伏羲・女媧型神話

「大洪水の後に生き残った2人の男女(兄弟姉妹)が人類の始祖となった」という神話とその変形版を集めてみました。

バロン・ダロン神話

湘西のミャオ族が始祖神話と崇める伝承。


昔、天を支えて大地に立つアペ・コペンという男がいた。男は雷と兄弟分で、雷が良く遊びに来ていた。雷は鶏肉が嫌いだったが、アペ・コペンはいたずらでこっそり鶏肉を食べさせた。怒った雷はアペ・コペンを切り裂くことにした。アペはそれに対し条件を出した。
  • 1、七年の間、雨をシトシトと降り続かせること
  • 2、戦うために地上に降りてくるときには、アペの家の屋根に降りてくること
雷はこの条件を承知して、いったん天に帰った。七年後、襲ってきた雷をアペは捕まえて鉄のおりに閉じ込めたが、バロン(娘)とダロン(息子)が開放して逃がしてしまう。

雷は逃げる時にアペに見つかりそうになり、枯木の幹の中に隠れる。アペがこの枯れ木を燃やそうとしたが、木はいぶるばかりで燃えなかったので、アペは木を庭に投げ捨てた。そして雷は何とか逃げおおせた。アペは丸木舟を作って洪水に備えた。

洪水が起きると父の乗った船は水に浮き、南天門(天国の入り口)に流れ着いた。そこに日月樹が生えていたので、アペは丸木舟を降り、この木を昇って天におしかけることにした。雷はひとまずアペを歓待することとして、もてなしている間に太陽を十二出し、日月樹を枯らしてしまうことにした。そうしたらアペはもう地上に戻れないので、その間にアペを殺す方法を考えるつもりなのだ。雷の真意に気がついたアペは雷に殴りかかった。雷が逃げたので、天上では雷とアペの追いかけっこが始まり、雷は天のあちこちで鳴るようになった。アペが暴れたので、地上には山や川や海ができた。

兄妹は雷を助けた時にもらった種を植えており、そこから生えた巨大なカボチャの中に避難して助かった。兄妹を残して人類は滅亡した。

妹は人類を増やすために結婚しようと兄を説得した。兄は近親結婚を行ったら雷の怒りを買うのではないか、と恐れたが、天にいるアペが結婚を許した。雷はアペに追い回され、もう子供達に罰を与える力は残っていなかったのだ。アペは息子に「石臼のような子が生まれたら切り刻んで四方にまくように。」と言った。

結婚後、妻は石臼のような子を一つ産み落とした。石片をあちこちにまくと人間になった。落下した場所の名をとって彼らの名とした。最後の一切れは薬草になった。ミャオ人は兄妹をしのんで秋におまつりをし、子供のいない夫婦は先祖のバロンとダロンに子宝を願うようになった。(村松一弥訳『苗族民話集』平凡社、1974年、3-15頁)。

チャンヤン神話

ミャオ族のもう一つの伝承。叙事詩『苗族古歌』「楓木歌」に登場する人類の始祖のこと。

種の家は天上にあった。東方にいたゲルー(Ghed lul、土地神)の天上の家で、フーファン(Fux Fang、大地)が生み育てたが、ニュウシャン(Niu Xang、婆神)が種の家を焼いてしまった。その時、「古代の書」も燃えてしまい、古い三つの儀礼などが分からなくなった。しかし、種が東から川を辿ってやってきた。

シャンリャン(Xang Liang、女神)が西方の土地で、犂や鍬を使って水牛のシィウニュウ(Hxub Niux)と田畑を耕した。農作業に使った道具は様々な生き物などに変化した。シィウニュウは大岩に変じた。シャンリャンは木々を植え、池のそばにも植えてを育てた。

木々の中から巨大な楓香樹が現れた。楓香樹の下には様々な動物が集まったが、彼らは魚を食べてしまった。シャンリャンは楓香樹が魚を食べてしまったと非難した。楓香樹は盗賊の棲家とされて伐られてしまった。伐採時に出た鋸屑、木屑、樹芯(蝶々)、芽(蛾)、瘤(木菟、ghob web sx、猫頭鷹)、葉(燕、鷹)、梢はさまざまなものに変化した。

楓香樹の樹芯には蝶のメイバンメイリュウがあった。蛾の王がつついて開けた。蝶々は生まれて三日目でバンシャン(Bang Xang女神)のとこへ行き、育てられた。彼女は水泡と恋愛して12個の卵を産んだ。ジーウィー鳥が三年半、卵を温めて孵した。はじめに人類の始祖であるチャンヤン(Janged Yangb姜央)は生まれた。その後、雷公、龍、虎、蛇、象が生まれた。彼らのへその尾もさまざまなものに変化した。悪い卵は1年かけて老いた雌豚を食べる魔物のグーワンとなった。別の残りの卵は供犠用の祭椀となった。

