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後期ゾロアスター教では、''ātar''(中世ペルシア語:𐭠𐭲𐭥𐭥𐭩 ''ādar'' または ''ādur'')は、図像学的に火そのものと同一視されており、火は中世ペルシア語では 𐭠𐭲𐭧𐭱 ''ātaxsh'' と呼ばれ、ゾロアスター教の主要な象徴の一つだった。
 
後期ゾロアスター教では、''ātar''(中世ペルシア語:𐭠𐭲𐭥𐭥𐭩 ''ādar'' または ''ādur'')は、図像学的に火そのものと同一視されており、火は中世ペルシア語では 𐭠𐭲𐭧𐭱 ''ātaxsh'' と呼ばれ、ゾロアスター教の主要な象徴の一つだった。
  
== 解説 ==
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== 私的解説 ==
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=== 語源について ===
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印欧祖語の*h<sub>x</sub>eh<sub>x</sub>tr-「火(英語のfireで良いのか? fightやfighterの語源にも見えるが??)」がこの神の語源なのではなくて、この神の名前が「火」の語源の*h<sub>x</sub>eh<sub>x</sub>tr-なのだと考える。印欧語で他に「火」に近い単語はインドの火神アグニに類する言葉で「ignis」がある。こちらの方が「火」を現す言葉としては起源が古いと考えるので、*h<sub>x</sub>eh<sub>x</sub>tr-を語源とする言葉は「ignis」系とは違う「火」であることを強調するために使われ出した言葉で、本来は古い意味の通り「秩序の維持」、「正義」とか「公正」を意味する言葉だったのではないだろうか。「正義」とか「公正」の媒体に「火」や「熱」が重要視されるようになって、「正義の火」として「ignis(破壊性のある火)」とは別の意味で使われ出したものが、「火」そのものを指すようになり、これが*h<sub>x</sub>eh<sub>x</sub>tr-から派生した「火」だと考える。その起源は「[[バロン]]・[[ダロン]]」の合成語だと考える。こう考えれば英語の「fire」は「バロン」から派生した言葉で、より女神的といえるかもしれない。ローマ神話のウェスタ、ギリシア神話のヘスティアはいずれも女神であるし、「炉の火」は食事に関わるもので、食事の支度は主に女性の仕事だったと考えるので、元は「女神の火」と考える方が自然なのではないだろうか。
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「ignis」のように、火器となり敵対者や略奪の対象者を焼き尽くし滅ぼす「火」ではなく、炉の火を絶やさず家庭の安寧を守る「火」というのが元の意味と考える。ギリシア神話のアテーナー女神が、アータルに近い名であるならば、彼女は軍神ではあるが「防衛」のための神でもある。火器であり、武器であっても「攻撃するための火」ではなく、「防衛するための火」であるという意味の違いが「ignis」と「fire・fight」の間にはあるのだろう。
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また北欧神話のヴァン神族のフレイヤ、フレイもこの群の神々に入るように思われる。その他はギリシア神話のアトラース、エジプト神話のオシリス(エジプト語のwsjr)、インド神話のプルシャも含まれると考える。古い時代に枝分かれしていった他の地域の神々には必ずしも「火神」の性質は含まれない。ただ、父とされるヴァルナが中国で「黄帝」に相当する神であり、この神のトーテムが「熊」なので、西欧では「熊の神」として現されることが多いように感じる。
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また、最初の「a」や「f」音が外れてしまい、「t」音が最初に来る神々もあるかもしれないと思う。ギリシア神話のテーセウスのように。
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=== 性質の変遷について ===
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ゾロアスター教の初期においては、概念的な存在だったようだが、これは更にもっと古い時代に、人格的な神だったものを、いったん概念的な存在にした上で、更に時代が下ってまた人格神に戻したものと考える。
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アータルに類する神々を「アルト群」と定義した場合について考察する。この神の名が「バロン・ダロン」から派生したとすると、女神でも男神でもあり得る。ただし、女神であるのか男神であるのかで性質に差違があったのではないかと考える。
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男性神であった場合、まず巨人的な神であり「'''死して世界の秩序の支えになった'''」神であったと考える。
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* 世界の自然と身分秩序の源となったインド神話の「プルシャ」
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* 世界樹的植物、兼冥界の正義と公平さの裁きの神となったエジプト神話の「オシリス」
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* 世界を支える柱(世界樹の一種)となったギリシア神話の「アトラース」
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である。彼らは最初からヴァルナ及びそれに類する神の味方とされていたのではないと考える。ギリシア神話のアトラースはティターン(デーヴァ)神族とされているし、彼は罰として世界を支えているからだ。大きく分ければ、彼は
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* 世界樹あるいはそれに類する神(秩序を支える神)
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* 冥界神
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の2つにまず含まれたのではないだろうか。しかし、時代が下ってアスラ対デーヴァではなく、共存と神々の並立を探る動きが強くなってくると、ヴァルナの側にこの「元デーヴァの神」を取り込もうという動きが現れ、
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* ヴァルナの息子神とする。
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* 父に従って、世界の秩序を守る役割の神とする。その際にアテーナー女神のように'''「父に従って戦う女神」の性質をも取り込む'''。
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** 時に'''世界の秩序を守るための「戦士」'''として描かれる。
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という性質を加えられて、取り込まれたものと考える。そのため、神話の上では「デーヴァ」である元の自分の分身のような神と戦う場合も生じてしまったのだろう。西欧の印欧語族には「'''世界の秩序を守るための「戦士」'''」という性質が強く伝播して、「アーサー王と彼の円卓の騎士達」のように中世騎士道のお手本のような伝説上の騎士団が作られたのだろう。ただし、アテーナー女神がテーバイを責めた七将を配下のようにして、その生殺与奪の権利を有していたように、そもそも「騎士団」といえるものを創設したのは「女神の仕業」と考えられていたように思う。その姿は七将攻めのアテーナー女神や北欧神話のワルキューレ達、ケルト神話のモリガン女神達、日本の八女津媛の中に残されているように思う。だから、余談だけれども、アーサー王の真のモデルは、バロンという名前の「養母としての女神」だったのではないかと考える。西欧的には、アテーナー女神でもいいのだけれども。アテーナー女神とアーサー王は、起源的には性質からも語源からもかなり近い存在といえる。でも、アーサー王の直接的な起源は、アテーナー女神ではなくて、「正義の戦士の神」であるアータルだったと考える。
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また、「神と神に仕える正義の戦士達」というモチーフは、聖書の「イエスと黙示録の戦士達」にも取り入れられたように思う。キリスト教化された世界で作られたアーサー王伝説で「聖杯の探求」に成功したのが、童貞であったガラハッドという設定も「黙示録の戦士」というイメージを分かりやすく暗喩しているように思う。(父親が童貞でなくなったから息子が生まれたのでは? と思うと、童貞でないばかりに探求に失敗してしまったランスロットにはなんだか気の毒な設定ではあるのだが。)
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=== 火の神の性質の付加 ===
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「火の神」としての性質が付加されるようになった背景には、やはり一番大きな影響はインドで広く崇拝されていたアグニ信仰があるのではないだろうか。アータルがアジ・ダハーカと戦う際に「口の中を焼く」という表現が出てくるが、アグニがヴリトラと戦う際にも同様の表現が出てくる。やや距離的には遠くなるが、朝鮮の伝承に、天狗が太陽を盗もうとする際に、口に咥えたら口の中を焼かれた、というモチーフが出てくる。このようにイラン外の火神、太陽神に対する概念が影響を与えているであろう。
