「なまはげ」は怠惰や不和などの悪事を諌め、災いを祓いにやってくる来訪神である。かつては小正月(旧暦から新暦に)の行事だったが大晦日の行事となり、年の終わりに、大きな出刃包丁(あるいは鉈)を持ち、鬼の面、ケラやミノのような用具、ハバキをまとって、なまはげに扮した村人が家々を訪れ「'''泣ぐ子(ゴ)は居ねがー'''」「'''悪い子(ゴ)は居ねがー'''」と奇声を発しながら練り歩き、家に入って怠け者や子供、初嫁を探して暴れる。家人は正装をして丁重にこれを出迎え、主人が今年1年の家族のしでかした日常の悪事を釈明するなどした後に'''酒などをふるまって'''、送り帰すとされている。最後は「へばなー(津軽弁で「またね」「じゃぁね」の意)」「元気にしろよ〜」と言って出ていく。
面は、本来は丹色(赤)に塗ったが主で、木の皮や木製だったが{{sfn|面は、本来は丹色(赤)に塗ったが主で、'''木の皮'''や木製だったが<ref>稲|, 1985|p=36}}、近年ではこれにかわり竹[[ザル]]を台材にした張り子や、ボール紙製など様々である{{sfn|, p36</ref>、近年ではこれにかわり竹ザルを台材にした張り子や、ボール紙製など様々である<ref>稲|, 1985|p=42}}, p42</ref>。藁衣装はケラ・ミノの類と説明されることが多いが、厳密には現地でケデ(またはケンデ、ケダシ)と称する特有の衣装である{{sfn|<ref>稲|, 1985|p=45}}, p45</ref>。
=== 教育的機能 ===
なまはげは伝統的[[民俗]]行事であるとともに、[[東北地方]]においては幼児に対する教育の手段として理解されている。親は幼児に対し予めなまはげによる強い恐怖体験を記憶させ、そのあと幼児に対し望ましくないとみなされる行為を行った場合、その恐怖体験が再現される可能性を言語的手段によって理解させるなまはげは伝統的民俗行事であるとともに、東北地方においては幼児に対する教育の手段として理解されている。親は幼児に対し予めなまはげによる強い恐怖体験を記憶させ、そのあと幼児に対し望ましくないとみなされる行為を行った場合、その恐怖体験が再現される可能性を言語的手段によって理解させる<ref>内藤俊史1987「こどもの内在的正義の観念としつけ態度との関係---農村地域におけるケーススタディ」『社会心理学研究』3(1):29-38</ref>。
== 歴史 ==
| image1 = [https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1174001/253 菅江真澄『牡鹿乃寒かぜ』に描かれた「ナモミハギ」]
| image2 = }}
* [[文政]]5年([[1822年]])、[[菅江真澄]]が記した『菅江真澄遊覧記』が[[秋田藩]][[藩校]]・[[明徳館 (久保田藩)|明徳館]]に献納された<ref>[http://da.apl.pref.akita.jp/lib/item/00010001/ref-C-252514 菅江真澄遊覧記]([[秋田県立図書館]])</ref>。この中の「牡鹿乃寒かぜ」において、[[文化 (元号)|文化]]8年[[1月15日 (旧暦)|1月15日]]([[グレゴリオ暦]]:[[1811年]][[2月8日]])に行われた秋田の小正月行事 「ナモミハギ」が記された<ref name="OgaCityBoE">[http://www.namahage-oga.akita.jp 男鹿のナマハゲ 重要無形民俗文化財]([[男鹿市]]教育委員会)</ref>。この「ナモミハギ」を現行の「なまはげ」と同等とみなし、同書籍を以って現在分かっている文献的初出としている<ref name="OgaCityBoE"/>。* [[1873年]]([[明治]]6年)** [[明治5年]][[12月3日 (旧暦)|12月3日]]([[太陰太陽暦#日本の太陰太陽暦|太陰太陽暦]])を明治6年[[1月1日]](グレゴリオ暦)とする[[改暦]]がなされた。** [[1月15日]]、[[新暦]]では初めての小正月。同日は[[旧暦]]の[[12月17日 (旧暦)|12月17日]]にあたる。** [[2月12日]]、改暦後では初めての旧暦の小正月。* [[1961年]]([[昭和]]36年)、現代[[舞踏家]]・[[石井漠]](現・[[秋田県]][[山本郡]][[三種町]]出身)が振り付けをし、息子の[[石井歓]]が曲を付けて「'''なまはげ踊り'''」が創作された<ref>[http://www.namahage-oga.akita.jp/sedo.html なまはげ柴灯まつり]([[男鹿市]]教育委員会「男鹿のナマハゲ 重要無形民俗文化財」)</ref>。