「テシュブ」の版間の差分

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=== 家族 ===
 
=== 家族 ===
[[wikija:フルリ人|フルリ人]]の神話によると、テシュブは[[wikipedia:Kumarbi|クマルビ]]神が父神である[[wikija:アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の性器を噛み切って飲み込んだ時に誕生したと考えられている。これは[[wikija:ヘーシオドス|ヘーシオドス]]<ref>紀元前700年頃に活動した[[wikija:古代ギリシア|古代ギリシア]]の詩人。</ref>の[[神統記]]に書かれている[[wikija:ギリシア神話|ギリシア神話]]の[[wikija:ウーラノス|ウーラノス]]、[[wikija:クロノス|クロノス]]、[[wikija:ゼウス|ゼウス]]の物語と起源を同じくする[[wikija:インド・ヨーロッパ祖語|インド・ヨーロッパ祖語]]の神話に共通のモチーフである。テシュブの兄弟は、アランザー([[wikija:チグリス川|チグリス川]]の象徴)、[[wikipedia:Ullikummi|ウルリクンミ]](石の巨人、[[wikipedia:Ullikummi|Ullikummi]])とタシュミシュ(Tashmishu)という。
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[[wikija:フルリ人|フルリ人]]の神話によると、テシュブは[[wikipedia:Kumarbi|クマルビ]]神が父神である[[wikija:アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の性器を噛み切って飲み込んだ時に誕生したと考えられている。これは[[wikija:ヘーシオドス|ヘーシオドス]]<ref>紀元前700年頃に活動した[[wikija:古代ギリシア|古代ギリシア]]の詩人。</ref>の[[wikija:神統記|神統記]]に書かれている[[wikija:ギリシア神話|ギリシア神話]]の[[wikija:ウーラノス|ウーラノス]]、[[wikija:クロノス|クロノス]]、[[wikija:ゼウス|ゼウス]]の物語と起源を同じくする[[wikija:インド・ヨーロッパ祖語|インド・ヨーロッパ祖語]]の神話に共通のモチーフである。テシュブの兄弟は、アランザー([[wikija:チグリス川|チグリス川]]の象徴)、[[wikija:ウルリクムミ|ウルリクムミ]](石の巨人、[[wikipedia:Ullikummi|Ullikummi]])とタシュミシュ(Tashmishu)という。
  
 
フルリ人にとって、テシュブは母神[[ヘバト]]と対となっている。この女神は[[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]では[[アリンナ]]の太陽女神アリニッティと習合している。この組み合わせは非常に古い[[wikija:新石器時代|新石器時代]]に[[wikija:チャタル・ヒュユク|チャタル・ヒュユク]]で信仰された牡牛と母神の信仰文化に類似している。<ref>[[wikija:チャタル・ヒュユク|チャタル・ヒュユク]]は紀元前6850年~6300年頃の遺跡とされている。</ref>テシュブの子神は山の神である[[wikipedia:Sarruma|シャッルマ]](Sarruma)である。
 
フルリ人にとって、テシュブは母神[[ヘバト]]と対となっている。この女神は[[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]では[[アリンナ]]の太陽女神アリニッティと習合している。この組み合わせは非常に古い[[wikija:新石器時代|新石器時代]]に[[wikija:チャタル・ヒュユク|チャタル・ヒュユク]]で信仰された牡牛と母神の信仰文化に類似している。<ref>[[wikija:チャタル・ヒュユク|チャタル・ヒュユク]]は紀元前6850年~6300年頃の遺跡とされている。</ref>テシュブの子神は山の神である[[wikipedia:Sarruma|シャッルマ]](Sarruma)である。
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== 私的解説 ==
 