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また、アータル自身が「火」と考えられていなかったとしても、「火」に関連する近い存在とみなされていたと考えられる。例えば、ゾロアスター教では「火は岩の中から発見された」とある。アータルがアトラスと同じように、岩と化して世界を支える存在だと考えられていたのであれば、火は彼の中から発見された可能性がある。あるいは、塗山氏女から生まれた啓のように、アータルは死して岩となった母の中から生まれた火に近い性質を持つ神として、元々考えられていたかもしれない。あるいは「火」を発見したホシャンが、インドの原人プルシャと同語源、すなわち遠くアータルとも同語源で、ホシャンとアータルは元は「同じもの」であって、人間化したものがホシャンであり、神に移行したアータルも「火を発見した神」として元々考えられていたのかもしれない、と思う。しかし、一番ありそうなのは、アータル自身が岩かあるいは鋼鉄のように「熱すれば熱くなるけれども、たやすくは燃えない体」を持っていたと考えられる神だったのではないだろうか。彼自身が「火による裁き」に誰よりも強い体を持っていたのである。同じイラン系の伝承であるオセット族のナルト叙事詩のバトラズは鋼鉄の体を持ち、熱く熱されて状態で生まれた。彼は「火」ではないが、その高熱で周囲を燃やすことはできたであろう。バトラズの名もアータルと同語源と考える。近年バトラズとアーサー王の関係を示唆する学説がみられるが、どちらも'''アータルに近い神的概念から発生した英雄'''と考える。
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ナルト叙事詩のバトラズは、父親から生まれた子供であり、その点がギリシア神話のアテーナー女神と類似する。また、バトラズは父親を殺したナルト達に苛烈で凄惨な復讐を行う。「女神が父親を殺した復讐に荒れ狂う」という神話はあまり類例を見ないが、「父親」を「夫」に置き換えて夫の復讐に挑むエジプト神話のイシス、「父」ではなく「母」の復讐のために苛烈な報復を行うギリシア神話のアルテミス・アポローンの兄妹、「父親」を「娘」に置き換えて娘を怪我させた息子を殺してしまう朝鮮の伝承の母神、「夫」が亡くなったら神託に従って朝鮮を征討してしまう神功皇后とか、崩れた形の神話にはいくつか例がある。もしかしたら、バトラズも非常に古い時代には女神だったかもしれない、と考える。アテーナー女神の場合は、父親が主神ゼウスだから、誰かに殺されるはずもなく、親の復讐を果たす神話は削除されてしまったものと考える。ただし、彼女が正常に生まれていたら、いずれゼウスの後継者になるだろう、という預言を受けており、婉曲的ではあるが父の死後、後継者となったというニュアンスのエピソードをアテーナーは有している。イラン神話のアータルはアテーナーと同様で、父親が「偉大な神」だから、復讐の機会が生じるはずもない。
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また、ヒッタイト神話には「クマルビから単独で生まれた岩の巨人ウルリクムミ」の伝承があり、これは「ヘミッツから生まれた鋼鉄のバトラズ」と相関があるように思う。アータル自身が「'''岩か鋼鉄のような熱くなるけれども燃えない体を持っていた'''」というのであればその点はイラン・インド系の神話ではなく、ヒッタイトを形成した「デーヴァ信仰」系の印欧語族から取り入れたものなのではないだろうか。
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ヒッタイトの次席神テシュブは印欧語系の神であり、名前の最後が「b」の子音で終わる。ローマのユーピテルが「t」、エトルリアのティニアが「n」、北欧のトールが「o」の音で終わることと併せて考えれば、テシュブの名前はゲルマン系の雷神に近い名と考える。おそらくヒッティ族(ヒッタイトでテシュブを擁した氏族)は、ゲルマン系に近い氏族であって、ゲルマン系と共通した文化を持っていたと推察される。ヒッタイトは他民族国家であって、宗教的には各氏族の共存並立を求めた多神教国家だったので、誰かが誰かを報復のために皆殺しにした、というような凄惨な内容の神話は忌避される傾向にあったのではないか、と推測するが、ドイツには女性が報復のために一族郎党を皆殺しにして最後には「そして誰もいなくなった」状態になる有名な「ニーベルンゲンの歌」がある。これは、クリームヒルトという女性が、兄嫁のブリュンヒルドという女性を侮辱して、結果兄がクリームヒルトの夫を報復のために殺したので、更にその結果、「復讐の塊」と化したクリームヒルトが自分の一族郎党を皆殺しにしてしまった、という伝承である。かなり、大勢の人が殺戮の対象になっている点が、ナルト叙事詩の「バトラズの復讐」と類似する。登場人物の立ち位置は異なるが、そもそもクリームヒルトとは「ヘミッツ」と類似した子音の名であり、ブリュンヒルドは「バトラズ」に類似した子音の名である。
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よって、アータル、バトラズ、アテーナー、アーサーと彼らは広く「'''起源が同じで性質が類似している'''」神話的存在なのである。
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起源的には、バトラズ、アータル、アーサーの順に古いと考える。
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=== 余談 ===
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ナルトには「一応不死」の体を持ちながら、最後には殺されてしまう神として他にソスランがいる。インドのスーリヤ、ルウィのシワットに類する神と考える。ギリシア神話のアキレウス、ゲルマンのジークフリートはこちらに類する神と考える。
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「ニーベルンゲンの指輪」は元々は、クリームヒルトが母親、ブリュンヒルデが娘であって、娘を害した夫(すなわちジークフリート)を母親のクリームヒルトが殺した、というギリシア神話のイーピゲネイアのような話と、ブリュンヒルデが父親を殺した兄のジークフリートを復讐のために殺した、という2つの伝承があり、それをアレンジを加えて一つに纏めたら'''「そして誰もいなくなった」になってしまった'''、という話なのではないかと考える。またジークフリートが「一応不死身」であるという設定はギリシア神話の'''アキレウス'''に類似しており、'''シワットという神が、「妻に殺された」という性質が内包される場合があった'''と考える。おそらく、ギリシア神話のアキレウスもヒッタイトに近いゲルマン系の氏族から取り込んだジークフリート的な半神半人の英雄なのだろう。だから、半神半人の英雄が不老不死である、とかなにがしかの報復において苛烈な所業がまかり通る、という設定の起源は、ゲルマン系に近い氏族から出ており、氏族そのものの移動や近隣氏族への思想的影響によって各地に伝播したものと考える。ただし、ジークフリートそのものはティワズ(Tiwaz)に近い名であって、西欧ではティワズ(Tiwaz)・シワットとアルト群の神々は、性質的に「類似した神」と考えられていた可能性が高いように思われる。
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ニーベルンゲンのクリームヒルトは北欧ではグズルーン(Guðrún)と呼ばれる。英語に直せば「Great Deva + n」という意味とできるかと思う。「G」と「Deva」を入れ替えれば'''ドゥルガー'''(Durgā)と読めるのではないだろうか。インドのドゥルガー女神には、夫のシヴァの腹の上で踊ったという伝承がある。また、標的に対して凄惨な攻撃を行うことでも有名な女神である。ということは、グズルーンとシグルト、言い換えればクリームヒルトとジークフリートはインド神話の「ドゥルガーとシヴァ」に相当するのであり、ドゥルガーの「腹上踊り」は「夫を殺したことを示唆する」とそういうことなのだと思う。ドゥルガー・パールヴァティーはサティーの生まれ変わりと言われているので、サティーの時は夫と父の不仲を案ずるだけの女神だったのだけれども、生まれ変わった後は夫を殺して、夫に殺された父の復讐を果たした、というのが一番古いドゥルガーとシヴァの神話なのではないだろうか。
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また、北欧のグズルーンに「n」の子音がつくのはこれは「熊」の神を示すのであって、伝承がインドからゲルマン系に移されて彼らが北欧に定住する間に、女神のトーテムが「虎(Tiger)」から「熊」に変更されたからではないだろうか。グズルーンがドイツで「クリームヒルト」と呼ばれるのは「KM」の子音が「熊」を現すからだと考える。熊のことを「クマ」と一般名詞で呼ぶのは現代では日本人だけだけれども、古代においてはこれは「クマ」を隠喩する隠語の一つで、神の名として国際的に使われていた言葉だったのだと考える。
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だから、ゲルマン民族は、インド系に近い神話を持っているけれども、彼らの遠祖はインド系よりももっとベンガル地方に近い所に住んでいて、特にドゥルガー信仰に近い信仰を持っていたのではないかと考える。その彼らが、非常に長期にわたり、インド・イラン方面に移動した群とは異なるルートで少しずつ西に移動して周辺の民族に神話・伝承的に影響を与えたり、受けたりしながら、最後に定住したのが中欧・北欧だったので、ドゥルガー女神の持つ苛烈で凄惨な性質が、彼らと共に西欧に持ち込まれたのだと考える。
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== 解説・神話 ==
 
