「狩人のパレット」の版間の差分
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2014年6月1日 (日) 13:28時点における版
狩人のパレット |
材質:結晶片岩 |
大きさ:66 cm x 26 cm |
製作年代:紀元前3100年 |
所蔵:大英博物館、ルーヴル美術館 |
所蔵番号:大英博物館:EA 20790、EA 20792 ルーヴル美術館、E 11254 |
「狩人のパレット」(紀元前3100年)(または「ライオン狩りのパレット」として知られている)は他の動物と同様にライオンを狩る複合的な図を示した古代エジプトの化粧板である。狩りには鳥、砂漠ウサギ、ガゼルが含まれ、一匹のガゼルは縄で捕まえられている。
狩りの場で20人の男に使われている武器は、弓矢、棍棒、投げ棒、槍である。
2つの双頭の牡牛の図がヒエログリフのような図と共に右上に添えられている(これは「下エジプトの聖域」の図と似通っている)。[1]
パレットは割れており、一部は大英博物館、一部はルーヴル美術館に所蔵されている。
狩人のパレット、特に矢のささったライオンの詳細図
私的解説
上図は「狩人のパレット」のうち、解説に必要な部分のスケッチである。一番左側に左向きのライオンが描かれ、その横には一様に右側を向いた狩人(戦士)が上下に約20人ほど描かれて、手には様々な武器を持っている。右側に近く、行列のほぼ先頭にいる人物は「ホルスの柱(スタンダード)」を持っている。
上下の戦士達の間には、狩りの獲物と思しき動物たちが描かれており、動物達も総じて右を向いている。また、ところどころに狩りを助ける犬の姿も見える。パレットの右側には上を向いたライオンがおり、人を襲っている。こちらは子ライオンを1匹連れている。その後ろに「門」があり、門の横には双頭の牡牛が描かれている。
「動物」を狩る意味
パレットに描かれている動物は、鹿、鳥、ガゼル、兎であるように思われる。古代エジプトにおいて、これらの動物は実際にも狩りの獲物とされ、大切な食料とされたであろうが、このようなパレットにおける「動物」というのは、単純な動物そのものではなくて、神話に関わる「トーテム」として描かれるものである。要するに、これは鹿、鳥、ガゼル、兎等をトーテムとした異民族あるいは異氏族の征服の絵という意味もあると思われる。征服した人々(狩人)の頭にも角が生えており、彼らが有角獣を先祖に持つと考えている人々であることが暗示されている。
要するに「月」を象徴する有角獣の子孫である狩人(戦士)達は、異民族や異氏族を征服し、足下に踏みつけながら更新を続けている。狩人達のトーテムは鹿、鳥、ガゼル、兎ではないということになる。では何なのかといえば、右端に描かれている「牛」ではないだろうか、ということになる。神話的な双頭の「牡牛」は狩人達の祖神でもあるのであろう。
本文中では、ライオンも他の動物と同様「狩りの獲物」とされているが、個人的に見ると、ライオンに関しては、狩られているのは人間であること、また、向きが他の人間あるいは動物とは異なる等から、ライオンを狩りの獲物とはみなせないと感じる。これに関しては後述して詳しく述べることとする。
武器について
図3、左側:短い槍、
右側:ホルスの柱(スタンダード)図5、左側:ホルスの柱(スタンダード)、
右側:ハンマー図6、左側のライオン
図7、ライオンについている突起物
図8、アテン神のシンボル
図9、アテン神の「蛙の手」
狩人(戦士)達が持っている武器は弓矢、ブーメラン様の投げ棒、棍棒、長い槍と短い槍、ハンマー、縄である。ほぼ先頭に居るものは「ホルスの柱(スタンダード)」を持っている。このような柱(スタンダード)は、狩りではなくて、戦争の際に持つものと思われるので、そこからも狩人達の行進が、単なる「狩りの様子」ではないことは明かである。
パレットの両側に描かれているライオンは、通常の状態ではなく、複数の突起物が体から生えている状態である。本文中では、この突起物を「ライオンに刺さった矢」と解釈しているが、管理人は「矢」ではないと考えている。何故ならば、図1の「矢」を見れば分かるように、狩人(戦士)達が持っている矢の矢羽根は平になっているが、ライオンの突起物は先が二股になっており、狩人(戦士)達の持っている矢と、その構造が異なるからである。古代エジプトにおける獅子頭女神達は、時に頭上に太陽円盤を抱き、「太陽神」としての性質も併せ持っていたと考えられるので、この突起物はむしろ後のアマルナ改革におけるアテン神の太陽光線、すなわち「蛙の手」と同じものと思われる。このパレットに描かれているライオンは後の時代の「獅子頭女神」と関連があるものなのではないだろうか。
