この神の発生には'''[[大渓文化]]'''が関係していると考える。'''[[大渓文化]]'''は楓の木を神聖視し、城砦を作り、一般人は「竹」をトーテムとする、というような緩やかな階級制の発生した社会と考える。担い手は[[ミャオ族]]とされるけれども、[[ミャオ族]]だけの文化ではなく、周辺の少数民族も構成員に含まれていたと考える。また城砦が作られるくらいなので「'''軍団'''」の重要性が強く、母系社会であっても男性の社会的地位は他の母系集団に比べて高かったのではないか、と思う。彼らは基本的には母系的な[[ミャオ族]]の祖神を神として祀っていたと考える。非ミャオ族集団は、どうしても社会的地位が低い側に追いやられやすいので、職業軍人としての出世を望み、社会的地位を上げたいと考えていたのではないだろうか。母系集団の[[ミャオ族]]の方は、そういう彼らをいわゆる「傭兵的」に利用したい、という思惑もあったかもしれない。よって、下層階級は兵士としての男性が重要視される父系社会になりやすかったのではないか、と考える。男の子が出世できるかできないかが、家族にとって社会的地位を左右したのだ。
そこで、一部の[[ミャオ族]]、特にあまり社会的地位が高くない人々の中には、母系社会で女性が優位であることに不満を持ち、父系への移行を求める動きが強くなったものと思われる。彼らは[[ミャオ族]]以外にも同志を募り、[[バロン]]女神を男神に置き換えた、「ヴァルナ」という神を作り出したと思われる。急激な社会の「父系化」を狙う、過激な「ヴァルナ党」とも言うべき集団だったと考える。氏族構成は、[[バロン]]女神の名からとっているにも関わらず、ごく少数の過激派ミャオ族と、それに賛同する各部族となっていたのだろう。その中にはチワン族の一部も加わっていたと思われる。チワン族はミャオ族にとって特別な氏族だったと考える。なぜなら、遠い昔にチワン族から入り婿的にミャオ族の女首長(太陽女神の地上における代理人)の側近となり、「人肉食と人身御供禁止」と「兄妹婚禁止」という2大改革を行った英雄がいたからである。チワン族のトーテムは犬と蛙なので、ヴァルナ党に加わったチワン族はこの英雄を「女神の名からとっているにも関わらず、ごく少数の過激派ミャオ族と、それに賛同する各部族となっていたのだろう。その中には[[ヤオ族]]の一部も加わっていたと思われる。[[ヤオ族]]はミャオ族にとって特別な氏族だったと考える。なぜなら、遠い昔に[[ヤオ族]]から入り婿的に[[ミャオ族]]の女首長(太陽女神の地上における代理人)の側近となり、「人肉食と人身御供禁止」と「兄妹婚禁止」という2大改革を行った英雄がいたからである。[[ヤオ族]]のトーテムは犬なので、ヴァルナ党に加わった[[ヤオ族]]はこの英雄を「[[槃瓠]]王」と読んだと考える。これも結局バロン女神の名前である。もしかしたら彼の名は残らず、妻であり主人であった女神の名に敬意を払って彼女の名前を貰ったものかもしれないと考える<ref>中国で[[ヤオ族]]と類似した子音を持つ少数民族に[[チワン族]]がいる。おそらく彼らは元は一つの部族だったかもしれないと創造する。[[チワン族]]のトーテムは蛙である。そのため[[槃瓠]]王」と読んだと考える。これも結局バロン女神の名前である。もしかしたら彼の名は残らず、妻であり主人であった女神の名に敬意を払って彼女の名前を貰ったものかもしれないと考える。王の子供達が[[チワン族]]では「蛙」のトーテムで表されることがあるように思う。</ref>。
母系社会では父親は重要視されないので、遠い男性の先祖は名が残っておらず、そのトーテムにちなんで、ミャオ族の「父」としての先祖は母系社会では父親は重要視されないので、遠い男性の先祖は名が残っておらず、そのトーテムにちなんで、[[ミャオ族]]の「父」としての先祖は'''豚'''、チワン族の先祖は、[[ヤオ族]]の先祖は'''犬'''と言うしかなかったのだろう。と言うしかなかったのだろう<ref>しかし、後には[[ミャオ族]]の主要なトーテムは水牛に移行している。</ref>。