チャンヤンと雷公は兄弟だが相続で争い、雷公は自分が得た土地に納得しなかった。そこで天に上って雹と雨を降らせてチャンヤンを溺れさせようと考える。チャンヤンは水田を耕そうとするが、牡の水牛を持っていなかったため、雷公から水牛を借りた。耕作が終わるとチャンヤンは水牛を殺して祖先を祀り、祖霊祭で水牛を食べてしまった。雷公は怒り、洪水を起こす、と言ったのだが、三日の猶予をもらえたので、チャンヤンはその間にヒョウタンを育てた。雷公が洪水を起こし、チャンヤンはヒョウタンに乗って逃れた。生き残ったのはチャンヤンとその妹のニャンニ(Niang Ni)だけだった。チャンヤンはの助言を得て、妹のニャン二を説得して結婚した。二つの臼を別々の山から転がして二つが一緒になったら結婚するなどの難題を乗り越えたのだ。二人の間に肉塊が生まれたので、それを切り刻み九つの肥桶に入れて九つの山に撒いた。すると肉片から人間が大勢生まれた。しかし、彼らはまだ言葉が話せなかった。そこで土地公を天井に派遣して秘策を得た。松明を点して'''山を焼き竹を燃やす'''と弾けて音がする。それを真似て人々は言葉を話し始めた。人々は一緒に住み、七人の爺さんは牛殺しの刀を、七人の婆さんは紡車を管理して暮らすことになった。(創世神話と王権神話 アジアの視点から、鈴木正祟、p115-117)。

作業中考察

台湾原住民のバルン神話と併せて考えると、バロンとダロンは水の中で溺れ死んで、カボチャを母として蛇体に生まれ変わった、とするべきかと思う。「大洪水」は溺死したことの暗喩ともいえる。雷神に母(カボチャ)の胎内に入れてもらったのであれば、雷神が彼らのもう一人の父とも解せる。

日本の市森神社(島根県出雲市稗原町)には「昔、石畑清谷へ星神が天降られたので、人々はこの星神を合祀して星宮神社とよぶようになったといわれている。この社は山寄鐘築境あたりにあったようだ。(市森神社 社務所)[3]」という伝承がある。この場合の「星神」とは「石畑」の名の通り石の姿で降ってきたと考えられたのではないだろうか。バロン・ダロン神話の子供たちは「天から石をまいた」とは言っていないが、他の伏羲・女媧神話から推察するに、

天から石(星)をまいたのであり、そこから発生した人間は「星神の子孫である」と考えられた

のではないだろうか。「石畑」とは割と各地でよくみられる地名のように思う。

日本神話では、母神にばらまかれることなく、多くの星神たちが自力で地上に降りてくる。彼らは多くの弥生系氏族の祖神となったのだった。

下諏訪に伝わる「火の雨」伝承を付記しておく。おそらくこれは「バッタの害」の記憶ではないか、と思う。そして、大火を起こす火雷神(祝融かあるいは炎帝)から人々を救う黄帝とその妻の伝承としては、こちらの方が、バロン・ダロン神話よりも更に古い原型ではないか、と思う。下諏訪の衆は、自分たちが「誰の子孫」と言うべきか、誰に感謝すべきかをもっと考えて祭祀をやるべきだと思うし、上州の衆のような気骨がもっとあっても良かったのではないか、と個人的にはそう思う。

怪我をする太陽女神

2025/12/20比較伝承
個人的に、古代における太陽女神とは「殺される女神」と「死なない女神」の2種類に分かれると考えている。しかし、太陽は一つしかないので、彼らを一つに纏める案も古代の人々は考え出したのだろう。

「女神がいったん、怪我をするけれども、死には至らず元気になる。」

というモチーフは良く用いられる習合結果と考える。このモチーフの物語を挙げる。

日妹・月兄(朝鮮の伝承)

昔、天の主人に二人の兄妹がいた。兄は太陽で、妹は月だった。ある時、妹が「月は人に見られていやだから太陽になりたい。」と言った。兄はこれをいやがり、兄妹で喧嘩になった。兄は煙管で妹の目をつきさし、つぶしてしまった。それで妹が気の毒になった兄は太陽を妹に譲り、自分は月になった。

その他

喧嘩の末、兄が妹を殺してしまって、罰として母親が兄を殺すパターンなどがある。(以上、「韓国昔話集成8,崔仁鶴他、悠書館、50-53p)

犬石(長野市篠ノ井の伝承)