== 私的解説 ==
テシュブは[[wikija:フルリ人|フルリ人]]の天空と嵐の神であるとされているが、武器を持った姿で現されることが多く「武神」としての側面を持っていたことと思われる。印欧語族は広く「太陽としての男神」を擁し、天候神はその性質の一変形といえるため、天候神としてのテシュブは本来「太陽神」であったであろう。その一方、[[wikija:アナトリア半島|アナトリア半島]]には[[wikija:フルリ人|フルリ人]]侵入以前より、「地母神とその夫(あるいは息子)である牡牛」に対する信仰が強固であり、[[ヘバト]]とテシュブの組み合わせは古くからの神々の姿を焼き直したもの、という側面も持つ。その点から見れば、テシュブは有角獣で現される「月神」としての性質も有している。<ref>[[wikija:フルリ人|フルリ人]]は紀元前2500年頃に[[コーカサス]]山脈を越えて北部[[メソポタミア]]に侵入してきた人々と思われる。彼らは次第に西方へ拡大し、紀元前1600年頃に[[wikija:アナトリア半島|アナトリア半島]]での定住を開始したとみられている。</ref>
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テシュブは[[wikija:フルリ人|フルリ人]]の天空と嵐の神であるとされているが、武器を持った姿で現されることが多く「武神」としての側面を持っていたことと思われる。印欧語族は広く「太陽としての男神」を擁し、天候神はその性質の一変形といえるため、天候神としてのテシュブは本来「太陽神」であったであろう。その一方、[[wikija:アナトリア半島|アナトリア半島]]には[[wikija:フルリ人|フルリ人]]侵入以前より、「地母神とその夫(あるいは息子)である牡牛」に対する信仰が強固であり、[[ヘバト]]とテシュブの組み合わせは古くからの神々の姿を焼き直したもの、という側面も持つ。その点から見れば、テシュブは有角獣で現される「月神」としての性質も有している。<ref>[[wikija:フルリ人|フルリ人]]は紀元前2500年頃に[[wikija:コーカサス|コーカサス]]山脈を越えて北部[[wikija:メソポタミア|メソポタミア]]に侵入してきた人々と思われる。彼らは次第に西方へ拡大し、紀元前1600年頃に[[wikija:アナトリア半島|アナトリア半島]]での定住を開始したとみられている。</ref>
 
<gallery caption="ヘバトとテシュブを組み合わせた文様" widths="200px" heights="200px">
 
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画像:Hittie.png|図1、有角獣で現されるテシュブ
 
画像:Hittie.png|図1、有角獣で現されるテシュブ
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画像:syarin.png|図3、翼を持った太陽([[ヘバト]])と雷撃を発する太陽(テシュブ)
 
画像:syarin.png|図3、翼を持った太陽([[ヘバト]])と雷撃を発する太陽(テシュブ)
 
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上図は[[ヒッタイト]]の壁画に描かれている[[ヘバト]]とテシュブの関係を示す図である。図1は、月神である有角獣で現されるテシュブが[[シェン・リング]]を目に持つ太陽([[ヘバト]])を頂いている。このような図は[[ヒッタイト]]のみならず、広い範囲で見られる古代の太陽女神信仰の典型的な構図といえる。<br>
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上図は[[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]の壁画に描かれている[[ヘバト]]とテシュブの関係を示す図である。図1は、月神である有角獣で現されるテシュブが[[シェン・リング]]を目に持つ太陽([[ヘバト]])を頂いている。このような図は[[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]のみならず、広い範囲で見られる古代の太陽女神信仰の典型的な構図といえる。<br>
 
図2は、太陽の下にもう一つ太陽を意味すると思われる楕円形が描かれているが、下の楕円形の下部は穴が開いた形になっている。一方、図3は車輪を頂いた太陽鳥([[ヘバト]])の翼の下に、下部ぶ穴が開いた楕円形が二つ描かれ、そこから雷撃が放たれている。要するに「下部に穴が開いた楕円形」は雷や嵐をもたらす「太陽」を示しており、太陽神が持つ「天候神」としての性質の内、定期的に穏やかな豊穣をもたらす性質は[[ヘバト]]に、雷や嵐をもたらす性質はテシュブに、と性質が分けられて考えられていたことが分かる。「不定期に災いを起こす」という性質が「軍神」にも繋がっているのであろう。大きな翼を拡げた[[ヘバト]]の下にテシュブが置かれるということは、軍事力を穏やかな太陽が制すべきであるという思想に基づいていると思われる。もちろん、現在と全く同じ思想とは言えないであろうが、この文様はいわゆる「文民統治」の思想が発生したことを意味するといえるのではないだろうか。
 
