「フィン・マックール」の版間の差分
| (同じ利用者による、間の29版が非表示) | |||
| 8行目: | 8行目: | ||
== 系譜 == | == 系譜 == | ||
| − | + | 一般的にフィンの両親とされるのはフィアナ騎士団の団長クール(クーアル・マク・トレンモール(Cumhail)、"トレンモールの息子クーアル"<ref name="hattori1994"/>)とヌアザの孫娘マーナ (ケルト神話)(Muirne)である。しかしこの他に、フィン・マックールとフィン・マック・グレオル(Find mac Gleoir)を同一視し、コンホヴァル・マク・ネサの子孫であるグレオルを父親と見做す場合がある。また、母親についてもFuincheやTarbda(Torba)とする場合がある。 | |
| − | + | フィン・マックールの血統に関する最も有名な系譜は、氏族の名である'''バスクナ(Clan Bascna)'''を古代のレンスター王ヌアドゥ・ネフト((Nuadu Necht、Nuadu Necht)<ref>レンスターの祖神であり、伝説上の王。エタースケル(Eterscél Mór)から上王の座を簒奪したが、後にエタースケルの息子コナレ・モールに殺害される。</ref>)の末裔とするものである。しかし、バスクナの祖先を古代のマンスター王Deda mac Sin(Deda_mac_Sin)<ref>クー・フーリンのライバルであるクー・ロイ・マク・ダーリやダ・デルガの館の崩壊の主人公コナレ・モール、後述の上王マックコンの先祖にあたる人物。</ref>とする系譜も存在する。 | |
| − | + | フィンの母方の祖父Tadg mac Nuadat(Tadg mac Nuadat)<ref>百戦のコン(Conn of the Hundred Battles)に仕える'''ドルイド'''。Tadgに彼の住処であるアルムの丘(Hill of Allen)に住むよう薦められたフィンはそれを受け入れたとされるが、フィンがTadgからアルムの丘を奪い取ったとする異文も残されている。</ref>の名は「ヌアドゥの息子'''タイグ'''」を意味する。このヌアドゥとはヌアザそのものであるとも、レンスターにおける'''ヌアザ'''の顕現であるともされる。また、一見奇妙な事だがタイグ本人もヌアザの別名である可能性があると考えられている。こうした理由でフィンはヌアザの孫とも曾孫ともされる<ref>MacKillop, 2004."Fionn mac Cumhaill"</ref><ref>ただし、ヌアザの血を継ぐ事は、少なくともそう主張する事についてはさほど珍しいこととも言えない。the royal society of antiquaries of Ireland, 1921, 191によればマンスターの王家はすべてヌアザの子孫だと称される。</ref>。 | |
== 生涯 == | == 生涯 == | ||
=== 生い立ち === | === 生い立ち === | ||
| − | + | フィン・マックールはヌアザの孫娘マーナとフィアナ騎士団の団長クール・マックトレンモーとの間に生まれた。成長してフィンと呼ばれるようになったが、それまでは別の名で呼ばれており、デムナという幼名が最もよく知られている。 | |
| − | + | クールとマーナの関係は周囲から祝福されたものではなかった。それというのもクールは舅となるタイグから許しを得ずにマーナを連れ出しており、タイグが上王である百戦のコン(Conn_of_the_Hundred_Battles)に訴えたことでクールは追討を受ける立場になったからである<ref>民俗学者パトリック・ケネディが収集したクヌハの戦いのあらましによれば、クールはこの時レンスター王だったがスコットランドに出兵・不在の隙をついて百戦のコンが養父クリウサンを新たなレンスター王に就任させたとされる。エオイン・マクニールは戦いの原因についてヌアドゥ・ネフトの末裔であるクリウサンとクールの間にレンスター王位の争いが根底にあったとしている。</ref>。そして現在のダブリン郊外キャッスルクノック(Castleknock)とされるクヌハの戦いで彼はコノートのフィアナの隊長であったゴル・マックモーナ(Goll mac Morna)に殺された。マーナはゴルがクールの息子を生かしてはおくまいと恐れ、ボーウァル(Bodhmall)<ref>ボーウァルはクール・マックトレンモーの姉妹であり、女ドルイドだった。また、武勇にも優れており、フィン詩歌集にはクールの死後、敗走する自軍の殿軍を務めて兄弟のクリムナルとともにゴル・マックモーナを相手に戦ったと記されている。</ref>たちに密かに息子をブルーム山脈(Slieve_Bloom_Mountains)で育てさせた。 | |
| − | + | 育ての母親たちに荒野で生きるためのあらゆることを授けられたデムナは、素晴らしい狩人になった。ある日、家である小屋から離れたところに出歩いたデムナと同じ年頃の少年たちがしているハーリングに興味を持ち、仲間に入って遊んだところ、たちまちの内に上達し一人で全員を相手に勝利を治めた。このことを知った少年たちの族長がデムナに興味を持ち、名前を誰も知らなかったので外見の特徴である「'''太陽'''のように明るい髪をしている」から「フィン」と呼ぶようになった<ref>フィン詩歌集ではより具体的に、タルティウ(Tailtiu)のルーナサ祭で行われていたハーリングに参加した時のことだとしており、見知らぬ少年をフィンと呼んで名付けてしまった族長は百戦のコン(Conn_of_the_Hundred_Battles)としている。</ref>。 | |
フィン・マックールという名が知れ渡るということは、同時にフィンの命が脅かされるということでもあった。当時のフィンの敵は上王である百戦のコン、コノートのフィアナの長であるゴル・マク・モーナ、百戦のコンの養父だったコノート王コナル、上王コンに従う名高いターラのルグネ<ref>ルグネの長アーリューはクヌハの戦いに参加しており、クール・マックトレンモーとはフィアナの主導権争いをしていた。なお、フィンが逃亡のため正体を隠して兵士として雇われていた時に雇用者であった王に正体を疑われたことがあったが、「ターラのルグネに属する農民の子」と答えて誤魔化している。</ref>だった。旅する中でフィンは王や族長に仕え、戦士としての経験を積む。 | フィン・マックールという名が知れ渡るということは、同時にフィンの命が脅かされるということでもあった。当時のフィンの敵は上王である百戦のコン、コノートのフィアナの長であるゴル・マク・モーナ、百戦のコンの養父だったコノート王コナル、上王コンに従う名高いターラのルグネ<ref>ルグネの長アーリューはクヌハの戦いに参加しており、クール・マックトレンモーとはフィアナの主導権争いをしていた。なお、フィンが逃亡のため正体を隠して兵士として雇われていた時に雇用者であった王に正体を疑われたことがあったが、「ターラのルグネに属する農民の子」と答えて誤魔化している。</ref>だった。旅する中でフィンは王や族長に仕え、戦士としての経験を積む。 | ||
=== ムグ・ヌアザの帰還 === | === ムグ・ヌアザの帰還 === | ||
| − | + | フィン・マックールが表舞台に出ると同時期に、アイルランドから追放されていたマンスター王ムグ・ヌアザ(Mug_Nuadat)<ref>ムグ・ヌアザはヌアザのしもべを意味する。名の由来を説明する伝説は幾つかあるが、「砦の建設のために溝を掘っていたところ大きな石に行きあたってしまい労働者たちは困っていたのだが、若者が持ち上げて取り除いた」という大筋は一致している。その出来事から、石は力持ちのヌアザが持ち上げられなかったほどの大きさだったことにより、ヌアザのしもべと称されたとされる。あるいは若者の養い親のヌアザを讃えてそのような名で呼ばれるようになったともされる。</ref>が帰還した。百戦のコンと対立していたマンスターはクヌハの戦いでクール・マックトレンモー(Cumhail)に味方しており、ムグ・ヌアザは戦に敗れてスペインへ逃れていたのだった。 | |
ムグ・ヌアザはマンスターを平定すると、百戦のコンに対して次々と勝利を収めてついに自らのアイルランドの南半分の支配権を百戦のコンに認めさせた。この際、ムグ・ヌアザはフィン・マックールに南部における勇士の首席を授けている。 | ムグ・ヌアザはマンスターを平定すると、百戦のコンに対して次々と勝利を収めてついに自らのアイルランドの南半分の支配権を百戦のコンに認めさせた。この際、ムグ・ヌアザはフィン・マックールに南部における勇士の首席を授けている。 | ||