「ヒエログリフのような図」について
本文中にある「『下エジプトの聖域』の図と似ているヒエログリフ」とは図12のことである。また、これに似ているといわれたヒエログリフとは図10並びに図11であって「o」と読むようである。図3は特に図1(O20)に似ているように思われる。そして、図3の右隣に「双頭の牡牛」の絵(図13)が描かれている。
まず、図10~12について述べるが、これは「聖域」を示す図であると共に「聖域への入り口」、すなわち「門」を示す図であるのだと思う。観念的には門の奥に「神の住まう別次元的な国」があり、そこに至る「門」が現実の聖域の中にある「聖域」の象徴なのであろう。図10、12においては、門の中から円形の物体が覗いている図が描かれている。その円形の物体が、おそらく「神」に関連するものなのであろうと想像される。
牡牛は「有角獣」であるため、「月」の象徴とされることが多い。門の横に牡牛が配置されているということは、その門は「月神」が門番を務める「門」といえる。しかも、彼らは双頭であって、通常の牡牛ではなくて神話的な「合成獣」である。そして、門の側にいるのは牡牛だけではない。子ライオンを連れたライオンが1頭、門の前にいて、そこで人を襲っている。古代エジプト神話において、「門を守るライオン」に「アケル」が存在する。彼らは「東」と「西」に存在し、死者や太陽が冥界へと下る境界、あるいは冥界から地上へ復活する境界を司るとされている。パレットに描かれたライオンがアケルであるとすると、彼らがパレットの両端に描かれている理由が分かる。一方は「東の境界のアケル・Sef」、もう一方は「西の境界のアケル・Duau」なのである。そのように考えると門の奥の半球形の物体は「太陽」であるのではないだろうか。また、「太陽の門」と並んでいる双頭の牡牛は「月」の象徴であり、かつ「太陽女神」の夫でもあるのであろう。東と西のアケルを一対の「太陽女神」であるとすると、「月の牡牛」は獅子女神であるアケルの夫である、ということになる。古代エジプトで、「牛」をトーテムに持つ神は下エジプトのメンフィスの守護神プタハ(Ptah)である。このプタハの妻は獅子頭女神のセクメト (Sekhmet)であるから、狩人のパレットにおける「双頭の牡牛」と、両端に配された「太陽光線を放つ獅子」は夫婦神であり、後の時代に「アケル」とされたり、「プタハとセクメト」という形に整備された神々の原型であるということができよう。
プタハは「日が当たらない闇を好む神」ともされている。そう考えると、「前プタハ」ともいえる双頭の牡牛が関わる門の先には「闇の世界」である「冥界」が広がっていると思われる。そう考えると、パレットの左側に描かれたライオンが「東の境界のアケル・Sef」であり、右側に描かれたライオンが「西の境界のアケル・Duau」であり、その先に日が沈む門があり、更に闇の牡牛が住む冥界が広がっていると、そのようになると思われる。これは太陽の運行を考えれば「一日」の繰り返しのサイクルを示した図といえる。
一方、戦士や動物達の行進は左側から右側へと続けられている。これはおそらく、人の一生と、太陽の一日が重ねあわされ、朝、東の女神の尻から生まれた人々や動物は、夕方に西の女神(すなわち死に神)の口の中へと吸い込まれていく、という「人生」を描いている図ともいえるのではないかと思う。戦士達は生きている間、狩り、すなわち戦争と略奪、収奪を繰り返して生き続けていくが、最後には生死を司る太母の中へと還っていく。古代エジプト人は「死後の世界の永遠」というものを非常に欲した人々であるので、太母の元へ還った後には、父なる牡牛が住む冥界の門の奥津城で、良い場所に生まれ変わって永遠に生きていたいと思っていたのかもしれないと思う。そのように考えれば、現実に「生きている時間」こそが短くて儚いものなのである。思想的には、時代も場所も大分異なるのではあるが、蓮如の言葉にあるように
- 朝(あした)には紅顔ありて、夕には白骨となれる
という言葉を、古代エジプト的に描いたものが「狩人のパレット」といえるのではないだろうか。
参照
- ↑ Wikimedia Commons:Category:Shrine (hieroglyph)
関連項目
- 地平線の太陽:ヒエログリフ:アケルについて
- 魚型パレット
- シャウシュカ:アテンについて