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|名前:ヘバト(Hebat) | |名前:ヘバト(Hebat) | ||
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|子神:シャッルマ(Sarruma、男神)、<br>アランズ(Alanzu、女神)、<br>イナラ(Inara、女神) | |子神:シャッルマ(Sarruma、男神)、<br>アランズ(Alanzu、女神)、<br>イナラ(Inara、女神) | ||
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|別名:ケバ(Kheba)、<br>ケパト(Khepat) | |別名:ケバ(Kheba)、<br>ケパト(Khepat) | ||
|} | |} | ||
− | [[ファイル:Hebatzensin.png|thumb|right|250px|[[ヒッタイト]]の壁画におけるヘバト女神<br>(紀元前1000~900年頃)]] | + | [[ファイル:Hebatzensin.png|thumb|right|250px|[[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]の壁画におけるヘバト女神<br>(紀元前1000~900年頃)]] |
− | ヘバト(Hebat)(またはケバ(Kheba)あるいはケパト(Khepat)と音写される女神)は[[フルリ人]]の母神であり「すべての生命の母」として知られていた。<ref>ベックマン G.(Beckman, G.): パンテオン A.(Pantheon A.) II. ベイ・デン・ヘシテルン(Bei den Hethitern.) In: エドザード D.O.他(Edzard, D. O. et al. (Hrsg.)): ''Reallexikon der Assyriologie und Vorderasiatischen Archäologie''. [[ミュンヘン]](Munich), 2010.</ref>また、この女神は神々の女王でもあった。 | + | ヘバト(Hebat)(またはケバ(Kheba)あるいはケパト(Khepat)と音写される女神)は[[wikija:フルリ人|フルリ人]]の母神であり「すべての生命の母」として知られていた。<ref>ベックマン G.(Beckman, G.): パンテオン A.(Pantheon A.) II. ベイ・デン・ヘシテルン(Bei den Hethitern.) In: エドザード D.O.他(Edzard, D. O. et al. (Hrsg.)): ''Reallexikon der Assyriologie und Vorderasiatischen Archäologie''. [[wikija:ミュンヘン|ミュンヘン]](Munich), 2010.</ref>また、この女神は神々の女王でもあった。 |
== 家族 == | == 家族 == | ||
− | ヘバトは[[ | + | ヘバトは[[テシュブ]]の妻であり、[[wikipedia:Sarruma|シャッルマ]]とアランズの母であり、更に[[wikipedia:Illuyanka|イルヤンカ]]という竜の娘の養母でもあった。 |
== 名前 == | == 名前 == | ||
− | ヘバトという名は南部[[メソポタミア]]起源で、神格化された[[キシュ]]第3王朝の創設者であると考えられている。その名の音訳には異なるバージョンが存在している。例えば女性の名を示す語尾「t」は当初[[シリア]]や[[ウガリット]]で使用されていた。[[フルリ語]]では女神の名は「ヘパ(Hepa)」と発音されていた可能性が高い。楔形文字の「h」の音は現代の言葉では時々「kh」と音訳される。[[アラム語]]時代(紀元前500~600年)には、この女神はハヴァ([[イヴ]])女神と同一視されるようになったと思われる。 | + | ヘバトという名は南部[[wikija:メソポタミア|メソポタミア]]起源で、神格化された[[wikija:キシュ|キシュ]]第3王朝の創設者であると考えられている。その名の音訳には異なるバージョンが存在している。例えば女性の名を示す語尾「t」は当初[[wikija:シリア|シリア]]や[[wikija:ウガリット|ウガリット]]で使用されていた。[[wikija:フルリ語|フルリ語]]では女神の名は「ヘパ(Hepa)」と発音されていた可能性が高い。楔形文字の「h」の音は現代の言葉では時々「kh」と音訳される。[[wikija:アラム語|アラム語]]時代(紀元前500~600年)には、この女神はハヴァ([[wikija:イヴ|イヴ]])女神と同一視されるようになったと思われる。 |
== アリニッティ == | == アリニッティ == | ||
− | ヘバトは後に、[[ヒッタイト]] | + | ヘバトは後に、[[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]の太陽女神アリニッティと習合した。[[wikija:プドゥヘパ|プドゥヘパ]]女王の祈りはこの事実をはっきり示している。<ref>[[wikija:プドゥヘパ|プドゥヘパ]](Puduhepa)は、紀元前13世紀の[[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]の妃(タワナアンナ)である。 </ref>「我が神、アリンナの太陽女神、[[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]の貴婦人、天と地の女王。アリンナの太陽女神、汝はあらゆる国々の工芸の女王! [[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]において、汝はアリンナの太陽女神の名そのものである。しかし、汝は杉の国ではヘバトという名で呼ばれている。」<ref>バッハ(Bach)、アリス(Alice) 「聖書に登場する女性達(Women in the Hebrew Bible)」、ラウトレッジ(Routledge); 1 edition (3 Nov 1998) ISBN 978-0-415-91561-8 p.171</ref><ref>[[wikija:プドゥヘパ|プドゥヘパ]](Puduhepa)という女性の名前の一部にもヘパト女神を意味する「hepa」という言葉が含まれている。