という構造なのだと考える。しかし、蚩尤が人間だったとしたら、悲劇的に殺されなくてもいつかは亡くなる。そして、死後神格化されれば、以下のようになるのではないだろうか。
* 饕餮(雷神)→蚩尤(兵主神)→帝(Tei)→饕餮(軍団)
「帝」とは人間の王であり、神々と人々との橋渡しとなる存在である。彼もまた「ディーヴァ」といえる。「帝」とは人間の王であり、神々と人々との橋渡しとなる存在である。彼もまた「ディーヴァ」といえる。蚩尤は、こうして'''信奉者の間では「天の神」に昇格した'''と思われる。一方、天に戻れなくなってしまった魃女神は「地上の女神」のままだから、こうして「天の女神」と「地上の軍神」は立ち位置が入れ替わって、「天の軍神」と「大地の女神」になってしまったと考える。蚩尤が「天の神」になってしまったか、それまで彼が担っていた'''「天地を支える木(や柱)の神」や「殺されてバラバラになる神」の位置を他に振り替えなければならなくなる'''。「BN」の神に振り返られてしまったものが「盤固」、「BT」の神に振り返られてしまったのが「プルシャ」である。それは本当は蚩尤の役目、蚩尤に非常に近い位置にある「ダロン」の役目だったと思われる。彼らの本来の姿は、「殺される神」であるメソポタミアのドゥムジやギリシア神話のアドーニスだったのである。 こうして、社会が階層化し、いろんなデーヴァが登場すると、誰がどのデーヴァなのか、誰が神でどれが人間の役職名なのかも分からなくなってくる。そこで、「蚩尤(デーヴァ)」に「太陽神」や「火神」の性質を持たせたのが「祝融」と考える。 * 蚩尤(デーヴァ)=祝融(*tshuk-yuwng、融けるデーヴァ) である。「融」の字をつけたのは彼があらゆるものを融かす高熱の神であることを示したかったのだろう。でもこれが印欧語族の間ではゲルマン祖語の「*jungaz(若い)」になってしまったと考える。祝融は「ヤング・デーヴァ」とか「デーヴァ・ジュニア」と呼ばれるようになってしまったのだ。
== 概要 ==