=== フィアナ騎士団長の座へ === | === フィアナ騎士団長の座へ === | ||
| − | + | フィンは、サウィン祭のころにターラの王宮の上王コンの元へ行き、近衛騎士として仕えることを申し出る。これはフィアナ騎士団に所属するには団長のゴルに忠誠を誓わねばならないからである。王に快く受け入れられたフィンだが、宴の中で宮殿を二十年間毎年サウィン祭のころに燃やしてしまう『炎の息のアイレン』という怪物を倒したものに褒美を取らせる、という上王の言葉を聞いた際に、恩賞に騎士団長の座を頂けるか交渉し、了承させる。 | |
『炎の息のアイレン』は竪琴の音を聞いたものを魔法の眠りに付かせる不思議な力を持っているため、これまで誰にも倒すことが出来なかったが、フィンは父に恩のある騎士の一人から魔法の槍を受け取っていた。これは袋を被せておかないと勝手に血を吸おうとする獰猛な槍で、穂先を額に当てることで、眠気を吹き飛ばすことが出来た。これによりフィンはアイレンの音色を打ち破り、討ち倒す。こうしてフィンはフィアナ騎士団の首領の座に収まり、前団長にして父の仇であるゴルとも手を結んだ。 | 『炎の息のアイレン』は竪琴の音を聞いたものを魔法の眠りに付かせる不思議な力を持っているため、これまで誰にも倒すことが出来なかったが、フィンは父に恩のある騎士の一人から魔法の槍を受け取っていた。これは袋を被せておかないと勝手に血を吸おうとする獰猛な槍で、穂先を額に当てることで、眠気を吹き飛ばすことが出来た。これによりフィンはアイレンの音色を打ち破り、討ち倒す。こうしてフィンはフィアナ騎士団の首領の座に収まり、前団長にして父の仇であるゴルとも手を結んだ。 | ||
| 39行目: | 39行目: | ||
百戦のコンとムグ・ヌアザはアイルランドを分割して支配していたが、ついに両者は雌雄を決するべく戦うことになり、フィン・マックールはターラの防衛を任されるとともに勝者に仕えるように百戦のコンに告げられた。戦いの果てに百戦のコンが勝利してムグ・ヌアザは戦死した。 | 百戦のコンとムグ・ヌアザはアイルランドを分割して支配していたが、ついに両者は雌雄を決するべく戦うことになり、フィン・マックールはターラの防衛を任されるとともに勝者に仕えるように百戦のコンに告げられた。戦いの果てに百戦のコンが勝利してムグ・ヌアザは戦死した。 | ||
| − | + | 百戦のコンの死後はコンの娘婿コナラ・コーエム(Conaire_Cóem)が上王となり、コナラがグルティネの戦いでエーラン王ネヴェド<ref>その後、エーラン王ネヴェドはマックコンが挙兵した際にマックコン軍に合流していた。しかしその後にコナラ・コーエムの子であるケアブリ三兄弟による敵討ちで討ち取られた。</ref>に敗れて戦死すると百戦のコンの息子アート・マックコン(Art_mac_Cuinn)が上王となった。アート・マックコンとフィンの関わりはコン王存命時代のアートの冒険譚に見つけることができる。フィン・マックールはアート王にも仕えていたが、後に反旗を翻した。 | |
=== マックコン王の盛衰とコーマック王の台頭 === | === マックコン王の盛衰とコーマック王の台頭 === | ||
| − | + | 当時のマンスターではムグ・ヌアザの息子アリル・オーロム(Ailill_Aulom)が王として君臨していた。彼は自らの息子イォーガン(Éogan_Mór)とマンスターの名門貴族であるマックコン(Mac_Con)の争いで実の息子を支持して、義理の息子であるマックコンの反発を招いた。不満を抱いたマックコンが挙兵するとフィン・マックールはマックコンの軍勢にはせ参じている。マックコンは一度は敗れてブリテン島に逃れたものの捲土重来を果たし、マグ・ムクラマの戦いで上王アートとイォーガンを打ち破って新たな上王としてアイルランドに君臨した。 | |
それからアート王の息子コーマックが30歳になると、マックコンは上王の座を退いた。フィン・マックールはマンスターに帰還したマックコンに付き従って、護衛を務めていた。なぜなら、実の息子を殺されたマンスター王アリル・オーロムはマックコンを殺そうと企んでいたからである。フィンは彼の暗殺を予見しており、マックコンに警戒するように伝えたが真剣に取り合ってもらえなかった。マックコンは暗殺されてしまい、フィンは彼の復讐のため七年を費やすことになる。 | それからアート王の息子コーマックが30歳になると、マックコンは上王の座を退いた。フィン・マックールはマンスターに帰還したマックコンに付き従って、護衛を務めていた。なぜなら、実の息子を殺されたマンスター王アリル・オーロムはマックコンを殺そうと企んでいたからである。フィンは彼の暗殺を予見しており、マックコンに警戒するように伝えたが真剣に取り合ってもらえなかった。マックコンは暗殺されてしまい、フィンは彼の復讐のため七年を費やすことになる。 | ||
| 51行目: | 51行目: | ||
=== フィンの最期 === | === フィンの最期 === | ||
| − | + | デーシュの追放(The_Expulsion_of_the_Déisi)という伝説によるとコーマック王はデーシュ王オェングスに襲われ負傷のため上王の座を退くことになった。その後、アルスターからエオハズ・グナト(Eochaid_Gonnat)という上王が出たが、翌年にはコーマックの息子ケアブリ(Cairbre_Lifechair)がエオハズを破り新たな上王となった。 | |
ケアブリの時代にフィンは最期を迎えたとされる。諸説様々な伝説があり、死んでおらず洞窟で眠っている、配下の信頼を取り戻そうと行った川を跳び越える儀式に失敗して溺死したなどがあるが、ここではガヴラの戦いをフィンの人生の締め括りとする。 | ケアブリの時代にフィンは最期を迎えたとされる。諸説様々な伝説があり、死んでおらず洞窟で眠っている、配下の信頼を取り戻そうと行った川を跳び越える儀式に失敗して溺死したなどがあるが、ここではガヴラの戦いをフィンの人生の締め括りとする。 | ||
| 60行目: | 60行目: | ||
== 生まれ変わり == | == 生まれ変わり == | ||
| − | + | 七世紀のアルスター地方の王子モンガーン・マク・フィアフネ(Mongán_mac_Fiachnai)はフィン・マックールであるとする伝説がある。それによると、フォーガルという詩人が語った上王フォサド・アルグデハ<ref>フォサド・アルグデハはマックコンの息子であり、ガヴラの戦いで討ち死にしたケアブリに代わって上王となっていた。アルスター地方ラーンにあるオラーバ川の戦いで戦死した。その後の上王になったのはケアブリの息子フィアハである。</ref>の死にざまについてモンガーンが異論を唱えたことにより論争が生じた<ref>モンガーンは問題に直面しても未来を予知できるためにトリックスター的な役割を果たしている。そしていくつかの物語では上流階級・知識人をからかう傾向にある。この物語でも彼はフィンとしてフォサド・アルグデハと戦った当事者であるにもかかわらず素知らぬ顔で論争を吹っかけている。そのうえで真実を明かしてしまったキールタ・マクローナンに対してはフォーガルに悪いからと言葉を控えるように求めている。</ref>。そしてフォーガルは恨みに思ってモンガーンを呪い、賠償としてモンガーンの妻を自分のものにしようとした。しかしモンガーンがなにもしようとしないので、妻はとうとう泣き出してしまう。そこでモンガーンはとある人物を迎えに行った。その人物はフォサド・アルグデハを討ち取ったのは自分だと言って、モンガーンに対してその時に貴方(フィン)も一緒に居たと告げた。そして証拠もあったのでフォーガルが間違っていたことが判明した。実は謎めいた人物はフィアナ騎士団の生き残りキールタ・マックローナンであり、このようにしてモンガーンはフィン・マックールだったことが分かったのだった。 | |
== 騎士団長として == | == 騎士団長として == | ||
フィンは団長になるにあたり、上王からキルデアにあるアルムの砦を与えられ、フィアナ騎士団の最盛期を築き、数多くの優秀な騎士を配下として従えた。フィアナ騎士団の人数は三千人を超え、入団希望者も後を絶たなかったが、フィンはフィアナ騎士団の入団に厳しい試験を設けたため、入団できるものは限られた。フィンの死と共に騎士団の栄光も陰りを見せ始める。騎士団は勢力を衰えさせつつも存続していたが、上王フォサド・アルグデハを討ち取るという最後の働きをもって散り散りとなった。 | フィンは団長になるにあたり、上王からキルデアにあるアルムの砦を与えられ、フィアナ騎士団の最盛期を築き、数多くの優秀な騎士を配下として従えた。フィアナ騎士団の人数は三千人を超え、入団希望者も後を絶たなかったが、フィンはフィアナ騎士団の入団に厳しい試験を設けたため、入団できるものは限られた。フィンの死と共に騎士団の栄光も陰りを見せ始める。騎士団は勢力を衰えさせつつも存続していたが、上王フォサド・アルグデハを討ち取るという最後の働きをもって散り散りとなった。 | ||