図2は、太陽の下にもう一つ太陽を意味すると思われる楕円形が描かれているが、下の楕円形の下部は穴が開いた形になっている。一方、図3は車輪を頂いた太陽鳥([[ヘバト]])の翼の下に、下部ぶ穴が開いた楕円形が二つ描かれ、そこから雷撃が放たれている。要するに「下部に穴が開いた楕円形」は雷や嵐をもたらす「太陽」を示しており、太陽神が持つ「天候神」としての性質の内、定期的に穏やかな豊穣をもたらす性質は[[ヘバト]]に、雷や嵐をもたらす性質はテシュブに、と性質が分けられて考えられていたことが分かる。「不定期に災いを起こす」という性質が「軍神」にも繋がっているのであろう。大きな翼を拡げた[[ヘバト]]の下にテシュブが置かれるということは、軍事力を穏やかな太陽が制すべきであるという思想に基づいていると思われる。もちろん、現在と全く同じ思想とは言えないであろうが、この文様はいわゆる「文民統治」の思想が発生したことを意味するといえるのではないだろうか。
  
 
=== ギリシャ神話との比較 ===
 
=== ギリシャ神話との比較 ===
[[ファイル:kingchange.png|thumb|right|409px|ギリシアとヒッタイトにおける王権交替神話の比較]]
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[[ファイル:kingchange.png|thumb|right|409px|ギリシアと[[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]における王権交替神話の比較]]
本文中に、[[Kumarbi|クマルビ]]神話について触れられているため、まず簡単にその内容を述べる。<br>
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本文中に、[[wikipedia:Kumarbi|クマルビ]]神話について触れられているため、まず簡単にその内容を述べる。<br>
  
<blockquote>天の神[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の息子にして臣下である[[Kumarbi|クマルビ]]は、長年[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の給仕を務めていたが、[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]に対して謀叛を起こし、逃げ回る[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の男根に噛み付いて精液を飲み込んだ。その精液によってテシュブは[[Kumarbi|クマルビ]]の体内に宿った。(苦しんだ末?)に[[Kumarbi|クマルビ]]はテシュブを排出することに成功した。テシュブは[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の側について[[Kumarbi|クマルビ]]と戦い、最終的に勝利した。(この神話の内容には欠落が多く、テシュブが異様な状態で[[Kumarbi|クマルビ]]の体内に宿った点と、最終的に[[Kumarbi|クマルビ]]に勝利した点以外ははっきりしていないようである。)</blockquote>
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<blockquote>天の神[[wikija:アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の息子にして臣下である[[wikipedia:Kumarbi|クマルビ]]は、長年[[wikija:アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の給仕を務めていたが、[[wikija:アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]に対して謀叛を起こし、逃げ回る[[wikija:アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の男根に噛み付いて精液を飲み込んだ。その精液によってテシュブは[[wikipedia:Kumarbi|クマルビ]]の体内に宿った。(苦しんだ末?)に[[wikipedia:Kumarbi|クマルビ]]はテシュブを排出することに成功した。テシュブは[[wikija:アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の側について[[wikipedia:Kumarbi|クマルビ]]と戦い、最終的に勝利した。(この神話の内容には欠落が多く、テシュブが異様な状態で[[wikipedia:Kumarbi|クマルビ]]の体内に宿った点と、最終的に[[wikipedia:Kumarbi|クマルビ]]に勝利した点以外ははっきりしていないようである。)</blockquote>
  
