== 類話・民間伝承における類話 ==
=== 黒彦神社・長野県千曲市 ===
<blockquote>昔、ある所に、黒彦の命と白彦の命がいた。2人はいとこで、年も同じ、住む屋敷も近くで、まるで兄弟のように仲睦まじく暮らしていた。<br>年月が過ぎ、黒彦は'''狩り'''や'''漁'''が得意となった。白彦は'''書'''や'''歌'''に秀でて、'''笛'''などもたしなむようになった。それぞれの道は違っても、一層、親しみ合う仲になった。<br>ところが、2人が17才の春、美しい桜姫に、2人とも心が奪われるようになり、いがみ合うようになった。2人は姫を妻にしようと競い合って、2人で桜姫に求婚に行った。桜姫は「私には、もはや、いいかわした命がいます」と言って去ってしまった。白彦は、「桜姫が他の命の妻になった。この世に未練はない」と書きおきして、'''自害してしまった'''。黒彦は、白彦の死を見て、本当に桜姫を愛したのは白彦だと悟り、この上は霊場巡りをして、白彦の霊を慰めようと、旅に出た。黒彦は国々を回った後、信濃国五加に入り、千本柳を見て、「柳の木は白彦が好きな木だった。私はここで白彦のように書や歌をたしなみ、ここに骨をうずめる。」と、千本柳のそばに庵を建てて、住みついた。<br>黒彦神社は、そんな黒彦の徳を慕って、里びと達が祀った社だそうだ<ref>[https://chikuma-kentei.com/encyclopedia/495/ 【生活・行事・民俗】民話 黒彦神社]、ちくま検定テキスト(最終閲覧日:24-12-26)</ref>。</blockquote>
黒彦神社の現在の祭神は、天照皇大神、倭伊波礼彦命(神武天皇)、建御名方神である。地元の伝承では'''黒彦'''とは、大泊瀬皇子(おおはつせのみこ)と呼ばれた5世紀の雄略(ゆうりゃく)天皇の兄のことだそうだ。地元の伝承では、'''天皇の地位をめぐる争いに敗れた黒彦王が当地に逃れて'''きて地名になった、とのこと。ただ、日本書紀には、黒彦王は殺害されたとある、とのことである<ref>[https://www.sarashinado.com/2015/02/11/241/ 更旅241・黒彦と長谷寺の白助はさらしなの兄弟?]、さらしな堂(最終閲覧日:24-12-26)</ref>。
==== 私的考察 ====
黒彦とは、伝承では「雄略天皇の兄」とされているようだが、話の内容は'''天若日子神話が崩れたもの'''だと考える。
天若日子が'''白彦'''、[[阿遅鉏高日子根神]]が'''黒彦'''、'''桜姫'''が[[下光比売命]]あるいは[[天佐具売]]と考える。白彦の死の原因は'''桜姫の言動'''なので、現代的な感覚では桜姫が悪い、とは言えないと思うが、「言動が原因」という点では、桜姫は'''[[天佐具売]]'''に相当する女神なのだと思う。また、桜姫が消えてしまう点は、雉の[[鳴女]]が殺されてしまう点に対応しており、[[天佐具売]]と[[鳴女]]が一体のものとして取り扱われているように思う。
黒彦という集落がかつて千曲川の中州にあったそうだ<ref>[https://www.sarashinado.com/2015/02/11/241/ 更旅241・黒彦と長谷寺の白助はさらしなの兄弟?]、さらしな堂(最終閲覧日:24-12-26)</ref>が、おそらくその集落は治水の祭祀にも何か関係していたかもしれないと思う。
その一方で、「黒彦王が皇位争いに敗れた」という伝承がある。当地が信濃金刺氏の拠点であることを考えれば、「皇位争いに敗れた」というよりは「皇位を譲った」皇子として綏靖天皇の兄である[[神八井耳命]](信濃金刺氏の祖神)が思いあたる。当地に落ち着いた「黒彦」とは、「[[神八井耳命]]」を意識したものではないか、と思う。「狩りや漁が得意」という点は戦争にも長けていた、と受けとれる。とすれば黒彦神社の祭神に倭伊波礼彦命がいうのも納得できる。彼は[[神八井耳命]]の父神である。このように考えれば「白彦」とは[[神八井耳命]]と対立した手研耳命のこと、といえるのではないだろうか。
『古事記』では、手研耳命(タギシミミ)は未亡人となった媛蹈鞴五十鈴媛(ヒメタタライスズヒメ)を自らの妻とし、神武天皇と媛蹈鞴五十鈴媛のあいだに生まれた嫡子である皇子たちを暗殺しようとする<ref name="読み解き事典-多芸志美美">『日本の神様読み解き事典』p152-153「多芸志美美命/手研耳命」</ref><ref name="学研2015">『古事記と日本の神々がわかる本』p90-91「イスケヨリヒメの物語」</ref><ref name="歴代天皇紀-綏靖">『図説 歴代天皇紀』p42-43「綏靖天皇」</ref>。これを察した媛蹈鞴五十鈴媛は、子供たちに身の危険を知らせるために和歌を2首詠んで送ったという<ref name="学研2015"/><ref name="ヒメたち98">『神話の中のヒメたち もうひとつの古事記』p98-101「歌で御子救った初代皇后」」</ref><ref>『古事記』「天皇崩後、其庶兄當藝志美美命、娶其嫡后伊須気持余理比売之時、將殺其三弟而謀之間、其御祖伊須気持余理比売之患苦而、以歌令知其御子等」</ref>。とすれば、桜姫とは媛蹈鞴五十鈴媛のことではないか、と推察される。
しかし、同じく千曲市にあり、信濃金刺氏にとって重要な神社であったと思われる須須岐水神社には豊玉姫命が配祀されている。豊玉姫命は松本市にある沙田神社にも祀られており、金刺氏には縁のある女神である。記紀神話の系譜では豊玉姫命は神武天皇の祖母、[[神八井耳命]]の曾祖母となるのだが、信濃金刺氏の神話では、この女神が[[神八井耳命]]の配偶神'''のように'''扱われているのではないだろうか。とすれば、'''桜姫'''とは'''豊玉姫命'''のことと思われる。彼女は「他に婚約者がいる」と言って去ってしまう。
そして白曾孫も去ってしまうのだから、後に残されたのは黒彦のみである。黒彦は[[神八井耳命]]であり、[[阿遅鉏高日子根神]]でもある。ということは[[須佐之男命]]でもある、となると思われる。[[神八井耳命]]は信濃金刺氏が皇室の系譜に連なるときの先祖の名前、[[阿遅鉏高日子根神]]は賀茂系の系譜に連なるときの先祖の名前、[[須佐之男命]]とは記紀神話に連なるときの先祖の名前、ということになると考える。
一方、白彦はそれぞれ、手研耳命、天若日子、[[八俣遠呂智]]に対応するのではないか。とすれば、桜姫は豊玉姫命、[[下光比売命]]、[[櫛名田比売]]となるように思う。そもそも記紀神話の[[神八井耳命]]のエピソードが天若日子神話の類話であって、[[神八井耳命]]は[[阿遅鉏高日子根神]]でもあり、[[須佐之男命]]でもあり、「'''川の水神を鎮める機能がある'''」と考えられていたのではないだろうか。記紀神話では、彼は妻である[[櫛名田比売]]の代理として[[八俣遠呂智]]を倒す(鎮める)のだ。だから「黒彦」の集落は川の中州にあったのではないだろうか。
=== キジも鳴かずば ===
「[[キジも鳴かずば]]」は天若日子神話の類話と考える。詳細は「[[キジも鳴かずば]]」の項を参照のこと。