「印欧語における「神」の語源について」の版間の差分
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2014年3月6日 (木) 08:43時点における版
「イスタヌはヒッタイト人とハッティ族の太陽神である。ルウィ語ではティワズ(Tiwaz)またはティヤズ(Tijaz)として知られている。」(英語版wikipedia「Istanu」の項より)[1]ヒッタイトの太陽女神を考察する場合に、女神が複数の名を持っていることがまず考察の対象となる。ヒッタイトは複数の民族からなる他民族国家であったため、それぞれの民族が自分達の呼び方で神を表していたからである。アリンナという都市に神殿を持ち、「アリンナの太陽女神」と呼ばれたこの女神は、ハッティ族からエスタンという呼ばれていた。この神の名が、何に由来するのかということを調べ始めたのが本項執筆の動機である。
また、本項の考察内容であるが、「神」の語源について一定の傾向があるように思われるために纏めてみたが、各地には固有名詞や地名で呼ばれる神々が存在するため、必ずしも絶対的な法則ではなく、例外もあり得ることは附記しておく。
Estanという言葉について
英語版のwikipediaで、Estanという言葉を検索すると「-stan」というページが開かれる。「stan」とはペルシャ語で、「場所」や「国」を示す言葉で、その語源はインド・ヨーロッパ祖語に遡り、英語で「to stand」という意味なのだと記載されている。[2]この言葉は中央アジアの多くの国の名前として、現在でも残されている(パキスタン、タジキスタン等)。
このようにみると、「Estan」とは、「Eの土地」という意味となるのだが、では「E」とは何を意味するのかということになる。
1.D-またはJ-(ローマとギリシャ)
印欧祖語のディヤウス(dyaus)という言葉は、「父なるデャウス」を意味するデャウシュ・ピター(dyauṣpitā)という言葉でもあり、ヒンドゥー教で「天(dyaus)の父(pita)」という天空神を示している。これに対応する「母」を示す女神は「母なるプリトゥヴィー」を意味するマーター・プリトゥヴィー(mātā pṛthvī)と呼ばれ、「天の神」に対応する「地の女神」と考えられていた。
古代エジプトは、蛇神信仰が非常に盛んな土地であり、その蛇神とは大地の豊穣をもたらす神であり、かつ月神でもあると考えられていた。古代エジプトの人々は、「月」とは「原始の水」を入れた水瓶であり、そこから地上に水がもたらされると考えていたようである。また、蛇行して流れる川のことを蛇神として見ていた。そこから、人間の人生の流れと川の流れをも同一視して、母神と川の流れを定める神をいわゆる「地母神」とみなし、古代エジプト人が水源であると考えていた月、実際の水源である高山、水が溢れるナイル川を一体化して「大地の豊穣性と川の母神」と考えていた。このような場合、「地母神」とは人の運命を定める神であり、大地の神であり、川の神であり、月の神でもある、ということになる。
実際インドの地母神達は、サラスヴァティー川のサラスヴァティー女神、ガンジス川のガンガー女神のように、「川の女神」として現されることが多い。よって、「mātā pṛthvī」と「母」を示す言葉に「m」という子音を使用する場合、その言葉で表される「地母神」は、その言葉の中に「月神」であり、かつ「川の神」でもあるという性質を内包しているのである。
また、下エジプトの守護神とされる蛇女神の名を「ウアジェト(Wadjet)」という。この名は、子音でみると「Wa-dje-t」とすることができる。古代エジプトにおいて、「母」を現す「m」というヒエログリフはハゲワシの姿で現されるが、このヒエログリフはその他にも鳥を示す「g」、水を示す「w」という子音をも現す。「dj」を示すヒエログリフはコブラあるいはパピルス草を示し、この言葉がウアジェト女神の本質を示す言葉であることが分かる。この女神はコブラの姿であると共に、パピルスの象徴でもあるのである。そして、水神であり月神である「w」という子音をその名の中に有している。それ意外にも「t」という子音も「月あるいはパン」として、「食料」としての「月」の意味を有していると個人的には考えている。
要するに、神を示す言葉に、接頭辞的に「d」あるいは「j」の子音がつく神々は、その言葉の中に「蛇神」であり「月神」であるという性質をも併せ持っているのである。
