差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
1,146 バイト追加 、 2025年12月29日 (月) 07:03
編集の要約なし
他に、年老いた親を捨てに行く際に子供も連れて行くが、担いできたもっこごと親を捨てようとする。すると、子供から「おっ父を捨てるときに使うから、もっこは持って帰ろう」と言われ、親を捨てる非道さに気付き(あるいは我が身に置き換えて恐怖を思い知ったため)姥捨てをやめるという内容のものがあり、同様の物語は中国やヨーロッパ、アフリカなど広範囲に分布している。枝折り型のあとに難題型が続く複合型、また数は少ないが、嫁にそそのかされた息子により一度は山に捨てられるが、知恵により鬼から宝を巻き上げ財を成し、猿真似をした嫁は命を落とすという嫁姑の対立がテーマになっているものもある。
 
== 冠着山について ==
長野県の冠着山は俗称を「姨捨山」といい深沢七郎が『楢山節考』で姥捨て伝説を結び付けた。しかし、日本思想史学者の古田武彦は地元の放光院長楽寺への現地調査の結果などからこの地に姥捨て伝説はなかったと結論付けている<ref>[http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/sinjitu5/unmeihi1.html 神と人麻呂の運命1] 古田武彦</ref>。
 
神道集「赤城対明神の事」には姨捨山の由来が書かれている。要約すると以下のようになる。
 
: 群馬に父と一人の息子と3人の娘が住んでいた。そこに信濃国'''更級郡'''より二人の姉弟がやってきた。姉は弟をそそのかすし、弟は'''乱暴者'''だった。父と息子が留守の間に乱暴者は3人の娘のうち2人を殺した。末娘は何とか助かった。父が戻ってきたが、世をはかなんで亡くなった。兄が戻ってきて、乱暴者を倒した。意地悪な女は信濃国に逃げたが'''宇津尾山'''という山に捨てられた。以後、その山を'''伯母捨山'''と言うようになった。
 
科野国造・建五百建命は[[神八井耳命]]の孫で金刺氏の祖と言われる。長野県には各地に金刺氏ゆかりの神社がある。また善光寺も金刺氏に関連する寺である。善光寺の宿坊の住職を務める若麻績氏は金刺氏の末裔と言われるなどである。この神の妻神は[[会津比売神]](かいづひめのみこと)といい、諏訪大社の祭神・建御名方神の子の子神と言われている。
== 備考 ==
:(答え:太鼓の皮をはがして、生きている蜂の群れを太鼓の中に入れ、皮を張り直す。太鼓の中で蜂が飛び回ると、太鼓に張ってある皮にぶつかって音が出る。)
なお、「叩かなくても鳴る太鼓」を見て驚いた隣の国の殿様が、中の仕組みを見ようとして太鼓の皮をはがすと、太鼓の中から蜂の群れが飛び出してきて殿様を刺しまくり、隣の国の殿様はさんざんな目にあったというオチの付いた話もある。
 
一方で、姥捨て伝説の一部にはその信憑性を疑われるものも存在する。
 
長野県の冠着山は俗称を「姨捨山」といい深沢七郎が『楢山節考』で姥捨て伝説を結び付けた。しかし、日本思想史学者の古田武彦は地元の放光院長楽寺への現地調査の結果などからこの地に姥捨て伝説はなかったと結論付けている<ref>[http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/sinjitu5/unmeihi1.html 神と人麻呂の運命1] 古田武彦</ref>。
また池田信夫は元々日本において「人口問題を解決した方法は、姥捨てとは逆の子捨てである」としている<ref>[http://agora-web.jp/archives/2023676.html 「姥捨て」という都市伝説] 池田信夫</ref>。

案内メニュー