天の最高神が[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]とされている点は、[[メソポタミア]]の神話との共通点である。[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]に対して謀叛を興す[[Kumarbi|クマルビ]]神は、[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の息子と言われているが、その一方でヨーロッパ等では、例えば大貴族の子弟が「王の給仕を務める」ということは「王の臣下であることを示す」ということの象徴的行為であった。その点から見れば、むしろ[[Kumarbi|クマルビ]]は[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の息子というよりは「[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の臣下」というべき立場であったことが分かる。この神が[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]に対して謀叛を興したが、それをテシュブが鎮めたために、軍神かつ男性の主神としてのテシュブの立場が正統化される、というのが[[ヒッタイト]]の神話の内容であったと思われる。<br>
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天の最高神が[[wikija:アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]とされている点は、[[wikija:メソポタミア|メソポタミア]]の神話との共通点である。[[wikija:アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]に対して謀叛を興す[[wikipedia:Kumarbi|クマルビ]]神は、[[wikija:アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の息子と言われているが、その一方でヨーロッパ等では、例えば大貴族の子弟が「王の給仕を務める」ということは「王の臣下であることを示す」ということの象徴的行為であった。その点から見れば、むしろ[[wikipedia:Kumarbi|クマルビ]]は[[wikija:アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の息子というよりは「[[wikija:アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の臣下」というべき立場であったことが分かる。この神が[[wikija:アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]に対して謀叛を興したが、それをテシュブが鎮めたために、軍神かつ男性の主神としてのテシュブの立場が正統化される、というのが[[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]の神話の内容であったと思われる。<br>
[[ギリシア神話]]との類似点であるが、[[ギリシア神話]]の[[クロノス]]は、父である[[ウーラノス]]に対して謀叛を興し、[[ウーラノス]]が眠っている隙に男根を切り落として追放した、とされている。一方の[[Kumarbi|クマルビ]]は[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の男根に噛み付いてはいるが、噛み切ってしまったか否かについてははっきりしていないようにも思える。それはともかくとして、両者の神話からは男性の象徴である「男根」が王権と強く結びついており、それを切り落とされたり、あるいは精を奪われる、という事態は「王権を失うことも同然である」という思想が覗える。非常に男系的な思想といえる。[[ヒッタイト]]神話のテシュブは、このように卑劣に王権を奪った[[Kumarbi|クマルビ]]を倒すことが彼の権威に繋がっており、一方の[[ギリシア神話]]では、卑劣な[[クロノス]]を倒してゼウスが王位に就く。ただし「卑劣な王を倒した正義の王」という性質は[[ゼウス]]には乏しく、[[ゼウス]]もまた「いずれ息子に王位を奪われるであろう」という予言を受けてしまうのである。
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[[wikija:ギリシア神話|ギリシア神話]]との類似点であるが、[[wikija:ギリシア神話|ギリシア神話]]の[[wikija:クロノス|クロノス]]は、父である[[wikija:ウーラノス|ウーラノス]]に対して謀叛を興し、[[wikija:ウーラノス|ウーラノス]]が眠っている隙に男根を切り落として追放した、とされている。一方の[[wikipedia:Kumarbi|クマルビ]]は[[wikija:アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の男根に噛み付いてはいるが、噛み切ってしまったか否かについてははっきりしていないようにも思える。それはともかくとして、両者の神話からは男性の象徴である「男根」が王権と強く結びついており、それを切り落とされたり、あるいは精を奪われる、という事態は「王権を失うことも同然である」という思想が覗える。非常に男系的な思想といえる。[[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]神話のテシュブは、このように卑劣に王権を奪った[[wikipedia:Kumarbi|クマルビ]]を倒すことが彼の権威に繋がっており、一方の[[wikija:ギリシア神話|ギリシア神話]]では、卑劣な[[wikija:クロノス|クロノス]]を倒して[[wikija:ゼウス|ゼウス]]が王位に就く。ただし「卑劣な王を倒した正義の王」という性質は[[wikija:ゼウス|ゼウス]]には乏しく、追放された[[wikija:ウーラノス|ウーラノス]]が復権するわけではない。そして、[[wikija:ゼウス|ゼウス]]もまた「いずれ息子に王位を奪われるであろう」という予言を受けてしまうのである。
  
もう一つの類似点は、テシュブの誕生の異常性にある。テシュブは[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の精子を飲み込んだ男神[[Kumarbi|クマルビ]]に強引に宿り、誕生する際にもおそらく強引な設定がなされていたことと思われる。一方の[[ギリシア神話]]では「息子に王位を奪われる」ことを恐れた[[ゼウス]]は、懐妊した妻[[メーティス]]を飲み込んでしまい、そのため父親の体内で生まれた女神[[アテーナー]]は[[ゼウス]]の額を割って生まれてきたとされている。神話や伝承で、特別な地位にある人物が「常にはない形で誕生する」という異出生譚には様々なバリエーションが存在するが、特に男系が優位とされる地域では「女から生まれたのではない者(あるいは神)」には特殊な能力が宿る、という共通のモチーフがあるようである。おそらくこれは古代の神話世界だけでなく、民間伝承化した形でもある程度存続した思想ではないかと思われる。例えば[[シェイクスピア]]の戯曲[[マクベス (シェイクスピア)|マクベス]]には主人公[[マクベス (シェイクスピア)|マクベス]]が「女の股から生まれたものはマクベスを倒せない」という予言を受ける場面があり、超常的な出生という概念と、そのように生まれた者に特殊な能力が宿る、とされている民間伝承が背景にあったことを覗わせている。
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もう一つの類似点は、テシュブの誕生の異常性にある。テシュブは[[wikija:アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]の精子を飲み込んだ男神[[wikipedia:Kumarbi|クマルビ]]に強引に宿り、誕生する際にもおそらく強引な設定がなされていたことと思われる。一方の[[wikija:ギリシア神話|ギリシア神話]]では「息子に王位を奪われる」ことを恐れた[[wikija:ゼウス|ゼウス]]は、懐妊した妻[[wikija:メーティス|メーティス]]を飲み込んでしまい、そのため父親の体内で生まれた女神[[wikija:アテーナー|アテーナー]]は[[wikija:ゼウス|ゼウス]]の額を割って生まれてきたとされている。神話や伝承で、特別な地位にある人物が「常にはない形で誕生する」という異出生譚には様々なバリエーションが存在するが、特に男系が優位とされる地域では「女から生まれたのではない者(あるいは神)」には特殊な能力が宿る、という共通のモチーフがあるようである。おそらくこれは古代の神話世界だけでなく、民間伝承化した形でもある程度存続した思想ではないかと思われる。例えば[[wikija:シェイクスピア|シェイクスピア]]の戯曲[[wikija:マクベス (シェイクスピア)|マクベス]]には主人公[[wikija:マクベス (シェイクスピア)|マクベス]]が「女の股から生まれたものはマクベスを倒せない」という予言を受ける場面があり、超常的な出生という概念と、そのように生まれた者に特殊な能力が宿る、とされている民間伝承が背景にあったことを覗わせている。
  
