== 私的考察 ==
親を捨てた息子は、親に助けられたとはいえ一応「知恵」によって国を救うので、[[祝融型神]]、伏羲型といえる。一応親を捨てる点に「親を害する性質」、殿様を騙す点に「人を騙す性質」が垣間見える。
=== 難題型について ===
「姥捨伝説」に関わらず、「大国主命と須勢理姫」のように一般的に地下流譚系の話に難題型はつきものである。異界から抜け出したり、目的を達成するにの怪物を倒したり、難題をクリアしたりする試練が与えられる。そうすることで、物語としては異界と現実の区別が明瞭にもなる。異界と現実の間の境界を越えることは、それほど困難なことなのだ。「伊弉諾の冥界下り」のように、主人公自身が境界を越える強力な能力があれば、境界を越えるいわゆる「黄泉がえり」は単独で行われる。そうでない場合は、誰かの助力を得て行われる場合が多い。「姥捨伝説」の場合は「親」が強力な「助け手」となる。
助けてくれる親はどこかに「隠れている」場合が多い。これは「死」の暗喩でもあるので、元々主人公はなにがしかの困難を「異界(冥界)にいる親」に助けてもらう、という話だったのではないだろうか。そして、苦難の末、親を冥界から連れ出すことも可能となったのである。
* 苗族の「バロン・ダロン神話」では、ダロンは困難に際して、天に昇った父・アペ・コペンに助言を求める。
* ギリシアのディオニューソスは冥界へと通じるとされる底無しの湖に飛び込んで、死んだ母セメレーを冥界から救い出し、晴れて神々の仲間入りをしたという。
この2つのモチーフが組み合わさって「姥捨伝説」は作られているように思う。ダロンとディオニューソスは名前の子音が「DN」から構成されており、起源が同じ神と考える。「姥捨伝説・難題型」は話の内容は日本的な孝行譚だが、おそらく非常に古い時代には「バロン・ダロン神話」「デュオニーソス神話」と起源が同じで、
主人公の神(DN)が亡くなった親に助言を求めつつ、親を生き返らせた。
という話があったと思われる。
特に日本の場合は、親を助け、国を救って殿様にも認められ、「めでたし、めでたし」で終わる話が有名だが、元は師匠と対立する「魔法使いの弟子」系の物語の変形版かもしれないと思う。難題を課し、主人公と対決するのが「師匠」から「殿様」へと替わったのではないか。難題を課すのが「舅」であれば、大国主と須佐之男の物語のようにもなるだろう。助けてくれるのが、須勢理姫から「親」に変わっているのだ。