長野市篠ノ井有旅には犬石という地名があり、その名の由来となった犬石が存在する。由来は以下の通り。

犬石のある平地を長者窪と呼んでいる。むかし長者窪に住んでいた長者の家に旅の僧が宿を求めた。長者は僧の持つ大金に目がくらみ殺して奪った。長者の家はそのせいで滅びてしまった。残された長者の犬は猛り狂い人々に害をなした。そこで産土神さまがあらわれ犬を諭された為、犬は改心して石と化し集落を護るようになったという。一説に旅の僧は平氏の落ち武者であったと言われている。

別の話として

産土神さまは犬に追われ里芋で滑りゴマで目を突いたそうで、当地では近年まで犬を飼わず里芋やゴマを作らない戒めがあったそうだ。

がある(長野県長野市篠ノ井有旅の犬石、狼やご神獣の、お姿を見たり聞いたり民話の舞台を探したりの訪問記 -主においぬ様信仰ー(最終閲覧日:251220)、長野市立博物館だより、第12号、1988-10-1)。

解説

産土神が女神であるかどうかははっきりしていない。後者は日妹・月兄の類話と言える。里芋は中秋に供えられるアイテムの一つであり、月神(女神)と関連付けられる。一ツ目の神の伝承は日本各地にあり、柳田国男が著書「一目小僧その他」で、人身御供との関連性を示唆している。

太陽の光が目を刺すわけ(アルメニア民話)

月と太陽は兄と妹だった。太陽は夜巡り、月は昼間巡っていた。ある時、妹が「夜は怖いし、昼はみんなが見るから嫌。」と言った。兄は「昼空を巡ればいい。針を持っていって見る者の目を刺せばいい。」と言った。以来太陽は昼の空を巡り、見る者をその光で刺すようになった(世界の太陽と月と星の民話、日本民話の会他編訳、三弥井書店、268p)。

解説

太陽と月は互いに争わないが、交代している、という伝承である。妹の太陽が見られるのを嫌がる点が朝鮮の「日妹・月兄」と一致している。類話と考える。

嫦娥と黒耳(中国の伝承)

伝説によると、后羿が民のために9つの太陽を撃ち落としたとき、王母娘娘(西王母)は褒美に霊薬を与えたが、后羿の妻である嫦娥はそれを食べて一人で天に昇ってしまったという。門の外から后羿の猟犬・黒耳が吠えながら家の中に飛び込み、残りの霊薬を舐めてから上空の嫦娥の後を追った。嫦娥は黒耳の吠える声を聞くと、あわてて月に飛び込んだ。そして、髪を逆立て、体を大きくした黒耳は、嫦娥に飛びかかり、月を飲み込んだ。

月が黒い犬に飲み込まれたことを知った玉皇大帝と王母娘娘(西王母)は、天兵に命じて犬を捕らえさせた。黒い犬が捕まった時、王母娘娘(西王母)は后羿の猟犬と認め、南天の門を守る天狗にした。黒耳は役目を得ると、月と嫦娥を吐き出し、それ以来、月に住むようになった。→天狗(中国)より
嫦娥羿西王母

解説

「(女)神が傷つけられるけれども、死には至らない」というパターンの伝承のうち、犬石の産土神は祟る犬神に傷つけられており、朝鮮の伝承よりは「嫦娥と黒耳」の伝承に近い話であることが分かる。太陽女神の話でなくなっている点も同じである。嫦娥と黒耳の話は「天狗食日月」の伝承の一つで、日食と月食は天狗が起こす、という説の起源譚である。嫦娥と黒耳の場合は月女神と犬神の話なので、月食の説明にはなっているが、日食の説明にはなっていない。でも、嫦娥が元は太陽女神だったのなら、日食の起源の説明ともいえよう。黒耳は嫦娥を太陽から月に変えてしまった後も、尚殺そうと後を付け狙っているのかもしれない。

スコルとハティ(北欧神話)

スコルは魔狼フェンリルと鉄の森の女巨人との間の子。その名前は古ノルド語で「嘲るもの」「高笑い」を意味する。常に太陽(ソール)を追いかけており、日食はこの狼が太陽を捕らえた為に生じると考えられた。ラグナロクの際には、太陽に追いつき、これを飲み込むとされている。通常、この様に太陽を飲み込んだ場合、地上の人々は鍋を叩いて吐き出させたという。
ハティは古ノルド語で「憎しみ」「敵」を意味する狼。北欧神話に登場する。月(マーニ)を絶えず追いかけており、月食はこの狼が月を捕らえたために起こると考えられた。一説にはフェンリルの息子とされることもある。ラグナロクの際には、とうとう月に追いついて、これに大損害を与えるとされている。同じく月を追うとされる「マーナガルム(月の犬)」と同一視されることもある。
スコルハティマーナガルム

