「生まれ変わることができる」とみなされていたのであれば、「生まれ変わっている間」は「生きている人間だった」とするしかなく、それでも恨みの気持ちを持っていて、前世の復讐を行い、そこに霊的な作用があるのであれば、これは死霊の一種である「怨霊」とすべきではなく、「'''生き霊'''」とするしかないと考える。フィクションからの引用ではあるが、源氏物語の「六条御息所」が嫉妬のあまり生き霊となって恋人の妻である「葵の上」を殺してしまう、という例がある。生きている人間が、そのままの姿で殺したい相手を殺してしまえば、現代であれば「殺人罪」として罪に問われることになるが、「霊」となって証拠も残さず、霊的な目に見えない作用だけで相手を殺してしまったとしたら、それは裁くことができない、といえる。ともかく、この'''太昊型神'''は「強い恨み」を持って転生するが故に、生きていても怨霊のような霊的作用をもたらす場合がある、と考えられていたし、それ故に恐れられたり、敬われたりしたのではないか、と考える。しかも「生きている人」なので、どこまでが彼の「霊的作用」であって、どこからが「人として彼が実行していること」なのかが、わかりにくいといえる。
生霊の代表的な例としては、ケルト神話の「'''[[取り替え子]]'''」が挙げられる。泣きわめいたり、逆に何もしゃべらなかったり、年齢相当の成長を行わなかったりする。 === 疫神である ===例えば、彼が誰かを「貧乏になってしまえばいい」と思って、呪ったとする。'''霊的'''には、相手に取り憑いて散財したくなるよう精神を操作する、とか、相手が誰かを害して多額の損害賠償を支払わなければならなくなるような精神状態にしてしまう、とかそういうことを行うかもしれない。には、相手に取り憑いて散財したくなるよう精神を操作する、とか、相手が誰かを害して多額の損害賠償を支払わなければならなくなるような精神状態にしてしまう、とかそういうことを行うかもしれない。誰かに呪われると病気になる、とか精神に変調をきたす、という話は多い。[[須佐之男]]と蘇民将来のように、もてなしてくれる者に手厚く、そうでない者に厳しい、ということが多い、
その一方で人として、相手の家に盗みに入って、相手の財産を盗んでしまう、とか何か詐欺的な計略を用いて相手に金を支払わせてしまう、ということも行ったとする。そうしたら、こちらは霊的な作用ではなく、生きている人としての犯罪である。