人間に知恵と安寧をもたらし、世界を邪悪から守護する「勇敢で善き戦士」として崇拝されたという。また、稲妻となり、雨を遅らせようとした悪魔を退治する神話もある。
 
人間に知恵と安寧をもたらし、世界を邪悪から守護する「勇敢で善き戦士」として崇拝されたという。また、稲妻となり、雨を遅らせようとした悪魔を退治する神話もある。
  
讃歌『ザムヤード・ヤシュト(Yasht)』においては、光輪(クワルナフ(Khvarenah))を奪い合い、邪竜[[アジ・ダハーカ]]と戦った。ある時は、アジ・ダハーカは光輪を奪い取るべく罵詈雑言を吐きながらアータルに迫った。アータルは、自分がアジ・ダハーカの体の中に入って口の中で燃え上がり、アジ・ダハーカが地上に来られないように、決して世界を破壊できないようにする、と言った。アジ・ダハーカはアータルのこの言葉に萎縮して退いたという<ref name="カーティスp24">カーティス,薩摩訳 2002, p. 24.</ref><ref>ヒネルズ,井本ら訳 1993, pp. 68-69.</ref>。アータルは[[ミスラ]]としばしば行動を共にしており、二人でアジ・ダハーカと戦うこともあった<ref name="カーティスp24" />。
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讃歌『ザムヤード・ヤシュト(Yasht)<ref>紀元前 1500年頃~紀元前 400年頃に成立。</ref>』においては、光輪(クワルナフ(Khvarenah))を奪い合い、邪竜[[アジ・ダハーカ]]と戦った。ある時は、アジ・ダハーカは光輪を奪い取るべく罵詈雑言を吐きながらアータルに迫った。アータルは、自分がアジ・ダハーカの体の中に入って口の中で燃え上がり、アジ・ダハーカが地上に来られないように、決して世界を破壊できないようにする、と言った。アジ・ダハーカはアータルのこの言葉に萎縮して退いたという<ref name="カーティスp24">カーティス,薩摩訳 2002, p. 24.</ref><ref>ヒネルズ,井本ら訳 1993, pp. 68-69.</ref>。'''アータルは[[ミスラ]]としばしば行動を共にしており'''、二人でアジ・ダハーカと戦うこともあった<ref name="カーティスp24" />。
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フェルドウスィーの『シャー・ナーメ』では、最初の人間ガヨマルドの孫であるホシャンが'''岩の中に炎を発見する'''。彼はそれをアフラ・マズダーの神聖な栄光と認識し、敬意を表し、民にもそうするように命じる。また、『シャー・ナーメ』には、自らの無実を証明するために「燃えない炎」をくぐり抜けた セヴァヴァシュの伝説も記されている。
  
 
=== アヴェスターにおいて ===
 
=== アヴェスターにおいて ===
 
==== ガーサでは ====
 
==== ガーサでは ====
最も古代のテキストにおいて、「アタル」は判断が下される手段であり、預言的な熱による試練(アヴェスター語:ガルモ・ヴァラ、熱の試練)を反映している(ボイス 1996年:第6章)。正義はアタルによって執行される(ヤスナ31.3、34.4、36.2、47.2)、燃え盛るアタル(31.19、51.9)、アタルの熱を通して(43.4)、燃え盛って輝く溶けた金属を通して(アヤンガ・クシュシュタ30.7、32.7、51.9)。火の試練を乗り越えた者は、肉体的および精神的な力、知恵、真実、愛とともに平穏を得る(30.7)。しかし、最古の文献におけるアタールへの言及の中で、アフラ・マズダーとは独立して言及されているのは一度だけである。この例外では、アタールは男性三人称単数で言及されている。「彼は手でつかむことで罪人を見抜く」(ヤスナ34.4)。全体として、「火による試練は全部で30種類ほどあったと言われている」(ボイス、2002:1)。
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最も古代のテキストにおいて、「アータル」は'''判断が下される手段'''であり、預言的な'''熱による試練'''(アヴェスター語:ガルモ・ヴァラ、熱の試練)を反映している(ボイス 1996年:第6章)。正義はアタルによって執行される(ヤスナ31.3、34.4、36.2、47.2)、燃え盛るアタル(31.19、51.9)、アタルの熱を通して(43.4)、燃え盛って輝く溶けた金属を通して(アヤンガ・クシュシュタ30.7、32.7、51.9)。火の試練を乗り越えた者は、肉体的および精神的な力、知恵、真実、愛とともに平穏を得る(30.7)。しかし、最古の文献におけるアータルへの言及の中で、アフラ・マズダーとは独立して言及されているのは一度だけである。この例外では、アータルは男性三人称単数で言及されている。「彼は手でつかむことで罪人を見抜く」(ヤスナ34.4)。全体として、「火による試練は全部で30種類ほどあったと言われている」(ボイス、2002:1)。
  