このように蛇神を意味するDy-あるいはDe-、Di-、J-という語句は、広い地域で「神」という言葉を示す接頭辞としても使われている。例えばインドでは男性の天の神をデーヴァー(Deva)といい、デーヴァーの女性形をデーヴィー (Devi)という。また、その一方で、男性形の父神であるデャウシュ・ピター(dyauṣpitā)にも「D」という子音がつく。
これがローマ神話になると、Dがつく場合と、Dが失われて、Jと描いて、Y(日本語でいえばヤ行の言葉)と発音する言葉の両方が、混在している。古代エジプトにおいて、親神としての蛇神はパピルスでもあるため、アッカド語ではPAPという言葉で表される。これはラテン語でpapyrusとなる。一方、ラテン語で父親のことはpaterという。すなわち、ラテン語において、先頭に「p」がつく、「パピルス」と「父親(pater)」の語源は、アッカド語にあり、その意味するところの起源は古代エジプトにある。母親を示す「mater」という言葉の語源は古代エジプトの「母親」を意味する「m」と考えられる。すなわち、ラテン語あるいは印欧祖語においては「父」を示す言葉も、「母」を示す言葉も、古代エジプト文明の「月の蛇神」に由来するのである。[3]
また、ラテン語で月のことを「luna」と呼ぶ。「n」という言葉は、古代エジプト、メソポタミアに共通して、「月」を意味する子音である。ローマ(Roma)の「m」も、おそらく古代エジプトに由来する「月」を意味する「m」なのであろう。
一方ギリシャ神話では、天空の最高神のことをゼウス(ZeusまたはDiós)と呼び、ここにも「D」という接頭辞がみられる。海神であるポセイドーン(Poseidon)に使用されている子音の「d」と「n」、冥界神であるハーデース(Hades)の「d」等、ギリシャの神々にも「月の蛇神」を示す「d」等の子音が目立つようである。
2.T-(ルウィ語等)
印欧語に属するルウィ語(現在のトルコ付近で使用された言葉)では、太陽神のことをティヤズ(Tijaz)と呼んでおり、ここでは「t」という子音が神を示す接頭辞として使われている。また、古代カルタゴ(現在のチュニジア)で信仰されていた地母神女神をタニト(Tanit)と呼び、こちらにも「t」の文字がみられる。神の名に「t」がつく場合は、古代エジプトの「t」、すなわち「食料としての月」に由来するものと思われる。
ここからヒッタイトの最高男性神であるテシュブ(Te-shub)や、北欧神話におけるトール(T-or)等の神名が派生したと考えられる。地中海周辺地域から西アジア、ヨーロッパに至るまでの広い地域で、「太陽神」は猛禽類で現されることが多い。例えば隼の姿で現されるのは古代エジプトの太陽神ホルス神である。古代の地中海周辺から西アジア世界においては、太陽が猛禽類の翼を持つ「有翼円盤」の図で表されることが多い。古代に人々は隼と鷲を混同して考えていたため、「有翼円盤」の持つ翼は鷲の翼と考えることができるのである。
北欧神話には、世界を支え、世界そのものでもあるユグドラシルという「世界樹」が存在するのだが、その頂にはフレースヴェルという鷲が留まっているとされている。この鷲は風を起こす存在とみなされている。また、西洋の古い神話では、太陽は「転がる車輪」とも考えられており、太陽が風に乗って転がりながら移動する「輪」として考えられていたことが覗える。要するに、西洋における「太陽」とは、太陽そのものであるだけでなく、鷲等の鳥類の翼を持って風を起こす存在であり、その風に乗って移動する存在でもあった。つまり、西洋における「太陽神」とは風を起こす「風の神」でもあり、ここから嵐等を起こし、風雨をもたらす「天候神」が派生している。結局西洋の古い神話における「天候神」とは「太陽神」のことでもあったのである。
このように考えると、テシュブ(Te-shub)やトール(T-or)は、月を意味する「T」がついた太陽神といえる。また古代シュメールの風の神エンリルも月を意味する「n」がついた太陽神といえよう。これらの、地中海周辺地域、ヨーロッパ、西アジア等に共通する太陽神の多くは、嵐が人の生活を攻撃するもののように考えられることから、「嵐のように攻撃する軍神」としてもみなされる傾向が強いように感じる。