| − | + | 有名な配下の騎士には、元仇敵であったが誠実で信義に厚い隻眼の勇者ゴル・マックモーナ、フィンが殺してフィアナの宝袋を取り戻したルケアの息子コナン・マックリヤ、常識を知り背中に黒い羊の毛が生えているコナン・マウル、音楽の才能と俊足を持つキールタ・マックローナン、丘の端から端まで一跳びにできるほどの軽やかな脚のリガン・ルミナ、相談役の一人で知恵深いファーガス・フィンヴェル、未来や遠くの出来事を知ることが出来るディアリン・マクドバ、勇敢で心が広いディルムッド・オディナ、息子のオシーン、孫のオスカーなどが挙げられている。 | |
フィンは公平であり、物惜しみもせず、人を笑って許す、多くの騎士たちに慕われた優れた将だったが、その一方で月の影のような側面もあり、深い恨みを長年貯め続け、相手が死ぬまで憎むこともあった。 | フィンは公平であり、物惜しみもせず、人を笑って許す、多くの騎士たちに慕われた優れた将だったが、その一方で月の影のような側面もあり、深い恨みを長年貯め続け、相手が死ぬまで憎むこともあった。 | ||
| 74行目: | 74行目: | ||
== フィンの妻 == | == フィンの妻 == | ||
| − | |||
=== 三人の妻:サーバ、マニーサー、グラーニア === | === 三人の妻:サーバ、マニーサー、グラーニア === | ||
| − | + | 最初の妻のサーバは妖精であり、同族の黒いドルイドによって鹿に変えられた彼女が砦の近くに逃げ込んだのをフィンが助けて出会った。本当の姿を取り戻した彼女と暮らす内に二人は愛しあうようになり、妖精の彼女との種族と寿命の差による多くの悲しみと苦難を覚悟して婚姻を結んだ。妻の傍から離れたくないためフィンは狩りにも戦にも興味を無くし、騎士たちからは「人が違ってしまった」と囁かれるほどに深く愛し合い幸せに暮らしていた二人だったが、フィンが国と契約を結んでいる騎士団長の役目としてどうしても出陣せねばならない戦に出かけている隙に、フィンに化けて現れた黒いドルイドによってサーバは再び'''鹿に変えられ'''攫われてしまい、フィンは七年間彼女を必死に探すものの見つからなかった。その後、森で出会った不思議な少年から、彼が自分とサーバの子供であること、鹿に変えられたサーバは黒いドルイドを拒み続けたものの、最後は体を操られ従わされたことを聞かされ、フィンは二度とサーバと会えないことを悟った。サーバが残してくれた息子には、アシーン(ちいさな子鹿、の意)と名付けた。 | |
| − | + | 長い年月が経った後に迎えた二人目の妻は黒膝のガラドの娘マーニサーであった。子も成し彼女との生活は順調に進んだが、彼女はフィンより先に死んでしまい、老年に差し掛かったフィンはまたも一人身と成り、サーバを失った悲しみを思い出されるようになる。アシーンはそんな父の気持ちを理解して結婚を薦め、ディアリンはフィンの新たな妻の候補に上王の娘グラーニアを挙げる。フィンはあまり乗り気ではなかったものの、グラーニアを妻に迎えたいと上王に申し出るように命じた。アシーンたちがフィンとの結婚について上王とグラーニアに申し出たところ、二人の了承を受け、グラーニアとフィンの結婚が決まった。しかし、結婚の宴の場でグラーニアは老年のフィンとの結婚を嫌がり、ディルムッド・オディナに惚れ込んで、彼をゲッシュによって縛り駆け落ちを強制させてしまう。 | |
| − | + | 妻となるはずだったグラーニアを連れて騎士団を抜けたディルムッドに激怒したフィンは全力を持ってディルムッドを殺そうとするが、配下の騎士たちはディルムッドとの友情から、あまり気乗りはしなかった。長い追走の内に人間ではディルムッドを追い詰めることはできないと知ったフィンは育ての親の魔女に助力を願うが、彼女も返り討ちにあってディルムッドに殺されてしまう。自分たちの不和が多くの騎士と養い親の命を奪ったことに気落ちしたフィンはディルムッドと和睦を結ぶことになる。しかし恨みは完全には消えておらず、その後ディルムッドとフィンの前に恐ろしい'''猪'''が現れた際、猪に挑みかかる彼を見て、笑いたいような、泣き嘆きたいような、2つの感情が心のなかでせめぎあい、イノシシの牙により致命傷を負った彼を癒しの水で助けることを拒む。ディルムッドとオスカの言葉でかつての忠義と恩を思い出し助けようとするが、グラーニアのことを思い出す度に手から水はこぼれてしまい、オスカの言葉もあって三度目でディルムッドの元へと水を運ぶことに成功するが、同時に彼は息を引きとり、ディルムッドの親友であった孫オスカとの間に確執が生まれてしまう。その後グラーニアの元に時間をかけて通い、彼女に軽蔑されても愛情深い態度を崩さずゆっくりと構えることで、ついには彼女と再び正式な婚姻を結んだ。しかし騎士たちの反応は冷ややかなもので、フィンがディルムッドよりグラーニアを選んだ割の悪い取引をしたと蔑んだ。その後グラーニアは一生を砦で過ごす。 | |
しかし、グラーニアは「ディルムッド以外を愛さない」というゲッシュを誓っており、生涯未亡人を貫いた。又は、ディルムッドを失った悲しみのあまり後を追うように死んでしまった、という伝承もある。 | しかし、グラーニアは「ディルムッド以外を愛さない」というゲッシュを誓っており、生涯未亡人を貫いた。又は、ディルムッドを失った悲しみのあまり後を追うように死んでしまった、という伝承もある。 | ||
=== その他の妻たち === | === その他の妻たち === | ||
| − | + | 12世紀の詩人Gilla Mo Dutu Úa Caiside(Gilla_Mo_Dutu_Úa_Caiside)による女性たちの伝説(Banshenchas)ではフィンの妻として、スウィルナト(Smirnat)<ref>スウィルナトの父フォサド・カナンはフィンとは不俱戴天の仇の間柄だった。彼女はフォサド・アルグデハの姪にあたる。フォサド三兄弟はマックコンの子にあたる。彼女はフィンについて角杯を使う時に死ぬと予言した。そのためフィンは角杯を避けていたが、地名に角杯という言葉が含まれる土地で水を飲んだ時に真実に気づき死期を悟った。</ref>、モングフィン(Mongfhind)<ref>フィン・マックールの養母であり、妻でもあった。「古老たちの語らい」によれば盾持ち800人を育てている。地名由来の伝説では、ディルムッドの死の復讐で殺害されたと伝わる。</ref>、"そばかす"のアルヴァ(Albi Gruadbrec)の三人の名が挙げられている。 | |
| − | + | その中の一人、アルヴァは金糸銀糸を用いた手芸、美貌、家柄、慎み深さ、詩の技巧に並ぶ者はないコーマックの愛娘であり'''十人姉妹'''の末妹だった。アルヴァの姉のグラーニアがディルムッドと一緒に暮らすようになった後、フィン・マックールはコーマックと対立してフィアナの指揮権を取り上げられた。しかし依然としてフィンを慕う兵士たちはコーマックに対して公然と不満を露わにしたうえに、追放者たちがこぞってフィンのもとに集うようになった。そのため、ついにフィンとコーマックは和解することになった。こうしてフィンはフィアナ騎士団の長に復帰し、グラーニアとは法的にも正式に離婚することになった。そしてまた、コーマックは自らの娘とフィンを結婚させようと考え、王女たちはドルイドに相談した。 | |
そして最後に相談したのがアルヴァであり、彼女は翌朝にターラの平野に夫となる者が来るので見てくるように助言された。果たしてそれはフィン・マックールだった。ターラに来たフィンは知恵に長けた女性を求めており、ふさわしい娘はいないかとコーマックに尋ねた。コーマックは自分で探されるが良かろうと答えて、フィンは王女たちのもとに案内された。そこで彼女たちに謎々を問いかけたところ、アルヴァただ一人が答えることができた。アルヴァと次々と謎の問答を行って満足したフィンは彼女に結婚に同意するかどうかを確認し、結婚を申し出た。 | そして最後に相談したのがアルヴァであり、彼女は翌朝にターラの平野に夫となる者が来るので見てくるように助言された。果たしてそれはフィン・マックールだった。ターラに来たフィンは知恵に長けた女性を求めており、ふさわしい娘はいないかとコーマックに尋ねた。コーマックは自分で探されるが良かろうと答えて、フィンは王女たちのもとに案内された。そこで彼女たちに謎々を問いかけたところ、アルヴァただ一人が答えることができた。アルヴァと次々と謎の問答を行って満足したフィンは彼女に結婚に同意するかどうかを確認し、結婚を申し出た。 | ||