前半のプドゥ(Pudu)という言葉は「P-d」という子音で構成され、「p」は「b」、「d」は「t」と交通性があることを考えると「B-t」という子音と同じ意味の言葉となることが分かる。時代が下ってローマにまで行くとこれは「父」という言葉をも意味する子音となるが、本来「Bt」という子音はベレト・イリー(Belet-Ili)という[[wikija:メソポタミア|メソポタミア]]の母神[[wikija:ニンフルサグ|ニンフルサグ]]の別名に使われる言葉であった。この言葉は、時代が下って、[[wikija:ソロモン|ソロモン]]王(紀元前950年前後?)の時代の[[wikija:イスラエル王国|イスラエル王国]]でベテホルンという、コロンの名前に接頭辞的に「BT」という言葉を付加した形での名前の街が存在するため、それよりも数百年時代が遡る[[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]では「BT」という子音から構成される単語は<br>* 女神の名につける接頭辞<br>* 「輝ける」というような言葉を意味する単語<br>として使用されていたかもしれないと思う。「神」という言葉を意味する接頭辞的に使われているとすれば、[[wikija:プドゥヘパ|プドゥヘパ]](Puduhepa)とは「ヘバト女神」という意味ともなり得る。おそらくこの女性の名はヘバトにあやかってつけられたものなのであろう。</ref> |
− | [[File:Museum of Anatolian Civilizations085 cropped.jpg| | + | [[File:Museum of Anatolian Civilizations085 cropped.jpg|[[wikija:ク・バウ|ク・バウ]]女王はおそらく神格化されて、ヘバトとなったと思われる。|250px|thumb]] |
== 文化 == | == 文化 == | ||
− | ヘバトは古代の[[中近東]]全域で信仰されていた。この名は、この神の名前を付けた多くの女性の名前に認められる。[[アマルナ文書]]に記載された[[エルサレム]] | + | ヘバトは古代の[[wikija:中近東|中近東]]全域で信仰されていた。この名は、この神の名前を付けた多くの女性の名前に認められる。[[wikija:アマルナ文書|アマルナ文書]]に記載された[[wikija:エルサレム|エルサレム]]の王の名は「アブディ・ヘバ([[wikipedia:Abdi-Heba|Abdi-Heba]])<ref>[[wikija:アマルナ文書|アマルナ文書]]の多くは、[[wikija:エジプト第18王朝|エジプト第18王朝]]のファラオであった[[wikija:アメンヘテプ4世|アメンヘテプ4世]]時代(紀元前1362年?頃~前1336年?頃)の外交政策と国際関係を示した史料である。この時代に、[[wikija:ユダヤ人|ユダヤ人]]はまだエジプトにいたと思われる。アブディ・ヘバは前イスラエル時代の[[wikija:エルサレム|エルサレム]]の王で[[wikija:旧約聖書|旧約聖書]]に出てくるエブス人の王であろうと言われている。ここでは「アブディ(Abdi)」という言葉は「僕」と訳されているが、これも[[wikija:プドゥヘパ|プドゥヘパ]]の「プドゥ」と同様「BT」あるいは「BD」で構成される言葉といえる。この王は男性であったと思われるが、男女を問わず「BT」という言葉を接頭辞的に用いて、ヘバトにあやかる名を子供につける風習が広い地域にあったことが覗える。<br>[[wikija:エルサレム|エルサレム]]が[[wikija:ユダヤ人|ユダヤ人]]の支配下に入ったのは[[wikija:ダビデ|ダビデ]]王が征服した後のことであり、それはおそらく紀元前950年前後のことであろう。</ref>」と記載されていたが、これはおそらく「ヘバトの僕」という意味である。<ref>ドナルド・B・レッドフォード(Donald B. Redford)、 「古代のエジプト、カナン、イスラエル(Egypt, Canaan, and Israel in Ancient Times)」、プリンストン大学出版(Princeton University Press)、1992 p.270</ref> |
− | この母女神は、後の[[フリギア]]の女神[[キュベレー]]に対応すると思われる。 | + | この母女神は、後の[[wikija:フリギア|フリギア]]の女神[[wikija:キュベレー|キュベレー]]に対応すると思われる。 |
== 私的解説 == | == 私的解説 == | ||
− | [[ファイル:hebatmap.png|thumb|center|522px| | + | [[ファイル:hebatmap.png|thumb|center|522px|[[wikija:中近東|中近東]]からエジプトにかけての太陽女神の名前]] |
− | [[ヒッタイト]]は紀元前15世紀頃~13世紀末まで[[アナトリア半島]]に存在した国で、青銅器時代にいち早く鉄器の産生が本格化した国家である。当時、鉄器の産生には自然風を利用しており、製鉄に適した強い風が吹く季節を[[ヒッタイト]]では重要視していた。そのため「季節の循環」を正確にもたらすと考えられていた太陽女神ヘバトが最高神として崇められていた。[[ヒッタイト]]は他民族国家であったため、それぞれの民族が自らの言葉で太陽女神の名を呼んだため、ヘバト女神は複数の名を持つこととなったのである。 | + | [[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]は紀元前15世紀頃~13世紀末まで[[wikija:アナトリア半島|アナトリア半島]]に存在した国で、青銅器時代にいち早く鉄器の産生が本格化した国家である。当時、鉄器の産生には自然風を利用しており、製鉄に適した強い風が吹く季節を[[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]では重要視していた。そのため「季節の循環」を正確にもたらすと考えられていた太陽女神ヘバトが最高神として崇められていた。[[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]は他民族国家であったため、それぞれの民族が自らの言葉で太陽女神の名を呼んだため、ヘバト女神は複数の名を持つこととなったのである。 |
