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稲生町の地名は、出雲国秋鹿郡の伊農郷との関連があるのではないか、との指摘があり、その通りだと考える。尾張氏の系図には「荒田」という名が見え、尾張氏が葛城氏・賀茂氏系の氏族であることを示していると考える。「荒田」の名があるということは、葛城氏にかなり近い氏族といえる。 | 稲生町の地名は、出雲国秋鹿郡の伊農郷との関連があるのではないか、との指摘があり、その通りだと考える。尾張氏の系図には「荒田」という名が見え、尾張氏が葛城氏・賀茂氏系の氏族であることを示していると考える。「荒田」の名があるということは、葛城氏にかなり近い氏族といえる。 | ||
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2026年3月21日 (土) 18:50時点における版
伊奴姫神(いぬひめのかみ)は、愛知県名古屋市西区稲生(いのお)町にある伊奴神社(いぬじんじゃ)の祭神である[1][2]。伊奴神社は『延喜式神名帳』の尾張国山田郡「伊奴神社」に比定されている。
目次
「犬の王」の伝承
この辺りは川に近くて洪水被害がよく起こり、山伏に祈ってもらうと、洪水が収まった。
山伏は、祈る時に使った御幣(紙製の祓い具)を、開けるなと言って置いていったのだが、村人は開けてしまった。
そこには、「犬の王」という言葉と、1匹の犬の絵が描かれていた。次の年にはまた洪水が起きてしまったので、村人が山伏に謝ると、山伏は、御幣を埋め、社を立てて祀るように、と言った。村人がその通りにしたところ、洪水はなくなった、とのことだ[3]。
大洪水を治める犬神
台湾原住民ルカイ族の伝承である。
海が増し来て人々は逃げ、山にいった。祖先のスアブが来て「自分が増水させた。自分は人身御供を求める。」と言ったので人を牲に捧げた。スアブは水を取り除いたが、わずかに残った。残った水を牝犬が飲んだが、全て飲むことはできなかった。牡犬が来て、全て飲み干した[4]。
私的解説
伊奴神社の伝承は、修験道が盛んになった中世的な伝承で、山伏が犬神を使役して洪水を治めた、という話である。「御幣を開けるな」というのは、一般的な御幣というよりは「お札」のようなものかと思う。中に書いてあった「犬の王」という言葉が犬神に化生して洪水を治めた、ということでやや蠱術的な雰囲気を感じさせる。
「犬の王」とは、伊奴神社の祭神が女神であることから、台湾原住民ルカイ族の伝承の牝犬に相当すると考える。彼女が補助をつけずに単独で洪水を治めた、ということではないだろうか。
稲生町の地名は、出雲国秋鹿郡の伊農郷との関連があるのではないか、との指摘があり、その通りだと考える。尾張氏の系図には「荒田」という名が見え、尾張氏が葛城氏・賀茂氏系の氏族であることを示していると考える。「荒田」の名があるということは、葛城氏にかなり近い氏族といえる。
出雲国伊郡には「赤衾伊農意保須美比古佐和氣能命(あかふすまいぬおおすみひこさわきのみこと)」という男性形の犬神がいるとされる。おそらく彼の父神として「赤衾伊農意保須美比古佐能命」という神がいたと思われ、これは父神の「八束水臣津野命」の別名と考える。神話の上では明確にされていないが、おそらく八束水臣津野命も「犬神」であり、出雲国伊農郷に息子神、尾張国稲生町に娘神が祀られていると考える。全てが「犬神」の「犬神一家」であり、父と娘には「川を治める」という性質が持たされていたように思う。
この父娘が台湾ルカイ族の伝承の牝犬と、霊犬プヌグに相当すると考える。
伊奴神社
伊奴(イヌ)という名にちなみ本殿の前には犬石像があり、戌年生まれの人や愛犬家に親しまれ、特に戌年の元日は大勢の参拝者が訪れる[5]。
歴史
近世まで熊野権現と称していた。社伝によれば、天武天皇(白鳳)2年(673年)、この地で取れた稲を皇室に献上した際に社殿を建立したと伝えられる[6]。神鏡が12枚伝わっているという。周辺には「稲生遺跡」と呼ばれる遺跡があり、古代から中世の須恵器などが出土している。
最も古い棟札として永享2年(1430年)のものがあったとされる。文明2年(1470年)の棟札には以下のようにある[7]。
奉造立天照大神御殿 大檀那尾州山田稲生住人源朝臣 祢宜大夫 藤原安重(文明二年棟札)
元禄年間の棟札には、以下のように「熊野明神」と「稲生明神」が併記されており、古くは熊野権現と稲荷を祀っていた可能性が指摘されている[8]。
奉崇秘稲生明神 倉稲魂神稚産霊神 保食神霊 慎而之改(元禄八年棟札)
奉崇秘熊野明神 伊弊並神早玉男神 天熊人神 事解男神 慎而之改(元禄八年棟札)
江戸前期成立の『寛文村々覚書』には「稲生村...熊野権現 社内年貢地」とある[9]。幕末まで山田家が社人を務めていたという[10]。
