== 私的解説 ==
『世本』に「塗山氏、名は女媧」とある。また、『準南氏』に「女媧が蘆灰を積んで淫水を止めた」という話があり、古来女媧は禹の治水を助けたと伝えられている。よって、聞一多は『世本』に「塗山氏、名は[[女媧]]」とある。また、『準南氏』に「女媧が蘆灰を積んで淫水を止めた」という話があり、古来女媧は禹の治水を助けたと伝えられている。よって、聞一多は[[女媧]]は塗山氏女であると述べている。上代中国語で「[[日]]」のことを/*nit/(ニット)と読んだようである。日本語で「ニチ」と読み、ベトナム語では太陽のことをmặt trời(マットゥロイ)と呼ぶ。いずれも'''塗山氏女の名'''から派生した言葉と考える。
「MT」の子音を持って、[[塗山氏女]]から派生したと考えられる女神群は、中国本土よりも周辺の沿海部、北は朝鮮・日本、南はインドネシア、ニューギニア、南太平洋まで広く「母神」として信仰されていたと思われる。国際的には女媧よりも重要な女神群と考える。遠くエジプトのヌト女神、セクメト、テフヌトといった獅子女神たちも広く同類であろう。
女神が石に変じる、という点は「死の暗喩」であると考える。塗山氏女が夫に追いかけられている点は、「物めぐり婚」の変形であろう。禹と塗山氏女が兄妹であるとはされていないが、「'''準兄妹始祖婚'''」といえる神話だと考える。
[[塗山氏女]]は夫である[[禹]]の変身した姿である熊を見て逃げ出してしまう。要は彼女は「[[逃走女神]]」の一種であって、逃げ出した後に石と化す('''死'''の暗喩)ところは、月に逃げてヒキガエルと化してしまう[[嫦娥]]と、神話的に結果が「'''死'''」を意味する、という点で「'''同じ女神'''」といえる。ただし、塗山氏女は「普通の女性」的に描かれていて、[[嫦娥]]のような[[西王母]]的な性質には乏しい。また蛇身人頭の女神でもないので[[女媧]]的とも言いがたい。そのくらい「女神」としてはかなり地位が低下して崩れた存在である、といえる。 [[塗山氏女]]の夫である[[禹]]は統治(治水)に成功した[[黄帝]]になぞらえられている面があり、[[嫦娥]]の夫である[[羿]]は弓の名手であって、やはり[[黄帝]]になぞらえられている面がある。[[黄帝]]に実在の人物としてのモデルが存在したとすれば、その人物は「'''妻とはあまりうまくいっていなかった'''」と推察される状況である。 ただ、獣(熊)と化した夫の姿を見てしまったことが、夫婦の決別と塗山氏女の死に繋がるので、これは「見るな」の[[禁忌]]を伴う[[プシューケー]]型神話・伝承の起源の一つに繋がると考えられる。また、異形の夫との関わりの中でやはり「見るな」の禁忌が関わってくる「[[青ひげ]]型神話・伝承」の起源にも繋がる可能性がある。 また、塗山氏女の夫の[[禹]]は熊に変身して治水を行った、とされているが、本来「熊」をトーテムにしていたのは塗山氏女の方だったのではないだろうか。そうだとすれば、塗山氏女は[[檀君神話]]の熊女と連続性がある女神といえることになると考える。塗山氏女は古くは太陽女神であったのだろう。
== 参考文献 ==