以上の類似点を考えると、[[フルリ人]]の有していた[[Kumarbi|クマルビ]]神話と[[ギリシア神話]]の間には、男系を貴ぶヨーロッパ系の文化が両者の根本的な共通点として存在していることが分かる。しかし、[[Kumarbi|クマルビ]]神話の方が「天界の秩序を守る」という点に正統性を求めるのに対して、[[ギリシア神話]]は「勝ち残った[[ゼウス]]こそが主神である」という勝者を貴ぶ思想が、より強いといえよう。
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以上の類似点を考えると、[[wikija:フルリ人|フルリ人]]の有していた[[wikipedia:Kumarbi|クマルビ]]神話と[[wikija:ギリシア神話|ギリシア神話]]の間には、男系を貴ぶヨーロッパ系の文化が両者の根本的な共通点として存在していることが分かる。しかし、[[wikipedia:Kumarbi|クマルビ]]神話の方が「天界の秩序を守る」という点に正統性を求めるのに対して、[[wikija:ギリシア神話|ギリシア神話]]は「勝ち残った[[wikija:ゼウス|ゼウス]]こそが主神である」という勝者を貴ぶ思想が、より強いといえよう。<br>
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また、[[wikija:ギリシア神話|ギリシア神話]]においては、この異常な男系優位の出生譚が、おそらく先住民の女神であった[[wikija:アテーナー|アテーナー]]を[[wikija:ゼウス|ゼウス]]の家系に取り込み、[[wikija:ゼウス|ゼウス]]よりも下位の神に位置づける役割を果たしているようである。
  
==References==
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== 関連項目 ==
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* [[シャウシュカ]]:テシュブの配偶神とされる女神の一柱
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* [[テリピヌ]]:テシュブの別の形
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* [[ハンナハンナ]]:テシュブの配偶神とされる女神の一柱
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* [[ヘバト]]:配偶神
 +
* [[ヘピト]]
 +
 
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== 参照 ==
 
<references/>
 
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== 原文 ==
 
== 原文 ==
* [[Teshub]]
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* [[wikipedia:Teshub|Teshub]]
  
 
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[[Category:ヒッタイト神話]]
 
[[Category:ヒッタイト神話]]
 
[[Category:フルリ神話]]
 
[[Category:フルリ神話]]
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[[Category:ギリシア神話]]

2014年7月3日 (木) 16:49時点における最新版

テシュブ(Teshub)
他の名:タルフン(Tarhun)、
タルフント(Tarhunt)、
テシュプ(Tešup)
ティアナヴァルパラヴァス王に礼拝されるテシュブ
配偶神:ヘバト(アリニッティ)
子神:シャッルマイナラ
親神:エンリル
係累:アヌ(祖父)
アンシャル(曾祖父)
チグリス(兄弟)
タシュミシュ(兄弟)
ウルリクンミ(兄弟)
テシュブという楔形文字

