イユンクス

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イユンクスの玩具を持つエロースの姿を描いたイヤリングのディテール。紀元前330〜300年頃、北ギリシアで制作[1]

イユンクスἼυγξ, Iynx)は、ギリシア神話に登場する女呪術師あるいはその呪術に用いられた道具である。アリスイの意。カリマコスによると牧神パーンエーコーの娘、あるいはペイトーの娘[2]

ギリシア神話では、イユンクス(Greek: Ἴϋγξ, 訳注:Íÿnx)はアルカディアのオーレッドのニンフで、パーンエーコーの娘であった。神話では、彼女はゼウスに魔法をかけ、ゼウスはイーオーと恋に落ちたと言われている。 その結果、ヘーラーは彼女をイユンクス(Eurasian wryneck, Jynx torquilla)と呼ばれる鳥に変身させた[3]

イユンクスの玩具は、金属や木でできた小さな円盤を、付属の紐を引っ張って回転させるもので、現代のボタン式の渦巻きおもちゃに似ている[4]

神話[編集]

イユンクスはアルカディアのニンフで、パーンエーコー、あるいはペイトーとの娘である。彼女は「イユンクス」と呼ばれる不思議な愛のお守りを作った。イユンクスとは、紡ぎ車にアリスイを取り付けたもので、紡ぎ車にはアリスイが描かれている。イユンクスは、ゼウスを自分やイーオーに惚れさせるために魔法を使った。ヘーラーは激怒し、彼女をアリスイに変身させた[5]

神話によるとイユンクスは呪いでゼウスイーオーかあるいは自分に対して恋するように仕向けたために、女神ヘーラーによって石像あるいは自分と同じ名前の鳥(アリスイ)に変えられた[2][6][7]

また、ピエラスの娘で、姉妹と一緒にミューズたちと音楽祭に出ようとしたため、鳥のアリスイに変えられてしまったという話もある[8]。この鳥は、情熱的で落ち着きのない愛の象徴であり、アプロディーテがイアーソンに与えたもので、イアーソンはこれを回転させ、ある魔法の言葉を発音することによって、メーデイアの愛を呼び覚ましたと言われている[9]

アリスイは繁殖期に首を回して相手を呼ぶことから[10]、古来より恋の呪術に用いられ、小さな車輪にアリスイを結びつけて回すことで相手に恋愛感情を起こすことが出来るとされた[2]

古くは抒情詩人ピンダロスがこの呪術に言及しており[11]、またテオクリトスも恋愛に関する詩の中で言及している[12]。ピンダロスによるとコルキスの魔女メーデイアイアーソーンに恋させるために、愛と美の女神アプロディーテーが「車輪の四本の輻」にアリスイを結びつけた呪具を作り、イユンクスの呪具と呪文としてイアーソーンに与えたのが嚆矢[13]であり、イアーソーンはこの呪術を用いることでメーデイアを仲間に引き入れ、金羊毛を奪うことに成功したとしている[11]

テオクリトスは『エイデュリア』第2歌で、自分を捨てた恋人の心を取り戻すために魔法の薬を調合する女シマタイについて歌っているが、シマタイは月の女神セレーネーや魔術の女神ヘカテーに加護を願いながら、167行の詩の前半部分で実に10回もイユンクスの車輪に祈りを捧げている(後半はセレーネーに祈りを捧げている)[12]

その他にアリスイに関する神話としてアントーニーヌス・リーベラーリスの異説がある。それによると北方のエマーティアの王ピーエロスに9人の娘ピーエリスたちがいた。彼女たちはムーサイとの詩比べに敗れて鳥に変えられたが、そのうちの1人がアリスイに変じたという[14]。また古代アレクサンドリア図書館の初代館長エフェソスのゼノドトス(Zenodotus of Ephesus)は、ハーデースの神話に登場するメンター(ミントつまり薄荷)をイユンクスと呼ぶ人々がいたと証言している[15]

器物

また、車輪に括るアリスイと同一の効果があるものとして、イユンクスと称する小器物もあり、魔女たちはこれを回転させて恋する相手に呪術を施したとされる[2]。イギリスの文献学者アンドリュー・シデナム・ファーラー・ゴウ(A. S. F. Gow)は古代の壷絵からイユンクスの呪具を復元している。それによるとイユンクスは小さな車輪の中央に2つの穴があって、そこに長い紐を通して結んで輪にし、両端を十分に余裕を持たせ、つまんで引っ張ることで回転させる。するとイユンクスは繁殖期の鳥のように動き回り、奇妙な音を発するという[16]