* [[1964年]](昭和39年)2月、[[男鹿温泉郷]]の[[星辻神社]]({{Coord|39|58|3.8|N|139|44|38.6|E|region:JP|name=星辻神社}})において、大晦日に男鹿半島各地で行われるなまはげと、[[1月3日]]に行われる[[真山神社]]({{Coord|39|55|37.6|N|139|46|0.7|E|region:JP|name=真山神社}})の柴灯祭を組み合わせた観光イベント「'''[[#なまはげ柴灯まつり|なまはげ柴灯祭]]'''」が初開催された<ref name="PrefAkitaFireFes">[http://www.pref.akita.jp/fpd/bunka/namahage-2.htm なまはげ柴灯祭 NAMAHAGE FIRE FESTIVAL in OGA](秋田県「美しき水の郷あきた」)</ref>。後年、会場は真山神社に移された<ref name="PrefAkitaFireFes"/>。* [[1978年]](昭和53年)[[5月22日]]、「男鹿のナマハゲ」として、国の[[重要無形民俗文化財]]に指定された<ref>[http://www.city.oga.akita.jp/index.cfm/14,1394,52,141,html 男鹿のナマハゲ](男鹿市)</ref>。[[ファイル:Namahage.jpg|thumb|「[[#なまはげ太鼓|なまはげ太鼓]]」の演奏風景([[秋田駅]]、2010年1月1日)。面が[[#「鬼」化|「鬼」化]]しており、衣装も藁ではなく毛糸や麻ひもを用いている。]]* [[1988年]](昭和63年)、「'''[[#なまはげ太鼓|なまはげ太鼓]]'''」が創作された<ref>{{PDFlink|[https://www.mgu.ac.jp/main/educations/library/publication/kenkyuronbun/no120/03.pdf 地域芸能としての創作太鼓 ―《みやぎ龍神太鼓》を事例として―]}}(『[[宮城学院女子大学]] 研究論文集』120号 2015年6月)</ref>。* [[1995年]]([[平成]]7年)、[[曲り家]]の目黒家住宅([[1907年]]完成)を移転させ、現在地にて民俗資料を展示する「男鹿真山伝承館」として公開<ref>[https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/193349 男鹿真山伝承館] [[文化庁]]、2022年2月19日閲覧</ref>。ナマハゲ習俗を体験できる場としても利用している<ref>[https://www.namahage.co.jp/namahagekan/denshokan.php 男鹿真山伝承館] おが地域振興公社、2022年2月19日閲覧</ref>。* [[1997年]](平成9年)、[[男鹿中央広域農道]](通称:なまはげライン、{{googleマップ経路図2|1=39.9199784,139.8465681|2=39.9675926,139.7554766|3=@39.9149204,139.7266378,12z|data=!4m9!4m8!1m5!3m4!1m2!1d139.786952!2d39.9392627!3s0x5f9017d906ed9229:0x182373746178d9c!1m0!3e0}})<ref>[http://pref.akita.lg.jp/www/contents/1182399591063/html/common/46845b5c004.htm 男鹿中央] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20160822032151/http://pref.akita.lg.jp/www/contents/1182399591063/html/common/46845b5c004.htm |date=2016年8月22日 }}(秋田県「[http://pref.akita.lg.jp/www/contents/1182399591063/index.html 秋田県の農道 ☆広域農道Map] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20170118065527/http://pref.akita.lg.jp/www/contents/1182399591063/index.html |date=2017年1月18日 }}」)</ref>になまはげ大橋が架橋<ref>{{PDFlink|[https://www.thr.mlit.go.jp/road/panel/panel_web3/maintenance01/akita/H27/150827_siryou.pdf 平成27年度(第2回)秋田県道路メンテナンス会議]}}([[国土交通省]][[東北地方整備局]] 2015年8月27日)</ref><ref>[http://drive.nissan.co.jp/SUMMARY/detail.php?summary_id=73 これぞ秋田観光! 雄大な自然となまはげに会う! 男鹿半島ドライブ] [[日産自動車]]、2022年2月19日閲覧</ref>。* [[1999年]](平成11年)[[7月23日]]、男鹿真山伝承館の隣接地に「[[なまはげ館]]」({{Coord|39|55|45.1|N|139|45|59.7|E|region:JP|name=なまはげ館}})がオープン<ref>{{PDFlink|[http://www.city.oga.akita.jp/index.cfm/12,5483,c,html/5483/20121127-111427.pdf 議事日程第1号 平成24年8月8日(水)]}}(男鹿市)</ref>。* [[2004年]](平成16年)** [[10月16日]]より、[[東日本旅客鉄道|JR]][[奥羽本線]]の秋田駅 - [[追分駅 (秋田県)|追分駅]]間、および、JR[[男鹿線]]・追分駅 - [[男鹿駅]]間に「[[男鹿なまはげライン]]」({{googleマップ経路図2|1=%E3%80%92010-0001+%E7%A7%8B%E7%94%B0%E7%9C%8C%E7%A7%8B%E7%94%B0%E5%B8%82%E4%B8%AD%E9%80%9A%EF%BC%97%E4%B8%81%E7%9B%AE%EF%BC%91%E2%88%92%EF%BC%92+%E7%A7%8B%E7%94%B0%E9%A7%85|2=%E7%94%B7%E9%B9%BF%E9%A7%85|3=@39.8169606,139.8490909,11z|data=!3m1!4b1!4m16!4m15!1m5!1m1!1s0x5f8fc29251408f53:0x3c5b7f8f2ab40f2d!2m2!1d140.1297397!2d39.7169121!1m5!1m1!1s0x5f90226ebe84707f:0x8c8a9911bfd12e85!2m2!1d139.848459!2d39.884646!2m1!5e2!3e3}})との愛称を付与。** [[11月27日]]、第1回「ナマハゲ伝導士」認定試験を実施<ref>なまはげPR任せて 初の「伝導士」認定試験 男鹿(『[[河北新報]]』2004年11月4日) </ref>。* [[2007年]](平成19年)** 5月、秋田県男鹿市の[[国道101号]]沿いに、体長15mと12mで顔が赤と青のなまはげ立像計2体が同市により設置された<ref name="Asahi20070524">「わりぃ子はいねぇがー」巨大なまはげ現る(『[[朝日新聞]]』2007年5月24日)</ref>。 強化プラスチック製で製作費は約4000万円であり、同市は「世界最大のなまはげ像」としている<ref name="Asahi20070524"/>。** [[6月1日]]、1対のなまはげ立像(体長15mと12m)の隣接地に男鹿総合観光案内所がオープン<ref>巨大なまはげ出迎え 観光案内所がオープン(『[[秋田魁新報]]』2007年6月2日)</ref>。** [[12月31日]]、なまはげに扮した男が飲酒したことで酩酊し、温泉旅館の女性浴場に乱入する騒動が発生した<ref>{{Cite news|date=2008-01-13|url=http://www.nikkansports.com/general/p-gn-tp0-20080113-306478.html|title=男鹿温泉エロなまはげ、女湯に乱入お触り|newspaper=『[[日刊スポーツ新聞]]』|publisher=[[日刊スポーツ新聞社]]|accessdate=2010-02-16|archiveurl=https://web.archive.org/web/20080701050015/http://www.nikkansports.com/general/p-gn-tp0-20080113-306478.html|archivedate=2008年7月1日|deadlinkdate=2018年3月}}</ref>。