| 96行目: | 95行目: | ||
== 親指の知恵 == | == 親指の知恵 == | ||
| − | + | 旅の中でフィンは、騎士団長となるための知恵を付けるためにボイン川近くで出会ったドルイド僧・フィネガス(Finn Eces)の弟子となる。7年経ち、もうすぐ成人しようというとき、フィネガスに命じられ、食べたものにあらゆる知識を与えるという知恵の鮭(Salmon of Knowledge)<ref>アダリーン・グラシーン(Adaline Glasheen)はこの知恵の鮭をフィンタン(Fintan mac Bóchra)の化身としている。ファーグノリ, 1997, p161。</ref>の調理を行う。その鮭の料理をフィネガスの前に持ってきたとき、フィンの顔つきが変わったことに気がついたフィネガスは、鮭を食べたかどうか聞くと「焼いている最中に脂が親指にはね火傷をしたので、傷をなめた」と答える。するとフィネガスはフィンに鮭を食べさせた。以後、フィンは難解な問題に立ち向かう際、親指をなめることによって知恵を得られるようになり、両手で掬った水を怪我人や病人を救う癒しの水へと変えることができるようになった。 | |
| + | |||
| + | このほかに親指の知恵を授かる異聞として、'''豚を盗む妖精'''を追いかけて妖精の塚の門に手をかけ、指を挟んで怪我をしたので指をなめたところ知恵を得られるようになったというエピソードがある。 | ||
| + | |||
| + | == フィンの神性・語源 == | ||
| + | フィンの原型となったのはフィンド(Find)<ref>カナ表記は三橋, 1985, p120による。</ref>という知恵や知識を擬人化した存在である。フィンドは[[ヴィンドンヌス]](Vindonnus)と呼ばれる大陸のケルトの神と同源であると考えられている。フィンドはフィンだけではなく、フィンタン(Fintan mac Bóchra)の原型にもなったのではないかと考えられている<ref>MacKillop, 2004."Find"</ref>。マッカーナはウェールズの伝説上の人物グウィン・アップ・ニュッズ(Gwyn ap Nudd)<ref>フィンはヌアザの子孫であるとされるが、グウィンはヌアザと同源の存在とされるシーズ・サウエレイント(Lludd Llaw Eraint)の息子であるとされる。</ref>もヴィンドンヌスに対応する存在であるとし、フィンと比定している<ref>マッカーナ, 1991, p223</ref>。 | ||
| − | + | また、フィンはゴル・マックモーナやアイレンと言った隻眼の人物と対峙するが、これはルーによる隻眼のバロール退治と類似している。マッカーナはこの類似を「単なる偶然以上の物」とし、この他にも様々な類似点があることからフィンがルーの別名であった可能性を示す説がある事を紹介している<ref>マッカーナ, 1991, p223</ref>。 | |
| − | + | フィンの幼名デムナは「ダマジカ」を意味し、息子のオシーンは「子鹿」を、孫のオスカーは「鹿を可愛がる者」を意味する。また妻のサーバは鹿に変えられるなどフィンと鹿の関係を示す要素は多い。マルカルはこれを先史文明におけるシカ信仰と結びついているとしている<ref>マルカル, 2001, p79</ref>。 | |
| − | |||
| − | + | 古アイルランド語で、finn/findは「白い、明るい、光沢のある; 白い、明るい色合い(顔色、髪など); 美しい、明るい、祝福された; 道徳的な意味で、公正な、正しい、真実な」という意味である<ref>アイルランド語電子辞典, finn-1; [http://dil.ie/22134 dil.ie/22134]</ref>。これは、原始アイルランド語のVENDO-(オガム碑文の名前に見られる)、ウェールズ語のgwyn(Gwyn ap Nuddを参照)と同源であり、コーンウォール語のgwen、ブルトン語のgwenn、大陸ケルト語および共通ブリトン語の*uindo-(人名や地名によく使われる要素)と同源であり、祖ケルト語の形容詞男性単数形*windosに由来する<ref>Patrick Sims-Williams, Some Celtic Otherworld Terms, Celtic Language, Celtic Culture: a Festschrift for Eric P. Hamp, 1990, Ford & Bailie Publishers, p58</ref><ref>Matasovic, Ranko, Etymological Dictionary of Proto-Celtic. ブリル社、2009年。p. 423。</ref><ref>Delamarre, Xavier. ''Dictionnaire de la langue gauloise''. Editions Errance, 2003 (2nd ed.). p. 321.</ref>。 | |
| − | + | === 私的解説 === | |
| + | [[ヴィンドンヌス]](Vindonnus)の語源は英語の「wind(風)」と考えるが、この神は西欧では「太陽神」と考えられていたようで、島のケルト世界では、彼に関する言葉は「太陽」に関する言葉となっていると考える。 | ||
== 注 == | == 注 == | ||
| − | + | <ref name="hattori1994">服部悠紀子, 十二世紀アイルランド抒情詩――物語の中のうた フィーニアンの詩を中心に, 文京女子短期大学英語英文学科紀要, Bulletin of the Department of English Language and Literature, Bunkyo Women's College, number27, 1994年12月, 東京大学文学部宗教学研究室, p25, 31<!--[19+(15-12)*2]--><!--19–36-->, NDLDC:1769585:format:NDLJP, ゴルはクヌーハ(Cnucha)(ダブリン近郊のカースルノック)の戦いで,フィンの父クーアル (Cumall)を殺す..その後ミューリネは父のもとに</ref> | |
| − | <ref name="hattori1994"> | ||
| − | |||
== 出典 == | == 出典 == | ||
| − | + | * MacKillop, James, A Dictionary of Celtic Mythology, 2004, Oxford University Press, isbn:9780198609674 | |
| − | * | + | * the royal society of antiquaries of Ireland, The journal of the royal society of antiquaries of Ireland, volume10, series6, 1921, Dublin |
| − | * | + | * マイルズ・ディロン, :en:Myles Dillon, 青木義明, 古代アイルランド文学, London, オセアニア出版社, 1987年10月, NDLDC:13611887:format:NDLJP |
| − | * | + | * ファーグノリ, A.N, M.P.ギレスピー, 1997, ジェイムズ・ジョイス事典, 松柏社, isbn:4-88198-878-6 |
| − | * | + | * マッカーナ プロインシァス, :it:Proinsias MacCana, 松田幸雄, ケルト神話, 青土社, 1991, ISBN:4-7917-5137-X |
| − | * | + | * マルカル ジョン, :en:Jean_Markale, 金光仁三郎、渡邉浩司, ケルト文化事典, 大修館書店, 2001, ISBN:4-469-01272-6 |
| − | * | + | * 三橋敦子, アイルランド文学はどこからきたか―英雄・聖者・学僧の時代, 1985, 誠文堂新光社, isbn:4-416-88521-0 |