ラーフ(インド神話)

乳海攪拌のあと、神々とアスラは不死の霊薬アムリタをめぐって争い、アムリタは神々の手にわたった。神々は集まってアムリタを飲んだが、その中にラーフというアスラが神に化けてアムリタを口にした。それを太陽と月が発見し、ヴィシュヌ神に知らせた。ヴィシュヌ神は円盤(チャクラム)を投げてラーフの首を切断したが、ラーフの首は不死になってしまった。ラーフの首は天に昇り、告口したことを怨んで太陽と月を飲み込んでは日食や月食を起こす悪星になったという。
ラーフ

私的考察

上記のような伝承を見るに、「太陽女神を追いかけ傷つける者」は、大きく分けて
  • 月神(兄弟)
  • 狼(黒犬)神
に分かれるようである。「日妹・月兄」と「犬石」は追いかけられる神がいずれも目を傷つけられるというモチーフが共通していることから、起源を同じくする類話と考える。ということは、月神と犬神は本来「同じもの」だったと思われる。それが時代が下るにつれ、月神と狼神に分離してしまい、狼神となったものは太陽神だけでなく、月も追いかける、ということにされたのだろう。
「嫦娥と黒耳」の黒耳は最終的に自らも月に住んで月神のようになる。北欧神話の月神を追いかけるマーナガルムは「月の犬」という名であって、この狼自身が月に属するものであることを伺わせる。狼神とは、月神を食べて月神となったのか、あるいは最初から月神と同じものだったのか、いずれにしても月神と狼神は「同じもの」とみなして良いのだろう。

「嫦娥と黒耳」では、犬神の黒耳と月はほぼ分離されて別の存在とされ、女神と月と犬神の三者が登場する。北欧神話では、太陽と月をおいかける狼神はそれぞれ別の存在とされている。日本神話では、須佐之男は高天原で狼藉を働き、天照大神の権威を失墜させるが直接殺すまでには至らない。そして、日本神話でも「嫦娥と黒耳」と同じく

女神(天照大神)、傷つける神(須佐之男)、月神(月夜見)

はそれぞれ分離して別の存在とされている。その点では中国の神話に似る。ただし、須佐之男は天照大神の兄弟なので、兄弟であるという点は朝鮮の「日妹・月兄」に似る。そして東アジアでは襲う神が「狼神」ではなく「犬神」として語られる傾向がある。

「日妹・月兄」の兄は母親に殺されるというパターンがある。犬石の犬神は最後に石に変わるが、これは「死」を意味するモチーフである。北欧神話の狼神達はいずれラグナロクで滅びる運命だろう。インド神話のラーフは首を落とされる。日本神話の須佐之男は高天原を追放されて、最終的に黄泉の国に住む。「傷つける神」の側も最終的には死に至る運命とされていたことが分かる。

また、「怪我をするけれども死なない女神」は、欠けてもまた復活する天体の日月食あるいは、月の満ち欠けになぞらえて語られることが多いことが分かる。日月が一時的に隠れたり、欠けたりしてその力が弱まることがあると考えられたのだろう。

比較伝承

2025/12/17比較伝承
比較できうる伝承をまとめたいと思います。読んで楽しんでいただけるコーナーにしたいです。

蛇神と戦う鳥神

2025/12/14比較伝承鳥神
蛇神と対立する鳥神の神話は、インド神話のガルダが有名であると思う。類話をいくつかまとめてみたい。
参照:太陽女神について

ガルダ

ガルダの一族はインド神話において人々に恐れられる蛇・竜のたぐい(ナーガ族)と敵対関係にあり、それらを退治する聖鳥として崇拝されている。単に鷲の姿で描かれたり、人間に翼が生えた姿で描かれたりもするが、基本的には人間の胴体と鷲の頭部・嘴・翼・爪を持つ、翼は赤く全身は黄金色に輝く巨大な鳥として描かれる。

造物主であるプラジャーパティにはヴィナターとカドゥルーという2人の娘がいた。2人はそろってブラフマーの子である聖仙カシュヤパの妻となった。カシュヤパは2人の願いを叶えると約束し、カドゥルーは1000匹のナーガ(蛇あるいは竜)を息子とすることを望み、ヴィナターはカドゥルーの子より優れた2人の息子を望んだ。その後長い時間を経てカドゥルーは1000個の卵を、ヴィナターは2個の卵を産んだ。2人は卵を500年間あたため続け、やがてカドゥルーの卵からはナーガたちが生まれたが、ヴィナターの卵は孵らなかった。ヴィナターは恥ずかしさのあまり卵の1つを割ると、上半身しかない子供が出てきた。卵を早く割ったために下半身がまだ作られていなかったのである。この息子は暁の神アルナであるが、母親に対して怒り、500年の間、競った相手の奴隷になるという呪いをかけた。