古代エジプトにおいて、女神でありかつ軍神であると考えられていたネイト、古代メソポタミアのイシュタル、ウガリット神話のアナト等、地中海周辺地域の地母神達の名前の中にも軍神と関連があると考えられる「t」の子音が目立つように感じる。ヒエログリフでは食料であるパンで現されながら、神の名として示されるときには、太陽神であろうと、月神であろうと、「軍神」としての性質が強調される。それがこの「t」という子音が意味する「月」の性質なのであろう。
3.J-またはY-(イラン)
ゾロアスター教において、中級神の一群をヤザタ(Yazata)と呼ぶ。これは別名をイェズダン(Yezdan)ともいう。stanという言葉を「土地」と解するのであれば、これは本来「Ya-stanあるいはYe-stan(神々の土地)」という言葉から派生したと考えられる。
ラテン語においても、「J」という接頭辞は子音としては発音せず、「Y」と発音することがあるため、「Y」という子音は「J」の音から変化したものなのであろう。
4.E-またはA-またはI-と表記される群
以上のように、「神」を示す接頭辞が
- D(あるいはT)(ダ行またはタ行)→ JあるいはY(ヤ行)
と変化して、最後に、JあるいはYが欠落したものが、E-、A-、I-という接頭辞として残ったものが、このア行を接頭辞として持つ神々のことではないかと考えるのである。そうすると、ヒッタイト人の太陽神の呼称「Estan」とは、「E(神)-stan(土地)」ということで、本来的には「神の土地」を意味する言葉であったのであろうが、ゾロアスター教のヤザタ(Yazada)と同様、それのみで「神」という言葉を示すこととなったのだと思われるのである。
1)E-またはEn-またはEr-(メソポタミア)
このような「神」を示す接頭辞はメソポタミアでは、例外はあるが、主に男性神を示すものとして使われているように感じる。例えばエメスラム(E-meslam)、エンキ(En-ki)、エンリル(En-ril)、エラ(Er-ra)等である。例外としてはおそらくイナンナ(I-nanna)が挙げられると思われる。
メソポタミア神話の特徴としては、女神にNin-がつくものが多く(ニンフルサグ(Nin-hursag)、ニンマー(Nin-mah))、もしかしたらこちらは印欧語起源ではなく、メソポタミア固有の接頭辞なのか、とも思うが、結論を下すには更に精査が必要であると感じる。
2)El-またはAl-またはIl-(地中海東岸地域)
地中海東岸のウガリット付近にいくと、この接頭辞は「l」が付いた形で使われることが多くなるように感じる。「エール(El)」という言葉は、それ単独で「神」を意味し、ヘブライ語ではそのまま使用される。また、アラビア語に入ると「イラーフ(ilāh)」となり、イスラム教の「アッラーフ (Allāh) 」と同語源となる。
地中海東岸地域の特徴として、これらの言葉は、接頭辞として使われるだけでなく、接尾語としても使われるようになっていることが挙げられる。例えばミカエル(Micha-el)、ガブリエル(Gabri-el)等である。[4]
5.その他、Hat-またはHe-等の群
エジプトにはHat-が付く神が複数みられる。例としてはハトホル(Hat-hor)が挙げられる。また、ギリシアにはヘルメース(Her-mes)という神が存在するため、これも接頭辞の1例ではないかと考える。
エスタンについての考察
以上の考察より、「E-」という言葉は「神」を示す接頭辞と考えられる。また、-stan「土地」という言葉を付けるのは、ヒッタイト、イラン等に限られており、それ以外の地域では、接頭辞だけで、「土地」という意味も含んで使われているのではないかと思われる。なぜなら、「ハトホル」という言葉は、「ホルスの家」という意味で考えられているようだからである。
ヒッタイトの太陽女神の呼称の一つであるエスタン(Estan)は、今までの考察から明かなように印欧語系の呼び方である。また、この太陽女神は、「UTU nepisas - "天空の太陽神"」と「UTU taknas - "地上の太陽神"」という「天の神」と「地の神」の2面性をもっており、これは印欧語族の「天の女神」と「地の女神」に対応する構造である。おそらく、
- 天空の太陽神 - 天の女神
- 地上の太陽神 - 地の女神
という、印欧語族の女神の「所在に関する二重性」が、エスタンという女神の中で、習合されたのではないだろうか。