 
==== ガーサ以降の文書 ====
 
==== ガーサ以降の文書 ====
ガーサの中における罪を察知する媒体としてのアタールの役割は、アヴェスターの後期のテキストには直接的に示されていない。しかし、正義によってアングラ・マイニュを焼き尽くし消滅させる寓話として、修正された形で再登場する。「そこでは、アシャ・ヴァヒシュタ(善なる思考)は時折、家庭の炉の火と同一視されている」。そこでは、「物質界と精神界における同一視は、アシャに関するゾロアスター教の教えの主要な教義をより際立たせている」(Dhalla, 1938:170)。それでもなお、熱による試練という古代の制度の痕跡はヴェンディダード4.54-55に存在し、真実に反する発言や約束の神聖さを侵害する行為は鞭打ち刑に処され、「罪を察知する力を持つ、燃え盛る黄金色の水」を飲むことで摘発される。この一節に関するゼンド訳・注釈では、「燃え盛る」を「硫黄と硫黄を含む」と訳し、この「罪を察知する液体」を摂取することで無罪か有罪かが確定したと記している。同様に、デンカードでは、アヴェスター文献の校訂を行ったとされるササン朝時代の高僧アダルバド・マラスパンドが、聖典の正確さの証として、胸に9升分の「燃えない溶融亜鉛」を塗られたとされている。
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ガーサの中における罪を察知する媒体としてのアータルの役割は、アヴェスターの後期のテキストには直接的に示されていない。しかし、正義によってアングラ・マイニュを焼き尽くし消滅させる寓話として、修正された形で再登場する。「そこでは、アシャ・ヴァヒシュタ(善なる思考)は時折、家庭の炉の火と同一視されている」。そこでは、「物質界と精神界における同一視は、アシャに関するゾロアスター教の教えの主要な教義をより際立たせている」(Dhalla, 1938:170)。それでもなお、熱による試練という古代の制度の痕跡はヴェンディダード4.54-55に存在し、真実に反する発言や約束の神聖さを侵害する行為は鞭打ち刑に処され、「罪を察知する力を持つ、燃え盛る黄金色の水」を飲むことで摘発される。この一節に関するゼンド訳・注釈では、「燃え盛る」を「硫黄と硫黄を含む」と訳し、この「罪を察知する液体」を摂取することで無罪か有罪かが確定したと記している。同様に、デンカードでは、アヴェスター文献の校訂を行ったとされるササン朝時代の高僧アダルバド・マラスパンドが、聖典の正確さの証として、胸に9升分の「燃えない溶融亜鉛」を塗られたとされている。
 
 
年代順に見ると、裁きの媒体としてのアタールから、燃え盛る火を司る神アタル・ヤザタへの移行は急激である。古いガーサ・アヴェスター語文献では熱(そして火)が厳しい裁きと関連付けられているのに対し、新しいアヴェスター語文献では、アタールという神は火そのものを完全に体現し、火そのものによって表象されているとされ、暖かさと光、そして成長に不可欠なものと関連付けられている。しかしながら、アシャ・ヴァヒシュタとアタルとの関連は後世にも引き継がれ、両者はしばしば一緒に言及されている(ヤスナ62.3、ニャーシェス5.9など)。守護者としての役割においても同様であり、「悪霊が善なる真理の創造を襲ったとき、善なる思考と火が介入した」(ヤシュト13.77)
 
  
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==== 神への移行 ====
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年代順に見ると、裁きの媒体としてのアータルから、燃え盛る火を司る神アタル・ヤザタへの移行は急激である。古いガーサ・アヴェスター語文献では熱(そして火)が厳しい裁きと関連付けられているのに対し、新しいアヴェスター語文献では、アータルという神は火そのものを完全に体現し、火そのものによって表象されているとされ、暖かさと光、そして成長に不可欠なものと関連付けられている。しかしながら、アシャ・ヴァヒシュタとアータルとの関連は後世にも引き継がれ、両者はしばしば一緒に言及されている(ヤスナ62.3、ニャーシェス5.9など)。守護者としての役割においても同様であり、「悪霊が善なる真理の創造を襲ったとき、善なる思考と火が介入した」(ヤシュト13.77)
  
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ゾロアスター教における火の崇拝は、ゾロアスター教自体よりもはるかに新しい歴史を持つと見られ、神殿崇拝とほぼ同時期に出現し、紀元前4世紀(アータルが神として導入されたのとほぼ同時期)に初めて現れた。アヴェスター本文には神殿における火の崇拝に関する言及はなく、古代ペルシア語にもそれを表す言葉は存在しない。さらに、ボイスは、神殿における火の崇拝は神像/神殿崇拝に対抗して確立されたものであり、「パルティア時代以前に火の神殿の遺跡は確認されていない」と示唆している(Boyce, 1975:454)。
  
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火の崇拝が教義上の変更であり、初期ゾロアスター教には見られなかったことは、後期の『アタシュ・ニャシュ』にも明らかである。この典礼の最も古い箇所では、炉の火は「夕べと朝の食事を調理するすべての人々」に語りかけているが、ボイスはこれが聖なる火とは矛盾していると指摘している。
  
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==== 神人としての擬人化 ====
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後期の文献では、アータルは'''アフラ・マズダー(標準的な呼称、ヤスナ25.7など)の「息子」'''として擬人化され、 「栄光に満ち、治癒の薬草に満ちている」(ニャーシュ5.6)と称されています。ヤスナ17.11では、アータルは「'''家の主人'''」であり、ガーサにおける'''炉の火'''の役割を想起させます。同じ箇所で「五種の火」が列挙されています。
  
It is in the later texts that ''Atar'' is personified as "the son" of Ahura Mazda (standard appellation, ''[[Yasna]]'' 25.7 et al.) and is addressed as "full of glory and full of healing remedies" (''Nyash'' 5.6). In ''Yasna'' 17.11, ''Atar'' is "master of the house", recalling the role of the hearth fire in the Gathas. The same passage enumerates the "five kinds of fire":
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# ''アータル・ベレジ・サヴァ''、「極めて慈悲深いアータル」は、ゼンド文献では「食物を食べるが水を飲まない火」と表現されており、最高位の火の神殿であるアタシュ・ベフラムで燃える種類の火である。
# ''atar berezi-savah'', "the highly beneficent ''atar''", qualified in ''Zend'' texts as "the fire that eats food but drinks no water", and the kind of fire that burns in an ''[[Atash Behram|Atash-Behram]]'', the highest grade of [[fire temple]].
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# ''アータル・ヴ​​ォフ・フリャーナ''(「善意のアータル」、バガや友人と同源)は、後に「善を拡散させる火」や「水と食物の両方を消費する火」と修飾された。
# ''atar vohu-fryana'', "the ''atar'' of good affection", cognate with [[bhaga]] and [[Friendship|friend]]), later qualified as "the fire diffusing goodness", and "the  fire that consumes both water and food".
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# ''アータル・ウルヴァジシュタ''、「最大の至福のアタール」は、後に「幸福な人生の火」や「水を飲むが食物を食べない火」と表現されるようになった。
# ''atar urvazishta'', "the ''atar'' of greatest bliss", later qualified as "the fire of happy life", and "the fire that drinks water but eats no food".
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# 「最も速いアタル」を意味する''アタル・ヴァジシュタ''は、後に'''雲の中の火、すなわち稲妻'''、また「水も飲まず食物も食べない火」と定義されるようになった。
# ''atar vazishta'', "the ''atar'' most swift", later qualified as the fire in clouds, i.e. lightning, and as "the fire that neither drinks water nor eats food".
+
# ''アータル・スペニシュタ''、「最も神聖なアタル」<ref name="Boyce_AmeshaSpenta">Aməša Spənta, Boyce, Mary, Encyclopaedia Iranica, v1, 1983, New York, Routledge & Kegan Paul, p933–936.</ref>、同源のバルト・スラヴ語のšventas 「聖なる」)(「ゼンド」文書では「繁栄の火」であり、[[アフラ・マズダ]]の前で燃える精神的な火であると説明されている。
# ''atar spenishta'', "the ''atar'' most holy",<ref name="Boyce_AmeshaSpenta">{{citation|chapter = Aməša Spənta|last = Boyce|first = Mary|title = Encyclopaedia Iranica|volume = 1|year = 1983|location = New York|publisher = Routledge & Kegan Paul|pages = 933–936}}.</ref> cognate Balto-Slavic ''[[wikt:Appendix:Proto-Slavic/svętъ|šventas]]'' "holy") ( described in "Zend" texts as "the fire of prosperity" and as the spiritual fire burning before [[Ahura Mazda|Ohrmuzd]].
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ササン朝時代の注釈書(ゼンド・テキスト)における火の描写は、11世紀または12世紀に成立した『ブンダヒシュン』(「原初創造」)における描写とは若干異なっている。後者では、最初の種類の火と最後の種類の火の描写が逆になっている。
The description of the fires in the Sassanid era commentaries (the ''Zend'' texts) differs slightly from those described in the ''[[Bundahishn]]'' ("Original Creation", completed in the 11th or 12th century). In the latter, the description of the first and last kind of fire is reversed.
 