なお、イユンクスは英語のジンクスの語源となっている[17]

研究[編集]

イユンクスはしばしばイクシーオーンとよく似た存在であることが指摘されている。イクシーオーンはゼウスの妻ヘーラーを奪おうとしたが、企みが発覚すると車輪につながれ、「恩人には報いなければならない」と叫びながら永劫に回転し続ける罰を受けた。イユンクスはイクシーオーンの女性版ともいうべき存在であり[18]、両者はいずれも誘惑してはならない者を誘惑したために罰を受け、回転する車輪と関連づけられている[19][20]。同様の共通点はイユンクスの名前で呼ばれたメンテーにも見られる。これら3者についてマルセル・ドゥティエンヌはアドーニスに関する研究『アドニスの園』の中で構造主義]視点から論じている[20]。それによるとイユンクスとイクシーオーンはゼウスヘーラーの夫婦関係に害を与えようとし、ミンターもまたハーデースとペルセポネーの夫婦関係に害を与える存在として語られており、彼らは儀礼的・神話的に結婚を象徴する神々の夫婦に対して、その仲を引き裂いて自らと結びつけようとする誘惑者であり、カリス(優美)とペイトー(説得)の2つの対立概念の社会的文脈の中に位置付けられていると論じている[20]

私的考察[編集]

イユンクスとは、子音からいってケルト神話のオェングスやエーディンに関係するのではなかろうか。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

  • エーコー:イユンクスの母とされる。
  • パーン:イユンクスの父とされる。
  • エロース:イユンクスと関連するもののようである。
  • エーディン:ケルト神話の転生を繰り返す女神。子音がイユンクスに近いように思う。

脚注[編集]

[2] [11]

参照[編集]

  1. https://www.hermitagemuseum.org/wps/portal/hermitage/digital-collection/25.+Archaeological+Artifacts/960524/?lng=ru, 2021-07-26, Пара серег
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 『スーダ』。"http://www.stoa.org/sol-entries/iota/759, iynx", Suda On Line", tr. Jennifer Benedict. 3 December 2000
  3. Scholia on Theocritus 2. 17, on Pindar, Pythian Ode 4. 380, Nemean Ode 4. 56; Tzetzes on Lycophron 310. (cited in Smith)
  4. Hoorn Gerard van, Choes and Anthesteria, 1951, Brill Archive , https://www.google.co.uk/books/edition/Choes_and_Anthesteria/dcwUAAAAIAAJ?hl=en&gbpv=1&dq=iynx+disc&pg=PA46&printsec=frontcover, 22 August 2022
  5. II. Epistula IIb ad Serapionem und Epistula III ad Serapionem, http://dx.doi.org/10.1515/9783110227710.32, Athanasius Werke Band 1, Teil 1: Epistulae I-IV ad Serapionem, 2010, Berlin, New York, De Gruyter|doi=10.1515/9783110227710.32, isbn:978-3-11-022771-0, 2021-02-09
  6. テオクリトス、第2歌17行への古註。
  7. 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』p. 56b。
  8. Antoninus Liberalis 9. (cited in Smith)
  9. Pindar, Pythian Ode 4. 380, &c.; Tzetzes on Lycophron 310 (cited in Smith)
  10. テオクリトスの古澤訳注、p.19。
  11. 11.0 11.1 11.2 ピンダロス『ピュティア祝勝歌』第4歌213行以下;沓掛訳, 1978, p151。
  12. 12.0 12.1 テオクリトス、第2歌。
  13. 戦いを始める際に射る矢のこと。
  14. アントーニーヌス・リーベラーリス、9話。
  15. ドゥティエンヌ邦訳、p.187。
  16. ドゥティエンヌ邦訳、p.188。
  17. Iynx |accessdate=2019/06/17 |url=https://www.theoi.com/Nymphe/NympheIynx.html, Theoi Greek Mythology
  18. ドゥティエンヌ邦訳、p.193。
  19. ドゥヴルー邦訳、p.73。
  20. 20.0 20.1 20.2 ドゥティエンヌ邦訳、p.187以下。