1.印欧語族における「大地の女神」について
「天」を「父」と呼び、「大地」を「母」と呼ぶ印欧語族の古い文化において、おそらく「人」というものはその中間に位置するものとされていると考えられる。例えば、北欧神話には天に神の住む館「ヴァルハラ」があり、地の底に黄泉の国の女神が支配する国が存在し、人の住む世界はその中間であるミズガルズであると考えられている。要するに彼らの世界では、男性は「天なる父神」に属する存在なのであり、女性は「大地の女神」に属するものなのであろう。その大地の女神は、黄泉の女神でもあるので、女性とは「黄泉の女神」に属するもので、かつ不吉なものなのである。
個人的に思うのだが、この思想の下では、「女性性」というものは尊重されていなかったのではないかと思う。「天の神」の代理人である男性は、地母神を「来世において自分を生まれ変わらせてくれる女神」と捉えており、現実の妻は、「地上における女神の代理人として子を産む存在」であっても、少なくとも夫が生きている間は、直接来世においての生まれ変わりに関わる存在ではないからである。しかも、夫が死ぬ場合には、妻はその伴をして冥界へ下らなければならなかったと思われる。何故なら、黄泉の国の女神と一体となって、夫を新しい世界へ再生させるために産む存在とならなければならないからである。すなわち、彼女の真の役割は、地上ではなく、本来存在すべき黄泉の国に戻ったときに発揮されることになる。
このような古い思想が、エンリルとニンリルの降下神話において現れているように感じる。夫が黄泉の国へ下る場合、妻は自らに何の罪がなくても、共に下り、冥界で夫の子を産まなければならなくなっている。そして、それが月の神の再生へと繋がっているのである。また、印欧語族の古い文化には、「寡婦殉死」といって、夫が亡くなった時には、妻が伴をしなければならない習慣が実在していた。これもこの思想に乗っ取ったものではなかろうか、と思うのである。
そして、このように女性蔑視的な古い神話は、メソポタミア時代には「月神」と結びつけられており、ギリシア神話に入ると、アルテミス、セメレーというように、明確に「月と黄泉の女神」が関連して考えられるようになったと思われる。
印欧語族の「大地の地母神」には、プリティヴィーが存在するが、この女神には月神としての性質がみられず、単に豊穣の大地の象徴とされているようである。そして、ヒンドゥー教における「月神」は別に存在し、「不吉な神」として扱われている。
このプリティヴィーと「不吉な月の神」が習合した形で存在しているのが、ギリシア神話におけるアルテミス、セメレー、ローマ神話におけるディアーナ、ルーナ等であると考えられる。[5]
一方、太陽暦ではなく太陰暦が重要視された時代には、月の神は「暦の神」としても信仰されたようで、おそらくこれがエジプトのクヌムやコンスといった月神に相当するのであると思う。クヌムは羊頭で現され、牧畜の神でもあったことが示唆される。また、クヌムには「不吉な神」としての性質はみられない。「羊頭」であるということは「不吉な神」ではなくて、むしろ生贄に捧げられる「犠牲神」も兼ねていたことが示唆されると考える。
このクヌム神の性質はメソポタミアで、月神ナンナ(Nanna)として現れる。この神も豊穣と暦に関する神である。そして、この神にI-をつけると、イナンナ(I-nanna)となって、女神となる。この女神は、月ではなくて「金星」の象徴とされるが、一方で「夫神を犠牲に求める女神」でもあり、「生贄を求める地母神」としての性質を有している。また、ナンナの妻はニンガル(Ningal)は葦の神であると共に月の女神でもあった。
これが更に、黒海周辺地方に移動すると、アルテミス、セメレーというように、明確に「夫(あるいは子)を犠牲に求める月の女神」となり、対する夫神は、植物神あるいは山羊といった動物を象徴するようになる。この夫あるいは子神が、「犠牲となる神」であるという点はエジプトのクヌム神と一致している。[6]
すなわち、主に黒海周辺の印欧語族の間では「月の女神」と「月の男神」という組み合わせが豊穣と死と再生を司っており、かつ「月の女神」には
- 印欧語族の「不吉な神」としての性質
- 冥界に関わる地母神としての性質
が付加されているように感じるのである。(女性が「月の神」とみなされるようになったことは、「月経」の存在が大きいであろうと思われる。「月経」そのものが、不吉な現象であるとみなされる文化もあったのであろう。)