これを受けて翌[[2008年]][[1月]]に、男鹿市ではなまはげの暴れ方に関する指針、いわゆる行動指針の策定のため、同市副市長伊藤正孝ら行政側と地区代表らが協議したが、マニュアル作成は見送られ、「伝統の原点へ回帰する」ことで決着、その後行政による指導はないと報じられた<ref>{{Cite news|date=2008-01-30|url=https://megalodon.jp/2010-0216-1854-42/sankei.jp.msn.com/politics/local/080130/lcl0801300833000-n1.htm|title=なまはげ「原点回帰を」 秋田・男鹿市、セクハラで協議|newspaper=[[産経新聞|MSN産経ニュース]]|publisher=[[産経新聞]]|accessdate=2010-02-16|archiveurl=https://megalodon.jp/2010-0216-1854-42/sankei.jp.msn.com/politics/local/080130/lcl0801300833000-n1.htm |archivedate=2010-2-16}}</ref>。* [[2013年]](平成25年)[[3月30日]]、なまはげ館がリニューアルオープンした<ref>[https://www.oganavi.com/news/archives/2013/03/31195404.php 百十体百十色。なまはげ館リニューアルオープンしました!](男鹿市観光協会 2013年3月31日)</ref>。* [[2014年]](平成26年)[[10月3日]]、国の重要無形民俗文化財に指定されている「来訪神行事」が所在する全国9市町により、それらが一括して[[国際連合教育科学文化機関|ユネスコ]][[無形文化遺産]]に登録されることを目指す「来訪神行事保存・振興全国協議会」が設立された<ref>{{PDFlink|[https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/isanbukai/mukeitokubetsu/3_02/pdf/shiryo_2.pdf 「来訪神行事保存・振興全国協議会」の設立について]}}(文化庁)</ref>。* [[2018年]](平成30年)[[11月29日]]、「[[来訪神:仮面・仮装の神々]]」(なまはげを含む全国10の来訪神行事)が、[[国際連合社会科学文化機関|ユネスコ]]無形文化遺産保護条約の「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」に、正式に登録されることが、[[モーリシャス]]の[[ポートルイス]]において開催されている同条約の第13回政府間委員会において決定された<ref>[https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/page1_000708.html 「来訪神:仮面・仮装の神々」のユネスコ無形文化遺産代表一覧表への記載決定について(外務大臣談話)]([[外務省]] 2018年11月29日)</ref>。 == 観光 ==[[File:Entrance of Namahage Museum, Oga, Akita.JPG|thumb|なまはげ館の入口(2014年8月)]]現在、年中行事としてのなまはげは大晦日に男鹿地区の家々を巡るだけのため、部外者がその習俗に出会うことは困難である。そのため、一般の観光客がなまはげを体験できる施設や立像が設置され、なまはげの姿で行う芸能やイベントが創作され、土産物やキャラクターが作成されるなど、様々な観光開発がなされている。大晦日に、観光客がなまはげに扮することができるツアーも男鹿市観光協会により募集されている<ref>[https://www.nikkei.com/article/DGXMZO51900850X01C19A1L01000/ 「あなたもナマハゲ 男鹿市観光協会がツアー参加者募集」]日本経済新聞ニュースサイト(2019年11月7日)2020年1月20日閲覧。</ref>。
=== なまはげ柴灯まつり ===