年獣

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中国では「年がかわる時、魔物が出没する」との言い伝えがある。なので、人々は年越しの時期に魔物を追い払うために爆竹を鳴らし、花火を盛大に打ち上げるのだという。この年越しの時期に現れる魔物を「年獣(年兽, Nián shòu)」と呼ぶ。人間の生肉の味、特に子供を好む。“年”と同じ発音なので“年(nian)”とも呼ばれる。魔物は、赤と爆竹が嫌いだと言われているので、赤色のもので家を飾り、爆竹を鳴らす。

年獣[編集]

「年」とは人を食う怪獣で、姿かたちはのように大きく、血が滴る口を大きく開け、毎冬の収穫物を蓄える頃に現れては人を襲って食い、人々を恐れさせていた。だが、次第に人々はこの「年獣」が最も怖がる三つのものに気付いた。一つ目は赤い色、二つ目は火の光、三つ目は大きな音だ。そこで年獣が現れる前に、家々の門に赤い桃の木の板を立て掛け、門前で火を燃やした。さらに大みそかの晩は夜通し寝ずに絶えずいろいろな音を立てて、年獣が襲って来ないようにした。夜が明けてから、人々は外に出て来て互いの無事を確かめ、新年を迎えたことを喜び、宴会を催してにぎやかに祝った。
年獣を防ぐ三つの魔よけは、時代とともに変わった。赤い桃の木は、めでたい言葉が書かれた赤い「春聨」(春節を祝って門などに貼る対句)となり、高く積んで燃やしたたきぎは真っ赤な大ちょうちんに、物を打ち鳴らして大きな音を立てていたのは爆竹に代わり、今のような年越しの風習となった[1]

日本の類話[編集]

雑煮[編集]

兵庫県。養父郡の吉井部落では、正月のぞうには臓腑煮であると伝えられている。昔、鬼が正月の御馳走に毎年1人ずつ取って食ったことの真似であるという。美方郡の奈良尾・熱田の部落でも、ぞうには死んだ者の腸だと言っている(1957年)[2]

暮れの挨拶[編集]

兵庫県。養父郡吉井部落では、暮れになると鬼が人をとりに来るという伝承があり、暮れの挨拶では、鬼に取られずに無事に年を越すという意味などを込めた言葉が交わされる(1957年)[3]

暮れの蜘蛛[編集]

兵庫県。大晦日の夜には、年桶を祝い込むまではいろりに火を焚いて寝ずに待たねばならないといわれている。昔鬼がいて毎年この晩には村に来て一人ずつ食っていたが、ある年「あの家にはオジイ一人しか居ないので蜘蛛に化けていろりから降りオジイを食べてやろう」と鬼が話しているのをお爺さんが聞いて、その夜若い者に集まってもらいいろりの火をどんどん焚いて、降りてきた蜘蛛を火の中に投げ込んで助かったといわれる。このため、年取り火は大きく焚き、夜蜘蛛を嫌うという(1989年)[4]

私的解説[編集]

日本の年獣は鬼や蜘蛛であるようである。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. 春節(上)、人民中国、姚任祥(最終閲覧日:12-12-16)
  2. 怪異・妖怪伝承データベース、国際日本文化研究センター(最終閲覧日:25-01-06)
  3. 怪異・妖怪伝承データベース、国際日本文化研究センター(最終閲覧日:25-01-06)
  4. 怪異・妖怪伝承データベース、国際日本文化研究センター(最終閲覧日:25-01-06)