ということで、チワン族はミャオ族にとって、特別な部族ではあったけれども、立場としてはやはり「臣下」だったのだと考える。でもチワン族は真面目で律儀な人々だったので、遠い先祖が真面目に臣従していたミャオ族に、先祖に倣って臣従し続けている人達がいたのかもしれないと考える。チワン族は、彼らは彼らで独自の神々を擁していたので、宗教的に他の諸部族ほどは「ミャオ族化」しなかったのだと考える。こうして、過激な父系化を狙う「ということで、[[ヤオ族]]は[[ミャオ族]]にとって、特別な部族ではあったけれども、立場としてはやはり「臣下」だったのだと考える。でも[[ヤオ族]]は真面目で律儀な人々だったので、遠い先祖が真面目に臣従していた[[ミャオ族]]に、先祖に倣って臣従し続けている人達がいたのかもしれないと考える。[[ヤオ族]]は、彼らは彼らで独自の神々を擁していたので、宗教的に他の諸部族ほどは「[[ミャオ族]]化」しなかったのだと考える。こうして、過激な父系化を狙う「'''ヴァルナ党'''」が結成され、母系社会であったミャオ族と対立するようになったと考える。チワン族は有力な構成部族だったので、特別にチワンの名をとって「」が結成され、母系社会であった[[ミャオ族]]と対立するようになったと考える。[[ヤオ族]]は有力な構成部族だったので、特別にヤオの名をとって「'''デーヴァ党'''」を結成したのではないだろうか。ヴァルナと対立するデーヴァではなく、「'''ヴァルナ党の中のデーヴァ党'''」である。'''ミャオ族の女王を巡って、ミャオ族とチワン族が対立したのは、遙か何千年も昔の話となりつつあったのだろう。[[ミャオ族]]の女王を巡って、[[ミャオ族]]と[[ヤオ族]]が対立したのは、遙か何千年も昔の話となりつつあったのだろう。'''ヴァルナ党の構成要員は* ごく少数の(だけど中枢的な)過激ミャオ族ごく少数の(だけど中枢的な)過激[[ミャオ族]]* 次席の一部チワン族次席の一部[[ヤオ族]]
* 諸部族
だったと考える。彼らは彼らで、男性の社会的地位の向上を目指しながら共同で大規模な水稲耕作社会を運営するようになっていったと考える。当然ミャオ族本隊はこの動きから離脱してしまうし、この動きに加わらないで山間部などで古くからの伝統的な生活を続ける人々も大勢いたことと思われる。彼らの最初の到達点といえるのは、現在の上海付近に成立した「だったと考える。彼らは彼らで、男性の社会的地位の向上を目指しながら共同で大規模な水稲耕作社会を運営するようになっていったと考える。当然[[ミャオ族]]本隊はこの動きから離脱してしまうし、この動きに加わらないで山間部などで古くからの伝統的な生活を続ける人々も大勢いたことと思われる。彼らの最初の到達点といえるのは、現在の上海付近に成立した「[[馬家浜文化]]」と「[[河姆渡文化]]」と考える。この2つの文化は近隣にあり、互いに交流しながらそれぞれ独自の宗教体制を敷いていた。おそらく「[[馬家浜文化]]」はヴァルナ党、「[[河姆渡文化]]」はデーヴァ党が築いた社会と思う。そして、彼らの一部はやがて海へと乗り出し、台湾に向かうこととなった。
そして、「ヴァルナ党」とは台湾原住民では主にパイワン族、という名になったと考える。彼らの伝説的な始祖の中に'''サプラルヤンヤン'''、サカポラル、サプルガンなどの名を持つ男性がいる。彼はサシミダル、サジュムジという男性と父子などの近親で語られることが多い<ref>神々の物語、台湾原住民文学選5、神村徹編、草風館、2006年8月1日出版、p267、280、397、412、431、446</ref>。また、彼には'''モアカイ'''という妻がいることが多い。モアカイとは中国神話の「'''[[女媧]]'''」に相当する名と思われる。要するに「サプラルヤンヤン」などの名前で呼ばれる頭目は、名前の子音からみても中国神話の'''[[伏羲]]'''に相当すると考える。
