差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
1,321 バイト追加 、 昨日 15:23
=== 苗祖としての蚩尤 ===
中華人民共和国の湘西トゥチャ族ミャオ族自治州花垣県(湖南省)では2001年に「苗族始祖蚩尤像」という蚩尤の大立像が建造された<ref>楊志強 「“蚩尤平反”与“炎黄子孫” - 兼論近代以来中国国民整合的両条路線」(『中国農業大学学報(社会科学版)2010年 27巻4号)</ref>。また、彭水ミャオ族トゥチャ族自治県(重慶市)には、「蚩尤九黎城」という蚩尤を祭祀した施設があり、2014年には九黎神柱という高さ24メートルにもおよぶ石刻柱が建てられている。これらに代表されるような蚩尤関係の顕彰は同地における蚩尤に関する民間伝承されていた祭祀と、古代の伝説に登場する蚩尤・九黎・三苗の存在を根拠として20世紀以後に構築された「[[ミャオ族|苗族]]の始祖(苗祖)は蚩尤である」という説を色濃く土台としたものである<ref>段宝林 「蚩尤考」(『民族文学研究』 1998年第4期 10-17頁)</ref>。
 
==== 私的疑問 ====
蚩尤が苗族の始祖である、という点は別にそう主張されても構わないのかな、と思う。日本の賀茂氏もそうだし、炎黄の子孫を名乗る中国人もみな「'''蚩尤が始祖'''」といえるし、世界には「'''デーヴァの神'''」を祖神と仰ぐ民族が多数いるので、ある意味「世界的に主流な思想の一つ」と考えればそれまでである。ただ、苗族には普通にバロン・ダロンやチャンヤンという祖神がいるし、そもそも一神教の文化ではないので、祖神は他にも大勢いるはずである。そういう古来からの神々と、新たに採用した「祖神・蚩尤」との関連をどのように取り扱っておられるのかなあ、とそこは気になる点である。ダロンという名の祖神を蚩尤(デーヴァ)に書き換えても、意味としてはそう大差ないのに、なぜ書き換える必要があるのだろうか。九黎だの三苗といったところで、それは所詮「黄河文明」の側の記録である。内容を疑わずに100%信用してしまってよろしいのでしょうか、と思うのだが、実際はどのように取り扱われているのか気になるところではある。
=== 河川神として ===

案内メニュー