ある日、カドゥルーは乳海攪拌から生まれ太陽を牽引する馬ウッチャイヒシュラヴァスの色について、ヴィナターに話しかけ口論となり、負けた方が奴隷になるという条件で賭けることにした。ヴィナターは全身が全て白いと主張したのに対し、カドゥルーは体は白だが尻尾だけは黒いと主張した。実際にはヴィナターのいうとおりであった。しかし、カドゥルーは確認は翌日にするということにし、息子のナーガたちにウッチャイヒシュラヴァスの尻尾に取り付くように命じ、黒く見えるようにした。中には命令を聞かなかった息子もいたため、カドゥルーは彼らに呪いをかけた。翌日、2人は海を越えて確認に行くと、ウッチャイヒシュラヴァスの尾の色は黒かったため、ヴィナターは負けて奴隷になってしまった。

やがて時期がたち、ガルダが卵から生まれた。ガルダは生まれるとすぐに成長し、炎の様に光り輝いて神々を震え上がらせた。神々はガルダを賛美してガルダの放つ光と熱を収めさせた。海を越えて母の元に行くと、ガルダも母と共にカドゥルーたちに支配されることになった。カドゥルーはガルダにも様々な難題を振りかけ、やがてガルダは嫌気がさし、母に対してなぜこの様になったのかを尋ねた。母にいかさまによって奴隷となったことを聴くと、ナーガたちに対して母を解放するよう頼んだ。ナーガたちは、天界にある乳海攪拌から生まれた不死の聖水アムリタを力ずくで奪ってくれば解放すると約束した。

ガルダは地上で腹ごしらえをすました後、天上に向かった。天上ではガルダの襲撃を予兆して今までになかったようなさまざまな異常現象が起きた。ガルダは天上に乗り込むと、守備を固めて待ち受けていた神々を次々に払いのけた。戦神である風神ヴァーユが軍勢を整えるものの、多くの神々が打ち倒された。アムリタの周りにも回転する円盤チャクラムや目を見ると灰になる2匹の大蛇などさまざまな罠を仕掛けていたが、ガルダはそれをすり抜けてアムリタを奪い飛び去った。

ガルダが飛んでいるとヴィシュヌと出会った。ヴィシュヌはガルダの勇気と力に感動したため、ガルダの願いを叶えることとした。それはアムリタを用いない不死であり、ガルダはそれを受けてヴィシュヌのヴァーハナとなることを誓った。そこへ神々の王インドラが最強の武器ヴァジュラを使って襲いかかってきた。しかしそれでもガルダには敵わなかった。元々ガルダは小人の種族ヴァーラキリヤのインドラより100倍強くなるようにという願いを込められて生まれてきたからである。インドラはヴァジュラが全く利かないのを見ると、ガルダに永遠の友情の誓いを申し込んだ。その代わりにガルダには不死の体が与えられ、彼はナーガたち蛇族を食料とするという約束を交わした。

そして、一旦約束を守るためにガルダはアムリタをナーガたちの元へ持ち帰った。ヴィナータが解放されると、アムリタをクシャの葉の上におき、沐浴してから飲まねばならないと告げた。それを聞いてナーガたちが沐浴をしている隙に、インドラがアムリタを取り返してしまった。ナーガたちはだまされたことに気づいたが、もはやどうしようもなかった。ナーガたちはどうにかしてアムリタをなめようと、アムリタが置かれていたクシャの葉をなめ回したため、舌が切れ二股となってしまった(『マハーバーラタ』第1巻14~30章)。(Wikipedia:ガルダより)

英雄ディックベール

まずしいたきぎ拾いの男がいた。息子は力持ちのためディックベール(力持ち)と呼ばれていた。ディックベールは恋するマリーカ王女と結婚するため、「母なる鳥シムルグ」の助けを得ようと旅に出た。

ある高い山のふもとに大きな川が流れ、大きなプラタナスの木が生えていた。木の上には鳥の巣があった。ディックベールが木の下で眠り、ふと目を覚ますと木の幹に大蛇が巻き付いていた。木の上の鳥の巣はシムルグの巣で、大蛇は毎年シムルグの雛を食べに来ていたのだ。ディックベールは剣で大蛇に襲いかかり退治した。シムルグはお礼に「何でも願いの叶うアイテム」をディックベールに送った。王はマリーカ王女を結婚させたくなくて、求婚者達に無理難題を吹きかけていたが、ディックベールはシムルグの宝物のおかげで難題をやり遂げてしまう。