| − | * | + | * Thurneysen, Rudolf, 1921, Tochmarc Ailbe (Das Werben um Ailbe), Zeitschrift für celtische Philologie, v13 |
| − | * | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
| + | * Wikipedia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB フィン・マックール](最終閲覧日:26-01-12) | ||
| + | ** 『黄金の騎士フィン・マックール』ローズマリー・サトクリフ作 金原瑞人・久慈美貴訳 | ||
| + | * Wikipedia:[https://en.wikipedia.org/wiki/Fionn_mac_Cumhaill Fionn mac Cumhaill](最終閲覧日:26-01-12) | ||
| − | * | + | == 関連項目 == |
| + | * [[ヴィンドンヌス]] | ||
| − | == | + | == 参照 == |
| − | |||
| − | |||
{{DEFAULTSORT:ふいんまつくうる}} | {{DEFAULTSORT:ふいんまつくうる}} | ||
[[Category:ケルト神話]] | [[Category:ケルト神話]] | ||
| + | [[Category:祝融型神]] | ||
| + | [[Category:軍神型神]] | ||
| + | [[Category:窃盗型神]] | ||
| + | [[Category:狩人型神]] | ||
| + | [[Category:豚]] | ||
| + | [[Category:鹿]] | ||
| + | [[Category:獣]] | ||
| + | [[Category:フィン一家]] | ||
| + | [[Category:作業中]] | ||
2026年1月12日 (月) 12:28時点における最新版
フィン・マックール(Fionn mac Cumhaill)は、ケルト神話の英雄。アイルランド上王コーマック・マク・アート(Cormac mac Airt)に仕えるフィアナ騎士団の長。
レンスター国のバスクナ一族の生まれで、生来の名はデムナ(ディムナ)だったが、金髪で肌が白くて美しいことからフィン(色白の意)と呼ばれるようになった。マックール(mac Cumhaill)は英語化された「クールの息子(マック)」という父称であり、日本語では他の人物の名称と合わせて「マク・クール」とも表記される。
アイルランド神話を構成するフィン物語群で伝えられる。
フィン・マク・クーアル(ディロン, 1987, pp18, 66–71)[1]、フィン・マク・クーワル[2]などとも表記される。
目次
系譜[編集]
一般的にフィンの両親とされるのはフィアナ騎士団の団長クール(クーアル・マク・トレンモール(Cumhail)、"トレンモールの息子クーアル"[1])とヌアザの孫娘マーナ (ケルト神話)(Muirne)である。しかしこの他に、フィン・マックールとフィン・マック・グレオル(Find mac Gleoir)を同一視し、コンホヴァル・マク・ネサの子孫であるグレオルを父親と見做す場合がある。また、母親についてもFuincheやTarbda(Torba)とする場合がある。
フィン・マックールの血統に関する最も有名な系譜は、氏族の名であるバスクナ(Clan Bascna)を古代のレンスター王ヌアドゥ・ネフト((Nuadu Necht、Nuadu Necht)[3])の末裔とするものである。しかし、バスクナの祖先を古代のマンスター王Deda mac Sin(Deda_mac_Sin)[4]とする系譜も存在する。
フィンの母方の祖父Tadg mac Nuadat(Tadg mac Nuadat)[5]の名は「ヌアドゥの息子タイグ」を意味する。このヌアドゥとはヌアザそのものであるとも、レンスターにおけるヌアザの顕現であるともされる。また、一見奇妙な事だがタイグ本人もヌアザの別名である可能性があると考えられている。こうした理由でフィンはヌアザの孫とも曾孫ともされる[6][7]。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
フィン・マックールはヌアザの孫娘マーナとフィアナ騎士団の団長クール・マックトレンモーとの間に生まれた。成長してフィンと呼ばれるようになったが、それまでは別の名で呼ばれており、デムナという幼名が最もよく知られている。
クールとマーナの関係は周囲から祝福されたものではなかった。それというのもクールは舅となるタイグから許しを得ずにマーナを連れ出しており、タイグが上王である百戦のコン(Conn_of_the_Hundred_Battles)に訴えたことでクールは追討を受ける立場になったからである[8]。そして現在のダブリン郊外キャッスルクノック(Castleknock)とされるクヌハの戦いで彼はコノートのフィアナの隊長であったゴル・マックモーナ(Goll mac Morna)に殺された。マーナはゴルがクールの息子を生かしてはおくまいと恐れ、ボーウァル(Bodhmall)[9]たちに密かに息子をブルーム山脈(Slieve_Bloom_Mountains)で育てさせた。
育ての母親たちに荒野で生きるためのあらゆることを授けられたデムナは、素晴らしい狩人になった。ある日、家である小屋から離れたところに出歩いたデムナと同じ年頃の少年たちがしているハーリングに興味を持ち、仲間に入って遊んだところ、たちまちの内に上達し一人で全員を相手に勝利を治めた。このことを知った少年たちの族長がデムナに興味を持ち、名前を誰も知らなかったので外見の特徴である「太陽のように明るい髪をしている」から「フィン」と呼ぶようになった[10]。
フィン・マックールという名が知れ渡るということは、同時にフィンの命が脅かされるということでもあった。当時のフィンの敵は上王である百戦のコン、コノートのフィアナの長であるゴル・マク・モーナ、百戦のコンの養父だったコノート王コナル、上王コンに従う名高いターラのルグネ[11]だった。旅する中でフィンは王や族長に仕え、戦士としての経験を積む。
ムグ・ヌアザの帰還[編集]
フィン・マックールが表舞台に出ると同時期に、アイルランドから追放されていたマンスター王ムグ・ヌアザ(Mug_Nuadat)[12]が帰還した。百戦のコンと対立していたマンスターはクヌハの戦いでクール・マックトレンモー(Cumhail)に味方しており、ムグ・ヌアザは戦に敗れてスペインへ逃れていたのだった。
ムグ・ヌアザはマンスターを平定すると、百戦のコンに対して次々と勝利を収めてついに自らのアイルランドの南半分の支配権を百戦のコンに認めさせた。この際、ムグ・ヌアザはフィン・マックールに南部における勇士の首席を授けている。
フィアナ騎士団長の座へ[編集]
フィンは、サウィン祭のころにターラの王宮の上王コンの元へ行き、近衛騎士として仕えることを申し出る。これはフィアナ騎士団に所属するには団長のゴルに忠誠を誓わねばならないからである。王に快く受け入れられたフィンだが、宴の中で宮殿を二十年間毎年サウィン祭のころに燃やしてしまう『炎の息のアイレン』という怪物を倒したものに褒美を取らせる、という上王の言葉を聞いた際に、恩賞に騎士団長の座を頂けるか交渉し、了承させる。
『炎の息のアイレン』は竪琴の音を聞いたものを魔法の眠りに付かせる不思議な力を持っているため、これまで誰にも倒すことが出来なかったが、フィンは父に恩のある騎士の一人から魔法の槍を受け取っていた。これは袋を被せておかないと勝手に血を吸おうとする獰猛な槍で、穂先を額に当てることで、眠気を吹き飛ばすことが出来た。これによりフィンはアイレンの音色を打ち破り、討ち倒す。こうしてフィンはフィアナ騎士団の首領の座に収まり、前団長にして父の仇であるゴルとも手を結んだ。
一説によればゴルを決闘で倒したことにより騎士団長の座を得たという。
百戦のコンからアート王の時代にかけて[編集]
百戦のコンとムグ・ヌアザはアイルランドを分割して支配していたが、ついに両者は雌雄を決するべく戦うことになり、フィン・マックールはターラの防衛を任されるとともに勝者に仕えるように百戦のコンに告げられた。戦いの果てに百戦のコンが勝利してムグ・ヌアザは戦死した。
百戦のコンの死後はコンの娘婿コナラ・コーエム(Conaire_Cóem)が上王となり、コナラがグルティネの戦いでエーラン王ネヴェド[13]に敗れて戦死すると百戦のコンの息子アート・マックコン(Art_mac_Cuinn)が上王となった。アート・マックコンとフィンの関わりはコン王存命時代のアートの冒険譚に見つけることができる。フィン・マックールはアート王にも仕えていたが、後に反旗を翻した。
