の表を見ると、倒される神のほとんどは「BT」の子音である。それに対して、彼らの「母神」の多くは権威ある女神であって、倒されてはいない。例外はインドラと戦うダヌと、マルドゥクと戦うティアマトである。倒される「BT」の子音の子神が「蛇神」なのもインドとバビロニアの神話だけである。すなわち、マルドゥクとティアマトの神話と、インドラとダヌの神話にはかなり強い相関があり、インドラとダヌの起源はバビロニア神話に近いところにあったのだと推察できる。北欧神話の「DN」の子音を持つユミルは、元は「DN」の子音を持つ母女神が倒される話だったものが、子神との混同が起こり、母神の名が息子の名にされてしまうと共に、性別も男性に変更されてしまったものと考える。ユミルの子音からその起源を探るのであれば、ヤマではなくてティアマトに子音の一致を求めるべきと考える。

タキトゥスの記述を見るに、ゲルマン神話の神々の中でインドラに近い名は「ヘルミヌスあるいはヘイムダル」だと思うので、ユミルを倒したのは、当初はヘルミヌスやヒュミルに近い名の神だったと考える。カフカス的にはヘミッツがシルドンと争う神話が類話といえよう。しかし、時代が下るとオーディンがゲルマン系神話の主神となったので、ユミルを倒す神はオーディンとされることになったと考える。オーディンの起源はインド神話のヴァーユだと思うので、インドのヴァーユがインドラに近い神だったように、オーディンはヘルミヌスに近い神だとされていたのかもしれないと考える。

トゥイストー、トヴァシュトリとユミル[編集]

関係性は、トゥイストーの1世紀の人物像と、後世の北欧神話に登場する雌雄同体の原始巨人ユミル(13世紀の情報源が根拠)との間で、語源学や機能の類似性にベースを置いて考えられてきた[9]。Meyer (1907) は、彼がこの2者を同一とみなすほどに関係性が強いことを確かめている[10]。Lindow (2001) は、トゥイストーとユミルの間の可能性がある意味論的な関係に留意しつつも、最も重要な機能性の差異について指摘している。ユミルが「基本的に…否定されがちな人物」として表現されるのに対し、トゥイストーは、歌の中では古代のゲルマン民族によって「賛美される」(celebrant) 者として記述され、タキトゥスもトゥイストーについて否定的な事は何も報告していない[11]

Jacob (2005) は、ヴェーダ神話(Vedic mythology)についての語源研究と比較に拠って、トゥイストーとユミルの系譜の関係性を立証しようと試みている。トヴァシュトリが、彼の娘サラニュー(Saranyu)と彼女の夫ヴィヴァスヴァットを介して、双子のヤマとヒンドゥー教におけるヤムナー(Yamuna in Hinduism)の祖父であったと言われるように、それで、ゲルマン神話のトゥイストー(トヴァシュトリとの関連性が想定されている)は本来はユミル(「ヤマ」と同源の名)の祖父であったに違いないと、Jacob (2005) は主張している。ちなみにインド神話では、『ヴェーダ』における人類の祖、マヌ(ゲルマン神話の「マンヌス」と同源の名)を同様にVivaswānの息子だとしている。従って、マヌはヤマまたはユミルの兄弟となる[12]

私的考察[編集]

そもそもユミルを「雌雄同体」とする意味が分からない。神話の登場人物なので、男性が子供を産む設定があっても、その特性が当人の性別に影響を与えることにはならないと言い切って良いと考えるからだ。例えば日本神話では、天照大御神と須佐之男が「誓約(うけい)」という通常の人間の男女にはない方法で、それぞれが子供を産むが、だからといって彼らを雌雄同体であると考える日本人がいるだろうか。天照大御神は織り姫で女神だし、須佐之男は自分勝手な男神であると、誰が疑うだろうか。

トゥイストーとユミルが「語源的に近い」という問題は、「近い」といえば「近い」し、「違う」といえば「違う」としか言えない。東アジアでいえば、饕餮とムーダンが語源的に近い程度には近いと考える。細かな子音の発音がどうのとかいうことは、印欧語に疎い私には分からない問題である。(でも、少なくとも神々の語源を探り子音を検討する場合には、英語のrとlの発音の区別が分からなくても問題ないように思う。古代の人は言語学者ではないので、自分の神と余所の神を比べるときに、「その音は言語学的に同じではあり得ない」とかそんなことをいちいち論じたりせずかなり適当にやってたのではないだろうか。)

トゥイストーとマンヌス[編集]

タキトゥスは、ゲルマン民族の人々がトゥイストーを讃える「carminibus antiquis」(ラテン語での名称。「古代の歌」の意)について言及している。これらの歌は、3人[注釈 1]の息子をもつマンヌスをトゥイストーの息子とみなしている。マンヌスの子供達は順にインガエウォネース、ヘルミノーネース族(Herminones)、そしてイスタエウォネース族(Istvaeones)と呼ばれ、それぞれがゲルマニアの地理的範囲の海の近く (proximi Oceano)、内陸部 (medii)、その他の地域 (ceteri) で暮らしていた[13]

比較宗教学者のブルース・リンカーン(Bruce Lincoln)は、ジョルジュ・デュメジルの三機能仮説を援用し、トゥイストーとマンヌスの伝説はインド・ヨーロッパ語族の原創造神話にさかのぼるものだとしている。[14]

[編集]

語の隣の「*」は、これが再建された語であることを示す。

参考文献[編集]

※以下は翻訳元の英語版記事での参考文献であるが、翻訳に際して直接参照していない。

関連項目[編集]

参照[編集]

  1. 英語版記事「Numbers in Germanic paganism」も参照されたい。
  1. タキトゥス,泉井訳 1979, p. 31にみられる表記。
  2. ドロンケ,山室訳 1973,p. 609にみられる表記。
  3. タキトゥス,泉井訳 1979, p. 30にみられる表記。
  4. 4.0 4.1 4.2 4.3 4.4 タキトゥス,泉井訳 1979, p. 31.
  5. p. 280.
  6. Lindauer (1975:81)。ほとんど同じ提案が、1875年という早い時期にグリム(Stallybrass 2004a:344)によってなされている。
  7. よくよくの余談だが、クルダレゴンから「d」音を外してしまったのが、「指輪物語」のアラゴルンだと思っている。彼の場合は、鍛冶神ではなく、ティワズと遠く同語源と言えるアータルやアーサー王をイメージした軍神的存在として描かれる。でも、アラゴルンは最後に自ら「折れた剣」を打ち直して王として立つから、カーディやアータルが、遠くアーサー王と同起源の存在であることをトールキン教授は知っていたのではないか、と個人的には思う。
  8. ヌト女神はおそらくデーメーテールに近い女神で、最初の「D」音が消えてしまった女神と思われる
  9. Cf. Simek (1995:432). Simek (1995:485) はさらに、ユミルをインド・ヨーロッパ祖語の「*iemo」(双子 (twin) または2人 (double)。サンスクリットの「ヤマ」、ギリシア語の「ジェミニ」の由来)に関連づける。英語版記事「Dioskuri」(ディオスクーロイ)も参照されたい。
  10. Meyer (1907): North (1997:269) を参照。
  11. Lindow (2001:296).
  12. Jacob (2005:232).
  13. Tacitus (2000:2.13-15).
  14. Bruce Lincoln, The Indo-European Myth of Creation, History of Religions 15.2 (1975), pp. 121-45.