一方、伏羲は「牛、羊、豕などを家畜として養い、それを庖厨で料理して,犠牲として神祇や祖霊をまつった」と言われている。古代中国で犠牲として捧げられたのは動物だけでなく、人間も含まれることは殷墟の例からも明らかである。伏羲には本来「人身御供」を求めたり、定めたりする性質もあったと思われる。殷の時代には人身御供は占いで定められたのだから、伏羲が八卦を駆使して誰が人身御供になるのか定めるともされていたのではないだろうか。
よって、桂男が伏羲に類する神であれば、彼にも人身御供を定めて人々を死者の世界である「月の世界」に招く権限と能力があると考えられる伝承がかつてはあったのだろう。人身御供は桂男や桂の木そのものに捧げられ、彼らが正しく調和のとれた「月神」として機能するように、また彼らが怨霊として暴れないように慰撫するために捧げられたと考える。よって、桂男が伏羲に類する神であれば、彼にも人身御供を定めて人々を死者の世界である「月の世界」に招く権限と能力があると考えられる伝承がかつてはあったのだろう。人身御供は桂男に捧げられ、彼が正しく調和のとれた「月神」として機能するように、また彼が怨霊として暴れないように慰撫するために捧げられたと考える。
=== 桂と柳の木 ===