− | 本文中より、太陽女神を指す「ヘバト」という名前は本来「杉の国」という国での呼称であったことが分かる。「杉の国」というのは古代における[[フェニキア]](現在の[[レバノン]])のことで、この国は古代において[[レバノンスギ]]の産地であった。またヘバト女神の名に「t」という接尾語がついたのは[[シリア]]や[[ウガリット]]であって、本来はヘバ(Heba)あるいはケパ(Khepa)という呼称であったであろう、とのことである。[[ウガリット]]の太陽女神は[[シャプシュ]](Shapash)といい、「K」「S」「H」という子音には交通性があるため、ヘパト女神と[[シャプシュ]]女神は本来同じ神であったのであろうと思われる。<br> | + | 本文中より、太陽女神を指す「ヘバト」という名前は本来「杉の国」という国での呼称であったことが分かる。「杉の国」というのは古代における[[wikija:フェニキア|フェニキア]](現在の[[wikija:レバノン|レバノン]])のことで、この国は古代において[[wikija:レバノンスギ|レバノンスギ]]の産地であった。またヘバト女神の名に「t」という接尾語がついたのは[[wikija:シリア|シリア]]や[[wikija:ウガリット|ウガリット]]であって、本来はヘバ(Heba)あるいはケパ(Khepa)という呼称であったであろう、とのことである。[[wikija:ウガリット|ウガリット]]の太陽女神は[[wikija:シャプシュ|シャプシュ]](Shapash)といい、「K」「S」「H」という子音には交通性があるため、ヘパト女神と[[wikija:シャプシュ|シャプシュ]]女神は本来同じ神であったのであろうと思われる。<br> |
− | その一方「季節の循環」を象徴する「[[シェン・リング]]」はエジプトにおいて[[レピト]]、[[ホルス]]といった神の象徴でもあった。ヘパト女神の別名「シウス(Sius)」の子音のうち「u」は「p」の音と交通性があるため、おそらくこれは[[ウガリット]]における[[シャプシュ]]女神の象徴でもあったであろうと思われる。<br> | + | その一方「季節の循環」を象徴する「[[シェン・リング]]」はエジプトにおいて[[レンピト|レピト]]、[[wikija:ホルス|ホルス]]といった神の象徴でもあった。ヘパト女神の別名「シウス(Sius)」の子音のうち「u」は「p」の音と交通性があるため、おそらくこれは[[wikija:ウガリット|ウガリット]]における[[wikija:シャプシュ|シャプシュ]]女神の象徴でもあったであろうと思われる。<br> |
− | そして、[[メソポタミア]]方面に目を向けると、[[シェン・リング]]は「[[Ω]]」という記号になって、[[ニンフルサグ]]という女神の象徴となる。[[ニンフルサグ]]という名は、「フル」が「山」、「サグ」が「頭」ということで、「山の頭の女神」を意味する。頭部が強調される神には[[古代エジプト]]の[[ホルス]]がいる。 | + | そして、[[wikija:メソポタミア|メソポタミア]]方面に目を向けると、[[シェン・リング]]は「[[wikija:Ω|Ω]]」という記号になって、[[wikija:ニンフルサグ|ニンフルサグ]]という女神の象徴となる。[[wikija:ニンフルサグ|ニンフルサグ]]という名は、「フル」が「山」、「サグ」が「頭」ということで、「山の頭の女神」を意味する。頭部が強調される神には[[wikija:古代エジプト|古代エジプト]]の[[wikija:ホルス|ホルス]]がいる。 |
{|class="wikitable" tableborder="1" cellpadding="5" cellspacing="0" style="float:right; clear: right; border: 1px solid #d4acad; border-top-width: 1px; border-right-width: 1px; border-bottom-width: 1px; border-left-width: 1px; text-align:center; font-size:100%;" | {|class="wikitable" tableborder="1" cellpadding="5" cellspacing="0" style="float:right; clear: right; border: 1px solid #d4acad; border-top-width: 1px; border-right-width: 1px; border-bottom-width: 1px; border-left-width: 1px; text-align:center; font-size:100%;" | ||
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− | + | これらの神々を比較してみると、[[シェン・リング]]あるいは[[wikija:Ω|Ω]]を持つ神は太陽神かつ母神であることが多いことが分かる。<br> | |
− | [[ニンフルサグ]]は[[メソポタミア]]でも古い時代から存在した女神で、[[キシュ]]という都市に神殿が存在していた。一方、その[[キシュ]]で伝説的な女王とされているのが[[ク・バウ|クババ]] | + | [[wikija:ニンフルサグ|ニンフルサグ]]は[[wikija:メソポタミア|メソポタミア]]でも古い時代から存在した女神で、[[wikija:キシュ|キシュ]]という都市に神殿が存在していた。一方、その[[wikija:キシュ|キシュ]]で伝説的な女王とされているのが[[wikija:ク・バウ|クババ]](Kubaba)である。男系が優位な古代[[wikija:メソポタミア|メソポタミア]]の王の中で、唯一「女王」と言われるのがこの女性だが、元は娼婦であったとも言われ、その実在性ははっきりしていない。古代[[wikija:メソポタミア|メソポタミア]]では、王権は男系であるが、一方それ以外の点では兄弟姉妹婚で財産を継承し、遺伝子だけを外部から調達してくる[[wikija:バビロニア|バビロニア]]的神殿娼婦制度が根強く残っていたため、このような伝統を象徴するのが[[wikija:ク・バウ|クババ]]という存在であったかもしれないと思う。この名は、[[wikija:メソポタミア|メソポタミア]]以外では太陽女神の名であるため、本来[[wikija:ニンフルサグ|ニンフルサグ]]は「[[wikija:ク・バウ|クババ]]」という名で、[[wikija:ホルス|ホルス]]同様「頭部」で示される太陽神であったが、[[wikija:シュメール|シュメール]]の神話が編成されていく過程で、 |