また、困った時に助言を求めに行くと、シムルグは良いアドバイスを送ってくれた。こうしてディックベールはマリーカ王女と結婚し、良き友を得ることもできた。(「シルクロードの民話」パミール高原編p157-171、ウラテューベで採集。ぎょうせいより)

鳥神の代理人が蛇神と戦うバリエーション

シームルグではなくその代理人のディックベールが蛇神と戦う。後述するが、蛇神と特別な樹木(世界樹)は一体のものといえる。蛇神を倒すことは、世界樹の害のみを抑えて樹が役に立つものになることも示すように思う。神の代わりに代理人が戦うことは、戦った者が神を助ける代わりに良い報いを受ける、という報恩譚に拡がって行くように思う。

鴻八幡宮(岡山県)由来譚

寛政年間(1789-1801年)に編纂された『吉備温故秘録』に、昔神社の宮山に鴻(こうのとり)が群棲して、参拝者がその雛のいる時はこれを恐れ、また神社自体にも大蛇が棲みついていたのでこれをも恐れて参詣を避けたため、社殿が鳥の糞に穢されるなどして荒れ果て、それらの難を嘆いた氏子一同が神に祈願したところ、その夜の夢に氏神が現われて「明日辰の一点(午前7時頃)に難を除くべし」と告げたので、奇異の念に捕らわれつつも一同残らず神前に集まると、神殿が震動して中から1匹の大蛇が現れ出て鴻の巣の掛かった大木に登り、群棲する鴻と闘争に及んでお互いに滅んだといい、それより「鴻の宮」と称されるようになったという伝えを載せている。さらに、鴻八幡宮の氏子区域である上村、下村、田ノ口村、引網村(現在:上の町,下の町,田の口,唐琴)を「鴻の郷」とも呼ばれるようになる。(Wikipedia:鴻八幡宮より)

鴻八幡宮は大宝元年(701年)創建とされる。おそらく本来は神社や土地の地名に関して鳥神と蛇神の戦いの伝承があったと推察されるが、八幡信仰が重要視されるようになって神話が崩れてしまったのではないだろうか。

鴻神社(埼玉県)由来譚

昔、「樹の神」と言われる大樹があり、人々は「樹の神」の難を逃れるためにお供え物をして祭っていた。これを怠ると必ず祟りが起こり人々は恐れ慄いていた。ある時、一羽のコウノトリが飛来して、この木の枝に巣を作り卵を産み育て始めた。すると大蛇が現れて卵を飲み込もうとした。これに対しコウノトリは果敢に挑みこれを撃退させた。 それから後は「樹の神」が害を成す事は無くなったという。人々は木の傍に社を建て「鴻巣明神」と呼ぶようになり、土地の名も鴻巣と呼ぶようになったと伝えられている。(Wikipedia:鴻神社より)

久久比神社(兵庫県豊岡市)由来譚

「日本書紀によれば垂仁天皇の御宇二十三年冬十月朔(ついたち)、天皇が誉津別皇子(ほむつわけのおうじ)をともない大殿の前に立ち給う時、鵠(くぐい;コウノトリの古称)が大空を鳴き渡った。 その時、皇子が「これは何物ぞ」とお問いになったので、天皇は大いに喜び給い左右の臣に「誰か能くこの鳥を捕らえて献らむ」と詔せられた。 天湯河板挙(あめのゆかわのたな)が「臣、必ず捕らえて献らむ」と奏し、この大鳥が飛び行く国々を追って廻り、出雲国で捕らえたといい、あるいは但馬国で捕らえたともいう。 十一月朔、天湯河板挙はめでたくこの鵠を献上したのである。時に皇子は三十歳であったが、いまだ物言い給わず、あたかも児の泣くが如き声のみで、この日初めて人並みの言葉を発せられたのである。これほどに鵠は霊鳥なのでその棲家の地を久久比(くくひ)と呼びなし、その後この地に宮を建て、木の神「久久能智神」(くくのちのかみ)を奉斎した。 これが久久比神社(くくひじんじゃ)の始まりであった。(Wikipedia:久久比神社より。「コウノトリ」参照のこと。)

これは鳥神と蛇神が戦うのではなく、鳥神を奉ったことで口のきけない皇子が話せるようになった、という話である。鳥神の名前を冠した神社なのに、祭神は木の神であるという不思議な神社だ。しかし、本来、鳥神対蛇神(樹木神)の対立神話があったとすれば、双方を神として奉った神社ということで矛盾は生じないように思う。