テシュブ(Teshup、Tešup、楔形文字:dIM)はフルリ人の天空と嵐の神である。この神はハッティ族の「タル(Taru)」に由来する。テシュブのヒッタイト語とルウィ語での呼び名は「タルフン(Tarhun)」(タルフント(Tarhunt)、タルフヴァント(Tarhuwant)、タルフンタ(Tarhunta)という別のヴァリエーションもある)である。この名はヒッタイト語の「ター(tarh-)」という言葉に由来しており、その意味は「打ち破る、征服する」である。 [1][2]

概要と神話

テシュブは3本の稲妻と武器を持った姿で描かれる。その武器は両刃の斧または鎚矛である。アナトリア半島では一般に共通して牡牛が神聖な動物と考えられており、牡牛がテシュブの神獣であった。牛の角の兜を被り、セリとフリという2等の馬が、テシュブの二輪戦車を引くか、または背に乗せている姿で描かれることが多かった。

家族

フルリ人の神話によると、テシュブはクマルビ神が父神であるアヌの性器を噛み切って飲み込んだ時に誕生したと考えられている。これはヘーシオドス[3]神統記に書かれているギリシア神話ウーラノスクロノスゼウスの物語と起源を同じくするインド・ヨーロッパ祖語の神話に共通のモチーフである。テシュブの兄弟は、アランザー(チグリス川の象徴)、ウルリクムミ(石の巨人、Ullikummi)とタシュミシュ(Tashmishu)という。

フルリ人にとって、テシュブは母神ヘバトと対となっている。この女神はヒッタイトではアリンナの太陽女神アリニッティと習合している。この組み合わせは非常に古い新石器時代チャタル・ヒュユクで信仰された牡牛と母神の信仰文化に類似している。[4]テシュブの子神は山の神であるシャッルマ(Sarruma)である。

イルヤンカ(Illuyanka)

ヒッタイトの神話によると、テシュブの偉業の一つはイルヤンカという竜を退治したことである。

また、テュシュブが海の化け物(おそらく蛇あるいは海蛇)ヘダム(Hedammu)と戦ったという神話も存在する(CTH 348)。

私的解説

テシュブはフルリ人の天空と嵐の神であるとされているが、武器を持った姿で現されることが多く「武神」としての側面を持っていたことと思われる。印欧語族は広く「太陽としての男神」を擁し、天候神はその性質の一変形といえるため、天候神としてのテシュブは本来「太陽神」であったであろう。その一方、アナトリア半島にはフルリ人侵入以前より、「地母神とその夫(あるいは息子)である牡牛」に対する信仰が強固であり、ヘバトとテシュブの組み合わせは古くからの神々の姿を焼き直したもの、という側面も持つ。その点から見れば、テシュブは有角獣で現される「月神」としての性質も有している。[5]

上図はヒッタイトの壁画に描かれているヘバトとテシュブの関係を示す図である。図1は、月神である有角獣で現されるテシュブがシェン・リングを目に持つ太陽(ヘバト)を頂いている。このような図はヒッタイトのみならず、広い範囲で見られる古代の太陽女神信仰の典型的な構図といえる。
図2は、太陽の下にもう一つ太陽を意味すると思われる楕円形が描かれているが、下の楕円形の下部は穴が開いた形になっている。一方、図3は車輪を頂いた太陽鳥(ヘバト)の翼の下に、下部ぶ穴が開いた楕円形が二つ描かれ、そこから雷撃が放たれている。要するに「下部に穴が開いた楕円形」は雷や嵐をもたらす「太陽」を示しており、太陽神が持つ「天候神」としての性質の内、定期的に穏やかな豊穣をもたらす性質はヘバトに、雷や嵐をもたらす性質はテシュブに、と性質が分けられて考えられていたことが分かる。「不定期に災いを起こす」という性質が「軍神」にも繋がっているのであろう。大きな翼を拡げたヘバトの下にテシュブが置かれるということは、軍事力を穏やかな太陽が制すべきであるという思想に基づいていると思われる。もちろん、現在と全く同じ思想とは言えないであろうが、この文様はいわゆる「文民統治」の思想が発生したことを意味するといえるのではないだろうか。

