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という三部作として上演された。このときのサテュロス劇は『スピンクス』であり、上演記録(デイダスカリア)は、アイスキュロスの勝利を伝えている。これらのうち現存するのは本作『テーバイ攻めの七将』のみである。この三部作は、古くから成立していたとされる叙事詩『テーバイス』(Thebaïs)及び『オイディポデイアー』(Oidipodeia)から題材をとっている。テーバイに関わる神話に基づき、ギリシア悲劇詩人たちは多くの作品を書いたが、これらのなかで本作は現存するもっとも古いものである。
『テーバイ攻めの七将』以降では、[[ソポクレース]]の『[[オイディプス王]]』(紀元前427年ごろ)、『[[アンティゴネー]]』(紀元前441年ごろ)、『[[コロノスのオイディプス]]』(紀元前401年ごろ)、[[エウリーピデース]]の『[[救いを求める女たち]]』(紀元前420『テーバイ攻めの七将』以降では、ソポクレースの『オイディプス王』(紀元前427年ごろ)、『アンティゴネー』(紀元前441年ごろ)、『コロノスのオイディプス』(紀元前401年ごろ)、エウリーピデースの『救いを求める女たち』(紀元前420-415年ごろ)、『[[フェニキアの女たち]]』(紀元前409年)が現存する同系列の作品であり、物語の背景や登場人物が共通している。なかでもエウリーピデースの『フェニキアの女たち』は本作と同じ戦いを描いている。415年ごろ)、『フェニキアの女たち』(紀元前409年)が現存する同系列の作品であり、物語の背景や登場人物が共通している。なかでもエウリーピデースの『フェニキアの女たち』は本作と同じ戦いを描いている。
『テーバイ攻めの七将』は戦いを扱いながら、舞台で示されるのはテーバイ城内の[[『テーバイ攻めの七将』は戦いを扱いながら、舞台で示されるのはテーバイ城内のエテオクレースとその周辺のみに限られ、戦闘そのものについては直接語られない。また、相争う兄弟のうち'''エテオクレース]]とその周辺のみに限られ、戦闘そのものについては直接語られない。また、相争う兄弟のうち[[エテオクレース]]'''は主人公であり優れた人物として描かれるが、一方の[['''ポリュネイケース]]'''は災いを引き起こす厭うべき存在とされている。こうした大胆な省略、対比の強調はアイスキュロスの悲劇に特徴的に見られるもので、この手法によって、エテオクレースの英雄性が端的に表出されている。
編成は[[俳優]]2人と合唱隊([[コロス]])により、ギリシア悲劇としては古い形式を採る。編成は俳優2人と合唱隊(コロス)により、ギリシア悲劇としては古い形式を採る。
== 登場人物 ==
合唱隊を除く登場人物は、2人の俳優が担当する。
* '''[[エテオクレース]]''' - テーバイ王、[[オイディプース]]の子テーバイ王、オイディプースの子
* '''使者'''
* '''合唱隊''' - テーバイの乙女たち
* '''[[アンティゴネー]]''' - オイディプースの娘
* '''イスメーネー''' - オイディプースの娘
* '''布告使'''(後代の加筆による)
=== 本作のあらすじ ===
[[Image:Eteocles and Polynices - Project Gutenberg eText 14994.png|thumbnail|right|320px|運び出される[[エテオクレース]]と[[ポリュネイケース]]の遺骸。アルフレッド・チャーチ編の「Stories from the Greek Tragedians」の挿絵]]
アルゴス勢に囲まれたテーバイの城内、エテオクレースは騒然とする民衆を励まし、恐れおののく乙女たちを叱咤する。そこへ使者が登場し、アルゴス勢の布陣を告げる。エテオクレースは、城の7つの門に攻めかかろうとするアルゴスの将の名前を聞き、それぞれテーバイ勢から守りの将を選んで配置する。最後に、第7の門にポリュネイケースが挑むと聞き、エテオクレースは憤怒する。乙女たちはエテオクレースに運命を避けて第7の門に行かぬよう懇願するが、エテオクレースはオイディプースの呪いの成就が間近に迫っていることを知りつつ、あえて第7の門へ向かう。

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