とすると、古い時代においては、松尾大社周辺は松女神と保食神を祀る女神信仰の地だったかもしれないと考える。保食神(桂の木)は私が述べるところの「[[燃やされた女神]]」であり、松女神は「[[吊された女神]]」である。
=== 月延石について ===
神功皇后が新羅攻略(「三韓征伐」)を行った際、亡き夫・第14代・仲哀天皇に代わり、神宮皇后が戦争の指揮を取った。この時、皇后は懐妊中だったため、出産を遅らせるように、石を腹に抱いて出征した。その後、石を取ると安産したという伝承を持つ。おそらくこの「'''石'''」とは「石と化してしまった」と言われる北九州の'''[[松浦佐用姫]]'''と関連し、この女神の化身の石が女性の安産のお守りと考えられたのかもしれないと考える。北九州における[[松浦佐用姫]]に対する信仰は神功皇后に対する信仰に置き換える傾向があったように思うので、石は神功皇后の化身でもあり、置き換えられる際に神功皇后が安産や生理の順・不順を定めるような「'''女性性の守護神'''」としての性質を[[松浦佐用姫]]から引き継いだのではないかと思う。
== 概要 ==