  
 
== Adl(アラビア語) ==
 
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** ヒネルズ・ジョン・R., 井本英一、奥西峻介訳, ペルシア神話, 青土社, 1993-10, isbn:978-4-7917-5272-0
 
** ヒネルズ・ジョン・R., 井本英一、奥西峻介訳, ペルシア神話, 青土社, 1993-10, isbn:978-4-7917-5272-0
 
* Wikipedia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%AB アドル](最終閲覧日:26-01-16)
 
* Wikipedia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%AB アドル](最終閲覧日:26-01-16)
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* Wikipedia:[https://en.wikipedia.org/wiki/Atar Atar](最終閲覧日:26-01-16)
  
 
== 関連項目 ==
 
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* '''[[トゥイストー]]''':タキトゥスがゲルマン民族の祖とした神。インド的なアータルといえる神である。
 
* [[アルタイオス]]:ガリアの軍神。アータルが起源か?
 
* [[アルタイオス]]:ガリアの軍神。アータルが起源か?
  
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2026年1月19日 (月) 08:08時点における最新版

アータル (Atar、𐬁𐬙𐬀𐬭) はゾロアスター教に登場する火の神。ゾロアスター教における聖なる火の概念であり、抽象的な表現として「燃えつつ燃え尽きぬ火」あるいは「見える火と見えない火」と説明されることもある (ミルザ、1987:389)。これは、同名のヤザータを通じて、アフラ・マズダとそのアシャ(善行)の可視的な現れと見なされている。

アフラ・マズダーが生み出したヤザタの一柱で、アフラ・マズダーの息子とされる[1][2]。パフラヴィー語ではアードゥル (Adur)、アーダル (Adar) と呼ばれる[3]

アヴェスター語において、ātarは熱源や光源の属性であり、その主格単数形はātaršであり、ペルシア語のātaš(火)の語源である。

かつては、アヴェスター語の āθrauuan / aθaurun(ヴェーダ語 atharvan)という一種の祭司と語源的に関連すると考えられていたが、現在ではその可能性は低いとされている(Boyce, 2002:16)。以前は不明とされていた ātar の最終的な語源(Boyce, 2002:1)は、現在ではインド・ヨーロッパ祖語の*hxehxtr-「火」に由来すると考えられている。これにより、ラテン語 ater(黒)や、アルバニア語 vatër(定形:vatra)「炉」「暖炉」と同根語となる。アルバニア語のこの語はルーマニア語 vatră「炉」「暖炉」へ借用され、さらにそこからセルボ・クロアチア語 vatra「火」やウクライナ語 vatra「たき火」へと広まった[4][5]

後期ゾロアスター教では、ātar(中世ペルシア語:𐭠𐭲𐭥𐭥𐭩 ādar または ādur)は、図像学的に火そのものと同一視されており、火は中世ペルシア語では 𐭠𐭲𐭧𐭱 ātaxsh と呼ばれ、ゾロアスター教の主要な象徴の一つだった。

私的解説[編集]

語源について[編集]

印欧祖語の*hxehxtr-「火(英語のfireで良いのか? fightやfighterの語源にも見えるが??)」がこの神の語源なのではなくて、この神の名前が「火」の語源の*hxehxtr-なのだと考える。印欧語で他に「火」に近い単語はインドの火神アグニに類する言葉で「ignis」がある。こちらの方が「火」を現す言葉としては起源が古いと考えるので、*hxehxtr-を語源とする言葉は「ignis」系とは違う「火」であることを強調するために使われ出した言葉で、本来は古い意味の通り「秩序の維持」、「正義」とか「公正」を意味する言葉だったのではないだろうか。「正義」とか「公正」の媒体に「火」や「熱」が重要視されるようになって、「正義の火」として「ignis(破壊性のある火)」とは別の意味で使われ出したものが、「火」そのものを指すようになり、これが*hxehxtr-から派生した「火」だと考える。その起源は「バロンダロン」の合成語だと考える。こう考えれば英語の「fire」は「バロン」から派生した言葉で、より女神的といえるかもしれない。ローマ神話のウェスタ、ギリシア神話のヘスティアはいずれも女神であるし、「炉の火」は食事に関わるもので、食事の支度は主に女性の仕事だったと考えるので、元は「女神の火」と考える方が自然なのではないだろうか。

「ignis」のように、火器となり敵対者や略奪の対象者を焼き尽くし滅ぼす「火」ではなく、炉の火を絶やさず家庭の安寧を守る「火」というのが元の意味と考える。ギリシア神話のアテーナー女神が、アータルに近い名であるならば、彼女は軍神ではあるが「防衛」のための神でもある。火器であり、武器であっても「攻撃するための火」ではなく、「防衛するための火」であるという意味の違いが「ignis」と「fire・fight」の間にはあるのだろう。

また北欧神話のヴァン神族のフレイヤ、フレイもこの群の神々に入るように思われる。その他はギリシア神話のアトラース、エジプト神話のオシリス(エジプト語のwsjr)、インド神話のプルシャも含まれると考える。古い時代に枝分かれしていった他の地域の神々には必ずしも「火神」の性質は含まれない。ただ、父とされるヴァルナが中国で「黄帝」に相当する神であり、この神のトーテムが「熊」なので、西欧では「熊の神」として現されることが多いように感じる。

また、最初の「a」や「f」音が外れてしまい、「t」音が最初に来る神々もあるかもしれないと思う。ギリシア神話のテーセウスのように。

性質の変遷について[編集]

ゾロアスター教の初期においては、概念的な存在だったようだが、これは更にもっと古い時代に、人格的な神だったものを、いったん概念的な存在にした上で、更に時代が下ってまた人格神に戻したものと考える。

アータルに類する神々を「アルト群」と定義した場合について考察する。この神の名が「バロン・ダロン」から派生したとすると、女神でも男神でもあり得る。ただし、女神であるのか男神であるのかで性質に差違があったのではないかと考える。

男性神であった場合、まず巨人的な神であり「死して世界の秩序の支えになった」神であったと考える。

  • 世界の自然と身分秩序の源となったインド神話の「プルシャ」
  • 世界樹的植物、兼冥界の正義と公平さの裁きの神となったエジプト神話の「オシリス」
  • 世界を支える柱(世界樹の一種)となったギリシア神話の「アトラース」

