蠱毒
蠱毒(こどく)は、古代中国において用いられた呪術を言う。動物を使うもので、中国華南の少数民族の間で受け継がれている[1]。蠱道(こどう)、蠱術(こじゅつ)、巫蠱(ふこ)などともいう。
現代では一般に蠱は毒物で、その毒性を蠱毒と呼ぶが、特定の人物、家庭で使役され、他人に病気などの被害をもたらすとされる。他者から財物を奪って、祀る家庭を裕福にする、とも言われているようである[2]。
本HPでは蠱術から生じた使役神を「蠱神」と呼ぶことにする。多くは、使役者の家庭などを守る「小さな範囲」の神で、正しく祀らず機嫌を損ねると祟りを起こすが、逆に使役者に退治されてしまう場合も多い。必ずしも「壺から発生する」とはされていない場合もある。「壺から発生する」場合は、持ち主の「所有物」のような意味合いが強い。
目次
典型的な伝承[編集]
「捜神記」巻十二より。
滎陽に廖という姓の家があった。代々蠱をなし、富を致していた。後に嫁を迎えたが、蠱のことは話さなかった。家人がみな外出しているとき、嫁は一人で家を守っていたが、部屋の中に大きな缸(かめ)があるのに気づいた。試しに開いてみると、中に大蛇がいた。そこで湯を沸かして注いで殺した。家人が帰り、嫁はつぶさに話した。家中の者は驚き残念がったが、幾ばくもしないうち、疫病が起り、ほとんどが死に絶えた[3]。
讃岐国の伝承
ある人が夫役のために讃岐国中部に行き、ある家に宿を借りていた。ある日、宿に帰って見ると、家の者は皆留守で、台所の鑵子がぐらぐら煮えている。一杯飲もうとふと床の下を見ると蓋をした甕がある。茶甕かと思って開けて見れば、トンボガミ(蛇神)がうようよとまるで泥鰌の籠のようだった。乃ち熱湯を一杯掛けて蓋をしておいた。帰ってきてから後に人に話を聞けば、其家では大喜びで、不審で知らぬ人を宿した御蔭に永年の厄介物を片付けることが出来たと言っていたそうである。[4]。
「蠱術」という概念[編集]
蠱毒というのは比較的新しい概念で、個人が個人を呪うような、やや禍々しい呪術のような印象を受けるが、そもそもの起原は「小動物を器の中に入れて殺し合いをさせる」という禍々しいのかちまちましているのかよく分からないものではなくて、古代の人々の「器信仰」が根底にあるし、もっと霊的に広い概念であるように思う。その一方で、「他人を支配したい」という王権の発生とも関連する思想につながっているように思う。
よって本HPでは、これを広く「蠱術」と呼ぶことにしたい。単に壺の中に毒虫を閉じ込めるということではなく、「観念的なものも含み、器の中で色々なものを変化させる術」という意味である。変化させるものは、物質的にいえば食材を混ぜ合わせ加工して作る料理のような術でもよいし、霊的にいえば魂と魂を混ぜ合わせ加工して作る合成霊を作る術でもよい。あるいは二つか三つの物語を組み合わせて第三の小説を新たに作り出す術、とか。饕餮があらゆる動物の要素を含む怪物であったり、竜が蛇や豚や馬を合成したものだったりする、そういうものを「作り出す」ことも「蠱術」なのである。
そうやって作り出したものを、制作者の利益になるように、また不幸をもたらしたい相手に不利益になるように使用することまでが、「蠱術」といえよう。
現代風にいえば、誰かが書いた小説を元にして、もっと面白い話を作り上げ、原作者よりも先に無断で出版してお金儲けをし、逆に原作者を盗作者扱いして貶める、とかそういうことをするのが、私のイメージしている「蠱術」である。
器信仰[編集]
中国ミャオ族のチャンヤン神話では、蝶の母・妹榜妹留(メイバンメイリュウ)から生まれた卵から、チャンヤンを始めとして様々なものが生まれる。そして、卵の殻からは「供犠用の祭椀」が生じたと言われている。「器」は神に捧げるものを入れる入れ物でもあり、それと引き換えに神から何かを得て「生み出す」媒介でもあった、と考えられる。
「器」は、母なる神の一部であり、そこに祖先の霊を留める依り代であり、祖霊にわずかな供物を捧げるかわりに、多くの豊穣を求める媒介でもあった。まず、「器」とは豊穣を「生み出す」媒介だったと考える。台湾原住民のパイワン族の伝承には、太陽が壺の中に卵を生んで、そこから人類が発生したとか、太陽光線が壺に当たって、壺が割れて人類が発生した、というものがある。壺は「母なる神」として「太陽の霊」を人類に化生させる媒介とも考えられていた。それが現実の具体的な「器信仰」となる場合には、「母なる神」が子孫である人類のために、何か役にたつものや「守護する神の力」などを増やして送ってくれる媒介でもある、とされたのだろう。
作法[編集]
蠱毒の作法を見ると、「何かを入れた後、器に蓋をして、しばらくの期間放置し、霊的なものを含め別の何かを得る」となっている。これは「酒の醸造」を模したものではないだろうか。