ギリシャ神話との比較

ギリシアとヒッタイトにおける王権交替神話の比較

本文中に、クマルビ神話について触れられているため、まず簡単にその内容を述べる。

天の神アヌの息子にして臣下であるクマルビは、長年アヌの給仕を務めていたが、アヌに対して謀叛を起こし、逃げ回るアヌの男根に噛み付いて精液を飲み込んだ。その精液によってテシュブはクマルビの体内に宿った。(苦しんだ末?)にクマルビはテシュブを排出することに成功した。テシュブはアヌの側についてクマルビと戦い、最終的に勝利した。(この神話の内容には欠落が多く、テシュブが異様な状態でクマルビの体内に宿った点と、最終的にクマルビに勝利した点以外ははっきりしていないようである。)

天の最高神がアヌとされている点は、メソポタミアの神話との共通点である。アヌに対して謀叛を興すクマルビ神は、アヌの息子と言われているが、その一方でヨーロッパ等では、例えば大貴族の子弟が「王の給仕を務める」ということは「王の臣下であることを示す」ということの象徴的行為であった。その点から見れば、むしろクマルビアヌの息子というよりは「アヌの臣下」というべき立場であったことが分かる。この神がアヌに対して謀叛を興したが、それをテシュブが鎮めたために、軍神かつ男性の主神としてのテシュブの立場が正統化される、というのがヒッタイトの神話の内容であったと思われる。
ギリシア神話との類似点であるが、ギリシア神話クロノスは、父であるウーラノスに対して謀叛を興し、ウーラノスが眠っている隙に男根を切り落として追放した、とされている。一方のクマルビアヌの男根に噛み付いてはいるが、噛み切ってしまったか否かについてははっきりしていないようにも思える。それはともかくとして、両者の神話からは男性の象徴である「男根」が王権と強く結びついており、それを切り落とされたり、あるいは精を奪われる、という事態は「王権を失うことも同然である」という思想が覗える。非常に男系的な思想といえる。ヒッタイト神話のテシュブは、このように卑劣に王権を奪ったクマルビを倒すことが彼の権威に繋がっており、一方のギリシア神話では、卑劣なクロノスを倒してゼウスが王位に就く。ただし「卑劣な王を倒した正義の王」という性質はゼウスには乏しく、追放されたウーラノスが復権するわけではない。そして、ゼウスもまた「いずれ息子に王位を奪われるであろう」という予言を受けてしまうのである。

もう一つの類似点は、テシュブの誕生の異常性にある。テシュブはアヌの精子を飲み込んだ男神クマルビに強引に宿り、誕生する際にもおそらく強引な設定がなされていたことと思われる。一方のギリシア神話では「息子に王位を奪われる」ことを恐れたゼウスは、懐妊した妻メーティスを飲み込んでしまい、そのため父親の体内で生まれた女神アテーナーゼウスの額を割って生まれてきたとされている。神話や伝承で、特別な地位にある人物が「常にはない形で誕生する」という異出生譚には様々なバリエーションが存在するが、特に男系が優位とされる地域では「女から生まれたのではない者(あるいは神)」には特殊な能力が宿る、という共通のモチーフがあるようである。おそらくこれは古代の神話世界だけでなく、民間伝承化した形でもある程度存続した思想ではないかと思われる。例えばシェイクスピアの戯曲マクベスには主人公マクベスが「女の股から生まれたものはマクベスを倒せない」という予言を受ける場面があり、超常的な出生という概念と、そのように生まれた者に特殊な能力が宿る、とされている民間伝承が背景にあったことを覗わせている。

以上の類似点を考えると、フルリ人の有していたクマルビ神話とギリシア神話の間には、男系を貴ぶヨーロッパ系の文化が両者の根本的な共通点として存在していることが分かる。しかし、クマルビ神話の方が「天界の秩序を守る」という点に正統性を求めるのに対して、ギリシア神話は「勝ち残ったゼウスこそが主神である」という勝者を貴ぶ思想が、より強いといえよう。
また、ギリシア神話においては、この異常な男系優位の出生譚が、おそらく先住民の女神であったアテーナーゼウスの家系に取り込み、ゼウスよりも下位の神に位置づける役割を果たしているようである。

関連項目

参照

  1. Tarhun
  2. Hittite language reading
  3. 紀元前700年頃に活動した古代ギリシアの詩人。
  4. チャタル・ヒュユクは紀元前6850年~6300年頃の遺跡とされている。
  5. フルリ人は紀元前2500年頃にコーカサス山脈を越えて北部メソポタミアに侵入してきた人々と思われる。彼らは次第に西方へ拡大し、紀元前1600年頃にアナトリア半島での定住を開始したとみられている。

外部リンク

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