− | * 人類(特に王家)の祖神としての性質は[[ク・バウ|クババ]]という女王に | + | * 人類(特に王家)の祖神としての性質は[[wikija:ク・バウ|クババ]]という女王に |
− | * 母神としての性質は[[ニンフルサグ]]に | + | * 母神としての性質は[[wikija:ニンフルサグ|ニンフルサグ]]に |
− | と分割・整備されたものであろうと思われる。都市[[キシュ]] | + | と分割・整備されたものであろうと思われる。都市[[wikija:キシュ|キシュ]](Kish)の名は、ヒッタイトの月神[[クシュフ]](Kushuh)あるいはカシュク(Kaškuḫ; Kašku) と連続性があるため、本来[[wikija:キシュ|キシュ]](Kish)という言葉は太陽女神の夫である月神の名であって、この月神の妻が神としては[[wikija:ニンフルサグ|ニンフルサグ]]、人間としては[[wikija:ク・バウ|クババ]]として現されているのではないだろうか。伝説の女王[[wikija:ク・バウ|クババ]]に定まった夫がいないのは、彼女が都市[[wikija:キシュ|キシュ]]を夫とした地母神的存在であるからだと考える。おそらく[[wikija:キシュ|キシュ]]という都市の名は[[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]の月神[[クシュフ]](カシュク)に受け継がれたと思われるため、[[wikija:キシュ|キシュ]]という言葉がそもそも月神の名前を指すものでもあったと思われる。男性の月神と女性の太陽神が夫婦となる、という組み合わせは古代世界で広く認められるため、[[wikija:メソポタミア|メソポタミア]]においては、 |
− | * [[ク・バウ|クババ]]と[[キシュ]] | + | * [[wikija:ク・バウ|クババ]]と[[wikija:キシュ|キシュ]] |
の組み合わせは | の組み合わせは | ||
− | * [[ニンフルサグ]]と[[エンキ]] | + | * [[wikija:ニンフルサグ|ニンフルサグ]]と[[wikija:エンキ|エンキ]] |
− | の組み合わせとほぼ同じものと考えられる。しかし、男性形の月神は時代が下ると性質に様々な拡がりが生じ、[[メソポタミア]]内においてすら、[[エンキ]]的な穏やかな神から、[[アッカド]]の月神[[シン (メソポタミア神話)|シン]]のように王権の象徴とされる神まで多様な姿へ変遷している。おそらく[[ヒッタイト]] | + | の組み合わせとほぼ同じものと考えられる。しかし、男性形の月神は時代が下ると性質に様々な拡がりが生じ、[[wikija:メソポタミア|メソポタミア]]内においてすら、[[wikija:エンキ|エンキ]]的な穏やかな神から、[[wikija:アッカド|アッカド]]の月神[[wikija:シン (メソポタミア神話)|シン]]のように王権の象徴とされる神まで多様な姿へ変遷している。おそらく[[wikija:ヒッタイト|ヒッタイト]]においては、「王権の象徴」的な性質を持ち、かつ「太陽女神の夫」とみなされるような「月神」の性質はヘバト女神の夫であるテシュブに纏められ、一方「太陽女神の夫」としての性質が弱くなってしまった「月神」は[[クシュフ]](カシュク)に纏められたのではないかと思われる。 |
=== αとΩ === | === αとΩ === | ||
− | + | 「[[wikija:Ω|Ω]]」という文字は[[wikija:ギリシア語|ギリシア語]]の[[wikija:アルファベット|アルファベット]]においては、一番最後の文字となる。しかしこの「形」は[[wikija:アルファベット|アルファベット]]が誕生する以前から存在する「象形」ともいえ、本来はエジプトの「[[シェン・リング]]」とも共通した意味を持つ記号であったと思われる。この記号は、[[wikija:メソポタミア|メソポタミア]]では紀元前3000年頃より登場し、境界石に神々の姿と共に刻まれたとのことである。道路における「境界」はいままで来た道の「終わり」であり、新しい国の「始まり」ともいえる。また1年という時間も、現代風にいえば1月で「始まり」、12月で「終わる」。道路や、時間のように連続性があっても決まった単位で区切られるものがあるため、単純に「季節の循環」を示した「[[シェン・リング]]」は「1年」における最初や最後、道路における最初や最後を示す記号として扱われるようになったのだと思われる。<br> | |
ヘバト女神の「目」で現される記号が2つある意味は、このように「始まり」と「終わり」という意味が、この記号の意味として定着してきたことを示すものであると思う。これを表に纏めると、右下のようになるであろう。 | ヘバト女神の「目」で現される記号が2つある意味は、このように「始まり」と「終わり」という意味が、この記号の意味として定着してきたことを示すものであると思う。これを表に纏めると、右下のようになるであろう。 | ||
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|} | |} | ||