なぜ、誉津別皇子の神話と関連づけられるかというと、この皇子は「口がきけない」という点が植物を彷彿とさせる。また泣くばかり、という点は須佐之男を彷彿とさせる。久久比神社の祭神は樹木神である久久能智神だが、この場合はこの神は須佐之男に類する樹木神であり、誉津別皇子と同じものと考える。すなわち、誉津別皇子、久久能智神、須佐之男は一体化した神なのである。誉津別皇子神話の別のバリエーションでは、皇子の状態が普通の人のようでない点の原因は阿麻乃彌加都比売という女神を正しく祀らないため、とされている。コウノトリと阿麻乃彌加都比売は同じ「鳥女神」であり、樹木神かつ蛇神である誉津別皇子と対立したが、女神を祀ることで皇子と世界に存在した「異常」を正した、とそういう趣旨の伝承が元はあったのではないかと考える。

 そして、その伝承の更に古い起源として、鴻神社(埼玉県)由来譚に近い伝承があったと考える。鳥神が蛇神を倒して、なぜ樹木神が祟らなくなったのかといえば、樹木神と蛇神が「同じもの」だから、だといえないだろうか。そして、この伝承は氷川社に伝わるものなので、祟る樹木神とは須佐之男のことなのであろう。おそらく、久久比神社(兵庫県豊岡市)、鴻八幡宮(岡山県)、鴻神社(埼玉県)は近隣を開拓したのが立場の近しい出雲系の人々であって、彼らが同じ鳥女神対蛇神の神話を持っていて、神社や土地の名前に「久久比(コウノトリ)」の名をつけたものと考える。その伝承がそれぞれの地域で独自に発展し現在の伝承の形になったのだろう。阿麻乃彌加都比売は出雲系の女神なので、当然最初に祀っていた人々は出雲系と思われる。

おそらく、出雲系の人々の神話に「鳥女神対蛇神(須佐之男)」の対立の話があり、女神が勝利して世界の秩序を守った、という趣旨のものだったのだけれども、記紀神話を成立させる際に須佐之男が「皇祖神」として扱われることになったので、「鳥女神対蛇神(須佐之男)」の神話は「正式な記紀神話」から外されてしまったと推察する。その代わりに天照大神と須佐之男の対立神話が採用されたのではないだろうか。でも、個人的な出雲系氏族の伝承としては3カ所に残されたのだろう。一番原話に近い話と思われる埼玉県の伝承は、出雲系である武蔵国造笠原氏の拠点の一つ・鴻巣に伝わるものである。誉津別皇子の伝承は須佐之男の正統性を強化するために作られたものかもしれない、と想像する。

イナンナとフルップの樹

イナンナはユーフラテス河畔で「フルップ(ハルブ)の樹」を見つけた。この樹は世界樹(生命の木)だった。イナンナはこの樹の力を利用して世界を支配しようと考えた。イナンナは樹をウルクに持ち帰り、聖なる園(エデン)に植えて大事に育てようとした。

「時が来たら、この世界樹から輝く王冠と輝くベッド(王座)を作ろう。」

とイナンナは考えた。しかし10年後、(アン)ズーがやって来て樹のてっぺんに巣を作り、雛を育て始めた。さらに樹の根にはヘビが巣を作っていて、樹の幹にはリリスが住処を構えていた。リリスの姿は大気と冥界の神であることを示していたので、イナンナは気が気でなかった。いよいよこの樹から支配者の印をつくる時が来た時、リリスにむかって聖なる樹から立ち去るようにイナンナはお願いした。イナンナはその時まだリリスに対抗できるだけの力を持っておらず、リリスも言うことを聞こうとはしなかった。そこでイナンナは兄弟である太陽神ウトゥに助けを求めた。ウトゥはイナンナの悩みを解決しようと、銅製の斧をかついでイナンナの聖なる園にやって来た。

ヘビは樹を立ち去ろうとしないばかりかウトゥに襲いかかろうとしたので、彼はそれを退治した。ズーは子供らと高く舞い上がると天の頂きにまで昇り、そこに巣を作ることにした。リリスは自らの住居を破壊し、誰も住んでいない荒野に去っていった。

ウトゥはその後、樹の根っこを引き抜きやすくし、銅製の斧で輝く王冠と輝くベッドをイナンナのために作ってやった。イナンナは「他の神々と一緒にいる場所ができた」ととても喜び、感謝の印として、その樹の根と枝を使って「プック(Pukku)とミック(Mikku)」(輪と棒)を作り、ウトゥへの贈り物とした。(Wikipedia:Inannaより)

鳥神ではなく女神の代理人が蛇神と戦うバリエーション

「英雄ディックベール」と同じく、女神の代理人である太陽神ウトゥが蛇神と戦う。
鳥神アンズーが登場するが、本話の場合は鴻八幡宮由来譚と同じで鳥も蛇も迷惑をかける存在である。ただし起源的にはイナンナとアンズーは「同じもの」と考える。イナンナが子供達を守る母女神ではなく、王権を求める強力な女神へと書き換えられたため、母性的な女神のアンズーとイナンナは分けられることとなったのだろう。