史記には、夏の初代国王の禹のころ、儀狄(ぎてき)が酒を発明した、とある[5]。考古学的には、紀元前7000年頃の賈湖遺跡(河南省)から、麹を使用した米、ハチミツ、果実(サンザシなど)を用いた醸造酒の成分が検出されている。また、揚子江下流域の上山文化(紀元前8000年-6500年)では世界最古の稲作と酒造りが確認されている。
伝承的には、日本では天女が天から降りてきて酒造りなどを教えた、という話がある。ミャオ族には、洞窟にいた老婆から得た穀物と麹種から酒を造った、という伝承がある(ダロンの項参照)。
また古くは酒の製造は「口噛み酒」といい、これは材料を口に入れて噛み、それを吐き出して溜めたものを放置して造っていた。発生地は不明ではあるが、穀物以外のデンプンを含んだ植物を食べていた東南アジアから南太平洋域が有力とされる[6]。これらの文化圏と米が伝播していったアッサム地方や雲南からの稲作文化の融合点であるマレーシアなどの東南アジアが、米で造る口噛み酒の発生地として有力である[6]。原料を煮炊きしたり、原料を酸敗させた後で口に入れて噛む製法がある[6]。原料を煮炊きすることで糖化しやすくなる[6]。この製法は、台湾の高砂族で用いられていた[6]。
概要[編集]
犬を使用した呪術である犬神、猫を使用した呪術である猫鬼などと並ぶ、動物を使った呪術の一種である。
代表的な術式として、『医学綱目』巻25の記載によると、「ヘビ、ムカデ、ゲジ、カエルなどの百虫を同じ容器で飼育し、互いに喰らわせ、勝ち残ったものが神霊となるためこれを祀る」と記載されている。
また、同書によると、「この毒を採取して飲食物に混ぜ、人に害を加えたり、思い通りに福を得たり、富貴を図ったりする。人がこの毒に当たると、症状はさまざまであるが、一定期間のうちにその人は大抵死ぬ」と記載されている。
歴史[編集]
中国[編集]
古代中国において、広く用いられていたとされる。どのくらい昔から用いられていたかは定かではないが、白川静など、古代における呪術の重要性を主張する漢字学者は、殷・周時代の甲骨文字から蠱毒の痕跡を読み取っている[注釈 1]。
「畜蠱」(蠱の作り方)についての最も早い記録は、『隋書』地理志にある「五月五日に百種の虫を集め、大きなものは蛇、小さなものは虱と、併せて器の中に置き、互いに喰らわせ、最後の一種に残ったものを留める。蛇であれば蛇蠱、虱であれば虱蠱である。これを行って人を殺す」といったものである。
中国の法令では、蠱毒を作って人を殺した場合あるいは殺そうとした場合、これらを教唆した場合には死刑にあたる旨の規定があり、『唐律疏議』巻18では絞首刑、『大明律』巻19、『大清律例』巻30では斬首刑となっている。
日本[編集]
日本では、厭魅(えんみ)[注釈 2]と並んで「蠱毒厭魅」として恐れられ、養老律令の中の「賊盗律」に記載があるように、厳しく禁止されていた。実際に処罰された例としては、769年に県犬養姉女らが不破内親王の命で蠱毒を行った罪によって流罪となったこと(神護景雲2年条)、772年に井上内親王が蠱毒の罪によって廃されたこと(宝亀3年条)などが『続日本紀』に記されている。平安時代以降も、たびたび詔を出して禁止されている。
蠱毒の種類[編集]
瑪蝗蠱(ばこうこ) 泥鰍蠱(でいしゅうこ) 蝦蟇蠱(がまこ) 蛇蠱(だこ) 石蠱(せきこ) 癲蠱(てんこ) 三屍蠱(さんしこ) 蜈蚣蠱(ごしょうこ) 金蚕蠱(きんさんこ)[7]
関連項目[編集]
蠱神[編集]
- 盤瓠:盤瓠他、特に東アジアの犬神には使役神、蠱神としての性質が強いように思う。
- トムテ:西洋の「家付精霊」である。西洋では、家付精霊の発生起源まで語る伝承はほとんどない。でも、家の役に立ってくれる一方で、機嫌を損ねると災厄を起こしたり、余所の家へ行ってしまう、という性質は蠱神そのものである。
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
関連項目[編集]
- 盤瓠:盤瓠の発生は蠱術的である
脚注[編集]
- ↑ 黄潔, 「鬼がついてること」西南中国トン族における憑きもの信仰, 日本文化人類学会研究大会発表要旨集, 日本文化人類学会, 2017, https://doi.org/10.14890/jasca.2017.0_B10
- ↑ 中国の<憑きもの>、川野明正、風響社、2005年2月10日、p1
- ↑ 缸の中の蛇、捜神記、巻十二、平凡社、2000年1月24日、竹田晃訳、p389-390
- ↑ 巫女考、柳田国男、1969:263、中国の<憑きもの>、風響社、2005年2月10日、川野明正著、p3-4
- ↑ 歴史に残っている中国酒の誕生秘話やその種類と文化、ネオプライス(2018-05-31)(最終閲覧日:26-03-16)
- ↑ 6.0 6.1 6.2 6.3 6.4 テンプレート:Cite book
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