== 説話 ==
=== 少年時代 ===
コノア王が鍛冶屋のクラン (ケルト神話)(Culann)の館に招かれた際、セタンタにも声を掛けるが、セタンタはハーリングの最中であったので終わってから行くと答えた。しかし、王がそれを伝え忘れたために、館にはクランの番犬が放たれてしまう。そうと知らずに館に一人でやって来たセタンタはこの番犬に襲われるが、たった一人で番犬を絞め殺してしまう。猛犬として名高い自慢の番犬を失い嘆くクランに、セタンタは自分がこの犬の仔を育て、さらにその仔が育つまで番犬としてクランの家を守ると申し出た(また、この時のことをきっかけに「決して犬の肉は食べない」と言うゲッシュ(禁忌)を立てた)。この事件をきっかけに、セタンタはクー・フーリン(クランの犬)と呼ばれるようになる(Culann)の館に招かれた際、セタンタにも声を掛けるが、セタンタはハーリングの最中であったので終わってから行くと答えた。しかし、王がそれを伝え忘れたために、館にはクランの番犬が放たれてしまう。そうと知らずに館に一人でやって来たセタンタはこの番犬に襲われるが、'''たった一人で番犬を絞め殺してしまう'''。猛犬として名高い自慢の番犬を失い嘆くクランに、セタンタは自分がこの犬の仔を育て、さらにその仔が育つまで番犬としてクランの家を守ると申し出た(また、この時のことをきっかけに「決して犬の肉は食べない」と言うゲッシュ(禁忌)を立てた)。この事件をきっかけに、セタンタはクー・フーリン(クランの犬)と呼ばれるようになる<ref group="注釈">ケルトの戦士の名前に「犬」が使われるのは珍しいことではない。コノア王(コンホヴァル)も、後にクー・フーリンと戦うことになるクー・ロイもその名に犬が含まれている(マルカル, 2001, 20)。また、ブルターニュではアイルランドの戦士は「犬戦士」と呼ばれていた(篠田, 2008, p314)</ref>。 ==== カスバドの予言 ====ある日、エメイン・マハでクー・フーリンはカスバドが弟子たちに教えているのを耳にした。弟子の一人が「本日は何に縁起が良い日なのですか」と尋ねると、カスバドは「この日に武器を取る戦士は永遠の名声を得るだろう」と答えた。わずか七歳のクー・フーリンはコンホバー王のもとへ赴き、武器を求めた。与えられた武器はどれも彼の力に耐えられなかったが、王が自らの武器を授けると、それだけが扱いに耐えられるものだった。しかしカスバドはこの光景を見て嘆いた。予言を完結させていなかったからだ――その日に武器を取った戦士は名声を得るが、その命は短く終わるという予言を。間もなく、カスバドの予言を成就するため、クー・フーリンはコンホバーに戦車を要求した。王自身の戦車だけが彼に耐えた。彼は襲撃に出発し、「生きているアルスター人の数よりも多くのアルスター人を殺した」と自慢していたネクターン・シェーンの三人の息子を殺した。クー・フーリンは'''戦狂いのまま'''エメイン・マハへ帰還した。アルスターの戦士たちは、クー・フーリンに皆殺しにされるのではないかと恐れた。コンホバーの妻ムガインがエメインの女たちを率いて現れ、彼女たちは彼に乳房を晒した。彼は目をそらし、アルスターの戦士たちは彼を'''冷たい水の樽に押し込んだ'''。彼の体温で樽は爆発した。彼らは彼を二番目の樽に入れたが、それは沸騰し、三番目の樽は心地よい温度に温まった。<ref>Kinsella, 1969, pages84–92</ref>
=== 青年時代 ===
ある日のこと、クー・フーリンはドルイドのカスバドが、今日騎士になるものはエリンに長く伝えられる英雄となるが、その生涯は短いものとなるという予言をしたのを聞き、騎士となるべく王の元へと向かった。騎士になるにはまだ早いと渋る王に対して、クー・フーリンは槍をへし折り、剣をへし曲げ、チャリオットを踏み壊して自身の力を見せつける。観念した王はクー・フーリンが騎士になるのを許し、彼の力にも耐えられる武器とチャリオットを与えた。
クー・フーリンは、フォルガル(Forgall Monach)の娘エメルに求婚するが断られたため、影の国を訪れ女武芸者スカアハの下で修行を行う。この時共に修行を行った仲間に、コノートのフェルディアがおり、彼とクー・フーリンは親友、そして義兄弟となる。
