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193 バイト追加 、 2026年3月9日 (月)
つまり「'''親や兄弟姉妹を殺して食え'''」と命じる「'''怨霊'''」の命令から逃れるため、また'''怨霊をある意味騙してなだめるために'''穀物に「親や兄弟姉妹」を'''仮託'''しているといえる。でも、そうやって仮託してしまったが故に、自分たちの先祖が親や兄弟姉妹を殺して食べた'''[[チャンヤン]]'''だと、いつまでたっても忘れることができなくなってしまっているのではないだろうか。彼は、ときには子孫達が「'''自分の命令を忘れないでいてくれる'''」ことだけで満足してくれるかもしれない。しかし、満足してくれない場合にはどうしたら良いのだろうか。誰か身代わりを立てて、怒りを逃れようとするのか。それが「'''[[人身御供]]'''」というものなのではないだろうか。
ただし、[[ミャオ族]]は[[人身御供]]を捧げるのではなく、成人儀礼で自らが冥界の「母神」と一体化することで、彼女の守護を得ているように思う。この穀霊も兼ねる「母神」とは「'''[[燃やされた女神]]'''」のことだろう。部族の一人一人が神に対する「生きた[[人身御供]]」ともいえるのではないだろうか。そうして母神に自らを捧げることで、母神と一体化し、守護を得ようとするのだろう。その一方で、[[チャンヤン]]の定めた犠牲を捧げる祭祀については「水牛」を兄弟とすることで維持し、彼の霊魂も慰撫しようとしているのだろう。母神と息子神である[[チャンヤン]]の関係は、彼らの伝承の中では希薄に思える。大洪水神話において、[[チャンヤン]]は蝶から生まれるが母神の意思を確認したり、尊重したりということはほぼ行わない。[[ヒョウタン]]については植物として表されているので、意思の示しようもない。しかし、人々はこの女神に「'''怨霊の霊力を退ける力がある'''」と考えて、彼女と一体化することを望むように思う。」と考えて、彼女と一体化することを望むように思う。もしかしたら「'''怨霊の霊力を退ける力がある'''」という部分だけ「'''[[養母としての女神]]'''」が習合させられているかもしれないと考える。
チャンヤンとその「父神」との関係については、「雷公」が父神とすれば、対立的あるいは並立的であって、[[チャンヤン]]が優勢である。ミャオ族の他の伝承と併せて考えるに、この「犬祖」の父神は「'''穀物を盗んでくる家来'''」くらいにみなされていると感じる。

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