つまり、'''中国神話における「ヴァルナ」とは何かといえば、ミャオ族の女神バロンを流用して男神に置き換えたものであり、それは古代に存在した他民族から成る氏族の名として使われ、現在のプーラン族(台湾のパイアン族など)にその名を留めている神である。その男女の始祖的首長とされたのが現在の「中国神話における「ヴァルナ」とは何かといえば、[[ミャオ族]]の女神バロンを流用して男神に置き換えたものであり、それは古代に存在した他民族から成る氏族の名として使われ、現在のプーラン族(台湾のパイアン族など)にその名を留めている神である。その男女の始祖的首長とされたのが現在の「[[伏羲]]」と「[[女媧]]」の組み合わせの出発点だった'''といえる。ミャオ族神話のといえる。[[ミャオ族]]神話の'''[[伏羲]]'''は、大岩と化してしまう水牛のシィウニュウ(Hxub Niux)と考える。彼はシャンリャン(Xang Liang)女神と耕作を終えた後、石と化してしまう神だ。
現在のプーラン族の伝承では、「ヴァルナ」に相当する神は「茶の木」を植えた神、あるいは「茶の木そのもの」とみなされているようで、かつて「創造神」とされていた名残のようなものは感じられるけれども、最も重要な「神」は英雄神でもあるグミヤーに置き換わってしまっているように感じる。台湾の伝承では逆に「創造神」としてのグミヤーの姿は薄れており、「空を飛ぶ神」といった性質が断片的に残されているのみと感じる。ミャオ族の中での「グミヤー」に相当する神は、「'''父なる現在のプーラン族の伝承では、「ヴァルナ」に相当する神は「茶の木」を植えた神、あるいは「茶の木そのもの」とみなされているようで、かつて「創造神」とされていた名残のようなものは感じられるけれども、最も重要な「神」は英雄神でもある[[グミヤー]]に置き換わってしまっているように感じる。台湾の伝承では逆に「創造神」としてのグミヤーの姿は薄れており、「空を飛ぶ神」といった性質が断片的に残されているのみと感じる。ミャオ族の中での「[[アペ・コペングミヤー]]」に相当する神は、'''」と考える。同族食いと近親結婚を容認する神である。アペ・コペンはおおむね「死ぬ神」といえる。中国神話で大洪水を生き残る子供達の父は死ぬことが多いし、アペ・コペンも天に昇って地上には帰ってこない。ただし、シャンリャン(Xang Liang)女神'''天空を飛んでさまよう'''神とされている。と考える。創造神としてのシャンリャン女神を男性化したものが[[グミヤー]]なのだろう。彼女の性質は[[女媧]]にも取り込まれたので、[[女媧]]と[[グミヤー]]は類似した性質を持つのだろう。
このように見ていくと、伏羲やグミヤーは、ミャオ族の中では「死ぬ父神」あるいは「死ぬ牛神」のような存在であって、本来は「死ぬ男神」だったと思われる。このように見ていくと、[[伏羲]]は始祖神話としては、'''「死ぬ神」の要素を父に移し、「死なない神」として設定された神のように思える'''。は、ミャオ族の中では「死ぬ父神」あるいは「死ぬ牛神」のような存在であって、本来は「死ぬ男神」だったと思われる。
時代が下って王権が発生してくれば、伏羲は「人類の始祖」のみでなく「王権の始祖」も兼ねるようになる。「伏羲」を擁していた氏族が、最終的に中原の王権を獲得したとすれば、彼らの祖といえるのは誰だろうか。それは「'''[[黄帝]]'''」ではないだろうか。とすれば、[[黄帝]]は伏羲の「一形態」といえる。彼はパイワン族の「父なる一族長」から、中国全体の始祖神・[[黄帝]]に上り詰めたのだろう。に上り詰めたのだろう。そして「死ぬ男神」としての性質も「帝王の神」にふさわしく書き換えられてしまったのだろう。
