「楓」であり「鼓」でもあるニュウとは中国語の「'''融'''」のことと考える。要は「祝融」の「融」のことであって、この神が犠牲獣の牛や豚のことも併せて指し、楓に殺されて非業の死を遂げた女神を「共に殺人犯を殺して食べて」慰撫しよう、と子孫が考えたものがノンニュウの始まりかと思う。だから、少なくともこの祭祀は、楓(蚩尤と祝融)の神としての地位はそれほど高くなく、[[河姆渡文化]]的な思想に近い所から派生しているように思う。「融」はこの祭祀では河姆渡文化で発見された豚の紋様のように、樹木であり犠牲獣に過ぎないからである。
ノンニュウについては、モン族に太陽の女精霊ンカウ・ヌー (Nkauj Hnub)、月の男精霊 、月の男精霊ンラン・リー (Nrang Hli)の名があるので、元は「'''太陽と月'''」という意味ではないかと考える。
ノンの方は、「熊」を意味するのかもしれないし、似た子音の女神「[[女媧]]」と同じ女神かもしれない思う。ノンニュウは、「'''非業の死を遂げた女媧(ノン)を子孫たちが「ここに餌がありますよ」と降ろして、殺人犯の融(ニュウ)を一緒に食べて慰める'''」、という祭祀なのではないだろうか。
「男性の太陽神」とは、ノンニュウの精神とは逆に、「'''融(月)融(月)あるいはリー'''」を「太陽神」としたものと考える。「融」は太陽女神を殺して魚女神に変えてしまい、「太陽神」の地位を自分の「月+地帝+世界樹」の地位と入れ替えてしまったのではないだろうか。ただし、各地の神話を見るに、女神は「世界樹」のような大きなものではなく、穀類や芋に変えられてしまったように思う。この祝融(チャンヤン)をそのまま太陽神として崇めている地域もあるし、ノンニュウのように亡くなった女神を慰めるために月と犠牲獣の地位に留めている思想もある、ということなのだろう。
また、興味深いことだが、「女媧と融」の起源が[[河姆渡文化]]にあるとすると、そこではまだ母系社会で「太陽女神」が崇拝されていたと考えられるので、女媧は彼らの中でもすでに「太陽女神」としては取り扱われていないように見える。太陽女神が死んでしまったのなら、今ある太陽は何なのか、ということになるからだ。よって、太陽女神は「別に存在していた」ということにならないだろうか。日本神話でいえば、[[伊邪那美命]]と[[天照大御神]]のように「主要な母神」とされる女神が二柱以上いた可能性があり、一方はすでに太陽女神と見なされなくなっていたと考える。子音から見た場合には、蝶のメイパンメイリュウとノンは「起源の同じ女神」と考える。蝶や蛾の幼虫は「木の葉」を食べる。彼女は、自らを殺した楓を復讐のために食べる女神、として蝶になぞらえられたのではないだろうか。