− | 男性形の「月神」は時として攻撃性の高い神として描かれることがあるため、「月」が「終わり」を示す不吉なものとされる思想が発生していたことも覗える。たとえば、[[ケルト人|ケルト]]の神である[[バロール]]の左目が「魔眼」と呼ばれて、普段は閉じている不吉な目とされるのは、この目が「見たものを滅ぼすような不吉な目」と考えられていたからであろう。同様にその目が、見た人を全てを石に変える、と言われていたものに[[ギリシア神話]]の[[メドゥーサ]]がいる。[[メドゥーサ]]の目はどちらかが不吉だということはなくて、両眼とも同じ力を持っていたように思える。おそらく本来は、どちらの目がどのような意味を持っていたかということはきちんと整備されておらず、各地方や各民族で異なる伝承があったのではないかと思われるが、少なくとも[[ホルス]]やヘバト女神の「目」の概念が整備された時点では、「[[シェン・リング]]」には「始まり」と「終わり」という意味が存在し、二つ併せて一組で意味を持つものと考えられていたのではないかと思われる。<br> | + | 男性形の「月神」は時として攻撃性の高い神として描かれることがあるため、「月」が「終わり」を示す不吉なものとされる思想が発生していたことも覗える。たとえば、[[wikija:ケルト人|ケルト]]の神である[[wikija:バロール|バロール]]の左目が「魔眼」と呼ばれて、普段は閉じている不吉な目とされるのは、この目が「見たものを滅ぼすような不吉な目」と考えられていたからであろう。同様にその目が、見た人を全てを石に変える、と言われていたものに[[wikija:ギリシア神話|ギリシア神話]]の[[wikija:メドゥーサ|メドゥーサ]]がいる。[[wikija:メドゥーサ|メドゥーサ]]の目はどちらかが不吉だということはなくて、両眼とも同じ力を持っていたように思える。おそらく本来は、どちらの目がどのような意味を持っていたかということはきちんと整備されておらず、各地方や各民族で異なる伝承があったのではないかと思われるが、少なくとも[[wikija:ホルス|ホルス]]やヘバト女神の「目」の概念が整備された時点では、「[[シェン・リング]]」には「始まり」と「終わり」という意味が存在し、二つ併せて一組で意味を持つものと考えられていたのではないかと思われる。<br> |
− | おそらく、このような思想を受けてであろうが、[[メソポタミア]] | + | おそらく、このような思想を受けてであろうが、[[wikija:メソポタミア|メソポタミア]]から地中海周辺地域にかけては、その属性を問わず「地母神」とみなされるような女神群は両手にこの「[[wikija:Ω|Ω]]」の印を持つ姿で現されることが多いようである。<br> |
− | また、ヘバト女神の目に象徴されるように、この[[Ω]] | + | また、ヘバト女神の目に象徴されるように、この[[wikija:Ω|Ω]](あるいは[[シェン・リング]])は横向きであっても構わなかったようである。そのため、後には女神の右目の図像が、ギリシャ語の[[wikija:α|α]]へと変化したのであろう。 |
=== フェニックスとヘバト === | === フェニックスとヘバト === | ||
− | 本文中にもあるように、ヘバトとは本来[[フェニキア]]の太陽女神のことを指す名前であったようである。[[フェニキア]]には国を守る鳥として「フェニキアクス」という太陽鳥が存在し、それが後の「[[フェニックス]](不死鳥)(Phoenix)」という鳥へと発展したようである。この鳥は太陽に関連した永遠を生きる鳥と言われ、何百年かに一度、自ら火の中へ飛び込んで死ぬが、その灰の中から再び幼鳥となって現れるといわれる神話上の鳥である。ヘバト女神の図像を見れば明らかなように、この女神は鳥の翼を持った太陽帽を被っており、この「太陽鳥」が女神のトーテムの一部であることが分かる。要するに[[フェニキア]]の[[フェニックス]]とはヘバト女神のことと思われる。<br> | + | 本文中にもあるように、ヘバトとは本来[[wikija:フェニキア|フェニキア]]の太陽女神のことを指す名前であったようである。[[wikija:フェニキア|フェニキア]]には国を守る鳥として「フェニキアクス」という太陽鳥が存在し、それが後の「[[wikija:フェニックス|フェニックス]](不死鳥)(Phoenix)」という鳥へと発展したようである。この鳥は太陽に関連した永遠を生きる鳥と言われ、何百年かに一度、自ら火の中へ飛び込んで死ぬが、その灰の中から再び幼鳥となって現れるといわれる神話上の鳥である。ヘバト女神の図像を見れば明らかなように、この女神は鳥の翼を持った太陽帽を被っており、この「太陽鳥」が女神のトーテムの一部であることが分かる。要するに[[wikija:フェニキア|フェニキア]]の[[wikija:フェニックス|フェニックス]]とはヘバト女神のことと思われる。<br> |
− | [[フェニックス]]という単語は「Ph-oe-ni-x」という子音に分けられ、「o」という子音は「b」と交通性があることから、 | + | [[wikija:フェニックス|フェニックス]]という単語は「Ph-oe-ni-x」という子音に分けられ、「o」という子音は「b」と交通性があることから、 |
* 「P(h)-O(e)」 → 「B(h)-B(e)」 | * 「P(h)-O(e)」 → 「B(h)-B(e)」 | ||
− | という音と交通性があることが分かる。これは[[シュメール]]の太陽神バッバル(Babbar)と共通した子音であり、[[メソポタミア]]の影響が強い名前であることが分かる。[[メソポタミア]]では女神の場合「ニン(Nin)」あるいは「ニ(Ni)」という「蛇」を意味する子音がつけられることが多いため、楔型文字で | + | という音と交通性があることが分かる。これは[[wikija:シュメール|シュメール]]の太陽神バッバル(Babbar)と共通した子音であり、[[wikija:メソポタミア|メソポタミア]]の影響が強い名前であることが分かる。[[wikija:メソポタミア|メソポタミア]]では女神の場合「ニン(Nin)」あるいは「ニ(Ni)」という「蛇」を意味する子音がつけられることが多いため、楔型文字で |
* ニ(ン)- バッバル | * ニ(ン)- バッバル | ||
と書いていたものが、地中海東岸地域で逆読みになり | と書いていたものが、地中海東岸地域で逆読みになり | ||
* バッバル - ニ(ン) | * バッバル - ニ(ン) | ||