しかし、「大地」はそもそも「月」とは異なるものであるので、ペルセポネーのように「冥界の女神」であっても、「月の女神」ではない女神も混在して存在しているようである。
2.印欧語族における「天の女神」について
本来、印欧語族固有の神ではなかったのではないかと思われる「天の女神」は、エスタンに代表されるように太陽女神としての性質が強いように感じる。(一部に「月の女神」に対する信仰もある)豊穣の太陽神を崇拝するのは、カザフスタンのタムガリ遺跡に代表されるように、中央アジアの遊牧民の文化だと考えられるので、これが印欧語族に伝播したものと考えられる。太陽女神の信仰が強い地域では、印欧語を使用していても女性の権利は守られていたように感じるのである。例えば、ヒッタイトの「皇后」に当たる地位に「タワナアンナ」というものがあるのだが、これは終身制であって、夫である皇帝が亡くなっても、妻の権力はそのまま維持されており、亡くなるまで政治的影響力を発揮することができた。すなわち、言い換えれば「寡婦殉死」ということは求められなかったのである。
3.名前について
旧約聖書には、エステル(Esther)というユダヤ民族を救う女性が存在している。(この女性の行為を記念して、ユダヤにはプリム祭というものがある。)また、聖書のこの名は欧米に広まりエスター(Esther)という名が女性につけられることがある。また、ケルト神話には、太陽神ルーの母親としてエスニウ(Ethniu)という女神が存在し、これも派生名ではないかと思われる。
4.ヘブライ語への影響について等
ヘブライ語における神は「ヤハウェ(Yahweh)」あるいは「エール(El)」等と呼ばれる。また、旧約聖書において人類の母という立場にある、イヴは、「歴史的に、後期青銅器時代にエルサレムで信仰され、アマルナ文書の中にも登場するフルリ人の女神Kheba(ヘバ)に由来すると見られてきた。」(日本語版wikipedia「イヴ」より)とのことである。要するにイヴの語源はエスタンの別名であるヘパト女神にあり、その意味するところは「太陽の女神あるいは大地の女神」ということになる。また、イヴはヘブライ語で「ハヴァ(Hawwāh)」と読み、ここに印欧語由来の接頭辞Yaをつければ、「ヤハウェ(Ya-hweh)」となるのではないかと個人的には思うのである。
天空に存在する神「ヤハウェ(Ya-hweh)」と大地に堕ちる神「ハヴァ(Hawwāh)」が、何故二つに別れてしまったのかといえば、それはおそらく印欧語族がもっていた神話の「女神の所在場所に関する二重性」に由来すると思うのだが、大地に堕ちてしまった女神の方には、不吉な女神等の性質が強く付加されることとなって、現在にみられる「創世記」になったと思われるのである。(ただし、イヴはあくまでも「人間の先祖」であるので太陽神や月神とはみなされない。)[7]
近東地域の一神教化の先駆けとなるのは、古代エジプト第18王朝の王(ファラオ)アメンホテプ4世のアマルナ改革であるが、これは神を豊穣の太陽神のみに定めるというものであった。アメンホテプ4世の妃であるネフェルティティはミタンニの王女であったとも言われている。ミタンニは、印欧語族が支配する国であり、豊穣の太陽神ミスラを最高神として崇める国であったので、王妃の信仰が夫の宗教改革に影響を与えた可能性は大きいと感じる。ただし、この改革は平和主義を謳うあまり、防衛のための戦争まで否定しており、現実的でなかったことから最終的には頓挫している。
その次に、一神教の動きを示したのは古代のユダヤ人であるが、彼らの最高神が先にも書いたように、「Ya-Hebat」とみなすべき神であったとするならば、それはエジプトに引き続く、「豊穣の太陽神信仰」を目指す改革であったといえると思う。また、イスラム教は「イスラーム」という言葉そのものが「平和」を意味する「サラーム」(一般的な挨拶の言葉でもある)などと同一語根の派生語である。
イスラム教の重要な点は、イエスを「神の子」とみなさず、人間としてみること、またキリスト教で「神の子の血」とされているワインの飲酒を誡めていることであると思う。イエスを「神の子」とみなさなければ、弟子や信徒がいかにパンとワインをイエスの「肉」と「血」と称して食べて、それをもってして自らが「神と同一化した」と主張して自らを聖別しようとしても、それを認めて許す必要はなくなる。また、ワインを重要視して、ワインの神であるディオニューソスとその母である一部の印欧語族由来の不吉な月の地母神を崇拝する必要性に迫られることもなくなるからである。そうして初めて、人々は自ら、