である。彼らは最初からヴァルナ及びそれに類する神の味方とされていたのではないと考える。ギリシア神話のアトラースはティターン(デーヴァ)神族とされているし、彼は罰として世界を支えているからだ。大きく分ければ、彼は

  • 世界樹あるいはそれに類する神(秩序を支える神)
  • 冥界神

の2つにまず含まれたのではないだろうか。しかし、時代が下ってアスラ対デーヴァではなく、共存と神々の並立を探る動きが強くなってくると、ヴァルナの側にこの「元デーヴァの神」を取り込もうという動きが現れ、

  • ヴァルナの息子神とする。
  • 父に従って、世界の秩序を守る役割の神とする。その際にアテーナー女神のように「父に従って戦う女神」の性質をも取り込む
    • 時に世界の秩序を守るための「戦士」として描かれる。

という性質を加えられて、取り込まれたものと考える。そのため、神話の上では「デーヴァ」である元の自分の分身のような神と戦う場合も生じてしまったのだろう。西欧の印欧語族には「世界の秩序を守るための「戦士」」という性質が強く伝播して、「アーサー王と彼の円卓の騎士達」のように中世騎士道のお手本のような伝説上の騎士団が作られたのだろう。ただし、アテーナー女神がテーバイを責めた七将を配下のようにして、その生殺与奪の権利を有していたように、そもそも「騎士団」といえるものを創設したのは「女神の仕業」と考えられていたように思う。その姿は七将攻めのアテーナー女神や北欧神話のワルキューレ達、ケルト神話のモリガン女神達、日本の八女津媛の中に残されているように思う。だから、余談だけれども、アーサー王の真のモデルは、バロンという名前の「養母としての女神」だったのではないかと考える。西欧的には、アテーナー女神でもいいのだけれども。アテーナー女神とアーサー王は、起源的には性質からも語源からもかなり近い存在といえる。でも、アーサー王の直接的な起源は、アテーナー女神ではなくて、「正義の戦士の神」であるアータルだったと考える。

また、「神と神に仕える正義の戦士達」というモチーフは、聖書の「イエスと黙示録の戦士達」にも取り入れられたように思う。キリスト教化された世界で作られたアーサー王伝説で「聖杯の探求」に成功したのが、童貞であったガラハッドという設定も「黙示録の戦士」というイメージを分かりやすく暗喩しているように思う。(父親が童貞でなくなったから息子が生まれたのでは? と思うと、童貞でないばかりに探求に失敗してしまったランスロットにはなんだか気の毒な設定ではあるのだが。)

火の神の性質の付加[編集]

「火の神」としての性質が付加されるようになった背景には、やはり一番大きな影響はインドで広く崇拝されていたアグニ信仰があるのではないだろうか。アータルがアジ・ダハーカと戦う際に「口の中を焼く」という表現が出てくるが、アグニがヴリトラと戦う際にも同様の表現が出てくる。やや距離的には遠くなるが、朝鮮の伝承に、天狗が太陽を盗もうとする際に、口に咥えたら口の中を焼かれた、というモチーフが出てくる。このようにイラン外の火神、太陽神に対する概念が影響を与えているであろう。

また、アータル自身が「火」と考えられていなかったとしても、「火」に関連する近い存在とみなされていたと考えられる。例えば、ゾロアスター教では「火は岩の中から発見された」とある。アータルがアトラスと同じように、岩と化して世界を支える存在だと考えられていたのであれば、火は彼の中から発見された可能性がある。あるいは、塗山氏女から生まれた啓のように、アータルは死して岩となった母の中から生まれた火に近い性質を持つ神として、元々考えられていたかもしれない。あるいは「火」を発見したホシャンが、インドの原人プルシャと同語源、すなわち遠くアータルとも同語源で、ホシャンとアータルは元は「同じもの」であって、人間化したものがホシャンであり、神に移行したアータルも「火を発見した神」として元々考えられていたのかもしれない、と思う。しかし、一番ありそうなのは、アータル自身が岩かあるいは鋼鉄のように「熱すれば熱くなるけれども、たやすくは燃えない体」を持っていたと考えられる神だったのではないだろうか。彼自身が「火による裁き」に誰よりも強い体を持っていたのである。同じイラン系の伝承であるオセット族のナルト叙事詩のバトラズは鋼鉄の体を持ち、熱く熱されて状態で生まれた。彼は「火」ではないが、その高熱で周囲を燃やすことはできたであろう。バトラズの名もアータルと同語源と考える。近年バトラズとアーサー王の関係を示唆する学説がみられるが、どちらもアータルに近い神的概念から発生した英雄と考える。

ナルト叙事詩のバトラズは、父親から生まれた子供であり、その点がギリシア神話のアテーナー女神と類似する。また、バトラズは父親を殺したナルト達に苛烈で凄惨な復讐を行う。「女神が父親を殺した復讐に荒れ狂う」という神話はあまり類例を見ないが、「父親」を「夫」に置き換えて夫の復讐に挑むエジプト神話のイシス、「父」ではなく「母」の復讐のために苛烈な報復を行うギリシア神話のアルテミス・アポローンの兄妹、「父親」を「娘」に置き換えて娘を怪我させた息子を殺してしまう朝鮮の伝承の母神、「夫」が亡くなったら神託に従って朝鮮を征討してしまう神功皇后とか、崩れた形の神話にはいくつか例がある。もしかしたら、バトラズも非常に古い時代には女神だったかもしれない、と考える。アテーナー女神の場合は、父親が主神ゼウスだから、誰かに殺されるはずもなく、親の復讐を果たす神話は削除されてしまったものと考える。ただし、彼女が正常に生まれていたら、いずれゼウスの後継者になるだろう、という預言を受けており、婉曲的ではあるが父の死後、後継者となったというニュアンスのエピソードをアテーナーは有している。イラン神話のアータルはアテーナーと同様で、父親が「偉大な神」だから、復讐の機会が生じるはずもない。

また、ヒッタイト神話には「クマルビから単独で生まれた岩の巨人ウルリクムミ」の伝承があり、これは「ヘミッツから生まれた鋼鉄のバトラズ」と相関があるように思う。アータル自身が「岩か鋼鉄のような熱くなるけれども燃えない体を持っていた」というのであればその点はイラン・インド系の神話ではなく、ヒッタイトを形成した「デーヴァ信仰」系の印欧語族から取り入れたものなのではないだろうか。

ヒッタイトの次席神テシュブは印欧語系の神であり、名前の最後が「b」の子音で終わる。ローマのユーピテルが「t」、エトルリアのティニアが「n」、北欧のトールが「o」の音で終わることと併せて考えれば、テシュブの名前はゲルマン系の雷神に近い名と考える。おそらくヒッティ族(ヒッタイトでテシュブを擁した氏族)は、ゲルマン系に近い氏族であって、ゲルマン系と共通した文化を持っていたと推察される。ヒッタイトは他民族国家であって、宗教的には各氏族の共存並立を求めた多神教国家だったので、誰かが誰かを報復のために皆殺しにした、というような凄惨な内容の神話は忌避される傾向にあったのではないか、と推測するが、ドイツには女性が報復のために一族郎党を皆殺しにして最後には「そして誰もいなくなった」状態になる有名な「ニーベルンゲンの歌」がある。これは、クリームヒルトという女性が、兄嫁のブリュンヒルドという女性を侮辱して、結果兄がクリームヒルトの夫を報復のために殺したので、更にその結果、「復讐の塊」と化したクリームヒルトが自分の一族郎党を皆殺しにしてしまった、という伝承である。かなり、大勢の人が殺戮の対象になっている点が、ナルト叙事詩の「バトラズの復讐」と類似する。登場人物の立ち位置は異なるが、そもそもクリームヒルトとは「ヘミッツ」と類似した子音の名であり、ブリュンヒルドは「バトラズ」に類似した子音の名である。