− | と読まれていたものが、[[フェニックス]]へと変化したものと思われる。この女神が[[メソポタミア]]の母神[[ニンフルサグ]]と同様の性質を持っているのであるから、おそらくバッバルという神は本来女性形の神であり、それが[[ニンフルサグ]]でもあると見なされていたのであろう。[[キシュ]]の伝説的女王[[ク・バウ|クババ]]の名と比較すれば、[[ク・バウ|クババ]]の「ク」が省略されたものが太陽神の名として使用されていたことが分かる。要するに、この点からも[[ク・バウ|クババ]]と[[ニンフルサグ]]がかつて「同じもの」であったことが覗えるのである。 | + | と読まれていたものが、[[wikija:フェニックス|フェニックス]]へと変化したものと思われる。この女神が[[wikija:メソポタミア|メソポタミア]]の母神[[wikija:ニンフルサグ|ニンフルサグ]]と同様の性質を持っているのであるから、おそらくバッバルという神は本来女性形の神であり、それが[[wikija:ニンフルサグ|ニンフルサグ]]でもあると見なされていたのであろう。[[wikija:キシュ|キシュ]]の伝説的女王[[wikija:ク・バウ|クババ]]の名と比較すれば、[[wikija:ク・バウ|クババ]]の「ク」が省略されたものが太陽神の名として使用されていたことが分かる。要するに、この点からも[[wikija:ク・バウ|クババ]]と[[wikija:ニンフルサグ|ニンフルサグ]]がかつて「同じもの」であったことが覗えるのである。 |
=== カーヴェとヘバト === | === カーヴェとヘバト === | ||
− | + | ペルシャの叙事詩「[[wikija:シャー・ナーメ|シャー・ナーメ]]」(1010年完成)における民族の英雄(かつカーレーン氏族の先祖)とされる[[鍛冶師のカーヴェ]](Kaveh)を構成する子音は「Ka-veh」である。「v」という子音は「b」と交通性があるため、これは | |
* ケバ(Khe-ba) → カーヴェ(Kaveh) | * ケバ(Khe-ba) → カーヴェ(Kaveh) | ||
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* [http://home.comcast.net/~chris.s/hittite-ref.html Hittite/Hurrian Mythology] | * [http://home.comcast.net/~chris.s/hittite-ref.html Hittite/Hurrian Mythology] | ||
+ | * [http://deepblue.lib.umich.edu/bitstream/handle/2027.42/98988/Cultures%20in%20Contact.pdf?sequence=1 Cultures in Contact] | ||
+ | * [http://rbedrosian.com/Classic/Petrosyan/Petrosyan_2009_AJNES_EHittites.pdf#search=%27Siw+Hittie%27 THE “EASTERN HITTITES”<br>IN THE SOUTH AND EAST OF THE ARMENIAN HIGHLAND?] | ||
+ | 注:ヘバト女神に関する論文では、性別が男性とされている場合があり、注意が必要と思われます。 | ||
== 画像提供サイト == | == 画像提供サイト == | ||
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2014年8月17日 (日) 16:44時点における最新版
ヘバト(Hebat) |
---|
名前:ヘバト(Hebat) |
配偶神:テシュブ(Teshub) |
子神:シャッルマ(Sarruma、男神)、 アランズ(Alanzu、女神)、 イナラ(Inara、女神) |
別名:ケバ(Kheba)、 ケパト(Khepat) |
ヘバト(Hebat)(またはケバ(Kheba)あるいはケパト(Khepat)と音写される女神)はフルリ人の母神であり「すべての生命の母」として知られていた。[1]また、この女神は神々の女王でもあった。
目次
家族
ヘバトはテシュブの妻であり、シャッルマとアランズの母であり、更にイルヤンカという竜の娘の養母でもあった。
名前
ヘバトという名は南部メソポタミア起源で、神格化されたキシュ第3王朝の創設者であると考えられている。その名の音訳には異なるバージョンが存在している。例えば女性の名を示す語尾「t」は当初シリアやウガリットで使用されていた。フルリ語では女神の名は「ヘパ(Hepa)」と発音されていた可能性が高い。楔形文字の「h」の音は現代の言葉では時々「kh」と音訳される。アラム語時代(紀元前500~600年)には、この女神はハヴァ(イヴ)女神と同一視されるようになったと思われる。
アリニッティ
ヘバトは後に、ヒッタイトの太陽女神アリニッティと習合した。プドゥヘパ女王の祈りはこの事実をはっきり示している。[2]「我が神、アリンナの太陽女神、ヒッタイトの貴婦人、天と地の女王。アリンナの太陽女神、汝はあらゆる国々の工芸の女王! ヒッタイトにおいて、汝はアリンナの太陽女神の名そのものである。しかし、汝は杉の国ではヘバトという名で呼ばれている。」[3][4]
文化
ヘバトは古代の中近東全域で信仰されていた。この名は、この神の名前を付けた多くの女性の名前に認められる。アマルナ文書に記載されたエルサレムの王の名は「アブディ・ヘバ(Abdi-Heba)[5]」と記載されていたが、これはおそらく「ヘバトの僕」という意味である。[6]
この母女神は、後のフリギアの女神キュベレーに対応すると思われる。
私的解説
ヒッタイトは紀元前15世紀頃~13世紀末までアナトリア半島に存在した国で、青銅器時代にいち早く鉄器の産生が本格化した国家である。当時、鉄器の産生には自然風を利用しており、製鉄に適した強い風が吹く季節をヒッタイトでは重要視していた。そのため「季節の循環」を正確にもたらすと考えられていた太陽女神ヘバトが最高神として崇められていた。ヒッタイトは他民族国家であったため、それぞれの民族が自らの言葉で太陽女神の名を呼んだため、ヘバト女神は複数の名を持つこととなったのである。
本文中より、太陽女神を指す「ヘバト」という名前は本来「杉の国」という国での呼称であったことが分かる。「杉の国」というのは古代におけるフェニキア(現在のレバノン)のことで、この国は古代においてレバノンスギの産地であった。またヘバト女神の名に「t」という接尾語がついたのはシリアやウガリットであって、本来はヘバ(Heba)あるいはケパ(Khepa)という呼称であったであろう、とのことである。ウガリットの太陽女神はシャプシュ(Shapash)といい、「K」「S」「H」という子音には交通性があるため、ヘパト女神とシャプシュ女神は本来同じ神であったのであろうと思われる。
