黔東南のミャオ族の間では、楓香樹から生まれた蝶々のメイパンメイリュウが、樹下の水泡と恋愛して12の卵を生み、そのうちの一つから人間が生まれ、他の卵から生まれた龍や水牛と兄弟であるという創世神話が語られている<ref>これは死んだ神から生まれた娘(女神)が万物の'''母'''となった、という思想と思われる。これは天界から追放された須佐之男が地上の氏族の先祖となったり、楽園から追放されたアダムが人間の先祖となったりする神話的思想と類似性があるように管理人は思う。</ref>。その後、人類は天上の雷神と争い、大洪水を起こされ、瓢箪に乗って兄と妹が生き延びる。兄と妹が結婚して(兄妹始祖神話)、その子孫が現在のミャオ族になったという<ref>「大洪水」の神話は中国のものとほぼ同一の内容なのではないだろうか。ミャオ族が古代の中国の文化と共通した文化を有していることが分かる。</ref>。ノンニュウは神話にちなんで、蝶々や兄妹始祖、祖先や死者の霊を祀り、再び東方にあるとされる究極の故郷に送り返す祭りである<ref>死んだ祖神を降ろしてきて祀り、また送り返す、という祭祀は日本にもあるように思う。</ref>。一方、明代や清代には漢族が流入し、「漢化」によって、道教や仏教の影響を受けた地域もある。また、19世紀末からキリスト教の布教活動が活発化し、貴州省西北部の石門坎は1905年からプロテスタント布教の拠点となり、ミャオ語の文字が作られ、聖書も刊行されて、急速に改宗者が広がった。ちなみに、ミャオ語の聖書は日本の横浜で印刷されている。しかし、中華人民共和国の成立(1949年)以後、大躍進や文化大革命などを経て、宗教は弾圧され、民間信仰は迷信活動として禁止された。宗教や祭祀などは、改革開放が本格化した1980年代半ば以降に復興してきたが、現在は民族観光に利用されるなど、文化の商品化が進んでいる。西欧の学者はミャオ族の思考を、精霊信仰の概念で説明しようとしてきたが、進化主義の観点に立つ原始宗教のニュアンスがあって低く見下す価値観を払拭できない。アニミズムの概念を見直し、現地の見方による世界観・宇宙観の提示が求められる。
=== 私的考察・ノンニュウについて 私的考察・ノンニュウ他について ===
[[画像:Hangzhou.jpeg|thumb|300px|猪紋黒陶鉢<br />新石器時代(河姆渡文化)、1977年浙江省余姚河姆渡文化遺跡出、陶器、高さ11.7cm、口径21.7cm、底径17.5cm、浙江省博物館所蔵<ref>[http://abc0120.net/words/abc2007070901.html 猪紋黒陶鉢]、考古用語辞典、07-07-09</ref>。「'''融(ニュウ)'''」の原型と考える。]]
「楓」であり「鼓」でもあるニュウとは中国語の「'''融'''」のことと考える。要は「祝融」の「融」のことであって、この神が犠牲獣の牛や豚のことも併せて指し、楓に殺されて非業の死を遂げた女神を「共に殺人犯を殺して食べて」慰撫しよう、と子孫が考えたものがノンニュウの始まりかと思う。だから、少なくともこの祭祀は、楓(蚩尤と祝融)の神としての地位はそれほど高くなく、[[河姆渡文化]]的な思想に近い所から派生しているように思う。「融」はこの祭祀では河姆渡文化で発見された豚の紋様のように、樹木であり犠牲獣に過ぎないからである。
ノンの方は、「熊」を意味するのかもしれないし、似た子音の女神「[[女媧]]」を指すのかもしれないと思う。ノンニュウは、「'''非業の死を遂げた女媧(ノン)を子孫たちが「ここに餌がありますよ」と降ろして、殺人犯の融(ニュウ)を一緒に食べて慰める'''」、という祭祀なのではないだろうか。
「男性の太陽神」とは、ノンニュウの精神とは逆に、「'''融'''」を「太陽神」としたものと考える。「'''融'''」は太陽女神を殺して魚女神に変えてしまい、「太陽神」の地位を自分の「地帝+世界樹」の地位と入れ替えてしまったのではないだろうか。この祝融(チャンヤン)をそのまま太陽神として崇めている地域もあるし、ノンニュウのように亡くなった女神を慰めるために犠牲獣の地位に届けている思想もある、ということなのだろう。
=== タイのミャオ族の精霊信仰 ===