よって、アータル、バトラズ、アテーナー、アーサーと彼らは広く「起源が同じで性質が類似している」神話的存在なのである。

起源的には、バトラズ、アータル、アーサーの順に古いと考える。

余談[編集]

ナルトには「一応不死」の体を持ちながら、最後には殺されてしまう神として他にソスランがいる。インドのスーリヤ、ルウィのシワットに類する神と考える。ギリシア神話のアキレウス、ゲルマンのジークフリートはこちらに類する神と考える。

「ニーベルンゲンの指輪」は元々は、クリームヒルトが母親、ブリュンヒルデが娘であって、娘を害した夫(すなわちジークフリート)を母親のクリームヒルトが殺した、というギリシア神話のイーピゲネイアのような話と、ブリュンヒルデが父親を殺した兄のジークフリートを復讐のために殺した、という2つの伝承があり、それをアレンジを加えて一つに纏めたら「そして誰もいなくなった」になってしまった、という話なのではないかと考える。またジークフリートが「一応不死身」であるという設定はギリシア神話のアキレウスに類似しており、シワットという神が、「妻に殺された」という性質が内包される場合があったと考える。おそらく、ギリシア神話のアキレウスもヒッタイトに近いゲルマン系の氏族から取り込んだジークフリート的な半神半人の英雄なのだろう。だから、半神半人の英雄が不老不死である、とかなにがしかの報復において苛烈な所業がまかり通る、という設定の起源は、ゲルマン系に近い氏族から出ており、氏族そのものの移動や近隣氏族への思想的影響によって各地に伝播したものと考える。ただし、ジークフリートそのものはティワズ(Tiwaz)に近い名であって、西欧ではティワズ(Tiwaz)・シワットとアルト群の神々は、性質的に「類似した神」と考えられていた可能性が高いように思われる。

ニーベルンゲンのクリームヒルトは北欧ではグズルーン(Guðrún)と呼ばれる。英語に直せば「Great Deva + n」という意味とできるかと思う。「G」と「Deva」を入れ替えればドゥルガー(Durgā)と読めるのではないだろうか。インドのドゥルガー女神には、夫のシヴァの腹の上で踊ったという伝承がある。また、標的に対して凄惨な攻撃を行うことでも有名な女神である。ということは、グズルーンとシグルト、言い換えればクリームヒルトとジークフリートはインド神話の「ドゥルガーとシヴァ」に相当するのであり、ドゥルガーの「腹上踊り」は「夫を殺したことを示唆する」とそういうことなのだと思う。ドゥルガー・パールヴァティーはサティーの生まれ変わりと言われているので、サティーの時は夫と父の不仲を案ずるだけの女神だったのだけれども、生まれ変わった後は夫を殺して、夫に殺された父の復讐を果たした、というのが一番古いドゥルガーとシヴァの神話なのではないだろうか。

また、北欧のグズルーンに「n」の子音がつくのはこれは「熊」の神を示すのであって、伝承がインドからゲルマン系に移されて彼らが北欧に定住する間に、女神のトーテムが「虎(Tiger)」から「熊」に変更されたからではないだろうか。グズルーンがドイツで「クリームヒルト」と呼ばれるのは「KM」の子音が「熊」を現すからだと考える。熊のことを「クマ」と一般名詞で呼ぶのは現代では日本人だけだけれども、古代においてはこれは「クマ」を隠喩する隠語の一つで、神の名として国際的に使われていた言葉だったのだと考える。

だから、ゲルマン民族は、インド系に近い神話を持っているけれども、彼らの遠祖はインド系よりももっとベンガル地方に近い所に住んでいて、特にドゥルガー信仰に近い信仰を持っていたのではないかと考える。その彼らが、非常に長期にわたり、インド・イラン方面に移動した群とは異なるルートで少しずつ西に移動して周辺の民族に神話・伝承的に影響を与えたり、受けたりしながら、最後に定住したのが中欧・北欧だったので、ドゥルガー女神の持つ苛烈で凄惨な性質が、彼らと共に西欧に持ち込まれたのだと考える。

解説・神話[編集]

人間に知恵と安寧をもたらし、世界を邪悪から守護する「勇敢で善き戦士」として崇拝されたという。また、稲妻となり、雨を遅らせようとした悪魔を退治する神話もある。

讃歌『ザムヤード・ヤシュト(Yasht)[6]』においては、光輪(クワルナフ(Khvarenah))を奪い合い、邪竜アジ・ダハーカと戦った。ある時は、アジ・ダハーカは光輪を奪い取るべく罵詈雑言を吐きながらアータルに迫った。アータルは、自分がアジ・ダハーカの体の中に入って口の中で燃え上がり、アジ・ダハーカが地上に来られないように、決して世界を破壊できないようにする、と言った。アジ・ダハーカはアータルのこの言葉に萎縮して退いたという[7][8]アータルはミスラとしばしば行動を共にしており、二人でアジ・ダハーカと戦うこともあった[7]

フェルドウスィーの『シャー・ナーメ』では、最初の人間ガヨマルドの孫であるホシャンが岩の中に炎を発見する。彼はそれをアフラ・マズダーの神聖な栄光と認識し、敬意を表し、民にもそうするように命じる。また、『シャー・ナーメ』には、自らの無実を証明するために「燃えない炎」をくぐり抜けた セヴァヴァシュの伝説も記されている。

アヴェスターにおいて[編集]

ガーサでは[編集]

最も古代のテキストにおいて、「アータル」は判断が下される手段であり、預言的な熱による試練(アヴェスター語:ガルモ・ヴァラ、熱の試練)を反映している(ボイス 1996年:第6章)。正義はアタルによって執行される(ヤスナ31.3、34.4、36.2、47.2)、燃え盛るアタル(31.19、51.9)、アタルの熱を通して(43.4)、燃え盛って輝く溶けた金属を通して(アヤンガ・クシュシュタ30.7、32.7、51.9)。火の試練を乗り越えた者は、肉体的および精神的な力、知恵、真実、愛とともに平穏を得る(30.7)。しかし、最古の文献におけるアータルへの言及の中で、アフラ・マズダーとは独立して言及されているのは一度だけである。この例外では、アータルは男性三人称単数で言及されている。「彼は手でつかむことで罪人を見抜く」(ヤスナ34.4)。全体として、「火による試練は全部で30種類ほどあったと言われている」(ボイス、2002:1)。

ガーサ以降の文書[編集]

