== 太陽神石刻 ==
細長い板状の石に、特異な姿をした人物像が刻まれ、その頭上には光り輝く太陽が象徴的に彫られている。また、人物の腰のあたりには、左右二つずつ円が彫られる。これはこの人物が「生まれた」とされる岩あるいは[[ヒョウタン]]を現すものかもしれないと思う。この人物には「尾」のようなものがある。これについては神話的には主に3つの説があると考える。を現すものかもしれないと思う。この人物には「尾」のようなものがある。 この人物が何と呼ばれていたのかは定かではないが、おそらく「太陽神」ではないと考える。たぶん、城背渓文化の時代にはすでに亡くなっていた人物で、その子孫を称する人々が彼を「偉大な天の神」として現そうとしたのだと考える。太陽神に寄せているとは思うが、もっと広範囲を含む神とされたのではないだろうか。例えば後の時代の「天帝」のように、である。 少なくとも太陽や天体が小さく現されるほどの「神」なので「'''巨人神'''」といえる。たぶん、プーラン族の神グミヤーとか、台湾の伝承に出てくるクニューという巨人の名とか、日本語の「'''[[クマ]]'''」に類する名で呼ばれたのではないか、と考える。後の「熊トーテム」の神で、父系の王権思想の象徴ともなった神であろう。ただし、非常に早い段階から、この神の「熊」としてのトーテムを隠そうとする動きがあったように思う。そのため、この神の「尾」は熊のようには現されていないし、神そのものも熊のようではない。熊のトーテムが別のもの、例えば蛇などに仮託されていると考える。 === 神人の尾について ===これについては神話的には主にいくつかの説があると考える。
* ウナギ:インドネシア、ヴェマーレ族の神話に、大洪水は「ウナギ」が起こした、とある。
* 蛇:'''[[伏羲]]'''には蛇の尾がついている。大洪水を生き残った神である。
** 男根:台湾の伝承には巨大な男根を持つ巨人が出てくる。大洪水に関連している巨人である。<br/>いずれも「大洪水」の神話に関する存在なので、元は一つの「同じもの」なのだけれども、ウナギと蛇と男根では、少なくとも現代的な感覚では乖離が大きいと感じるので3つに分ける。現代の中国神話から見れば「いずれも「大洪水」の神話に関する存在なので、元は一つの「同じもの」なのだけれども、ウナギと蛇と男根では、少なくとも現代的な感覚では乖離が大きいと感じる。現代の中国神話から見れば「'''伏羲の蛇の尾'''」というのが一番の正解と考える。頭上に太陽を頂き、周囲に星々が散りばめられている構図は、神話に見られる伏羲・女媧図に非常に似ているのではないだろうか。「太陽神石刻」は「天の太陽と地のダロン(後の伏羲)」と考える。そしてこの頃はまだ「'''[[女媧]]'''」という概念が発生していなかったと思われる。彼女の原型は人物像の頭上に輝く「太陽」であって「'''白(バイ)'''」と呼ばれていたのではないだろうか。図の太陽そのものが後のミャオ族神話の「'''[[バロン]]'''」であり、そこから中国神話の[[女媧]]が発生していると考える。この頃はまだ母系の文化だったので「男性の上位に女性(太陽)がきて、男性が女性を支える」と考えられていた社会だったのだろう。* 犬の「尾」:この神の父親のトーテムは「犬」だったと考える。おそらく母系あるいは母系氏族制の時代の神で、父側のトーテムは名乗っていないのだが、時代が下ると犬トーテムの神ともされることがある。[[伏羲]]にも犬神だったという伝承がある。
<blockquote>ここに刻まれた人物は「太陽神」であると考えられ、城背渓文化の人々はこの石刻を使って、天に祈りをささげていたのであろう。中国における太陽崇拝の起源を探る上でも興味ふかい。出所:「世界四大文明・中国文明展」<ref>[http://abc0120.net/words/abc2007071401.html 考古学用語、太陽神石刻]</ref></blockquote>