マックコン王の盛衰とコーマック王の台頭[編集]
当時のマンスターではムグ・ヌアザの息子アリル・オーロム(Ailill_Aulom)が王として君臨していた。彼は自らの息子イォーガン(Éogan_Mór)とマンスターの名門貴族であるマックコン(Mac_Con)の争いで実の息子を支持して、義理の息子であるマックコンの反発を招いた。不満を抱いたマックコンが挙兵するとフィン・マックールはマックコンの軍勢にはせ参じている。マックコンは一度は敗れてブリテン島に逃れたものの捲土重来を果たし、マグ・ムクラマの戦いで上王アートとイォーガンを打ち破って新たな上王としてアイルランドに君臨した。
それからアート王の息子コーマックが30歳になると、マックコンは上王の座を退いた。フィン・マックールはマンスターに帰還したマックコンに付き従って、護衛を務めていた。なぜなら、実の息子を殺されたマンスター王アリル・オーロムはマックコンを殺そうと企んでいたからである。フィンは彼の暗殺を予見しており、マックコンに警戒するように伝えたが真剣に取り合ってもらえなかった。マックコンは暗殺されてしまい、フィンは彼の復讐のため七年を費やすことになる。
一方で、コーマック王の初期の治世は困難に満ちたものだった。アルスター王・黒い歯のフェルグスがターラの都を攻め落とし新たな上王として君臨したからである。コーマックはマンスター王アリル・オーロムを頼った。彼はアリルから出兵の約束を取り付けることは出来なかったが、代わりにアリルは彼の弟のルゲイド・ラーガを訪ねて配下に加えるように助言した。ルゲイド・ラーガは兄のアリルとは折り合いが悪く、マックコンの軍勢に参加してアート王とイォーガンを討ち取っていた。コーマックは配下にしたルゲイド・ラーガとともに黒い歯のフェルグスを打ち破って上王の座に返り咲くことができた。
フィン・マックールは復讐を終えた後はコーマック王に仕えた。ディルムッドとグラーニアの駆け落ちをはじめとするフィアナの伝説の多くはこの時期のものである。
フィンの最期[編集]
デーシュの追放(The_Expulsion_of_the_Déisi)という伝説によるとコーマック王はデーシュ王オェングスに襲われ負傷のため上王の座を退くことになった。その後、アルスターからエオハズ・グナト(Eochaid_Gonnat)という上王が出たが、翌年にはコーマックの息子ケアブリ(Cairbre_Lifechair)がエオハズを破り新たな上王となった。
ケアブリの時代にフィンは最期を迎えたとされる。諸説様々な伝説があり、死んでおらず洞窟で眠っている、配下の信頼を取り戻そうと行った川を跳び越える儀式に失敗して溺死したなどがあるが、ここではガヴラの戦いをフィンの人生の締め括りとする。
ケアブリの娘はデイシ族の王子と婚約していたが、その王子の父がケアブリの息子たちによって殺害されていたことが発覚し、破談になってしまう。しかし、それにも関わらずフィンは王族の婚姻に際しての慣習として、莫大な貢物をケアブリに要求する。ケアブリは強大な権力がフィンを堕落させたと判断し、フィアナ騎士団に宣戦布告をする。ケアブリはアルスター、レンスター、コナハトから大軍を召集し、フィアナ騎士団はゴル・マック・モーナを中心にケアブリに従う一派とフィンに従う一派の真っ二つに分かれてしまう。両派閥はお互い援軍を連れての戦争となり、最終的にケアブリはフィンの使者フェルディアを殺害してガヴラの戦いの口火を切り、両軍はガヴラで最終決戦に臨む。騎士団随一の戦士にしてフィンの孫オスカーによってケアブリを討ち取られるが、同時にオスカーも致命傷を負う。オスカーの死を嘆くフィンに対して、オスカーは自分はフィンが死んでも泣いたりはしないと拒むが、フィンはディルムッドのことでオスカーとの確執があると理解してなお彼の死に泣き、オスカーも冗談と悲しみに浸りながら死亡した。孫の死を看取ったことで、年老いたフィンに再び若き日の勇猛心が目覚め、敵軍の多くを討ち倒すが、一人一人とまた忠臣が戦死していき、最後は一人で孤軍奮闘するものの、疲労困憊となったところをアーリューの五人の息子[14]に槍で囲まれたことで終わりを悟り、胸を張って五本の槍を迎え、戦死した。
戦争は上王ケアブリが戦死したもののケアブリ側が勝利し、フィアナ騎士団の生き残りはオシーンとキールタ・マックローナンの2名のみであった。
生まれ変わり[編集]
七世紀のアルスター地方の王子モンガーン・マク・フィアフネ(Mongán_mac_Fiachnai)はフィン・マックールであるとする伝説がある。それによると、フォーガルという詩人が語った上王フォサド・アルグデハ[15]の死にざまについてモンガーンが異論を唱えたことにより論争が生じた[16]。そしてフォーガルは恨みに思ってモンガーンを呪い、賠償としてモンガーンの妻を自分のものにしようとした。しかしモンガーンがなにもしようとしないので、妻はとうとう泣き出してしまう。そこでモンガーンはとある人物を迎えに行った。その人物はフォサド・アルグデハを討ち取ったのは自分だと言って、モンガーンに対してその時に貴方(フィン)も一緒に居たと告げた。そして証拠もあったのでフォーガルが間違っていたことが判明した。実は謎めいた人物はフィアナ騎士団の生き残りキールタ・マックローナンであり、このようにしてモンガーンはフィン・マックールだったことが分かったのだった。
騎士団長として[編集]
フィンは団長になるにあたり、上王からキルデアにあるアルムの砦を与えられ、フィアナ騎士団の最盛期を築き、数多くの優秀な騎士を配下として従えた。フィアナ騎士団の人数は三千人を超え、入団希望者も後を絶たなかったが、フィンはフィアナ騎士団の入団に厳しい試験を設けたため、入団できるものは限られた。フィンの死と共に騎士団の栄光も陰りを見せ始める。騎士団は勢力を衰えさせつつも存続していたが、上王フォサド・アルグデハを討ち取るという最後の働きをもって散り散りとなった。
有名な配下の騎士には、元仇敵であったが誠実で信義に厚い隻眼の勇者ゴル・マックモーナ、フィンが殺してフィアナの宝袋を取り戻したルケアの息子コナン・マックリヤ、常識を知り背中に黒い羊の毛が生えているコナン・マウル、音楽の才能と俊足を持つキールタ・マックローナン、丘の端から端まで一跳びにできるほどの軽やかな脚のリガン・ルミナ、相談役の一人で知恵深いファーガス・フィンヴェル、未来や遠くの出来事を知ることが出来るディアリン・マクドバ、勇敢で心が広いディルムッド・オディナ、息子のオシーン、孫のオスカーなどが挙げられている。
フィンは公平であり、物惜しみもせず、人を笑って許す、多くの騎士たちに慕われた優れた将だったが、その一方で月の影のような側面もあり、深い恨みを長年貯め続け、相手が死ぬまで憎むこともあった。
フィンは二頭の猟犬を愛犬としており、ブランとスコローンと名付けた。
最初の妻サーバが攫われてからしばらくの時に、エイネーとミルクラという美しいダナン族の姉妹に求婚されたが、フィンは二人に見向きもせず妻を探していた。そのうち、婚約が無理なら誰のものにもならないようにしてしまおうと考えたミルクラの策略と魔法によりフィンは老人に変えられてしまう。その後エイネーの黄金の杯によりフィンにかけられた魔法は解けるが、彼女の夫となる気が無かったフィンは髪だけは元に戻さず、生涯金の髪は銀色に輝くことになった。
フィンの妻[編集]
三人の妻:サーバ、マニーサー、グラーニア[編集]
最初の妻のサーバは妖精であり、同族の黒いドルイドによって鹿に変えられた彼女が砦の近くに逃げ込んだのをフィンが助けて出会った。本当の姿を取り戻した彼女と暮らす内に二人は愛しあうようになり、妖精の彼女との種族と寿命の差による多くの悲しみと苦難を覚悟して婚姻を結んだ。妻の傍から離れたくないためフィンは狩りにも戦にも興味を無くし、騎士たちからは「人が違ってしまった」と囁かれるほどに深く愛し合い幸せに暮らしていた二人だったが、フィンが国と契約を結んでいる騎士団長の役目としてどうしても出陣せねばならない戦に出かけている隙に、フィンに化けて現れた黒いドルイドによってサーバは再び鹿に変えられ攫われてしまい、フィンは七年間彼女を必死に探すものの見つからなかった。その後、森で出会った不思議な少年から、彼が自分とサーバの子供であること、鹿に変えられたサーバは黒いドルイドを拒み続けたものの、最後は体を操られ従わされたことを聞かされ、フィンは二度とサーバと会えないことを悟った。サーバが残してくれた息子には、アシーン(ちいさな子鹿、の意)と名付けた。