- 神の下にあって互いに平等な人間である
といえるのであり、また、死をもたらす不吉な地母神に敬意を払い、その女神と「同じように」生きなくても済むようになるのではないだろうか。[8]
このように考えていくと、ヒッタイトのエスタン女神は、一神教の神と「同じ神」であるという点ではなくて、「平和と穏やかさと、それを維持するための秩序を重要視する」という点で、思想的に連続性があるように思うのである。(それぞれの宗教によって「神」の定義は異なるのであるから、どれとどれが「同じ神」であると述べることは誰に対しても失礼なことに相当しよう。もちろん、語源の考察のように、宗教的な思想とは直接関連をもたない客観的な問題では、比較考察が可能であると思うのだが。)そして、現代的な宗教が、「教義」というものを伴っているのであれば、その教義を定めるための根源的な思想として、このような思想は重要なのではないだろうか、と考えるのである。
考察に関する問題点
本項には、一般的に述べられている説と私の持論との間の相違が激しい部分があるため、その点を挙げておく。
1.「El」の語源について
日本語のwikipediaサイトには、「エール(El)」という言葉は、「セム語派に於いて最も普通に用いられる神を指す言葉。」とされて、セム語系の言葉であることが示唆されている。
しかし、地中海東岸地域とメソポタミア地域の神話の類似性からみれば、メソポタミア地域の、E-、En-、Er-という接頭辞が、地中海東岸地域においてEl-という言葉へ変化し、それが更にヒッタイト方面等でE-と変化したと考えても全く不思議ではない(逆にヒッタイト方面からの影響を受けたと考えても不思議ではない)状況と思われるのだが、そもそものメソポタミア地域でのE-系接頭辞での考察が、一般的には成されていないようであるので、
- メソポタミアの神々のE-は例がいくらあっても、個別の固有名詞
- 地中海東岸地域のEl-(あるいは-el)については、特定の語源あり
という設定で、それぞれの神話構成や神の名前だけは連続性と類似性がある。
という結論を並べられても、少なくとも私は、納得できないし、納得したくない、とそういうことになる。メソポタミア地域のE-はすぐ隣のイランのJa-とも連続性がある言葉に思えるのだが、yazataはyazataで、「ya-stan」であるという考察がほぼみられないのも困ったことと感じる。古イラン、メソポタミア、地中海東岸地域は神話的に連続性があるのに、「神」を意味する接頭辞にだけ「連続性がない」と言わんばかりの結論はむしろ不自然なのではないだろうか。
要するに、結論を述べれば、「El-」あるいは「E-」という言葉は、セム語系の言語の中で使用されていても、その起源は印欧語にあると考えられるということである。
2.「ヤザタ(Yazata)」について
通常、イランの神々を指す「Yazata」という言葉に対して、イランには悪魔を指す「ダエーワ(Daeva)」という言葉があり、これがインドのデーヴァ(deva)に相当する言葉であることから、ヤザタとダエーワは対立するもののように扱われているが、本項の考察より、ヤザタもダエーワも起源的には同じ言葉から出ていることがわかる。
3.エスタンの性別について
欧米のサイトでは、Wikipediaを初めとしてこの女神を「God(すなわち「男性神」)」として記載しているものが多数みられるため、その点について思うことを少々書いておく。
古代ヒッタイトにはアリンナという都市が存在し、そこに太陽女神が存在するのだが、その女神が神としては1柱であり、複数の呼称を持っていると言うことは、学術論文のレベルでは明かになっているようであるが、一般のサイトで認知されるまでには知識が普及していないように感じる。欧米のサイトでは
- Hebatのみが太陽女神である
- HebatとEstanのみが太陽女神である
という記述が目立つようである。
個人的には、太陽女神であるヘバト(Hebat)の名をつけた皇妃が存在すること。ケルト神話におけるエスニウ(Ethniu)も女神であること。また、「エスター(Esther)」は欧米では女性名であること等は、アリンナの太陽神が女神であることの状況証拠と成り得るであろうと考える。