その一方「季節の循環」を象徴する「シェン・リング」はエジプトにおいてレピト、ホルスといった神の象徴でもあった。ヘパト女神の別名「シウス(Sius)」の子音のうち「u」は「p」の音と交通性があるため、おそらくこれはウガリットにおけるシャプシュ女神の象徴でもあったであろうと思われる。
そして、メソポタミア方面に目を向けると、シェン・リングは「Ω」という記号になって、ニンフルサグという女神の象徴となる。ニンフルサグという名は、「フル」が「山」、「サグ」が「頭」ということで、「山の頭の女神」を意味する。頭部が強調される神には古代エジプトのホルスがいる。
名前 | 象徴 | 性質 |
ニンフルサグ | Ω | 母神 |
ホルス | シェン・リング | 太陽神 |
ヘバト | シェン・リング | 太陽神 兼 母神 |
これらの神々を比較してみると、シェン・リングあるいはΩを持つ神は太陽神かつ母神であることが多いことが分かる。
ニンフルサグはメソポタミアでも古い時代から存在した女神で、キシュという都市に神殿が存在していた。一方、そのキシュで伝説的な女王とされているのがクババ(Kubaba)である。男系が優位な古代メソポタミアの王の中で、唯一「女王」と言われるのがこの女性だが、元は娼婦であったとも言われ、その実在性ははっきりしていない。古代メソポタミアでは、王権は男系であるが、一方それ以外の点では兄弟姉妹婚で財産を継承し、遺伝子だけを外部から調達してくるバビロニア的神殿娼婦制度が根強く残っていたため、このような伝統を象徴するのがクババという存在であったかもしれないと思う。この名は、メソポタミア以外では太陽女神の名であるため、本来ニンフルサグは「クババ」という名で、ホルス同様「頭部」で示される太陽神であったが、シュメールの神話が編成されていく過程で、
と分割・整備されたものであろうと思われる。都市キシュ(Kish)の名は、ヒッタイトの月神クシュフ(Kushuh)あるいはカシュク(Kaškuḫ; Kašku) と連続性があるため、本来キシュ(Kish)という言葉は太陽女神の夫である月神の名であって、この月神の妻が神としてはニンフルサグ、人間としてはクババとして現されているのではないだろうか。伝説の女王クババに定まった夫がいないのは、彼女が都市キシュを夫とした地母神的存在であるからだと考える。おそらくキシュという都市の名はヒッタイトの月神クシュフ(カシュク)に受け継がれたと思われるため、キシュという言葉がそもそも月神の名前を指すものでもあったと思われる。男性の月神と女性の太陽神が夫婦となる、という組み合わせは古代世界で広く認められるため、メソポタミアにおいては、
の組み合わせは
の組み合わせとほぼ同じものと考えられる。しかし、男性形の月神は時代が下ると性質に様々な拡がりが生じ、メソポタミア内においてすら、エンキ的な穏やかな神から、アッカドの月神シンのように王権の象徴とされる神まで多様な姿へ変遷している。おそらくヒッタイトにおいては、「王権の象徴」的な性質を持ち、かつ「太陽女神の夫」とみなされるような「月神」の性質はヘバト女神の夫であるテシュブに纏められ、一方「太陽女神の夫」としての性質が弱くなってしまった「月神」はクシュフ(カシュク)に纏められたのではないかと思われる。
αとΩ
「Ω」という文字はギリシア語のアルファベットにおいては、一番最後の文字となる。しかしこの「形」はアルファベットが誕生する以前から存在する「象形」ともいえ、本来はエジプトの「シェン・リング」とも共通した意味を持つ記号であったと思われる。この記号は、メソポタミアでは紀元前3000年頃より登場し、境界石に神々の姿と共に刻まれたとのことである。道路における「境界」はいままで来た道の「終わり」であり、新しい国の「始まり」ともいえる。また1年という時間も、現代風にいえば1月で「始まり」、12月で「終わる」。道路や、時間のように連続性があっても決まった単位で区切られるものがあるため、単純に「季節の循環」を示した「シェン・リング」は「1年」における最初や最後、道路における最初や最後を示す記号として扱われるようになったのだと思われる。
ヘバト女神の「目」で現される記号が2つある意味は、このように「始まり」と「終わり」という意味が、この記号の意味として定着してきたことを示すものであると思う。これを表に纏めると、右下のようになるであろう。
名前 | 右目 | 左目 |
ニンフルサグ | Ω | Ω |
ホルス | 太陽(シェン・リング) | 月(シェン・リング) |
ヘバト | 始まり(シェン・リング) | 終わり(シェン・リング ) |
バロール | 通常の目 | 魔眼 |
ギリシャ語 | α | Ω |
男性形の「月神」は時として攻撃性の高い神として描かれることがあるため、「月」が「終わり」を示す不吉なものとされる思想が発生していたことも覗える。たとえば、ケルトの神であるバロールの左目が「魔眼」と呼ばれて、普段は閉じている不吉な目とされるのは、この目が「見たものを滅ぼすような不吉な目」と考えられていたからであろう。同様にその目が、見た人を全てを石に変える、と言われていたものにギリシア神話のメドゥーサがいる。メドゥーサの目はどちらかが不吉だということはなくて、両眼とも同じ力を持っていたように思える。おそらく本来は、どちらの目がどのような意味を持っていたかということはきちんと整備されておらず、各地方や各民族で異なる伝承があったのではないかと思われるが、少なくともホルスやヘバト女神の「目」の概念が整備された時点では、「シェン・リング」には「始まり」と「終わり」という意味が存在し、二つ併せて一組で意味を持つものと考えられていたのではないかと思われる。
おそらく、このような思想を受けてであろうが、メソポタミアから地中海周辺地域にかけては、その属性を問わず「地母神」とみなされるような女神群は両手にこの「Ω」の印を持つ姿で現されることが多いようである。
また、ヘバト女神の目に象徴されるように、このΩ(あるいはシェン・リング)は横向きであっても構わなかったようである。そのため、後には女神の右目の図像が、ギリシャ語のαへと変化したのであろう。
フェニックスとヘバト
本文中にもあるように、ヘバトとは本来フェニキアの太陽女神のことを指す名前であったようである。フェニキアには国を守る鳥として「フェニキアクス」という太陽鳥が存在し、それが後の「フェニックス(不死鳥)(Phoenix)」という鳥へと発展したようである。この鳥は太陽に関連した永遠を生きる鳥と言われ、何百年かに一度、自ら火の中へ飛び込んで死ぬが、その灰の中から再び幼鳥となって現れるといわれる神話上の鳥である。ヘバト女神の図像を見れば明らかなように、この女神は鳥の翼を持った太陽帽を被っており、この「太陽鳥」が女神のトーテムの一部であることが分かる。要するにフェニキアのフェニックスとはヘバト女神のことと思われる。