長い年月が経った後に迎えた二人目の妻は黒膝のガラドの娘マーニサーであった。子も成し彼女との生活は順調に進んだが、彼女はフィンより先に死んでしまい、老年に差し掛かったフィンはまたも一人身と成り、サーバを失った悲しみを思い出されるようになる。アシーンはそんな父の気持ちを理解して結婚を薦め、ディアリンはフィンの新たな妻の候補に上王の娘グラーニアを挙げる。フィンはあまり乗り気ではなかったものの、グラーニアを妻に迎えたいと上王に申し出るように命じた。アシーンたちがフィンとの結婚について上王とグラーニアに申し出たところ、二人の了承を受け、グラーニアとフィンの結婚が決まった。しかし、結婚の宴の場でグラーニアは老年のフィンとの結婚を嫌がり、ディルムッド・オディナに惚れ込んで、彼をゲッシュによって縛り駆け落ちを強制させてしまう。
妻となるはずだったグラーニアを連れて騎士団を抜けたディルムッドに激怒したフィンは全力を持ってディルムッドを殺そうとするが、配下の騎士たちはディルムッドとの友情から、あまり気乗りはしなかった。長い追走の内に人間ではディルムッドを追い詰めることはできないと知ったフィンは育ての親の魔女に助力を願うが、彼女も返り討ちにあってディルムッドに殺されてしまう。自分たちの不和が多くの騎士と養い親の命を奪ったことに気落ちしたフィンはディルムッドと和睦を結ぶことになる。しかし恨みは完全には消えておらず、その後ディルムッドとフィンの前に恐ろしい猪が現れた際、猪に挑みかかる彼を見て、笑いたいような、泣き嘆きたいような、2つの感情が心のなかでせめぎあい、イノシシの牙により致命傷を負った彼を癒しの水で助けることを拒む。ディルムッドとオスカの言葉でかつての忠義と恩を思い出し助けようとするが、グラーニアのことを思い出す度に手から水はこぼれてしまい、オスカの言葉もあって三度目でディルムッドの元へと水を運ぶことに成功するが、同時に彼は息を引きとり、ディルムッドの親友であった孫オスカとの間に確執が生まれてしまう。その後グラーニアの元に時間をかけて通い、彼女に軽蔑されても愛情深い態度を崩さずゆっくりと構えることで、ついには彼女と再び正式な婚姻を結んだ。しかし騎士たちの反応は冷ややかなもので、フィンがディルムッドよりグラーニアを選んだ割の悪い取引をしたと蔑んだ。その後グラーニアは一生を砦で過ごす。
しかし、グラーニアは「ディルムッド以外を愛さない」というゲッシュを誓っており、生涯未亡人を貫いた。又は、ディルムッドを失った悲しみのあまり後を追うように死んでしまった、という伝承もある。
その他の妻たち[編集]
12世紀の詩人Gilla Mo Dutu Úa Caiside(Gilla_Mo_Dutu_Úa_Caiside)による女性たちの伝説(Banshenchas)ではフィンの妻として、スウィルナト(Smirnat)[17]、モングフィン(Mongfhind)[18]、"そばかす"のアルヴァ(Albi Gruadbrec)の三人の名が挙げられている。
その中の一人、アルヴァは金糸銀糸を用いた手芸、美貌、家柄、慎み深さ、詩の技巧に並ぶ者はないコーマックの愛娘であり十人姉妹の末妹だった。アルヴァの姉のグラーニアがディルムッドと一緒に暮らすようになった後、フィン・マックールはコーマックと対立してフィアナの指揮権を取り上げられた。しかし依然としてフィンを慕う兵士たちはコーマックに対して公然と不満を露わにしたうえに、追放者たちがこぞってフィンのもとに集うようになった。そのため、ついにフィンとコーマックは和解することになった。こうしてフィンはフィアナ騎士団の長に復帰し、グラーニアとは法的にも正式に離婚することになった。そしてまた、コーマックは自らの娘とフィンを結婚させようと考え、王女たちはドルイドに相談した。
そして最後に相談したのがアルヴァであり、彼女は翌朝にターラの平野に夫となる者が来るので見てくるように助言された。果たしてそれはフィン・マックールだった。ターラに来たフィンは知恵に長けた女性を求めており、ふさわしい娘はいないかとコーマックに尋ねた。コーマックは自分で探されるが良かろうと答えて、フィンは王女たちのもとに案内された。そこで彼女たちに謎々を問いかけたところ、アルヴァただ一人が答えることができた。アルヴァと次々と謎の問答を行って満足したフィンは彼女に結婚に同意するかどうかを確認し、結婚を申し出た。
アルヴァは老いたフィンを厭わず、試すような意地悪なフィンの問いにも機知に富んだ受け答えをしてみせた。このようにしてアルヴァはフィン・マックールと結ばれ、三人の子を産んだのだった。また、彼女との婚姻によりフィンの髪も金色に戻った。
近代に収集されたスコットランドの民話にはフィンとの謎かけ問答が伝わっているが謎に答える女性はアルヴァではなくグラーニアに入れ替わっている。
親指の知恵[編集]
旅の中でフィンは、騎士団長となるための知恵を付けるためにボイン川近くで出会ったドルイド僧・フィネガス(Finn Eces)の弟子となる。7年経ち、もうすぐ成人しようというとき、フィネガスに命じられ、食べたものにあらゆる知識を与えるという知恵の鮭(Salmon of Knowledge)[19]の調理を行う。その鮭の料理をフィネガスの前に持ってきたとき、フィンの顔つきが変わったことに気がついたフィネガスは、鮭を食べたかどうか聞くと「焼いている最中に脂が親指にはね火傷をしたので、傷をなめた」と答える。するとフィネガスはフィンに鮭を食べさせた。以後、フィンは難解な問題に立ち向かう際、親指をなめることによって知恵を得られるようになり、両手で掬った水を怪我人や病人を救う癒しの水へと変えることができるようになった。
このほかに親指の知恵を授かる異聞として、豚を盗む妖精を追いかけて妖精の塚の門に手をかけ、指を挟んで怪我をしたので指をなめたところ知恵を得られるようになったというエピソードがある。
フィンの神性・語源[編集]
フィンの原型となったのはフィンド(Find)[20]という知恵や知識を擬人化した存在である。フィンドはヴィンドンヌス(Vindonnus)と呼ばれる大陸のケルトの神と同源であると考えられている。フィンドはフィンだけではなく、フィンタン(Fintan mac Bóchra)の原型にもなったのではないかと考えられている[21]。マッカーナはウェールズの伝説上の人物グウィン・アップ・ニュッズ(Gwyn ap Nudd)[22]もヴィンドンヌスに対応する存在であるとし、フィンと比定している[23]。
また、フィンはゴル・マックモーナやアイレンと言った隻眼の人物と対峙するが、これはルーによる隻眼のバロール退治と類似している。マッカーナはこの類似を「単なる偶然以上の物」とし、この他にも様々な類似点があることからフィンがルーの別名であった可能性を示す説がある事を紹介している[24]。
フィンの幼名デムナは「ダマジカ」を意味し、息子のオシーンは「子鹿」を、孫のオスカーは「鹿を可愛がる者」を意味する。また妻のサーバは鹿に変えられるなどフィンと鹿の関係を示す要素は多い。マルカルはこれを先史文明におけるシカ信仰と結びついているとしている[25]。
古アイルランド語で、finn/findは「白い、明るい、光沢のある; 白い、明るい色合い(顔色、髪など); 美しい、明るい、祝福された; 道徳的な意味で、公正な、正しい、真実な」という意味である[26]。これは、原始アイルランド語のVENDO-(オガム碑文の名前に見られる)、ウェールズ語のgwyn(Gwyn ap Nuddを参照)と同源であり、コーンウォール語のgwen、ブルトン語のgwenn、大陸ケルト語および共通ブリトン語の*uindo-(人名や地名によく使われる要素)と同源であり、祖ケルト語の形容詞男性単数形*windosに由来する[27][28][29]。
私的解説[編集]
ヴィンドンヌス(Vindonnus)の語源は英語の「wind(風)」と考えるが、この神は西欧では「太陽神」と考えられていたようで、島のケルト世界では、彼に関する言葉は「太陽」に関する言葉となっていると考える。
注[編集]
出典[編集]
- MacKillop, James, A Dictionary of Celtic Mythology, 2004, Oxford University Press, isbn:9780198609674
- the royal society of antiquaries of Ireland, The journal of the royal society of antiquaries of Ireland, volume10, series6, 1921, Dublin
