しかし、[[盤瓠]]犬と2頭の龍神の頭が船のへさきに飾られたり、祭に先立って雄鶏が殺される(雄鶏とは雷神の象徴である)、といった本来の神話の名残が祭祀に残されていると考える。クーポゥ老人の名は、[[バロン]]・[[ダロン]]神話の父神[[アペ・コペン]]にも類似している。これも「同じ神」とすれば、[[アペ・コペン]]と対立したのは雷公である。雷公のトーテムは鶏である。とすれば英雄クーポゥは「雷公」を倒した[[アペ・コペン]]でもあって、竜船祭で倒された「竜神」とは「雷公(雄鶏)」のことでもあるといえる。だから、人々は祭に先立ち、雄鶏を殺すのではないだろうか。これは英雄クーポゥ(そして[[アペ・コペン]])が竜神(雄鶏雷公)を倒した記念の祭という意味なのではないだろうか。
ただし、[[アペ・コペン]]はその息子の[[バロン]]と役割を分け合っていて、[[アペ・コペン]]は雷公に負けるかあるいは拮抗する神とされ、その騒動の後に、「'''[[バロン]]が雷公を倒して雷公を食べたり、細かくして人類を発生させた'''」、という話が本来はあったと思われる。でも、こちらはこちらで'''雷公の権威を復活させよう'''、という動きがあって、子供達は父親の[[アペ・コペン]]にも雷公にも「認められた」人類の祖である、と神話が書き換えられたのではないだろうか。
台湾原住民の伝承にある「人食い」の[[チモ族]]には「クリリという頭目を捕らえ、板に打ち付けて断崖より投げ落とした。」という逸話があり、この「クリリ」とは「[[イヌ]]」の古語のことと考える。おそらく盤瓠が人間であった時には「頭目」とみなされるような存在だったのだろう。だから、彼を慕う人々は、彼の死後「雷公」として祀ったものと考える。人々に雨水をもたらしてくれる天の神である。地上においても盤瓠犬には水神としての性質もあるとされている。
よって、[[ミャオ族]]の伝承の中に限っても