龍女

昔、お爺さんが一人の女と結婚した。そして息子が一人生まれた。ある日の夜、お爺さんが目を覚ますと妻の服が濡れていた。お爺さんがこっそり様子をうかがっていると、'''妻は大きな沼に入って(龍に変身し)、もう1匹の龍を相手に戦っていた'''。夫に姿を見られた妻は、敵と戦うために、水の中に入って去ってしまった。
残された赤ん坊が乳を欲しがって、'''足をバタバタさせて泣いた'''。お爺さんは沼に行って、道士の助けを借り、2度までそこにいた女に乳をもらうことができた。最後に女は赤ん坊の首に'''赤と青の何か'''を結びつけた。家に戻ると、道士は首にかけられたものを欲しがった。お爺さんがそれを渡すと、道士は燃え上がって焼け死んでしまった。赤ん坊はそれからはおとなしくなってすくすく育った(「龍女」、韓国昔話集成2、崔仁鶴編、悠書館、p263-265)。

鳥女神ではなく蛇女神が蛇神と戦うバリエーション

鳥女神も世界樹も登場しないが、世界樹と悪しき蛇神が一体のものであるなら、龍女と戦う龍神は世界樹でもある、といえる。沼に消えた龍女は残された家族に形見を残すが、この点がいわゆる「蛇婿譚」と連続して関連する話といえる。世界樹の頂点に住む鳥女神が蛇神と戦う、というとイラン・インド系の印欧語族の神話という印象を受けるが、龍女が悪龍と戦う、となると、同じ起源と思われる神話がぐっと東アジア的になる、と個人的に感じる(「龍女」参照のこと。)。

アダムとエバ

アダムの創造後実のなる植物が創造された。アダムが作られた時にはエデンの園の外には野の木も草も生えていなかった。アダムはエデンの園に置かれるが、そこにはあらゆる種類の木があり、その中央には生命の木と知恵の木と呼ばれる2本の木があった。それらの木は全て食用に適した実をならせたが、主なる神はアダムに対し善悪の知識の実だけは食べてはならないと命令した。なお、命の木の実はこの時は食べてはいけないとは命令されてはいない。その後、女(ハヴァ)が創造される。蛇が女に近付き、善悪の知識の木の実を食べるよう唆す。女はその実を食べた後、アダムにもそれを勧めた。実を食べた2人は目が開けて自分達が裸であることに気付き、それを恥じてイチジクの葉で腰を覆ったという。

この結果、蛇は腹這いの生物となり、女は妊娠と出産の苦痛が増し、また、地(アダム)が呪われることによって、額に汗して働かなければ食料を手に出来ないほど、地の実りが減少することを主なる神は言い渡す。アダムが女をハヴァと名付けたのはその後のことであり、主なる神は命の木の実をも食べることを恐れ、彼らに衣を与えると、2人を園から追放する。命の木を守るため、主なる神はエデンの東にケルビムときらめいて回転する炎の剣を置いた(旧約聖書、創世記より)。(Wikipedia:アダムとエバより)

変形著しいヴァリエーション

鳥女神対蛇神の対立の物語からかなり趣が変わっているけれども、悪しき蛇神、樹木が登場する点から「蛇神と戦う鳥神」から派生した話だと分かる。
鳥女神対蛇神の対立神話は、鳥女神が勝利する物語が多いように思うのだが、ガルーダの母親が蛇神達の母親に騙されて奴隷にされてしまったという筋書きもある。最終的にはガルーダが勝利するのだが、母女神は「騙された敗北者」である。エバも蛇神に騙されて楽園を失う。もしかしたら、鳥女神対蛇神の神話は、起源は同じでも
  • 鳥女神が勝利するパターン
  • 鳥女神が騙されて敗北するパターン
の2種類があったのではないだろうか。日本の天照大神は、最初に須佐之男を疑って敗北し、次に狼藉を行う須佐之男に勝利して弟神を高天原から追放している。ガルーダの母親の神話、エバの神話は後者から発展したものなのではないか、と考える。鳥女神がまず敗北し、次に息子神の助けを得て勝利する、というモチーフはエジプト神話のイシスとホルスの神話に似る。
鳥女神が勝利する場合、女神は「養母としての女神」、敗北する場合、特に女神が亡くなる場合には「吊された女神」となると考える。ただし、ガルーダの母親やエバのように、敗北しても死にまでは至らない場合、あるいはイシスや天照大神のように敗北と勝利の双方が含まれる場合など、「養母としての女神」と「吊された女神」が混在した中庸的な場合が多いのではないだろうか。