イスタヌ(Istunu)については、司法神も兼ねているとのことであるが、ギリシア神話のテミス、ローマ神話のユースティティアがいずれも女神であるのだから、女神であってはならないという理由が存在しないと考える。特にユースティティア女神はJūstitiaあるいはIūstitiaと綴られ、「Jū(神)-stitia(おそらくstanが変化して女性形になったもの)」あるいは「Iū-stitia」と考えられるので、エスタンやイスタヌが直接の語源と考えて良いのではないだろうか。
参照
- ↑ ヒッタイトにおける太陽神として、最高神であるヘバト女神が知られている。イスタヌはかつて、ヒッタイトにおける男性の太陽神であると考えられていたようだが、近年ではヘバト女神と同じもの(すなわち女神)であることが知られるようになっている。英語版wikipediaでは未だに「He」という言葉を使い、男性神として扱っているが、本サイトでは女神として扱う。「シュメールの太陽神ウツ(UTU)はボアズキョイ文書に頻繁に登場するだけでなく、複数の名を持っている。ハッティ族のエスタン、ヒッタイト人のイスタヌ、ルウィ人のティワト、アナトリア語のティヤト、フルリ人のシメギ、アッカド語のシャマス、シュメール語のウツである。...エスタンはハッティ族から女神として信仰され、通称は『女王』であった。」(Reallexikonder Assyriologyより)
- ↑ 日本語で一番理解しやすい使用例としては、「ガソリンスタンド」とか「野球場のスタンド(観覧席)」なのではないだろうか。
- ↑ 印欧祖語のpətērは英語のfather、materはmotherに変化したと考えられよう。
- ↑ 「Al」という語句はアラビア語の定冠詞のようである。一方、「a」は英語の不定冠詞であるし、「the」は英語の定冠詞である。このような語句も「神」を意味する印欧語の接頭辞に由来するのであろうか? 興味深いことと感じる。
- ↑ セメレーは神話上では、人間の王女とされるが亡くなった後、復活してトロイゼーンのアルテミス神殿から昇天したと言われている神話上の存在である。トロイゼーンはアルテミス女神に関する「死と再生の神話」が複数残る地であり、「黄泉の国の女神」としてのアルテミス信仰が盛んであった。セメレーの神話は、セメレーがアルテミス女神の地上における代理人であり、息子神を産んで役目を終えたため、本来存在すべきであった女神の元へ帰ったという意味(すなわち「セメレーとはアルテミスである」という意味)を内包しているのであろう。(TROEZENより)
- ↑ 「葦の神」に対する信仰はトラキアの古墳におけるカリアティードで伺い知ることができる。(wikipedia「スヴェシュタリのトラキア人の墳墓」より)
- ↑ ヤハウェの語源については、自分でもあまり自信がないので、一つの説の紹介と考えて頂ければと思う。ただし、「E-stan」が「神」という意味であるならば、それが地中海東岸地域の「El」に相当するものであることは否定できない事実であると考えている。
- ↑ 「死」をもたらす月の女神信仰、神を食べて神と同一となる信仰、ワインに対する信仰、身分は神が定めたものとされるという信仰等が複合されて、主に黒海周辺の印欧語族の上流階級(すなわち祭司階級と戦士階級)の中で大きく発達した結果、
- 自らは神と同一であり神そのものであるという思想の正当化
- 自らの身分を固定化することの正当化(言い換えれば「身分の固定」によって生じた特権階級の選民思想の正当化)
- 闇夜に狩りをする不吉な月女神に対する信仰は、自らにとっても闇夜に他者を殺戮すること(言い換えれば、だまし討ちすること)の行為の正当化
- 酩酊により理性が喪失した状態で、戦い・殺戮を繰り返すことの正当化
参考リンク
- Wikipedia
ミシガン大学の文献登録サイトです。ヘパト女神に対する論文が集録されています。
パウサニアスの資料はこちらのものを参照しています。
「神に礼拝するスルメリ王」のレリーフで、並んでいる4人の人の内、右から2番目で、長いスカートを履いているのがヘバト女神です。その後ろにいて、動物の背に乗っている小さな人物が、息子神であるシャッルマです。
また、レリーフの左上方にある「角の生えた動物の頭とその上のカプセルのような楕円」は、太陽のことと思われます。