江戸中期に天野信景によって『延喜式神名帳』の山田郡「伊奴神社」に比定され、以降は定説となった。所在地が稲生村で「伊奴」に類似していることから当社に比定したものとみられる。『尾張国内神名帳』には「従三位上 伊奴天神」とある[11][12]。津田正生らは、本来の伊奴神社は当社の相殿に祀られていた天神であるという説を述べている。『尾張志』では、熊野権現は中古まで単なる末社であったが、荒廃して本社の中に祀ったところそれが本神として扱われるようになったと考察している。また、出雲国秋鹿郡に「伊農郷」「伊奴社」など当社と同名の地名・神社が存在したことが『出雲国風土記』に記録されており、当社と関連する可能性を指摘している。
祭神
- 主神
- 相殿
境内神社
神事
その他
安産祈願、子授け・夫婦円満・家内安全祈願の神社として知られ、安産祈祷の後に境内の犬石像の前で、安産祈願を行う。
参考文献
- Wikipedia:伊奴神社(最終閲覧日:26-03-21)
- 西春日井郡, 西春日井郡誌, 西春日井郡, 1923, 1923-3
- 山田寂雀, 西岡寿一, 西区の歴史, 愛知県郷土資料刊行会, 983, isbn:4-87161-011-X
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会, 1989, 1989-03-08, 角川日本地名大辞典 23 愛知県, 角川書店, isbn:4-04-001230-5
- 有限会社平凡社地方資料センター, 愛知県の地名 日本歴史地名大系 23, 平凡社, 1993, 1993-01-11, isbn:4-582-49023-9
関連項目
- 盤瓠:伊奴姫は「盤瓠娘型」の女神である。
脚注
- ↑ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会, 1989, p177
- ↑ 有限会社平凡社地方資料センター, 1993, p127
- ↑ ユニークな神社 in 名古屋(いぬ神社・ひつじ神社)、2021-04-27、 2021Shima.A、最終閲覧日(26-03-21)
- ↑ ルカイ族下三社群マガ社、神々の物語、台湾原住民文学選5、神村徹編、草風館、2006年8月1日出版、p96-97
- ↑ 「いぬ」神社、大忙し 巫女2倍、お守り10倍を準備, https://www.asahi.com/articles/ASKDC00BJKDBOIPE00G.html, 朝日新聞社, 2017-12-21, 2018-01-01
- ↑ 6.0 6.1 6.2 6.3 6.4 http://www.inu-jinjya.or.jp/yuisho/index.html, 伊奴神社の御由緒, 伊奴神社, 2018-01-01
- ↑ 名古屋郷土文化会, 1984, p1-2
- ↑ 名古屋郷土文化会, 1984, p1-2
- ↑ 名古屋郷土文化会, 1984, p1-2
- ↑ 名古屋郷土文化会, 1984, p1-2
- ↑ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会, 1989, p177
- ↑ 有限会社平凡社地方資料センター, 1993, p127
- ↑ 西春日井郡, 1923, p317
- ↑ 西春日井郡, 1923, p317
- ↑ 西春日井郡, 1923, p317
- ↑ 西春日井郡, 1923, p317
- ↑ 西春日井郡, 1923, p317
- ↑ 西春日井郡, 1923, p317
- ↑ 西春日井郡, 1923, p317
- ↑ 西春日井郡, 1923, p317
- ↑ 西春日井郡, 1923, p317
- ↑ 西春日井郡, 1923, p317
- ↑ 西春日井郡, 1923, p317
- ↑ 西春日井郡, 1923, p317
- ↑ http://www.inu-jinjya.or.jp/event/tamanushi.html, 玉主稲荷大祭, 伊奴神社, 2018-01-01
- ↑ http://www.inu-jinjya.or.jp/event/shinzi.html, 茅輪神事, 伊奴神社, 2018-01-01
- ↑ 27.0 27.1 http://www.inu-jinjya.or.jp/event/reitaisai.html, 例大祭, 伊奴神社, 2018-01-01
- ↑ http://www.inu-jinjya.or.jp/event/ningyou.html, 人形供養祭, 伊奴神社, 2018-01-01
- ↑ http://www.inu-jinjya.or.jp/access/index.html, アクセスマップ, 伊奴神社, 2018-01-01