フェニックスという単語は「Ph-oe-ni-x」という子音に分けられ、「o」という子音は「b」と交通性があることから、
- 「P(h)-O(e)」 → 「B(h)-B(e)」
という音と交通性があることが分かる。これはシュメールの太陽神バッバル(Babbar)と共通した子音であり、メソポタミアの影響が強い名前であることが分かる。メソポタミアでは女神の場合「ニン(Nin)」あるいは「ニ(Ni)」という「蛇」を意味する子音がつけられることが多いため、楔型文字で
- ニ(ン)- バッバル
と書いていたものが、地中海東岸地域で逆読みになり
- バッバル - ニ(ン)
と読まれていたものが、フェニックスへと変化したものと思われる。この女神がメソポタミアの母神ニンフルサグと同様の性質を持っているのであるから、おそらくバッバルという神は本来女性形の神であり、それがニンフルサグでもあると見なされていたのであろう。キシュの伝説的女王クババの名と比較すれば、クババの「ク」が省略されたものが太陽神の名として使用されていたことが分かる。要するに、この点からもクババとニンフルサグがかつて「同じもの」であったことが覗えるのである。
カーヴェとヘバト
ペルシャの叙事詩「シャー・ナーメ」(1010年完成)における民族の英雄(かつカーレーン氏族の先祖)とされる鍛冶師のカーヴェ(Kaveh)を構成する子音は「Ka-veh」である。「v」という子音は「b」と交通性があるため、これは
- ケバ(Khe-ba) → カーヴェ(Kaveh)
と変化したものと分かる。ヘバト女神はヒッタイトにおける鉄の産生に重要な女神であって、その名はギリシア神話の鍛冶神ヘーパイストスにも受け継がれている。ペルシャの鍛冶師カーヴェは、ヘーパイストス同様、ヘバトが男性へと変更されたものと思われる。ただし、ギリシャ・ローマ方面において「奴隷の帽子」を被らされている鍛冶神とは異なり、カーヴェは民族の「祖神的存在」として敬われていたことが分かる。
関連項目
ヘバトと同一と思われる女神
ヘバトに関連すると思われる女神(神)
鍛冶神
その他
参照
- ↑ ベックマン G.(Beckman, G.): パンテオン A.(Pantheon A.) II. ベイ・デン・ヘシテルン(Bei den Hethitern.) In: エドザード D.O.他(Edzard, D. O. et al. (Hrsg.)): Reallexikon der Assyriologie und Vorderasiatischen Archäologie. ミュンヘン(Munich), 2010.
- ↑ プドゥヘパ(Puduhepa)は、紀元前13世紀のヒッタイトの妃(タワナアンナ)である。
- ↑ バッハ(Bach)、アリス(Alice) 「聖書に登場する女性達(Women in the Hebrew Bible)」、ラウトレッジ(Routledge); 1 edition (3 Nov 1998) ISBN 978-0-415-91561-8 p.171
- ↑ プドゥヘパ(Puduhepa)という女性の名前の一部にもヘパト女神を意味する「hepa」という言葉が含まれている。前半のプドゥ(Pudu)という言葉は「P-d」という子音で構成され、「p」は「b」、「d」は「t」と交通性があることを考えると「B-t」という子音と同じ意味の言葉となることが分かる。時代が下ってローマにまで行くとこれは「父」という言葉をも意味する子音となるが、本来「Bt」という子音はベレト・イリー(Belet-Ili)というメソポタミアの母神ニンフルサグの別名に使われる言葉であった。この言葉は、時代が下って、ソロモン王(紀元前950年前後?)の時代のイスラエル王国でベテホルンという、コロンの名前に接頭辞的に「BT」という言葉を付加した形での名前の街が存在するため、それよりも数百年時代が遡るヒッタイトでは「BT」という子音から構成される単語は
* 女神の名につける接頭辞
* 「輝ける」というような言葉を意味する単語
として使用されていたかもしれないと思う。「神」という言葉を意味する接頭辞的に使われているとすれば、プドゥヘパ(Puduhepa)とは「ヘバト女神」という意味ともなり得る。おそらくこの女性の名はヘバトにあやかってつけられたものなのであろう。 - ↑ アマルナ文書の多くは、エジプト第18王朝のファラオであったアメンヘテプ4世時代(紀元前1362年?頃~前1336年?頃)の外交政策と国際関係を示した史料である。この時代に、ユダヤ人はまだエジプトにいたと思われる。アブディ・ヘバは前イスラエル時代のエルサレムの王で旧約聖書に出てくるエブス人の王であろうと言われている。ここでは「アブディ(Abdi)」という言葉は「僕」と訳されているが、これもプドゥヘパの「プドゥ」と同様「BT」あるいは「BD」で構成される言葉といえる。この王は男性であったと思われるが、男女を問わず「BT」という言葉を接頭辞的に用いて、ヘバトにあやかる名を子供につける風習が広い地域にあったことが覗える。
エルサレムがユダヤ人の支配下に入ったのはダビデ王が征服した後のことであり、それはおそらく紀元前950年前後のことであろう。 - ↑ ドナルド・B・レッドフォード(Donald B. Redford)、 「古代のエジプト、カナン、イスラエル(Egypt, Canaan, and Israel in Ancient Times)」、プリンストン大学出版(Princeton University Press)、1992 p.270
外部リンク
- Hittite/Hurrian Mythology
- Cultures in Contact
- THE “EASTERN HITTITES”
IN THE SOUTH AND EAST OF THE ARMENIAN HIGHLAND?
注:ヘバト女神に関する論文では、性別が男性とされている場合があり、注意が必要と思われます。
画像提供サイト
- Anatolian civilizations museum Ankara
- Dick Osseman: I thank pictures of this site so very much.