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 台湾原住民の神話より、洪水などに関する話をいくつか挙げてみたい。 台湾原住民の神話より、洪水などに関する話をいくつか挙げてみたい。台湾の洪水神話はバリエーションが豊富でさまざまな話がある。
== 人類の初め ==
台湾の伝承では、バロン・ダロン的神話で、子供達が「臼」に乗って大洪水を逃れる、というものがある、「臼」というのは「岩」を変形させたものだと思われる。「岩から子供が生まれる」という発想は、母親が既に死んでいる(死んだから岩に変じてしまった)ことを示しているように思う。中国神話の[[塗山氏女]]のようなものと言えよう。
==生贄を捧げる話 === 推察される元の話とその変遷 == アヤタル族上坪前山部族 ===<blockquote>「オアイム」という若者が、太陽女神の助けを得て、異界を旅し悪しき月を射落とした。若者は太陽女神と結婚した。が、月が蘇ってオアイムと太陽女神を焼き殺してしまった。オアイムは死後鳥となって天に昇り、「天の神」となった。</blockquote>オアイム神話の内容は、当初ほぼこのようなものだったと思う。オアイム神話の「連れ」のエピソードが欠損し、彼女との婚姻譚も欠損している。彼女が焼殺されたことは、オアイム神話では彼女の存在ごと欠損しているが、「若者二人」版の話より、「亡くなる若者」というのは元は「焼き殺された女神」のことで、これが男性に変更されているのだと推察される。そして、元は「月」が射落とされる話であって、ギリシア神話の「海が来た。イヌを生贄に捧げたが海は動かなかった。'''ミーノータウロス(月の雄牛)退治人間'''」と非常に近い話であるということが分かる。ということは、「射落とされた太陽」とは「'''男性形の太陽'''」で「'''月が太陽になりすましたもの'''」といえる。男性形の太陽神が女神を食い殺したり、太陽女神と地位が入れ替わったりするものである、という伝承がオーストロネシア語族の神話にある。(性別は不明)を捧げたら海水が退いた。(アヤタル族上坪前山部族タコナン社、神々の物語131-132p)。</blockquote>
オアイムの射月神話は、テーセウスがアリアドネーの助けを得て、共に異界を旅しミーノータウロスを討つ話と相関する。アリアドネーはテーセウスと血痕の約束をするが、途中で彼の前から消えてしまうことになる。羿神話の嫦娥も、射日完了後早い時期に羿の前から姿を消す。アリアドネーと嫦娥は「燃やされた女神」といえるのだが、彼らは台湾神話の「太陽の血を浴びて亡くなった若者」の姿と相関する。なぜなら熱い太陽の血しぶきを人が浴びたなら、その人は焼け死んでしまうであろうから。そこで、'''「射日の英雄」の連れは、日(月)を射て早々に亡くなってしまう'''、というモチーフは紀元前5000年よりも更に古い時代に形成され、台湾、中原、ギリシアの神話の中に残されたことが分かる。 一方、ギリシアや中原では後代に至るまで、「射日の英雄」の連れは女性であり、妻であるのだが、神話発祥の地に近い長江河口域では、紀元前5000年頃には男性に変更されてしまっていたことが分かる。神話は元々、太陽女神になりすました月の男神を倒すものだったのに、太陽女神が物語の中から削除されてしまったり、結局男性形に変えられてしまっていることが分かる。射落とした月(男性)まで、太陽に変えられてしまったので、神話は「射日神話」としての方が有名になってしまったといえる。 しかし、ともかく「オアイム」という鳥の名は残った。子音からみて、これは女性形であれば「バロン」と同じ名。男性形であれば「ヴァルナ」と同じ名といえる。イラン神話ではヴァルナ(アフラ・マズダ)とデーヴァの対立神話がみられるが、ヴァルナが対立したデーヴァとは、まさに「ミーノータウロス(月のデーヴァ、とも読める)」のことだと推察される。本物語で「オアイム」が女性なのか男性なのか迷ったが、牛型の怪物と戦う神話のある黄帝について「昇天神話」があるので、男性形と考える。'''[[黄帝型神]]'''である。 言い換えれば、「黄帝が牛型の蚩尤と戦う話」と「羿の射日神話」は起源が同じ話であることが、オアイムの「射月神話」などから分かる。 また朝鮮の伝承には、妹を害した兄の太陽神を母親が殺してしまう、という伝承がある。これも射日神話の変形版といえ、射日神話の主役である英雄が削除され、助け手の女神が直接「なりすましの太陽神」を倒してしまったパターンといえる。 == 太陽を射る話 ===== 「日月の話(アヤタル族)」 アヤタル族上大嵙崁部族 ===<blockquote>太古は昼のみで暑さが耐えがたかった。太陽を射ようと二人の少年が食料を持って出発し、途中で食べた蜜柑や李の種を植えながら進んだ。太陽のそばにつくと、一人は暑さで倒れたが、もう一人は太陽を射た。太陽から何かが飛び出して'''月'''になった。ある者は、点に太陽が二つあって、一つを射たところ月になったという(アヤタル族スコレク群ガオガン部族テイリク社、神々の物語166洪水が起きた。死んでも惜しくない人間を生贄にしたところ、水は増してきた。死んでも惜しくない人間を捧げたから神が怒っていると考えて、頭目の娘を生贄にすることにした。すると水が退いた。</br>水が退いた跡には魚や鰻がたくさん引っかかっていた。しかし、食べきれないで腐ってしまい、とても臭かった。(アヤタル族上大嵙崁部族シッケイ社ムカタセク区、神々の物語132-167p)。133p)。</blockquote>
=== 私的解説 ===

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