法文章を中心に編纂された ダブリン大学トリニティカレッジ図書館写本 1336 に所収された説話『クー・フーリンの盾』 ("''Sciath Con Culainn''") には、彼が Duban という名の盾を手に入れた顛末が記されている。クー・フーリンに盾の制作を依頼された職人は、とある事情がありこれを拒否せざるをえなかった。クー・フーリンは「盾を制作しなければお前の命は無い物と思え」と職人を脅迫したが、職人は自身がコンホヴァル王の庇護下にあると主張し、態度を変えなかった。しかしクー・フーリンは聞く耳を持たず「コンホヴァル王に保護を求めようがそれでも職人を殺す」との言葉を残し、去っていった。職人は頭を抱えてしまった。盾には所有者固有の彫刻を施す法律がアルスターには定められており、彼はこれ以上の図像のアイデアが浮かばなかったのである。ところがそこに、職人に同情的なDubdetbaという超自然的人物が現れ、図像の案を提供した。彼の助力を得てクーフーリンの盾Dubanはめでたく完成した。<ref group="注釈">写本や伝承を編集し翻訳したグレゴリー夫人の『ムルテウネのクーフーリン』にはこの説話に相当する箇所がある。</ref>
"''Scéla Conchobair''"はクーフーリンの盾の名を Fuban であるとするが、ストークスによればこれ Dubanの筆写ミスの可能性もある。
==== その他の持ち物 ====
フェルディアとの1日目の戦いは、フェルディアが「スカサハ、ウアサ、アイフェ相手に試せなかった武器はどうだ?」と提案したことから「8つの小さなダーツ、セイウチの歯の装飾が施された8本の直刀、8本の小さい象牙の槍」といったさまざまな種類の武器で戦った。正午から夕方までの武器はクー・フーリンの提案で「投げ槍と強固な亜麻の紐がついた槍」、2日目は「よく鍛えられた槍」、最終日は「一撃が強烈な重たい剣」で戦った。フェルディアとの1日目の戦いは、フェルディアが「スカサハ、ウアサ、アイフェ相手に試せなかった武器はどうだ?」と提案したことから「8つの小さなダーツ、セイウチの歯の装飾が施された8本の直刀、8本の小さい象牙の槍」といったさまざまな種類の武器で戦った。正午から夕方までの武器はクー・フーリンの提案で「投げ槍と強固な亜麻の紐がついた槍」、2日目は「よく鍛えられた槍」、最終日は「一撃が強烈な重たい剣」で戦った。
===== 「空幻魔杖」 =====
フェルグス・マク・ロイヒが語った、少年時代のクー・フーリンの武勇伝に登場する槍。相手は「逃げ上手」という意味の名を持ち、御者によればその名のとおりだというトゥアヘルだったが、クー・フーリンはこの槍を投げつけ、相手を立ったまま引き裂き死亡させた{{Sfn|<ref>キアラン・カーソン|p=69}}, p69</ref>。ちなみに訳者の注によれば、『デル・フリス。「妙技を見せる投げ矢」、または「早業の杖」を意味する{{Sfn|<ref>キアラン・カーソン|p=331}}, p331</ref>。』とのことだが、「空幻魔杖」という単語は前述の2つの言葉の意味からは飛躍しており、訳者である栩木伸明の独自の翻訳だと思われる。
===== 「隠れ蓑」 =====
ティール・タリンギレ(約束の土地)産の生地でこしらえたマント。養父からの贈り物<ref>キアラン・カーソン, p149</ref>。
ティール・タリンギレ(約束の土地)産の生地でこしらえたマント。養父からの贈り物{{Sfn|キアラン・カーソン|p=149}}。 この他にもクー・フーリンは「喋る剣」を所持していたとの説もあり、彼が多彩な武器を操って戦う戦士であったことが分かる{{sfn| <ref>八住 |page=48}}, page48</ref>。
===== 「投石器」 =====
ケルトでは遠距離武器として投げ槍と並びよく使われる。
== 政治的利用 ==
{{節スタブ}}
[[ファイル:Cúchulainn statue.jpg|thumb|アイルランド民族主義からの利用例、「死に瀕したクー・フーリン」像。]]
[[ファイル:K00003X2.jpg|thumb|パトリック・ピアースとクー・フーリンがデザインされた10シリングコイン。1966年発行。]]
イギリスからの独立を主張する[[アイルランド民族主義]]とイギリスとの連合を主張する{{仮リンク|連合主義|en|Unionism in Ireland}}、対立する両主義は共に政治的シンボルとしてクー・フーリンを掲げている{{sfn|佐藤|page=56}}。
[[イースター蜂起]]の指導者の一人、[[パトリック・ピアース]]はクー・フーリンを敬愛していたことでも知られている。彼は18歳のころ、クー・フーリンについて以下のように語っている。
