アダパについて
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アダパとはメソポタミア神話において、都市エリドゥの守護神であるエンキの使いとされる半神半人である。
半魚神としてのアダパ
アダパは淡水魚である鯉として顕される一方で、海の向こうの「ディルムン」からやってきて人間に技術や知恵を授けてくれる渡来神としての性質を持っている。
本来川魚である淡水魚は海に住めず、その一方で海の魚は川に住めない(通し回遊を行う回遊魚以外は)。そのため、アダパの神話では、内陸地の淡水魚信仰と海洋民族の渡来神信仰が習合していると考える。
鯉神(淡水魚)として
内陸部に起源を持つ信仰である。古代メソポタミアは北方に位置するコーカサス地方との交流が活発であるので、おそらく中央アジアの文化が北方の遊牧民を経由して伝播したものではないだろうか。コーカサス地方でも鯉は食用とされるようである。[1]
- 鯉は中央アジア原産で、洋の東西で食用とされる。
- 中国では、鯉が滝を登ると竜になるということで、特別な魚とされた。
- ヨーロッパでは、古代に球状アンフォラ文化[2]が存在した地域と、それに隣接するヤムナ文化の西端が存在した地域では、現在も鯉は「聖なる魚」とみなされて、クリスマスのご馳走とされている。
半魚の海神として
アダパはペルシャ湾(あるいはペルシャ湾の彼方にあるディルムン)に住むとされている。各地にアダパあるいはエンキに類似した性質の半人半魚神がみられるため、海辺に住まう人々を中心に、ギリシア、近東、インドで信仰されていた神だったのではないだろうか。この神の性質としては、淡水魚であるのか海の魚であるのかがはっきりしていないという点であると思う。彼らは川にも海にも住まう。
古代ギリシアの人々は、淡水というのは海の水が地表に染みだしてくるものと考えていた。ヒンドゥー教において水神としての性質を持つヴァルナは海の中に住居を持つが、雨水といった淡水に関わる神でもある。このようにみていくと、おそらく古代の人々は淡水と海水というものにそれほど大きな差違を見いださず、ただ「水」として纏まった概念で考えていたのかもしれないと思う。
- フェニキアには海の神としてダゴンという半人半魚の神が信仰されていた。
- ギリシアにはトリートーンという半人半魚の神がいる。トリートーンは大洪水の際に人類を助けてくれた神といわれており、メソポタミアのエンキと性質が類似している。トリトーンは上半身が人、下半身が魚、前足が馬だと言われている。
- インドのヒンドゥー教にはヴィシュヌという神が登場する。この神は大洪水の際に「角の生えた魚」として下生し、人類を助けてくれたと言われている。この魚は幼い頃は川に住んでいたが、成長するに従って巨大化し、海にも入りきれなくなるほどであったという。
参照
- ↑ これ旨いのか?:グルジア風魚の素揚げスープ掛け
- ↑ 紀元前3400年ごろから紀元前2800年ごろにかけてのヨーロッパの古代文化