パイワン族は「壺」というものに神霊が宿ると考えており、それは「太陽の母」であったり、「先祖の蛇神」であったりしたようである。壺が「氏族の霊」の象徴でもある。古代日本においても、祭祀において陶器は重要なものであり、葛城氏、物部氏などが土師器などの祭祀に使用する陶器を制作していた。
壺から人類が発生するというモチーフは、ミャオ族神話の「ヒョウタン」が「壺」に変化したものと思われ、これは「死んだ女神」を表すものと考える。ただ、太陽がそこに卵を生むのだから壺から人類が発生するというモチーフは、ミャオ族神話の「ヒョウタン」が「壺」に変化したものと思われ、これは「死んだ女神」を表すものと考える。ブヌン族の伝承では、天から[[ヒョウタン]]が落ちてきて、そこから人が生まれた、というものがある。 そして、太陽がそこに卵を生むのだから'''「壺」とは「太陽女神」の変化したもの「壺」とは「'''、ということは比較的明確に表されているように思う。死した太陽女神'''」の変化したもの'''、ということは比較的明確に表されているように思う。また、ミャオ族の洪水神話と比較した場合、ミャオ族神話では子供達は話の冒頭から存在しているので、母親は死んで[[ヒョウタン]]となっているかもしれないが、普通の人間の生活と比較すれば子供達が生まれた時には「'''生きていた'''」と推察される。 それに比べると台湾原住民の祖神神話全体に癒えることだけれども、岩から人類が生まれたり、壺や竹から生まれたり、いわば人類は「'''死んだ母神から生まれた'''」と受け取れる話が非常に多くなる。太陽女神の卵から生まれたとしても、「生きていない壺」から生まれ直したのであれば「死者から生まれた」も同然である。これは中国神話と比較すれば、「'''石と化した[[塗山氏女]]から啓が生まれた'''」とする禹の神話と近い話、ということになる。[[大渓文化]]([[ミャオ族]]の文化)に近いと思われる神話を語っていても、河姆渡文化・馬家浜文化では、人類は「'''死んだ母神から生まれた'''」と神話が改変されてしまっており、母神を殺したこと、あるいは母神が殺されたことを隠す傾向が非常に強くなっているように感じる。 日本神話ではどうなのかというと、そもそも神々は「人類全体の祖」とは言いがたいのだが、国土を[[伊邪那岐命]]と[[伊邪那美命]]が造った、とされた時点では[[伊邪那美命]]はまだ生きていたので、台湾の伝承と比較すれば、日本神話の方が[[ミャオ族]]の神話に近い、といえるのではないだろうか。[[伊邪那美命]]が息子神に「焼き殺された」という神話も保存されており、[[ミャオ族]]の神話よりも[[大渓文化]]以前の神話の形式が残されているのではないだろうか。 また「母神」が[[ヒョウタン]]や蝶だったり、「父神」が使役神である[[イヌ|犬]]神であったりと、例外はあるが[[ミャオ族]]の神話では神々は比較的「人の姿」を取ることが多いと感じる。それに比べると、パイワン族の先祖は明確に「蛇神」であるし、図像を見る限り、足が六本あって「触覚のある昆虫」のようにも見え、「人ではないトーテム」の姿が強調されているように感じる。台湾外のオーストロネシア語族に多く見られる「[[虹蛇]]」という存在も人型とは言い難い。日本神話では、記紀神話で明確に[[イヌ|犬]]型なのは出雲神話の[[イヌ|犬]]神くらいであって、人の先祖とされる神々の大部分は「人型」である。この点も日本神話は、台湾原住民の神話よりは[[ミャオ族]]の神話に近いのではないだろうか。
== 文化・社会制度など ==