嫦娥
嫦娥(じょうが、こうが、Chang'e、Heng'e)は、中国神話に登場する人物。后羿の妻。古くは姮娥(こうが)と表記された。
伝説[編集]
『淮南子』覧冥訓によれば、もとは仙女だったが地上に下りた際に不死でなくなったため、夫の后羿が西王母からもらい受けた不死の薬を盗んで飲み、月(月宮殿)に逃げ、蟾蜍(ヒキガエル)[1]になったと伝えられる(嫦娥奔月)。
別の話では、后羿が離れ離れになった嫦娥をより近くで見るために月に向かって供え物をしたのが、月見の由来だとも伝えている。
『淮南子外八篇』によると、后羿が狩りの最中に月桂樹の下で嫦娥と出会ったという。
『楚辞』天問では虹を切り開き衣服と為したとされる。
道教では、嫦娥を月神とみなし、「太陰星君」さらに「月宮黄華素曜元精聖后太陰元君」「月宮太陰皇君孝道明王」と呼び、中秋節に祀っている。
「姮娥」が本来の表記であったが、前漢の文帝の名が「恒」であるため、字形のよく似た「姮」を避諱して「嫦」を用いるようになった。のちに旁の「常」の影響を受けて読みも「じょうが」(に対応する中国語での発音)に変化した。
嫦娥が天に舞い上がったとき、一匹のウサギを抱えていた。そのため、そのウサギも一緒に月に昇り、「玉兎」(月にいる白いウサギ)になった。玉兎はいつも嫦娥のそばに座り、杵でつついて不老不死の薬を作っている[2]。
嫦娥奔月[編集]
后羿の妻である嫦娥(姮娥)が、后羿が西王母から貰った不老不死の霊薬(または天上界へ行ける霊薬)を飲み1人月へ昇り月宮(広寒宮)で寂しく暮らすことになったという中秋節の故事である。嫦娥奔月とは「嫦娥、月に奔る」の意味。『淮南子』6巻の覧冥訓12節には嫦娥の物語として「譬若羿請不死之藥於西王母、姮娥竊以奔月、悵然有喪、無以續之。何則? 不知不死之藥所由生也。是故乞火不若取燧、寄汲不若鑿井」との記載がある。
民間伝承[編集]
海南島などでは、8月15日(中秋節)の晩に少女たちが水をはった器の中に針を入れて嫦娥(月娘)に自分の運命の吉凶を示してもらう、という習俗があった。針がすっかり沈んでしまって少しも浮かばないと運命は凶であるという[3]。
私的解説・嫦娥の起源と分化について[編集]
嫦娥は西王母との関連が深く、その起源の一つは、西王母から分かれて、その地位が低下した女神と考える。その姿が変化して月の女神となる点は「嫦娥の死」を暗喩するエピソードでもあり、啓思想1-2型の変換によって、女神としての地位が低下したものであると思われる。
いわゆるメリュジーヌ型伝承のように、蛇の姿を取る女主人公が禁忌に触れられて逃走する逃走女神型の伝承が各地に見られるが、嫦娥はこれらの伝承の起源と考える。ただし、蛇女神の姿を取る女主人公達の、姿の起源は女媧であると考える。その点は嫦娥と異なる点であるし、また、西王母と女媧の起源が交錯しており、両者が元は同一の女神であったことが推察される。
と変化したと考える。塗山氏女とは黄帝になぞらえた禹の妻である。一方の嫦娥は黄帝になぞらえた羿の妻であり、嫦娥と塗山氏女は元は同じものであったと思われる。
関連項目[編集]
- 西王母
- 玄妻:管理人は嫦娥と同一視する。
- 洛嬪:同上。
- 羿:嫦娥の夫である。
- 逃走女神
- 玉兎
- シームルグ:イラン神話の鳥神。嫦娥と子音構成が類似している。
- サラマー:インド神話の犬神の母神。シームルグと子音構成が類似している。