- マイルズ・ディロン, :en:Myles Dillon, 青木義明, 古代アイルランド文学, London, オセアニア出版社, 1987年10月, NDLDC:13611887:format:NDLJP
- ファーグノリ, A.N, M.P.ギレスピー, 1997, ジェイムズ・ジョイス事典, 松柏社, isbn:4-88198-878-6
- マッカーナ プロインシァス, :it:Proinsias MacCana, 松田幸雄, ケルト神話, 青土社, 1991, ISBN:4-7917-5137-X
- マルカル ジョン, :en:Jean_Markale, 金光仁三郎、渡邉浩司, ケルト文化事典, 大修館書店, 2001, ISBN:4-469-01272-6
- 三橋敦子, アイルランド文学はどこからきたか―英雄・聖者・学僧の時代, 1985, 誠文堂新光社, isbn:4-416-88521-0
- Thurneysen, Rudolf, 1921, Tochmarc Ailbe (Das Werben um Ailbe), Zeitschrift für celtische Philologie, v13
参考文献[編集]
- Wikipedia:フィン・マックール(最終閲覧日:26-01-12)
- 『黄金の騎士フィン・マックール』ローズマリー・サトクリフ作 金原瑞人・久慈美貴訳
- Wikipedia:Fionn mac Cumhaill(最終閲覧日:26-01-12)
関連項目[編集]
参照[編集]
- ↑ 1.0 1.1 1.2 服部悠紀子, 十二世紀アイルランド抒情詩――物語の中のうた フィーニアンの詩を中心に, 文京女子短期大学英語英文学科紀要, Bulletin of the Department of English Language and Literature, Bunkyo Women's College, number27, 1994年12月, 東京大学文学部宗教学研究室, p25, 31, NDLDC:1769585:format:NDLJP, ゴルはクヌーハ(Cnucha)(ダブリン近郊のカースルノック)の戦いで,フィンの父クーアル (Cumall)を殺す..その後ミューリネは父のもとに
- ↑ 八住利雄 編『イギリスの神話伝説 アイルランドの神話伝説 /1』、1987年など多数。
- ↑ レンスターの祖神であり、伝説上の王。エタースケル(Eterscél Mór)から上王の座を簒奪したが、後にエタースケルの息子コナレ・モールに殺害される。
- ↑ クー・フーリンのライバルであるクー・ロイ・マク・ダーリやダ・デルガの館の崩壊の主人公コナレ・モール、後述の上王マックコンの先祖にあたる人物。
- ↑ 百戦のコン(Conn of the Hundred Battles)に仕えるドルイド。Tadgに彼の住処であるアルムの丘(Hill of Allen)に住むよう薦められたフィンはそれを受け入れたとされるが、フィンがTadgからアルムの丘を奪い取ったとする異文も残されている。
- ↑ MacKillop, 2004."Fionn mac Cumhaill"
- ↑ ただし、ヌアザの血を継ぐ事は、少なくともそう主張する事についてはさほど珍しいこととも言えない。the royal society of antiquaries of Ireland, 1921, 191によればマンスターの王家はすべてヌアザの子孫だと称される。
- ↑ 民俗学者パトリック・ケネディが収集したクヌハの戦いのあらましによれば、クールはこの時レンスター王だったがスコットランドに出兵・不在の隙をついて百戦のコンが養父クリウサンを新たなレンスター王に就任させたとされる。エオイン・マクニールは戦いの原因についてヌアドゥ・ネフトの末裔であるクリウサンとクールの間にレンスター王位の争いが根底にあったとしている。
- ↑ ボーウァルはクール・マックトレンモーの姉妹であり、女ドルイドだった。また、武勇にも優れており、フィン詩歌集にはクールの死後、敗走する自軍の殿軍を務めて兄弟のクリムナルとともにゴル・マックモーナを相手に戦ったと記されている。
- ↑ フィン詩歌集ではより具体的に、タルティウ(Tailtiu)のルーナサ祭で行われていたハーリングに参加した時のことだとしており、見知らぬ少年をフィンと呼んで名付けてしまった族長は百戦のコン(Conn_of_the_Hundred_Battles)としている。
- ↑ ルグネの長アーリューはクヌハの戦いに参加しており、クール・マックトレンモーとはフィアナの主導権争いをしていた。なお、フィンが逃亡のため正体を隠して兵士として雇われていた時に雇用者であった王に正体を疑われたことがあったが、「ターラのルグネに属する農民の子」と答えて誤魔化している。
- ↑ ムグ・ヌアザはヌアザのしもべを意味する。名の由来を説明する伝説は幾つかあるが、「砦の建設のために溝を掘っていたところ大きな石に行きあたってしまい労働者たちは困っていたのだが、若者が持ち上げて取り除いた」という大筋は一致している。その出来事から、石は力持ちのヌアザが持ち上げられなかったほどの大きさだったことにより、ヌアザのしもべと称されたとされる。あるいは若者の養い親のヌアザを讃えてそのような名で呼ばれるようになったともされる。
- ↑ その後、エーラン王ネヴェドはマックコンが挙兵した際にマックコン軍に合流していた。しかしその後にコナラ・コーエムの子であるケアブリ三兄弟による敵討ちで討ち取られた。
- ↑ 彼らはターラのルグネと呼ばれる人々である。百戦のコンに従って戦功を挙げたが、フィン・マックールはルグネを撃ち破ったことが"カハル大王の遺言状"で述べられている。また、"コーマックの教えとフィンの死"ではフィンがルグネの長アーリューを殺したと記されている。
- ↑ フォサド・アルグデハはマックコンの息子であり、ガヴラの戦いで討ち死にしたケアブリに代わって上王となっていた。アルスター地方ラーンにあるオラーバ川の戦いで戦死した。その後の上王になったのはケアブリの息子フィアハである。
- ↑ モンガーンは問題に直面しても未来を予知できるためにトリックスター的な役割を果たしている。そしていくつかの物語では上流階級・知識人をからかう傾向にある。この物語でも彼はフィンとしてフォサド・アルグデハと戦った当事者であるにもかかわらず素知らぬ顔で論争を吹っかけている。そのうえで真実を明かしてしまったキールタ・マクローナンに対してはフォーガルに悪いからと言葉を控えるように求めている。
- ↑ スウィルナトの父フォサド・カナンはフィンとは不俱戴天の仇の間柄だった。彼女はフォサド・アルグデハの姪にあたる。フォサド三兄弟はマックコンの子にあたる。彼女はフィンについて角杯を使う時に死ぬと予言した。そのためフィンは角杯を避けていたが、地名に角杯という言葉が含まれる土地で水を飲んだ時に真実に気づき死期を悟った。
- ↑ フィン・マックールの養母であり、妻でもあった。「古老たちの語らい」によれば盾持ち800人を育てている。地名由来の伝説では、ディルムッドの死の復讐で殺害されたと伝わる。
- ↑ アダリーン・グラシーン(Adaline Glasheen)はこの知恵の鮭をフィンタン(Fintan mac Bóchra)の化身としている。ファーグノリ, 1997, p161。
- ↑ カナ表記は三橋, 1985, p120による。
- ↑ MacKillop, 2004."Find"
- ↑ フィンはヌアザの子孫であるとされるが、グウィンはヌアザと同源の存在とされるシーズ・サウエレイント(Lludd Llaw Eraint)の息子であるとされる。
- ↑ マッカーナ, 1991, p223
- ↑ マッカーナ, 1991, p223
- ↑ マルカル, 2001, p79
- ↑ アイルランド語電子辞典, finn-1; dil.ie/22134
- ↑ Patrick Sims-Williams, Some Celtic Otherworld Terms, Celtic Language, Celtic Culture: a Festschrift for Eric P. Hamp, 1990, Ford & Bailie Publishers, p58
- ↑ Matasovic, Ranko, Etymological Dictionary of Proto-Celtic. ブリル社、2009年。p. 423。
- ↑ Delamarre, Xavier. Dictionnaire de la langue gauloise. Editions Errance, 2003 (2nd ed.). p. 321.