遺伝子的には、Y染色体ハプログループO-M119は現代中国に於いては全国男性人口の約11.06%を占める<ref>https://www.23mofang.com/ancestry/ytree/O-M119/detail</ref>が、その大半(中国全国男性人口の約5.95%)は今より約5,440年前<ref name = "23mofang">[https://www.23mofang.com/ancestry/ytree/O-M119 Phylogenetic tree of Y-DNA at 23mofang]</ref>または4,622(95% CI 5,597 - 3,809)年前<ref name = "FTDNA">[https://discover.familytreedna.com/y-dna/O-M119/tree FamilyTreeDNAによるハプログループO1a-M119の系統樹]</ref>に'''一人の共通祖先をもち'''、良渚文化と関係があろうと推測されているO-F81というサブクレードに属している<ref>https://www.23mofang.com/ancestry/ytree/O-F81/detail</ref>、とのことである。この中国全土の約6%を占める共通の「父」といえる人物が、良渚文化を形成したパイワン族の出身で、彼こそが「漢民族の父」とも言うべき実在の存在なのではないかと考える。彼と彼の子孫が増え、中国全体の政治に大きな影響を与えるようになったので、彼らの神話や始祖神話が後の中国神話にほぼ移行することになったのではないか、と考える。要は[[伏羲]]も[[黄帝]]も、元は良渚文化を形成したパイワン族の神だったのだろう。
=== デーヴァとはなんだろう ===
中国神話における「デーヴァ」とは、「パイワン族」に比べればもっと血族性が高い集団で、「'''[[チワン族ヤオ族]]」の一派'''と考える。彼らの伝説的な先祖の槃瓠の名もバロンからとったもので、犬と蛙をトーテムに持つ人々といえる。彼らはミャオ族と関連が深く、臣従的な部族もいたので、ミャオ族の一部が過激な父系化を目指したときに行動を共にしたのではないかと考える。こちらは台湾では「と考える。彼らの伝説的な先祖の[[盤瓠|槃瓠]]の名も[[バロン]]からとったもので、犬をトーテムに持つ人々といえる。彼らは[[ミャオ族]]と関連が深く、臣従的な部族もいたので、[[ミャオ族]]の一部が過激な父系化を目指したときに行動を共にしたのではないかと考える。こちらは台湾では「'''アミ族タバロン社'''」や「'''アヤタル族'''」という名となっているのだろう。ただし、全体的にこちらの方がパイワン族よりは女神信仰に好意的であって、好意的な文化を色濃く残したと考える。アヤタル族の英雄に「ブタ」という男がいるが、これはチワン族の[[布洛陀]]、日本物部氏の布津主に相当する神と考える<ref>神々の物語、台湾原住民文学選5、神村徹編、草風館、2006年8月1日出版、p374-375</ref>。
そして印欧語族の神話で有名な「ヴァルナ対デーヴァの対立」のうち、黄帝がヴァルナに相当するならば、デーヴァに相当するのは炎帝である、と述べる他ない。チワン族は台湾では主にタバロン社に名を変えたと思われるが、タバロン社には「T」音で始まる名の神々が多く、プユマ族と戦ったタバロン社の英雄に「そして印欧語族の神話で有名な「ヴァルナ対デーヴァの対立」のうち、[[黄帝]]がヴァルナに相当するならば、デーヴァに相当するのは炎帝である、と述べる他ない。ヤオ族は台湾では主にタバロン社に名を変えたと思われるが、タバロン社には「T」音で始まる名の神々が多く、プユマ族と戦ったタバロン社の英雄に「'''テオイツ'''」という名の男が見えるので、彼が[[蚩尤]]及び[[饕餮]]の、少なくとも'''名前'''は原型と考える。もちろんタバロン社で英雄として語り継がれているのだから、テオイツは決して「負ける神」でも「死ぬ神」でもない。その点が中国神話の[[蚩尤]]・[[饕餮]]とは異なっている。
どちらかというと、中原ではいわば「勝ち組」といえる[[黄帝]]や[[伏羲]]は、本来「死ぬ神」、「負ける神」だったのだけれども、子孫が中原の覇者となったために、本来の姿とは逆に「死なない英雄神」にまつりあげられてしまい、彼らと対立したチワン族の神は、本来「勝者」だったのに、「殺される神」に変更されてしまったのではないかと考える。