では、なぜヴェマーレでは、[[伊邪那美命]](サテネ)と[[大宜都比売]](ハイヌウェレ)が「一体」であるかのように取り扱われるのだろうか。それは、彼らの性質が似通っているから、元は別々の神だったのに、習合してしまった、ということがまず考えられる。似通った神話を2つ纏める際に、例えばそれが「射日神話」のように「'''太陽を射る話'''」だった場合、太陽神が二柱いたら、彼らがよほど近くにいない限り、それぞれを射るのに、最低でも2本の矢が必要だと思わないだろうか? それを更に縮めて、'''1本の矢で、1つの太陽を射落としたら、残りも自動的に落ちてしまうようにして、どちらが射られたのか、それぞれにどんな事情があって射られたのかまで、まぜこぜにして分からなくなってしまっているのではないだろうか'''。
例えば、ハイヌウェレは宝を出してくれる女神であって、本来なら人々は喜んで大切にしても当然であって、殺してしまうなど、ひどい話ではないだろうか。だけど、もし、サテネの方が悪い神であって、射殺されても当然のような神だったとする。彼らをまぜこぜにしてしまったら、ハイヌウェレは「'''宝を出してくれるけれども、射殺されても当然のような神宝を出してくれるけれども、射殺されても当然のような悪い神'''」とされてしまわないだろうか。」とされてしまわないだろうか。そうして、'''「悪神サテネ」を狙ったはずの矢はハイヌウェレまでも貫いてしまい'''、ハイヌウェレを殺してしまうのである。
== 関連項目 ==