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河童の由来は大まかに西日本と東日本に分けられ、西日本では河伯信仰に連なる大陸からの渡来とされるが、東日本では安倍晴明の式神、役小角の護法童子、飛騨の匠(左甚五郎とも)が仕事を手伝わせるために作った人形が変じたものとされる。両腕が体内で繋がっている(腕を抜くと反対側の腕も抜けたという話がある)のは人形であったからともされる。大陸渡来の河童は猿猴と呼ばれ、その性質も中国の猴(中国ではニホンザルなど在来種より大きな猿を猴と表記する)に類似する。
河神<ref group="*">『日本書紀』には「時天皇夢有神 誨之曰 武臟人大部強頸|強頸 河內人茨田連衫子 衫子 此云 於河伯 必獲塞 則覓二人而得之 因以禱於河神」の「河伯、河神」(仁徳天皇11年条〈西暦換算:323年条〉)や、「於吉備中國川島河派 有大虯令苦人」の虯令(みづち)(仁徳天皇67年条〈西暦換算:379年条〉)など河神の記述がある。</ref>が秋に山神]]となるように、河童も一部地域では冬になると山童(やまわろ)になるといわれる。大分県では、秋に河童が山に入ってセコとなり、和歌山県では、ケシャンボになる。いずれも山童、即ち山の神の使いである。また、河童は龍などと同じ水神ともいわれる。山の精霊とも言われる座敷童子などと同様に、河童も一部の子供にしか見えなかったという談がある。が秋に山神となるように、河童も一部地域では冬になると山童(やまわろ)になるといわれる。大分県では、秋に河童が山に入ってセコとなり、和歌山県では、ケシャンボになる。いずれも山童、即ち山の神の使いである。また、河童は龍などと同じ水神ともいわれる。山の精霊とも言われる座敷童子などと同様に、河童も一部の子供にしか見えなかったという談がある。
河童は、[[間引き]]された子供の遺体が河原にさらされている姿との説もある。[[江戸時代]]には間引きは頻繁に行われており、他の子供に間引きを悟られないよう大人が作った嘘とも言われている。河童は、間引きされた子供の遺体が河原にさらされている姿との説もある。江戸時代には間引きは頻繁に行われており、他の子供に間引きを悟られないよう大人が作った嘘とも言われている。
頭の[[皿]]について、[[民俗学者]]の[[折口信夫]]は『河童の話』頭の皿について、民俗学者の折口信夫は『河童の話』<ref>折口信夫『古代研究II』223–252項、[[中公クラシックス]]、2003年折口信夫『古代研究II』223–252項、中公クラシックス、2003年</ref>の中で、皿などは食物を載せるための物で、つまりは生命力の象徴であるとしている。膳椀何人前と書いた紙を塚や洞、淵などに投げ込んでおくと、翌日には要望どおりに食器が揃えてあるが、借りた数を返さなかった日から貸してくれなくなった、というような、「椀貸し淵」などの呼び名で知られる伝承では、伝わる地域によって貸し主がはっきりしない例や変化している例が多く、[[狐]]や[[龍宮]]と並んで、河童が器を貸してくれるとする所もある。川上から箸や椀が流れてきたという[[隠れ里]]にまつわる話や、それに関する[[迷い家]](マヨヒガ)のケセネギツ(米櫃)の中で、皿などは食物を載せるための物で、つまりは生命力の象徴であるとしている。膳椀何人前と書いた紙を塚や洞、淵などに投げ込んでおくと、翌日には要望どおりに食器が揃えてあるが、借りた数を返さなかった日から貸してくれなくなった、というような、「椀貸し淵」などの呼び名で知られる伝承では、伝わる地域によって貸し主がはっきりしない例や変化している例が多く、狐や龍宮と並んで、河童が器を貸してくれるとする所もある。川上から箸や椀が流れてきたという隠れ里にまつわる話や、それに関する迷い家(マヨヒガ)のケセネギツ(米櫃)<ref>[[柳田國男]]『[[遠野物語]]』柳田國男『遠野物語』</ref>、淵に薪などを投げ込むと恩返しで富貴になる話などは、椀などの器が生命力から富の象徴になったこと、椀と水の縁を示すものとされる{{誰|date=2017年11月29日 <sup>要出典、2017年11月29日 (水) 01:42 (UTC)}}</sup>
また折口は、[[壱岐]]の殿川屋敷で女が[[井戸]]に飛び込み、底に[[椀]]が沈んでいるという話も紹介した。これについては、古くから水の神に捧げる嫁あるいは[[生け贄]]や、水に関わる土木工事での女の[[人柱]]が多く伝承されていることを挙げ、[[平戸]]に伝わる女河童の例で、ある侍屋敷に下女がいて皿を一枚落として割ったので主人が刀で斬りつけると海に逃げ、その姿を見れば河童であったという話を引いている。また折口は、壱岐の殿川屋敷で女が井戸に飛び込み、底に椀が沈んでいるという話も紹介した。これについては、古くから水の神に捧げる嫁あるいは生け贄や、水に関わる土木工事での女の人柱が多く伝承されていることを挙げ、平戸に伝わる女河童の例で、ある侍屋敷に下女がいて皿を一枚落として割ったので主人が刀で斬りつけると海に逃げ、その姿を見れば河童であったという話を引いている。
『[[西遊記]]』に登場する[[沙悟浄]]は、日本ではしばしば河童に似た姿で描かれる。これは日本独自の翻案であり、原典においてはそのような設定はない。詳細は[[沙悟浄#日本の沙悟浄]]を参照。『西遊記』に登場する沙悟浄は、日本ではしばしば河童に似た姿で描かれる。これは日本独自の翻案であり、原典においてはそのような設定はない。詳細は「日本の沙悟浄」を参照。
また江戸時代にはカッパに関する専門書も発行されていた。[[古賀侗庵また江戸時代にはカッパに関する専門書も発行されていた。古賀侗庵が文]]が[[文政]]3年([[1820年]])にまとめた資料集『[[水虎考略]]』や、『[[水虎十二品之図]]』[[坂本浩然]]・[[坂本純沢]]編(刊年不明)などが知られている3年(1820年)にまとめた資料集『水虎考略』や、『水虎十二品之図』坂本浩然・坂本純沢編(刊年不明)などが知られている<ref>{{Cite web |year=2005 |url=, https://www.ndl.go.jp/nature/cha3/index.html |title=, 第3章 珍禽奇獣異魚 - 描かれた動物・植物 |publisher=, 国会図書館 |accessdate=, 2012-06-10}}</ref>。
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