{{Bquote|もしクーフーリンの物語がヨーロッパのものになっていたならば、ヨーロッパ文学はどんなに豊かなものになっていたことだろう。クーフーリンの物語は世界最高の叙事詩だと思う。完成度においては最高とはいえないが、それでも繰り返していおう、最高の叙事詩だ。ギリシャの物語よりも優れている。ギリシャ悲劇よりも哀れを誘い、しかも同時に精神を昂揚させる。それはクーフーリンの物語が罪なき神による人間の贖罪を象徴しているからだ。原罪の呪いがひとつの民族にかけられる。一人の罪が民族の玄関に運命をもたらす。母の血はその民族につながるが、父は神なる若者はみずからは呪いにかけられていない。若者は勇気によって民族を贖うが、そのために彼は死なねばならぬ。キリスト磔刑の再話のようだ。それとも予言か?<ref>[https://celt.ucc.ie/published/E900007-014/ 「Some Aspects of Irish Literature」Pádraic H. Pearse(原文)]</ref>''|x|x|{{harv|小辻|1998|loc=''『ケルト的ケルト考』''|p=85-86}} }}
また、彼が29歳の時に設立した聖エンダ校の校内には、''「もしわたしの名声と行動が後世に生き残るならば、わたしは一昼夜しか生きなくてもかまわない」''という幼きクー・フーリンの言葉を刻んだフレスコ画が飾られていたという。ピアースはこのほかにも、クー・フーリンなどをテーマにした2つの歴史野外劇も執筆しており、彼の人生においてクー・フーリンが与えた影響は計り知れない<ref>{{Cite journal|和書|author=鈴木良平 |date=1998-02 |url=https://doi.org/10.15002/00004626 |title=パトリック・ピアス評伝 : 編集者教育者革命家 |journal=法政大学教養部紀要. 社会科学編 |ISSN=0288-2388 |publisher=法政大学教養部 |volume=105 |pages=23-51 |doi=10.15002/00004626 |CRID=1390853649756740224}}</ref>。
クー・フーリンやフィン・マックールの物語は、アイルランドの小学校で教えられるカリキュラムに含まれており、共和国と北アイルランドの双方で教えられている<ref>{{Cite web|title=BBC - Northern Ireland Cu Chulainn - Homepage|url=http://www.bbc.co.uk/northernireland/schools/4_11/cuchulainn/|website=www.bbc.co.uk|accessdate=2020-07-22|language=en-GB}}</ref>。
== 参考文献 ==
* {{Cite |和書 |author = Wikipedia:[https://en.wikipedia.org/wiki/C%C3%BA_Chulainn Cú Chulainn](最終閲覧日:26-01-09)* Wikipedia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3 クー・フーリン](最終閲覧日:26-01-09)* 佐藤亨|title=, 北アイルランドとミューラル | publisher=, 水声社 | date =, 2011 |, ISBN =:978-4891768270|ref={{SfnRef|佐藤}} }}* {{Cite|和書|last=篠田|first=知和基|title=篠田知和基, 世界動物神話|publisher=[[, 八坂書房]]|date=, 2008|, isbn=:978-4896949186|ref=harv}}* {{Cite|和書|last=鈴木|first=弘|title=鈴木弘, 図説イェイツ詩辞典|date=, 1994|publisher=, 本の友社|, ISBN=:4938429810}}* {{Cite book|和書|last=マイヤー|first=ベルンハルト |authorlink = マイヤー・ベルンハルト, :de:Bernhard Maier (Religionswissenschaftler)|translator=[[, 鶴岡真弓]] 平島直一郎|title=, ケルト事典 | publisher=[[, 創元社]] | date =, 2001 |, ISBN = :4-422-23004-2|ref = harv}}* {{Cite book|和書|last=マルカル|first=ジョン |authorlink = マルカル・ジョン, :en:Jean_Markale |translator=[[金光仁三郎]]、[[渡邉浩司]]|title=, 金光仁三郎、渡邉浩司, ケルト文化事典 | publisher=[[, 大修館書店]] | date =, 2001 |, ISBN = :4469012726|ref = harv}}* {{cite book ja |year=2001 |title=, 世界神話大事典 |publisher=, 大修館書店 |last=リース|first=ブランリー|authorlink=, リース・ブランリー, :de:Paul-Marie_Duval|editor=[[イヴ・ボヌフォワ|, イヴ・ボンヌフォワ]] |, isbn=:4469012653 }}* {{Cite|和書|last=小辻|first=梅子|title=小辻梅子, ケルト的ケルト考|publisher=[[, 社会思想社]]|date=, 1998|, isbn=:978-4390604185|ref=harv}}* {{Cite |和書 |author = ミランダ・J・グリーン |translator = [[, 井村君江]], 渡辺充子, 大橋篤子, 北川佳奈 |title = , ケルト神話・伝説辞典 |date = , 2006 |publisher = [[, 東京書籍]] |, isbn = :978-4487761722 |ref = {{SfnRef|ミランダ}} }}* {{Cite |和書 |author = キアラン・カーソン |translator = , 栩木伸明 |title = , トーイン クアルンゲの牛捕り |date = , 2011 |publisher = , 東京創元社 |, isbn = :978-4488016517 |ref = {{SfnRef|キアラン・カーソン}} }}* {{Cite |和書 |author = 木村正俊, 松村賢一 |title = , ケルト文化事典 |date = , 2017 |publisher = [[, 東京堂出版]] |, isbn = :978-4490108903 |ref = {{SfnRef|木村 & 松村}} }}* {{Cite |和書 |author = 八住利雄|title=, 世界神話伝説大系〈41〉アイルランドの神話伝説 | publisher=, 名著普及会 | date =, 1981 |, ISBN =:9784895512916|ref={{SfnRef|八住}} }}* {{cite journal|last=Meyer|first=Kuno|authorlink=, クノ・マイアー|title=, The Wooing of Emer by Cú Chulainn|url=, https://celt.ucc.ie/published/T301021/|ref= {{SfnRef|, The Wooing of Emer by Cú Chulainn}} }}, 11世紀の写本に残る『エメルへの求婚』の現代英語訳。* {{cite journal|last=Hogan|first=Edmund|authorlink=, エドムンド・ホーガン|title=, The Battle of Ross na Ríg|url=, https://en.wikisource.org/wiki/The_Battle_of_Ross_na_R%C3%ADg|ref=harv}}, 12世紀の写本『レンスターの書』に残る物語「ロスナリーの戦い」の現代英語訳。* {{cite journal|last=Stokes|first=Whitley|authorlink=, ホイットリー・ストークス|title=, Cuchulainn’s death | url=, https://vanhamel.nl/codecs/Stokes_1876-1878b|ref=harv}}, 12世紀の写本『レンスターの書』に残る物語「クー・フーリンの死」の現代英語訳。
== 関連項目 ==
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[[category:ケルト神話]]
[[Category:英雄犬]][[Category:医薬神魚]][[Category:犬神水生生物]][[Category:狂戦士]][[Category:異形]][[Category:祝融型神]][[Category:軍神型神]][[Category:伏羲型神]]