ガーサの中における罪を察知する媒体としてのアータルの役割は、アヴェスターの後期のテキストには直接的に示されていない。しかし、正義によってアングラ・マイニュを焼き尽くし消滅させる寓話として、修正された形で再登場する。「そこでは、アシャ・ヴァヒシュタ(善なる思考)は時折、家庭の炉の火と同一視されている」。そこでは、「物質界と精神界における同一視は、アシャに関するゾロアスター教の教えの主要な教義をより際立たせている」(Dhalla, 1938:170)。それでもなお、熱による試練という古代の制度の痕跡はヴェンディダード4.54-55に存在し、真実に反する発言や約束の神聖さを侵害する行為は鞭打ち刑に処され、「罪を察知する力を持つ、燃え盛る黄金色の水」を飲むことで摘発される。この一節に関するゼンド訳・注釈では、「燃え盛る」を「硫黄と硫黄を含む」と訳し、この「罪を察知する液体」を摂取することで無罪か有罪かが確定したと記している。同様に、デンカードでは、アヴェスター文献の校訂を行ったとされるササン朝時代の高僧アダルバド・マラスパンドが、聖典の正確さの証として、胸に9升分の「燃えない溶融亜鉛」を塗られたとされている。

神への移行[編集]

年代順に見ると、裁きの媒体としてのアータルから、燃え盛る火を司る神アタル・ヤザタへの移行は急激である。古いガーサ・アヴェスター語文献では熱(そして火)が厳しい裁きと関連付けられているのに対し、新しいアヴェスター語文献では、アータルという神は火そのものを完全に体現し、火そのものによって表象されているとされ、暖かさと光、そして成長に不可欠なものと関連付けられている。しかしながら、アシャ・ヴァヒシュタとアータルとの関連は後世にも引き継がれ、両者はしばしば一緒に言及されている(ヤスナ62.3、ニャーシェス5.9など)。守護者としての役割においても同様であり、「悪霊が善なる真理の創造を襲ったとき、善なる思考と火が介入した」(ヤシュト13.77)

ゾロアスター教における火の崇拝は、ゾロアスター教自体よりもはるかに新しい歴史を持つと見られ、神殿崇拝とほぼ同時期に出現し、紀元前4世紀(アータルが神として導入されたのとほぼ同時期)に初めて現れた。アヴェスター本文には神殿における火の崇拝に関する言及はなく、古代ペルシア語にもそれを表す言葉は存在しない。さらに、ボイスは、神殿における火の崇拝は神像/神殿崇拝に対抗して確立されたものであり、「パルティア時代以前に火の神殿の遺跡は確認されていない」と示唆している(Boyce, 1975:454)。

火の崇拝が教義上の変更であり、初期ゾロアスター教には見られなかったことは、後期の『アタシュ・ニャシュ』にも明らかである。この典礼の最も古い箇所では、炉の火は「夕べと朝の食事を調理するすべての人々」に語りかけているが、ボイスはこれが聖なる火とは矛盾していると指摘している。

神人としての擬人化[編集]

後期の文献では、アータルはアフラ・マズダー(標準的な呼称、ヤスナ25.7など)の「息子」として擬人化され、 「栄光に満ち、治癒の薬草に満ちている」(ニャーシュ5.6)と称されています。ヤスナ17.11では、アータルは「家の主人」であり、ガーサにおける炉の火の役割を想起させます。同じ箇所で「五種の火」が列挙されています。

  1. アータル・ベレジ・サヴァ、「極めて慈悲深いアータル」は、ゼンド文献では「食物を食べるが水を飲まない火」と表現されており、最高位の火の神殿であるアタシュ・ベフラムで燃える種類の火である。
  2. アータル・ヴ​​ォフ・フリャーナ(「善意のアータル」、バガや友人と同源)は、後に「善を拡散させる火」や「水と食物の両方を消費する火」と修飾された。
  3. アータル・ウルヴァジシュタ、「最大の至福のアタール」は、後に「幸福な人生の火」や「水を飲むが食物を食べない火」と表現されるようになった。
  4. 「最も速いアタル」を意味するアタル・ヴァジシュタは、後に雲の中の火、すなわち稲妻、また「水も飲まず食物も食べない火」と定義されるようになった。
  5. アータル・スペニシュタ、「最も神聖なアタル」[9]、同源のバルト・スラヴ語のšventas 「聖なる」)(「ゼンド」文書では「繁栄の火」であり、アフラ・マズダの前で燃える精神的な火であると説明されている。

ササン朝時代の注釈書(ゼンド・テキスト)における火の描写は、11世紀または12世紀に成立した『ブンダヒシュン』(「原初創造」)における描写とは若干異なっている。後者では、最初の種類の火と最後の種類の火の描写が逆になっている。

Adl(アラビア語)[編集]

アラビア語でのアドル(ʿadl、عدل)は「正義」、「公正」、「誠実」などを意味する。なお、定冠詞付きのアル・アドル(Al-ʿAdl、العدل)はアッラーフの99の美名のうちの1つであり、非常にめでたい響きを持つ。そのため、アラビア語圏を含むイスラーム圏の組織名などに使われることがある。アーディル(ʿādil、عادل)と同語源。

参考文献[編集]

  • Wikipedia:アータル(最終閲覧日:26-01-16)
    • 池上正太, オリエントの神々, 新紀元社, Truth In Fantasy 74, 2006-12, p227, isbn:978-4-7753-0408-2
    • カーティス・ヴェスタ・サーコーシュ, 薩摩竜郎訳, ペルシャの神話, 丸善, 丸善ブックス 096, 2002-02, isbn:978-4-621-06096-4
    • 草野巧, 幻想動物事典, 新紀元社, ファンタジー事典シリーズ, 1997-05, p4, isbn:978-4-88317-283-2
    • ヒネルズ・ジョン・R., 井本英一、奥西峻介訳, ペルシア神話, 青土社, 1993-10, isbn:978-4-7917-5272-0
  • Wikipedia:アドル(最終閲覧日:26-01-16)
  • Wikipedia:Atar(最終閲覧日:26-01-16)

関連項目[編集]

  • トゥイストー:タキトゥスがゲルマン民族の祖とした神。インド的なアータルといえる神である。
  • アルタイオス:ガリアの軍神。アータルが起源か?

脚注[編集]

  1. カーティス,薩摩訳 2002, p. 23.
  2. ヒネルズ,井本ら訳 1993, p. 66.
  3. ヒネルズ,井本ら訳 1993, p. 65.
  4. jstor:40997529, The Prehistory of the Albanian Vowel System: A Preliminary Exploration, Studies in Slavic and General Linguistics, volume32:Evidence and Counter-Evidence: Essays in honour of Frederik Kortlandt. v 1: Balto-Slavic and Indo-European Linguistics, p591–608, Vermeer Willem, 2008, "Romanian also famously borrowed vatër 'hearth' with patently Tosk va- and proceeded to spread it to wherever Vlachs expanded subsequently."
  5. https://books.google.com/books?id=tzU3RIV2BWIC&q=atars&pg=PA202, Encyclopedia of Indo-European Culture - James Mallory - Google Boeken, 2012-08-27, isbn:9781884964985, Mallory J. P., Adams Douglas Q., 1997, Taylor & Francis
  6. 紀元前 1500年頃~紀元前 400年頃に成立。
  7. 7.0 7.1 カーティス,薩摩訳 2002, p. 24.
  8. ヒネルズ,井本ら訳 1993, pp. 68-69.
  9. Aməša Spənta, Boyce, Mary, Encyclopaedia Iranica, v1, 1983, New York, Routledge & Kegan Paul, p933–936.